夜になるより前に
紡錘形で、銀色をしていて、手のひらでにぎりこめるくらいの大きさのそれを、私たちは“星の種”と呼んだ。銀色といってもぴかぴかとはしていなくて、ざらざらとした表面はにぶくかがやいていて、のぞきこんだ私たちの顔の輪郭をぼやっとした感じで映した。つなぎめらしいものはまったくなく、ざらつきはどこも均一であるのに、指先でつまんで振ってみるとカラカラとかすかな音がした。とてもちいさいけれど、10円玉くらいの、存在をたしかに感じられるくらいの重さがあった。
私は中身をしりたいと思っていたけれど、海未ちゃんはそうは思っていないみたいで、金づちでたたいてみよう、と私が提案したときには、ほとんど怒っているみたいに反対した。
私はそれを耳元で振って、かすかな音から、中で眠る星を想像することをよくしていた。ごくちいさな球体が入っているのかもしれないし、金平糖みたいなとげとげしたものが入っているのかもしれなかった。カラカラとかすかな音はなんとなく丸っこくて、どちらかというと球体に近いものだろうと予想した。そしてやっぱり、きちんと、いつか、中の星のかたちがしりたいと思った。
海未ちゃんは指先でゆっくりそれをなぜて、表面のざらざらの均一さを確かめるみたいなことをよくしていた。つなぎめも凹凸もないそのなめらかさが、なによりも大事なのだと思っているみたいだった。
どちらにせよ、私たちは星の種をいたく気にいっていた。ふたりでいるときには遊ぶことも忘れて、かわりばんこに、思い思いに、星の種にふれることばかりしていた。
海未ちゃんがとおいところに引っ越すことになったとき、星の種をどちらが持っているかでたいへんもめた。どちらがそれを持っていたいかではなくて、どちらにそれを持っていてほしいかでもめた。私は海未ちゃんに持っていてほしいと言ったし、海未ちゃんは私に持っていてほしいと言った。お互いに、それにふれているとき、お互いのことを思い出して、忘れないでいてほしいと願った。
私たちはものすごく悩んで、結局どちらも、持たないことを決めた。それは星の種なのだから、空にかえすのが正しいのだろうと、どちらが先に言いだしたのかは、覚えていない。
海未ちゃんが引っ越す一週間前、学校の帰りの夕焼けのころ、私たちは電車にのって、近くの海岸まで行った。海は水平線で空にふれているから、海に流せばいつか空までかえっていくと思った。
つないだ手の中ににぎりこんでいた星の種を、私たちはよせる波の上にそっとのせた。ぷかぷかとうかんで、次の瞬間には、引き波にさらわれていった。夕焼けのころの海は、橙色の合間で波の角がきらきらとしていて、ひとつ、ふたつの波のうちに、星の種はそのきらきらにとけあって、すぐに見えなくなった。そのきらきらを、私と海未ちゃんはじっと見ていた。
私も海未ちゃんも、この海のさきが空につながっていて、星の種が空にかえることも、そこから星が生まれることも、きっと信じてはいなかった。いつか、本当に星が生まれたとしても、たくさんの星がきらめいて、ひしめいて、またたいたり消えたりをくりかえしている空のなかでは、どれがその星かなんて、きっとわからないだろうとも思った。
でも、どれかわからなくたって、本当ではなかったって、どこかにその星があるかもしれないと、あの星がそうかもしれないと、かすかにでも思えれば、私は、海未ちゃんは、海未ちゃんを、私を、忘れることはない。
夕焼けの太陽は水平線のむこうにゆっくりと落ちていって、私たちの背後から、しずかにしずかに、夜は近づいてきていた。あたりは夜にのみこまれようとしているのに、水平線の上のあたりはまだ白くまぶしかった。その、夕焼けと夜の境目から、すこしだけ夜のがわの、紫がかったあたりに、星のひとつ、光りだした瞬間を見た。
咲いたね、と海未ちゃんはうれしそうに笑った。
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