第12話 異世界のあり方

漏れそうになる悲鳴を必死で噛み殺す。


(俺は、絶叫系は苦手だって言っているだろう!!)


心の中で叫ぶ。


俺は、なんとティツァに荷物みたいに担がれたあげく部屋の窓から下へとダイブしていた。


……もの凄く、怖い。


ご存知のとおり、俺の部屋は二階である。

しかもここは異世界ロダ。

慎ましやかな日本家屋と違い、まがりなりにも城と呼ばれる建物の二階の高さがおわかりだろうか?

遊園地のフリーフォールだってこんなに怖くないと思う。

俺の人生には、スリルもドキドキも必要ないんだ!

失神しなかった自分を心から褒めてやりたい。


なのに、そんないっぱいいっぱいの俺を抱えながらも音も気配もさせず密やかに着地したティツァが、俺を地面に降ろそうとするから、俺は情けなくも頭を必死に横に振りティツァの首にしがみつく。

今離されたら絶対地面に崩れ落ちる自信がある。


「こ……腰が、抜けた」


みっともなく語尾の震える俺の言葉に、ティツァは忌々しそうに舌打ちした。


「仕方ない。掴まっていろ」


言うや否や、俺を抱えたままで走り出す。

これまた、ジェットコースター並みの速さだった。

軽々と庭の木々を抜けて、聳え立つ城壁にかけ登り、眼下に壕を見ながら飛び越える身体能力には、言葉も出ない。


ガクガクと震えながら息も絶え絶えな俺の様子に、ティツァが再び舌打ちを漏らした。


「ヴィヴォさまが仰る事とはいえ、本当にこんな奴が救世主なのか?」


違います!!

――――俺は、心の中で思いっきり否定した。




深夜、俺を抱え王城を抜け出すティツァは、俺をさらぞくのように見えるかもしれないが、いやいやながらもこれは俺とティツァの同意の上での行動だ。


怒濤のような王太后さま訪問が終わり帰城してみれば、ティツァとフィフィは俺の奴隷から俺の守護者へとクラスチェンジしていた。


それもこれも大バ○さま――――獣人族の巫女ヴィヴォの所為である。

俺は、現実逃避を兼ねて、つい昨日の事を頭に思い浮かべた。


◇◇◇


昨日、山間の城で王太后さまとヴィヴォと面会した後。

なんだかんだと理由をつけてアディ達を引き離してくれた王太后さまは、俺にヴィヴォとティツァ、フィフィという獣人三人と話し合える機会を作ってくれた。


(……そんな機会欲しくなかった)


俺の正直な心情は、当然王太后さまやヴィヴォには顧みてもらえない。

見えぬ目でティツァを見据え俺への態度を叱りつけたヴィヴォは、そこで二人に俺が正真正銘の救世主なのだと宣言した。


「違うと言っているだろう!」


「わしの託宣に間違いはない」


言い切るんじゃない!

見ろっ、フィフィがびっくりして泣きそうになっているじゃないか。


「ユウさま。……私は、信じていました」


……何を信じていたのかは、聞かない事にしよう。


「信じられません!」


うん。

ティツァ、君の意見は正しいよ。

俺も全面的に賛成する。


「我が言葉に疑念を持つか。幼き者よ。お前の知識は浅薄で、心は未熟じゃ。若き情熱をわしはいとうものではないが、巫女の言葉に従えぬと言うのであらば、ここでお前を誅する事をわしは躊躇ためらわぬぞ」


ヴィヴォの目がカッ! と見開かれる。




……もの凄く怖かった。


「はっ!」


そう言ってその場に跪いたティツァを俺は笑うまい。

俺があの目を正面から受けたなら、きっとその場で倒れていただろう。


「ユウさまは、間違いなくこの世界を救う運命を背負ったお方じゃ。ティツァ、フィフィ、お前達は全力でユウさまをお守りせよ。それがすなわち、我ら全てを救う事となる」


ヴィヴォの言葉に、フィフィは顔を真っ赤にしてコクコクと頷き、ティツァはハッとしたように顔を上げた。


「それは、この男――――っ、ユウ……さまが、我ら獣人を解放してくれるという事ですか?」


縋るようなティツァの言葉に、ヴィヴォは静かに首を横に振った。


「ユウさまが救うのは、この世界の全てじゃ。そこに、獣人、人間……有鱗種などという我らの身勝手な区別は存在しない。『神』のご意志は大きく、我らは卑小にも愚かな過ちを繰り返し生きておる。――――恥じ入るばかりじゃ」


ヴィヴォの言葉は、暗く重かった。


「違う! 愚かな過ちを繰り返しているのは人間だ。俺達獣人は何も悪くない」


ティツァが憤然と怒鳴る。

ヴィヴォは、哀しい笑みを浮かべた。


「幼き者よ。時の中に自らの過ちを忘れ、歴史を自分達の都合の良いように変えて行くのは、人間ばかりではない。――――何故獣人が争いを忌避し、戦いが最終的に自分自身を破滅させるのだと我が子に教え込むのかを、お前は考えたことがあるか?」


ティツァの目が見開かれる。


「聞くが良い。幼き者よ。……そして、聞いてくだされ、ユウさま。我らの罪深き過ちを」


ヴィヴォのガラガラ声が低く響く。


……聞きたくありませんとは、言えないんだろうな。



「――――我らが人と対等の存在として共に暮らしていた時代より更に遥かな昔。我ら獣人は人と有鱗種を支配下に置く、傲慢で野蛮なじゃった」



……やっぱりと、俺は思う。

それは、充分考えられる事だった。


(寿命が長く身体能力も上なんだ。そうじゃない今の方がおかしい)


有鱗種の寿命や能力がどれくらいかはわからないけれど、人間が反旗を翻し、海を渡って逃げて来られるくらいなんだから獣人程の能力差はないのだろうと思われる。


「嘘だ!」


ティツァが大声で怒鳴った。


「嘘ではない。この記憶は封ぜられ、我ら巫女と族長のみに語りつがれる。……封ぜざるをえない程に、我らは残酷で愚かな事をしたのじゃ」


ヴィヴォは静かに語る。



――――遥かな昔。

獣人と人と有鱗種は、この世界で一番大きな大陸であるこの地に、獣人を頂点としたピラミッド型社会を築いていたそうだ。

その支配は完全なる縦型で、獣人は人や有鱗種を己より下等なものとして、虐げ酷使していた。


「その時代の我らの行いを言葉にできる勇気はわしにはない。今の人間の我らへの態度が聖人君子に思える程、我らの支配はむごく残忍じゃった。しかも、我らはそれに満足しなかったのじゃ」


太古の獣人は今よりけものとしてのさがが強く、力のみを絶対的な価値としていた。

その征服欲は人や有鱗種のみならず、同族たる獣人にも及んだという。



「戦争をしたんですね?」



俺の問いにヴィヴォは苦く頷く。


「――――長く、なんの利もない愚かな戦じゃった」


戦いが戦いを呼び、誰かが勝てば敗けた者の恨みがまた戦を引き起こす。


「終わりのない戦いの一番の被害者は、手足のように使われ、あるいは楯とされた人と有鱗種じゃ。ついに彼らは我らから逃げ出した」


当然の事だろう。

逃亡先はこの大陸のみならず海を越えた他の大陸や島にも広がったという。


「人は知らぬが、この大陸の遥か奥地には逃れ住んだ有鱗種の国がある。元来有鱗種は水が苦手で、海を渡るなど余程追い詰められなければできぬ種族なのじゃ。なのにその当時の有鱗種の一部は海を渡って逃げた」


その逃げた有鱗種達の築いた国が、アディ達が元居た場所だったのだろう。

人間も有鱗種も獣人の支配を厭って海を渡ったはずなのに、その先で今度は有鱗種が人間を支配したのだ。


やりきれない話に、俺の心は暗く沈む。



「我らが自身の愚かさと、『神』の御力の恐ろしさを思い知ったのもその件が元じゃ」



戦争は人や有鱗種のみでなく、獣人……元々力が弱いフィフィのような種族の獣人達にも被害を及ぼした。

その結果逃げ出した者達は、3種族が数の多少はあっても混在して逃げて行ったのだが、中にたったひとつ、人間のみが移り住んだ島があったのだそうだ。


「人間が、自分達が逃げ出した事を忘れ、自分達の本当の故郷――――ルーツはこの場所だと思い込んだ島じゃ」


他種族を決して近づけず人間以外を全て排除したその島。



「……しかし、それは『神』の意志に反した行いじゃった」



この世界の神は、実態の無い無形の存在だ。

光であり闇であり、大気であり風である。

水や炎も神と呼べるものだ。

形は無く、しかし意志のある神が、己が力を振り分け生みだしたのが有形の存在だった。


この世界の創世神話をヴィヴォは語る。


 ――――――――


 はじめに神は、無の中に大地を創った

 そして、

 光と水より人の子を生み

 闇と炎より鱗持つ子を生み

 風と最初に創りし大地より、獣人の子を生んだ

 最後に神は告げた


調せよ」


 それがこの世界の在りし理由である


 ――――――――



「どの種族の巫女も知っているはずの創世神話の本当の恐ろしさを知ったのが、戦いの果てに人が人のみで生きる国を築いた時じゃった」


人という労働力が減少し困った獣人達が、再び人を自分達の支配下に置くべくその島に攻め入った時に、それは起こったそうだ。


「人だけしかいない島は、調和できなかったのじゃ」


「へ?」


それはどういう意味だ?

調和できないって、何が?


――――確か、人の居た島は、ムー大陸かアトランティス大陸みたいに失われた島だって言っていなかったか?


(まさか…………)



「神の生みだした様々な生き物が、バランスをとり調和するのがこの世界じゃ。人のみになった島は調和できず、人の属性である水が溢れた。――――空から降る雨と海から押し寄せる水とによってその島は一夜にして海の底に沈んだ。攻め入っていた獣人の船の大半を道連れにして」



――――やっぱり、ムー大陸だった。


神の怒りをかって一夜にして海底に沈んだ伝説の島。

アトランティスも似たような伝説だったはずだ。



「我らの過ちを悔いるにはあまりに大きな犠牲じゃった。『神』の力の前に我らはひれ伏し、己が誤りを悟り、二度と同じ事を繰り返さぬよう自らとその子々孫々までを戒めて、今日に至る」



うん。

よっぽど怖かったんだろうな。

島ひとつ沈めば無理もないか。


多分その島が沈んだのは、地殻変動とか大地震とかの影響なんじゃないかとは思うけれど、それを機に戦争をすっぱり止められるとかって凄いと思う。

『神』という存在を無条件に信じ、怖れ敬うこの世界の住人ならではの事なんだろうけれど、俺はそっちの方こそよっぽどスゴイ奇跡だと感心した。



「我らが悔い改め、3種族全ての巫女で『神』への祈りを捧げた時に、『神』よりお告げがあった。我らの祈りに免じ、今後再び調和が乱れる兆しがあった時には、この世界に救世主を遣わそうと」



(それが、傍迷惑な救世主伝説かっ!?)



『いつの日にか、再びこの地の調和に危機が迫った時、金と銀の光を従えし者が降り立ち、全ての人々を救うだろう』



それこそが正しい救世主伝説だった。




「では、やはり救世主は――――ユウは、奴隷となった我ら獣人を人間より解放し、この世界に調和をもたらしてくれる存在なのではないですか?」


ティツァが勢い込む。


止めてくれ……俺にそんな重責は無理だ。

俺にとって幸いな事に、ヴィヴォは頭を横に振った。



「たしかに、人は獣人を奴隷としておる。また海の向こうでは、有鱗種がかつての我らのように人を奴隷としておるそうじゃ。我らの犯した過ちが再び繰り返されるのか、そしてそれが調和の乱れる兆しであるのかどうか、わしには判断がつかぬ。救世主が何をどうしてこの世界を救うのかという詳細は『神』の予言にはない。……ただ、『神』は我ら獣人だけの『神』ではあられぬ。光があまねく全てを照らし、闇が全てを包むように、『神』はこの世界に生きとし生ける全てのものの『神』じゃ。己が為のみの願に『神』が応えられることは、ない」



う~ん。流石大バ○様、言う事がカッコいい。

要は、――――そんなもんわかるかい! 自分の都合の良いように考えてんじゃねえぞっ――――って事なんだろうけど、そのまま言ったんじゃ身も蓋もないものな。

ヴィヴォみたいに言われたら誰だって「ははぁ~っ」って畏まってしまいそうだ。


……相変わらず、俺って白けた人間だと思う。


ティツァはそれでも自分の意見を引っ込めたくはないようだったが、それ以上ヴィヴォに逆らうことはなかった。

結果、ティツァとフィフィは俺の守護者として俺を守る存在になったのだった。



フィフィだけで十分なのに。

まあ、口を開けば「殺す!」って言われなくなったのはありがたいけれど。

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