第15話 閑話(アディ視点)
深夜、体にズン! と響く振動で目が覚めた。
直ぐに傍らに置いた剣に手を伸ばす。
「……陛下」
声をかけてきたのは、近衛第三騎士団の副隊長コヴィノアールだった。
密やかな声に、そういえば今夜はコヴィをユウに付けなかったのだなと思い出す。
心の奥底に不安が小さくさざめいた。
俺の本心を言えば、ユウの警護にはいつもコヴィを付けたい。
コヴィは、信頼できる優秀な男だ。
何よりユウをおかしな目で見ない所が良い。
ユウは、俺が異世界から無理やり召喚した友人だった。
俺を――――ひいては、この国を何度も救ってくれた大恩人だ。
しかし俺がいくらそう言っても、エイベット卿をはじめとした国の重鎮達は、ユウを
俺が国を導く王という立場にある限り、俺の周囲に突如として現れたユウをある程度警戒するのは仕方のない事だとはいえ、その態度には腹が立った。
そんな中で、コヴィは数少ないユウの擁護派だ。
本人は否定するだろうが、かなりユウを気に入っているのは間違いない。
ユウの警護にも自ら率先して当たっているくらい。
しかし、副隊長という役目上、俺の警護をおろそかにしてまでユウの警護につけるはずがなかった。
隊長が非番な今夜、コヴィはユウの警護を部下に任せ俺の元に詰めている。
「奥の塔に賊が侵入した様子です。今配下の者を援護と確認に向かわせました。陛下はどうぞこの部屋で待機してください」
コヴィの報告に俺は眉をひそめる。
「いや。俺も直ぐに軍の司令部へ向かう。主だった者全員に緊急招集をかけろ。第一級警戒態勢をとれ」
この城に直接攻撃を仕掛けられた事など、未だかつてない。
冷静に醒める頭とは反対に、俺の胸にはイヤな予感が暗い陰りを落としていた。
俺の命を受けて駆け出そうとするコヴィを、慌てて暫し引き止める。
「――――ユウは?」
この非常事態に余計な時間をかけるべきではないと思いながらも、聞かずにおられなかった。
「部下を確認に向かわせました。そのまま神殿にお連れするよう命じてあります」
流石、コヴィの対応は万全だ。
「そうか。神殿に」
神殿はこういった緊急時に一番安全な場所である。
たとえどのような極悪非道な敵であろうとも神殿を汚すような真似はしない。
それは人間のみならず、獣人や有鱗種でさえ変わらぬ決まりだった。
俺はホッと安堵の息をもらす。
再びズン! と振動が突きあげた。
遠くで喧噪の音がする。
「わかった。ありがとう。急げ」
俺の言葉に、コヴィは黙って頭を下げる。
ユウが不安がっていないと良いなと思いながら、俺はコヴィに続いて駆け出した。
そして、駆けつけた軍の司令部で、俺は驚くべき報せを二つ受けた。
ひとつは、攻め入って来た敵がなんと有鱗種らしいという事。
「バカな?!」
先に来ていたエイベット卿が愕然とした表情を見せる。
「おそらく間違いありません。敵は火を使い、その火に照らし出された顔には鱗がびっしりあったという証言が出ています」
報告する兵の顔は蒼ざめていた。
彼もまた他の多くの兵同様、海を越えて有鱗種から逃げて来た者だ。
「有鱗種が、海を越えられるものか!」
怒鳴りつけるエイベット卿の声も震えている。
それ程に俺達にとって有鱗種はトラウマだった。
「肌に鱗持つ存在は、有鱗種以外いない。――――守備の拠点に水を用意しろ。奴らは水を嫌う。水をかけて怯んだところを剣で始末しろ。だが絶対ひとりで敵に当たるな。有鱗種は強い。複数でかからなければ倒すことはできないぞ」
俺の言葉に、コヴィは驚いたように目を見開く。
コヴィのような先住民出身の騎士達は、有鱗種を見る事自体はじめてだろう。
それでも黙って頷くと、部下に指示を出すために司令部を出て行った。
「バカな、何故今更、有鱗種が……」
震えながらブツブツとエイベット卿が呟く。
他の主要な大臣や軍の幹部達も反応は皆似たり寄ったりである。
思った以上にショックは大きいようだった。
実際、俺も態度にこそ出さないが大きな衝撃を受けている。
正直な話、信じられないという思いが半分以上だった。
もしそれが真実ならば、この国はお終いかもしれないとも思う。
それでも、自分が王である限り取り乱すわけにはいかなかった。
冷静に対処し、民を守るためにはどうすれば良いのかを真剣に考える。
そこに飛び込んできたのが二つめの驚くべき報せだった。
それを持ち込んで来たのは、なんと妹のリーファィアだった。
「お兄さま! ユウさまがいません」
蒼白な顔で飛び込んできたリーファは、今にも泣き出しそうに話す。
焦るあまり皆の前だというのに俺を素で『お兄さま』と呼んでいた。
「ユウが!」
もっとも俺も似たようなものだった。
俺の心臓は不安にギュッと締め付けられる。
「ユウさまが避難されてくるとの報せを受けて、ずっとお待ちしていたのに、いつまで経ってもいらっしゃらなかったのです。確認させれば、そもそもお部屋に姿がなかったと言うのです!」
座っていた椅子から思わず体を浮かせる。
(ユウが、行方不明!?)
信じられない事態だった。
心配して今すぐにでも捜索を命じようとした俺の耳に、エイベット卿の低い声が聞こえてくる。
「――――まさか、奴が我らを裏切ったのか?」
それは聞き捨てならない。
「エイベット卿!!」
ユウがそんな真似をするはずがない!
「このタイミングで姿を消すなど、それ以外考えられません。元々怪しい男でした。異世界から来たなどと言いながら、その実は有鱗種から送り込まれたスパイだったのかもしれません」
「ユウは、俺が異世界から召喚したのだと何度言えばわかる!?」
「そもそもそれがおかしいのです。異世界などというわけのわからぬ世界、そんなものが存在するはずがありません! それよりは、この事の全てが最初から有鱗種により仕組まれた罠だと考えた方がしっくりくる。有鱗種の中には鱗の無い無鱗と呼ばれる者もいると聞いた事があります。陛下は、あの男にダマされておられるのです!」
エイベット卿は、そんな荒唐無稽な事を本気で信じているようだった。
目を血走らせ、頬を紅潮させて俺に自身の考えを主張する。
今すぐ否定しようとした俺を制して、エイベット卿を怒鳴りつけたのは、なんとリーファだった。
「エイベット卿。貴方は『神』を疑うおつもりですか!」
その迫力に、エイベット卿が思わず息をのむ。
「ユウさまを召喚したのは神殿であり、巫女である私です。それ以前に、陛下に『神の賜いし御力』に縋り、相談する事をお勧めしたのも私です。その結果としてこの国におられるユウさまを疑う事は、『神』を疑う事に他なりません! エイベット卿、このままそのような戯言を続けるようであれば、あなたを神に背く意思ありと見なしますがよろしいのですね?」
リーファがこんなにはっきりと人を責める姿を俺ははじめて見た。
エイベット卿は赤くした顔を蒼くし、更には白く変えて動きを止める。
他の者達も全員驚きに目を瞠ってリーファを見ていた。
俺は静かにリーファに近づくとその肩に手を置く。
「……お兄さま。ユウさまは」
そう言って震えるリーファをそっと引き寄せた。
「大丈夫だ。リーファ。ユウは無事だ。――――エイベット卿、私もリーファもユウを信じている。ユウは決してそんな事ができる男じゃない。お前とてユウに接してそれくらいはわかっているのだろう?」
俺の言葉にエイベット卿は、ギュッと唇を噛む。
「……確かに、そんな真似ができる程賢そうな男ではありませんでしたな」
「エイベット卿!」
せっかく落ち着きそうだったリーファが、また怒りを爆発させる。
しかし今度の怒りには、先刻ほどの恐ろしさはなかった。
リーファを宥めながらも情報を俺は集める。
その結果、ユウと共にユウに付けていたティツァという獣人の男も姿を消しており、二人共城内のどこにもいないらしいという事が判明した。
「何らかの手段で危険を察知したティツァが、ユウを連れて城から逃げたのかもしれない」
それは俺の希望的観測だった。
「自分ひとりで逃げ出すなど、言語道断の行為だ」
エイベット卿がプリプリと怒り出すが、俺は本当にそうであってくれればと心の底から願う。
ユウが無事でいるのならばそれ以上の事はない。
俺がほんの少しではあるがホッとした瞬間――――それは起こった。
グワァン! という今までで一番大きな爆発音が直ぐ近くで聞こえる。
「陛下! お逃げ下さいっ」
叫びながらコヴィが部屋に飛び込んできた。
彼の背後で再びドン! という爆発が起こり、コヴィが吹き飛び俺の足元に転がる。
うつぶせたその背は、真っ赤な血に染まっていた。
『見つけたぞっ! ロダの一族』
二度と聞きたくないと思っていた有鱗種の言葉が聞こえてくる。
何を言っているのかはわからなくとも、『ロダ』という単語だけは聞き取れた。
視線を向けた部屋の入口には、鱗に覆われた大きな体。
(……ユウ、どうか無事逃げていてくれ)
絶望の中、俺は心からそう願った。
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