第4話 獣人、キター!
降りはじめたんだけど……
(ヤバい。これは間違いなく、明日筋肉痛になるわ)
くだりなら楽勝だなんて思った俺がバカだった。
階段は昇りより降りの方が足の負担がキツイってことを忘れていた。
幸いにして俺とリーファが先に降りているからペースは自分で決められるし、女の子のリーファを気遣ったふりをしてゆっくり目に降りていけるからなんとかなってはいるが、未来の筋肉痛を止める術は無い。
明日の自分のみじめな姿を想像しながら凹んで降りていた俺は、前方に同じ階段を昇ってくる人影を見つけた。
2人並んで大きな荷物を背負っているところを見れば、食物貯蔵庫に食物を運んでいるのだろう。
(うわっ。たいへんそう)
背の高さがずいぶん違うから男女なんだろうか?
(え? でも、あれって……)
俺は自分の見たモノが信じられずに、しかしリーファを促して階段の脇に寄って相手に道を譲った。
すれ違えない程の階段なら上から降りてくる人間の方が先に、下から昇ってくる人間を確認できるのだから、相手を先に通してやるのは常識だ。
ましてやあんなに重い荷物を背負っているんだ立ち止まらせたりしたら悪い。
案の定、ようやく俺達に気づいたその2人は……びっくりした顔でポカンとこちらを見上げてきた。
俺はこの隙にちょっとでも休めることに安心して、ニコッと2人に笑いかける。
半引きこもりだって愛想笑いぐらいはできるさ。当たり前だろう。
(それにしても……)
俺は間近になった2人をしげしげと見ながら内心びっくりしていた。
(ケモミミと尻尾だ)
異世界すげぇ~っ。
有鱗種の次は獣人ときた。
獣人といったって本当に獣みたいなのは耳と尻尾だけで、あとは人間とほとんど変わらないからコスプレした人間みたいに見えるけど、きっと本物なんだろうなと、俺はしきりに感心する。
背の高い方はピンっと立った三角形の耳とふさふさの長い尻尾を持った男で、俺でも見惚れるようなカッコいいイケメン獣人だった。服の上からでも鍛えられた筋肉が一目瞭然である。
(フン! 羨ましくなんかないぞ)
背の低い方は長い垂れ耳の可愛い女の子で、尻尾はさっき上からチラッと見えたけどまん丸いポンポンみたいな毛玉だった。
(ウサギか? チックショ~ッ、萌える!)
リーファといい、この世界の女の子ってめちゃくちゃレベルが高い!
俺を萌え殺す気なのか? と本気で疑ってしまいそうだ。
まあ、男のイケメン度も高いけどそんなの俺には関係ないからな。
驚いていた俺だが、何故か目の前の2人もいつまで経っても俺を凝視している。
そればかりではなかった。俺の隣で俺と一緒に道を譲ったリーファも、俺達の後ろに居たエイベック卿と2人の騎士までもがポカンとしている。
エイベック卿達に至っては驚き過ぎた所為だろう道を譲るのさえ忘れていた。
そんなとこに突っ立っていちゃ邪魔だろうと俺が軽く睨んだら、ハッとしたように顎を引く。
「何をしている!」
エイベック卿が怒鳴った。
何かしているのはお前だろう?
そう思うんだが、その声を聞いた2人の獣人は慌てて脇に寄るとその場に跪こうとした。
狭い階段の上である。
しかも重い荷物を背負っているのだ。
男はともかく女の子の獣人の方がバランスを崩すのは当たり前だった。
(マズイッ!)
ここでカッコよく女の子を助けられるようなら、きっと俺にだって彼女のひとりくらいいたんだろうと思う。
それができないから、俺は年齢=彼女いない歴なんだ。
颯爽と彼女を助けたのは、当然ながら隣に居た男の獣人だった。
流石に荷物までは受け止められず、放り出されたそれはスゴイ勢いで下に落ちていき、時間差でズドン! と重い音を響かせる。
幸いにして下には誰もいなかった。
(怖ぇぇぇ~っ。人だったら絶対死んでいるぞ)
「大丈夫か? 無事でよかったな」
俺は思わず素で声をかけてしまった。
蒼ざめた顔の2人が信じられないものでも見るように俺を見てくる。
(何だよ? 異世界人っていうのはそんなに珍しいのか)
そもそも外見だけで区別がつくのか?
確かに欧米人風のこの世界の顔立ちでは、THE日本人! てな感じの俺の顔は見慣れないかもしれないけど、それだってそんなに目立つわけじゃない。
異世界トリップ定番の黒髪黒瞳が珍しいって設定もここにはないんだ。
2人の騎士の片方は茶髪気味の俺の髪を上回る黒髪をしている。
「……ユウさま」
その時リーファが俺に声をかけてきた。
「そのもの達は、奴隷です」
「っ!?」
びっくりし過ぎて俺は声が出なかった。
「ユウさまが親切にお声をかけても、おそらく意味は伝わりません。姿形こそ私たちと似てはいますが、そのもの達は他の動物と変わらぬ生き物なのです」
(バカな! そんなことあるわけがないだろう!)
俺は心の中で叫んだ。
だって、彼らの俺を見る目には間違いなく理知の光が宿っている。
それに彼らは、俺が道を譲ったり、「大丈夫か?」と聞いたりすれば驚いていた。
驚くってことは、自分達が本来はそんなことをされる対象じゃないってことをわかっているってことだ。
(犬や猫にそんなことがわかるのか?)
確かめようと、もう一度視線を合わせようとしたら、彼らはそれを避けるように顔を伏せてその場に土下座した。
「これだから常識の通じない者は困るのだ。奴隷などに道を譲り大切な食物をダメにしてしまうなどと」
エイベック卿が忌々しそうに呟いた。
「エイベック卿!」
リーファが鋭い叱責の声を上げる。至高の巫女姫に相応しい支配者の声だった。
エイベック卿は渋々と頭を下げる。
下げる相手は俺じゃなくてリーファなんだろうけどな。
「申し訳ありませんでした。参りましょうユウさま」
ニッコリ笑ってリーファが俺を見上げてくる。
俺は途方に暮れて、リーファと未だ階段に頭をつけたままの獣人2人を見詰めたのだった。
◇◇◇
「そうだ。この大陸には先住民が居た」
建国10年にしては国の規模が大きい事を不思議に思い、問い詰めた俺にアディはあっさりとそう認めた。
アディにしてみれば、むしろ俺がそれを知らなかった事の方が不思議らしい。
「言っていなかったか?」
言われていたら、いくら俺だって覚えていたはずだ。
頭は普通のはずなんだ。成績、中の上が俺のテストの定位置だ。
「まあ、わざわざ言う程の事でもないしな」
海を渡ってきたアディ達とこの大陸に以前から住んでいた先住民の間に、実はほとんど違いはない。そもそも、先住民と呼ばれる人々もルーツを探ればアディ達と一緒なのだという。
彼らのルーツは、ここでもアディ達の住んでいた場所でもなく、今は失われた大陸が人間という種族の本当の故郷なのだと伝えられているのだとか。
(すげぇ。ムー大陸かアトランティスか?)
どこの世界にも似たような伝説はあるんだなと俺は思う。
当然言語も生活習慣も決定的な違いはなく、アディ達の方が文明や文化が進んでいたために、必然的に先住民はアディのお祖父さんの創った国、ロダに統一されたのだそうだった。
「――――差別とかはないんだな?」
「もちろんだ」
アディはきっぱり頷く。
国を創ったのがアディ達だから現在の政治の中枢や支配階級に移民が多いのは仕方がないが、努力すれば先住民でも偉くなれるし、先住民だからという差別はしないとアディは言いきる。
論より証拠で、俺とリーファのデートを邪魔した2人の騎士の内、黒髪の男の方は先住民だった。しかも軍でもけっこうお偉いさんなのだとか。
先住民には黒髪黒目が多いらしかった。
「人種差別は、法令でも禁止している」
アディの笑顔には一片の曇りもない。
……そう、アディ達にとって、獣人は人間ではなかった。
アディ達が移住してくる以前から獣人は人間の労働力として使われていて、その認識は俺達にとっての馬や牛、犬等の使役動物と同じだ。
俺が階段で道を譲った話を聞いたアディは目を丸くして「ユウらしい」と
「確かに耳と尻尾がなければ、俺達に似ているからな」
アディの言葉にエイベック卿は顔を真っ赤にして怒る。
「我らを獣人と一緒にするなど、もっての外です!」
多分、俺がサルやチンパンジーと一緒にされるような感覚なんだろう。サルもチンパンジーも賢いが一緒にされたらやっぱり俺でも凹むからな。
アディやリーファ、そして嫌々ながらエイベック卿の話を聞いてまとめた結果、どうやら獣人というのは俺達の世界で言う『霊長目ヒト科のヒト以外』という分類のようだった。
知能が高く、道具を使用し、集団生活もできて簡単な言語も理解する。
……だけど決して人間では有り得ない生物。
(ボノボだったか? もの凄く頭が良くて、ゲームなんかもするサルがいたけれど、やっぱりあれを人間と同じだとは思えないもんな。)
たかが耳と尻尾、されど耳と尻尾だった。
俺はその事に納得して……俺の心の奥にひっかかった何かに蓋をした。
うん、俺の勘なんか当たった事ないし、勘違いしたあげく大騒ぎを起こすようなイタイ奴にはなりたくなかったからだった。
「それにしても、よくすんなり受け入れてもらえたな?」
俺は純粋に興味から疑問を呈した。
いくら同じ人種だったからといって、移民と先住民が何の争いも起こさず統一されるなんて、もの凄い奇跡だ。
「彼らは我らを――――『神の賜いし御力』を持つロダの一族を待っていたのですから」
芝居がかった身振りでエイベック卿が感動的に宣う。
苦笑しながらアディが補足説明をした。
なんでもこの大陸には古い言い伝えがあって、その中で『いつの日にか、この地に金と銀の光を纏いし者が降り立ち、すべての人々を救うだろう』と予言されていたのだそうだ。
アディのお祖父さんはアディそっくりな金髪で、その妻であるお祖母さんはリーファそっくりな銀髪。
「彼らは祖父母をその予言の救世主だと思ったんだ」
(ナウ○カか?!)
俺の頭の中で『その者、蒼き衣を……』うんぬんというセリフが流れたのは条件反射のようなものだろう。
素朴な先住民が、やってきた移民を自分達の救世主伝説と合わせて信じて受け入れてしまうという話は、どこかで聞いた事があるような気がした。
信心深い人々ならなおさらそういった傾向は強いだろう。
しかもこの世界の『神の賜いし御力』は、想像の産物ではなく現実にあるときている。
他の誰でもない俺がその御力の証明だってのは、笑えないが。
アディ達は本当に運が良かったのだと思う。
移住して来て侵略者にも略奪者にもならず国家を築けるなんて、もの凄い僥倖だ。
虐げられ迫害される側の立場になる可能性だってあったんだから。
もちろん俺は、事がそんなに簡単じゃなかっただろうって事だってちゃんとわかっているさ。
アディの[よろず相談サイト]への最初の相談は、【民の好感度が上がりません】だった。
(きっといろいろ苦労しているんだよな)
思い悩んだ末に、神様のお導きとはいえ見知らぬ誰かに相談するくらいだ。
俺より少し年上なだけなのに統治者としての苦労を背負うアディの肩を、俺はついポンポンと叩いてやった。
途端にガチャガチャと周囲から物騒な音が響く。
部屋の警護に当たっている騎士達が、今にも剣を抜こうとしてアディに視線で止められて固まっていた。
中のひとりはついさっき話題に上がった先住民出身の黒髪の男だ。
こいつの剣はほとんど抜けかけている。流石実力でのし上がった男。反射神経が素晴らしい。
「なんだ、ユウ。疲れたのか?」
アディが顔を覗きこんでくる。
(……近過ぎる)
超至近距離の美形の顔に、俺は顔を引きつらせた。
階段の昇降が原因の筋肉痛のために椅子に座りっぱなしの俺が疲れるはずがないだろう。
現状、長椅子から立てない俺の右隣にはアディが、正面にはリーファが座っている。
王様と並んで座っているというとんでもない事態に、繊細な俺の胃は先刻よりキリキリと悲鳴を上げていた。
足さえ筋肉痛でなかったら、絶対直立不動で立っているのにと俺は思う。
……エイベック卿と騎士達の視線に殺されそうだった。
「いや。筋肉痛が治ったら王都を案内してもらおうかなと思って」
城内の案内ができなかったからと、アディは王都の案内は何が何でも自分がするのだと主張していた。
当然俺はひたすら固辞していたのだが……
周囲の視線にビビりながらも、日々統治で疲れているアディのために、王都案内と言う名の息抜きに付き合ってやっても良いかなと、この時の俺は思った。
きっとアディは正々堂々と公務をサボれる口実が欲しいのだろう。
俺がアディの立場なら、喉から手が出る程欲しいに決まっている。
アディは、美し過ぎて俺の目がつぶれてしまいそうな満面の笑顔を向けてきた。
「本当か? ユウ、約束だぞ! ――――ああ。ユウに案内したい場所が沢山ある。整備した上下水道も見せたいし、公共交通機関についても意見が欲しい。学校の建設予定地の相談もしたいし……そうだ! この前の疫病の際に必要だと言っていた保健所と先進的な医療機関の件だが――――」
……アディは、もの凄く元気だった。
半引きこもりの俺には信じられないテンションだ。
意欲満々の働きものの王様なんて、有りなのか?
俺は、自分のうかつな発言をちょっぴり後悔したのだった。
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