第5話 異世界迷走中
「アディとリーファのお祖母さん?」
俺の言葉にエイベック卿が派手に顔をしかめ、騎士達が再び剣に手をかける。
畏れ多くも
アディ達のお祖父さん、つまりは前国王の死去に伴い一年前に王妃の座から降りたお祖母さんは、今はこの城を離れもう少し
「おばあさま――――祖母は、私などより余程力の強い巫女なのです」
うん、リーファ。俺は別に『おばあさま』呼びでも全然かまわないよ。
美少女の『おばあさま』……萌える!
もっとも脳内変換で『大バ○さま』になりそうで怖いけど。
宮○アニメの老婦人は、どうしてみんなあんなにも強いんだろう?
うっかり『ゆばー○さま』に変換しないように、気をつけよう。
今現在、リーファは俺に「一緒におばあさまに会いに行きませんか?」と誘ってくれているのだった。
人生2度目のデートのお誘いに、俺のハートは舞い上がりっ放しだ。
アディやリーファの両親は随分昔に亡くなっている。
つまりは祖母というのはリーファの母同然で、これは親に紹介と同義語なのだ!
「そうだな。ユウに会えばきっとおばばさまもお喜びになる」
……アディ、『おばばさま』は止めてくれ。限りなく『大バ○さま』に近すぎる。
っていうか、何でお前まで一緒に行く気になっているんだよ!
「お兄さま――――陛下は、お忙しいでしょう? 私がユウさまをお連れします」
「ユウを紹介するのに俺が行かずにどうするんだ? こればかりはいくら可愛い妹とはいえ、お前だけに任せるわけにはいかないよ」
任せろよ!
上の人間の甲斐性は、部下にどれだけ信頼して仕事を任せられるかにかかっているんだぞ。
俺は断じてそう思う!
……頼むから俺とリーファのデートを邪魔しないで欲しい。
リア充なアディと違って、俺みたいな奴がリーファのような可愛い女の子の側に居られるなんて事は、この異世界以外では有り得ないんだから。
なのに、俺の必死の願は届かなかった。
エイベック卿もかなりの難色を示したのに、アディの強固な主張により、王太后様の元には俺とアディとリーファの3人で行くことが決まってしまう。
専制君主国家制度の弊害をこんなところで実感するとは思わなかった。
うん、やっぱり俺は民主国家が好きだ。
流石に王と巫女姫が一緒に移動するからには、警護の問題もあって明日明後日というわけにはいかず、王太后を訪問するのは後日準備が整い次第となった。
リーファと2人デートができないとわかった時点で、はっきり言って、もうどうでもいいのだが。
むしろ行かなくても良いとさえ思ってしまう俺だ。
まあ、そんな事は言わないけどな。
そんなこんなでうだうだしている間に、リーファは神殿でのお務めの時間となり帰って行ってしまった。
……あぁ、俺の心の癒しが去って行く。
俺は、去り際に俺に向かってニコッと笑ってくれた可愛い笑みを、心のアルバムに刻み込んだ。
スマホが無いため、カメラで撮れないのが残念だ。
なんでも異世界には道具は持ち込み厳禁なのだそうだ。かろうじて衣服だけを着けていた俺は、文字どおり着の身着のままで異世界トリップをした事になる。
そうこうしている内に、エイベック卿も仕事だそうで出て行ってしまった。
最後の最後まで俺を胡散臭そうに睨んでいた顔は……うん、忘れてしまおう。
おっさんの顔なんて覚えていても何の得もありゃしないからな。
「アディ、お前は政務は良いのか?」
「昨日ユウ達が城内を回っている間に、自棄になって頑張って手を回したからな。今日はあと数時間はユウの側に居られる」
……自棄ってなんだよ?
この国の政務が、心配になってきてしまう。
本当は、今日は俺に騎士の訓練とかいろいろ見せて、できれば体験してもらいたかったのだと、アディは残念そうに笑う。
すまん! 筋肉痛の俺には、そんなハードな体験は無理だ。
筋肉痛でなくたってお断りしたい。
情けなく謝る俺に、アディは「気にするな」と笑った。
相変わらず長椅子の隣に座ったままである。
本当に近過ぎるだろうと俺は思う。
キレイな笑顔が目に痛い。
警護する人数が減ったために、今この部屋に残っているのは俺とアディ、そして例の先住民上がりの黒髪の騎士だけだった。
「……アディ、彼は信用できる男か?」
俺の質問にアディはモチロンと即答する。
先住民から努力して出世した男だ。それを可能にしたのはアディの政策や差別をしないという考え方のおかげもあるだろうから、アディには心酔しているのかもしれない。
(だったら大丈夫かな?)
お偉いさんの騎士なんだから、誤解して他人を斬るなんて事もないだろう。
信じさせてくれよという視線を俺はその騎士に投げた。
怪訝そうに眉をひそめられる。
(まあ、いいさ。……なるようになれ)
俺はアディをちょいちょいと手招きした。
偉いはずの王さまは、無防備に「何だ?」と顔を近づけてくる。
俺は――――問答無用で、アディの頭を俺の膝の上に引き倒した。
「なっ、ユウ!」
ガチャッと音がする。
「いいから、少し寝ろ! そんな
いくらイケメンだって、一目で睡眠不足ですってわかる顔を間近で見るのは俺の精神衛生上もの凄く悪い。
ジタバタしていたアディの体が驚いたように止まった。
俺はできるだけ首を動かさないように視線だけ向けて、黒髪の騎士に上掛けを取ってくれるように頼む。
うん。俺の首の頸動脈の一歩手前で騎士の剣が止まっている。
(こ、怖ぇぇぇ~)
騎士の腕、凄すぎだろう?
……死なないで良かった。
騎士は呆気にとられたように俺を見ると、それでも俺の頼みを聞いてベッドから上掛けを1枚取ってくれた。
俺はそれを問答無用でアディの体に掛ける。
俺の膝の上でアディの金髪がもぞもぞと動いた。
「寝ろ!」
軽く頭をポンと叩いてやる。
今度は、騎士は動かなかった。
俺は、いったい何が悲しくて野郎に膝枕なんかしているんだろうと天を仰ぐ。
膝の上でアディがクスクスと笑った。
「やっぱりユウは、俺の思ったとおりの男だ」
それは褒めているのか? それとも呆れているのか?
「……ユウ、俺は? 俺はお前の想像どおりだったか?」
(そんなわけあるものか! 第一、小学生じゃなかったじゃないか)
俺の想像のアディは、小学生で……素直で、熱血漢のイイ奴だ。
「----ああ。お前は俺の思ったとおりの奴だったよ」
だから、俺はそう答えた。
アディは嬉しそうに笑って……本当に寝やがった。
筋肉痛の上に膝枕なんかした俺が、暫く長椅子から立ち上がれなかった事は仕方の無い事だろう。
目を覚ました後、そんな俺の様子を見て、アディはゲラゲラ笑う。
「やっぱりユウは、思ったとおりのお人好しだな」
俺は、もう二度と膝枕なんかするもんかと心に誓った。
◇◇◇
インフラ……社会基盤の整備は文明を支える重要事項である。
がっちりとした強固なインフラの上にこそ、高度で豊かな文明は栄える。
「我々は現状を直視し、持てる叡智の全てをもって後世に残るインフラを整備していかなければならない!」
アディの力説を聞いて……俺は、穴を掘ってどこかに隠れたくなった。
俺が偉そうにアディに語って聞かせた言葉を、そっくりそのまま国王の演説として拝聴させられるなんて、どんな拷問だと思う。
(恥ずかし過ぎる)
うん。もう二度と調子に乗って語るのは止めよう。話すのと聞くのとでは大違いだ。
――――俺とアディは、お忍びの視察という名目で王都に来ていた。
そう、お忍びなんである。
アディは地味な服を着て帽子を深く被り目立つ金髪を隠している。
(……全然、役立っていないだろう?)
背が高くイケメンなアディは……髪なんか隠してもやっぱりイケメンで、もの凄く目立っていた。
どこからどう見てもアディが一般市民でないことなんか、丸わかりだ。
(騎士だっているし)
当然、周囲は警護の騎士達で囲まれていた。もちろん彼らも私服で目立たぬようにとの努力はしているようだったが、威圧感と迫力が半端ない。
強面でがたいのイイ男達を引き連れて歩くイケメン兄ちゃん……に懐かれている、平凡な俺。
(どんな図だよ……)
俺の泳いだ視線が、例の黒髪の騎士と合った。
相変わらずニコリともしない不機嫌そうな顔をしていたが、その目からは以前のような警戒の光が消えている。
俺の縋り付くようなSOSの視線をサラッと無視しやがった。
「ユウ! 彼らに下水のトラップ枡の役割と必要性を教えてやってくれ」
トラップ枡とは、雨水なんかを汚水と合流させる際に、汚水の臭いや虫、有毒ガスが上がるのを防ぐために汚水管の空気を遮断する仕組みの枡である。
そう、俺達は下水道工事の現場に来ているのであった。
(お忍びの視察は、どこ行ったんだよ)
工事現場に着いたアディは、さっさと工事の責任者に自ら身分を明かし、工事の進捗状況を聞いて労働者をねぎらい、演説をぶっ放して、真剣に打ち合わせをはじめていた。
これが普通の王都案内なのか?
(どうでもいいけど、俺を巻き込むな!)
アディはニコニコと無駄にキレイな笑みを振りまいて、上機嫌に俺を呼ぶ。
「彼はユウ。この上下水道整備をはじめとした最近の都市計画の立案者で、俺の信頼する一番の友だ」
周囲の人々の目が驚愕に見開かれ、信じられないように俺を見た。
まあ、当然の反応だよな。これが反対の立場なら、俺だって信じたくない。
黒髪黒瞳もあいまって、俺はどう見てもちょっと顔立ちの変わった先住民の一般人にしか見えないのだろう。
「ユウ。それと、ここの工事だが……」
だが、そんな俺や周囲におかまいなしに、アディは俺を傍らに呼び寄せ、図面を見せて相談してくる。
(ああ。もうっ……)
仕方なしに、俺はその相談に乗ってやった。
「そもそも、下水道計画の基本は、汚水量と雨水量をできるだけ正確に推定することだ――――」
気づけば俺は、トラップ枡の説明はもちろん、汚水や雨水の計画水量の推定方法と共に下水処理のより良い方法、発生する汚泥処理の有効活用までを……滔々と語っていた。
アディは、もの凄く嬉しそうに頷きながら聞いている。
周囲は、ほとんど……ドン引いていた。
我に返った俺は、言葉を失い、口をパクパクと開閉する。
だって仕方ないだろう!
アディみたいな熱心な聞き手は滅多にいないんだ。
っていうか、俺がここまで語っても呆れない相手に出会えたのは、アディがはじめてだ。
助けを求めるように見回した視線が、黒髪の騎士に合い……黙って視線を逸らされた。
(……終わった)
俺はがっくりと肩を落とす。
しかも、何故かアディの隣にアディ同様嬉しそうに、俺を熱心に見てくるおっさんがいた。
「ユウさま。分流式の下水道の利点と必要性ですが――――」
ユウさまって誰だよ。……あぁ、俺か。
畏れ多くも王様のお友だちだものな。
工事の設計士だというそのおっさんは俺を質問攻めにした。
俺の答えにだんだんと目の輝きが強くなるのが、怖い。
おっさんの熱い視線……マジいらねぇ。
時間に急かされ惜しまれながらも工事現場を後にして、俺は心底ホッとした。
しかし、なんと俺は、その後もう2回同じ失敗を繰り返した。
道路工事現場では、「道路網の形状は、都市の形や特徴をつくり出す大きな要因で――――」と道路交通網の重要性を語りつくし。
学校の建設予定地では、「用途地域別の建築物の規制として――――」と、小中高校までの建設許可区域と大学、各種学校等の建設許可区域の違いから始まり、どうして都市計画や土地の利用制限が必要なのかを長々と喋ってしまった。
……うん。最近ひとり暮らしが染みついて、他人との会話、特に話を聞いてくれる人に飢えていたもんな。
これは孤独な俺には抗いきれない誘惑だったんだ。
俺は何も悪くない。
悪いのは、メールやLINEの普及に伴い、人対人のコミュニケーションが不足してきている現代日本の社会構造だ!
…………すみません。調子に乗りました。
俺が悪かったから、頼むからアディ、そのキラキラした眼差しを止めてくれ。
しかも、何故かアディの側にはアディ同様目をキラキラさせたおっさんが増殖していた。
「ユウさま。この建ぺい率のことについてもう少し詳しく――――」
「ユウさま。人口推測の等差級数的見積法ですが――――」
……俺は、どこで間違ったんだろう。
アディのあの目の輝きは、ひょっとして伝染病なのか?
またまた質問攻めにされ、そしてその質問が俺の自尊心をくすぐるもんだから、いい気になって俺は答えてしまう。
それぞれの現場を離れる時には、俺のライフは限りなくゼロに近づいていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます