第3話 現状報告
ネットの『よろず相談サイト』で、ゲームの攻略相談に乗っているつもりでいたのに、いつの間にか異世界の国政相談に乗せられて、あまつさえ相談相手の国王に拉致られた俺、坂上 由――――大学院生24歳。
俺が異世界の帝国ロダにきて、2日が経っていた。
現在の俺の状況を少しまとめてみよう。
身長176センチ。体重62キロ。
手も足も普通に動いて体のどこにも違和感はない。
熱も平熱で食欲ガッツリ。
異世界トリップという信じられない状況にいるはずなのに、俺は今日も飯が美味く朝からしっかりと食べた。
どんな状況でも朝食は抜くなというのが坂上家の家訓……というわけではない。
どうもロダの食事は俺の口にあったようだった。
少なくとも俺の常食のコンビニ弁当より数段美味いのは間違いない事実である。
うん。
健康状態には俺はどこにも問題はなかった。
一方精神的な状態の方だが。
こちらもおおむね問題なしである。
(問題なしなのが、本当に問題ないのかはわからないが)
ムリヤリ異世界トリップをさせられてしまった俺ではあったが、元凶であるアディとの関係は良好すぎる程に良好だった。
アディには悪気など少しもなかったのである。
「ユウだって、俺に会いたいと言ってくれただろう?」
たしかに了承はしたが、相手が異世界人だなんて俺にわかるはずがないだろう?
悪いのは俺なのか?
悶々と悩む俺にアディは「ありがとう」と言って爽やかに笑った。
そういえば、こいつは俺に会って礼が言いたいと言っていたのだったなと俺は思い出す。
本当にアディは一途な良い奴だった。
こんなアディに俺が怒れるはずがない。
有言実行……一途過ぎるとは思うけど。
そして、異世界トリップで一番の心配事だろう、俺の帰還の問題なのだが――
アディは、実に簡単に帰れると保証してくれた。
しかも俺が拉致られたその場所その時間に、ピッタリ帰れるそうだ。
「ただ、時機を見て欲しい」
この城の神殿の泉が、地球との異世界トリップのゲートになっているのだそうだが、トリップにはし易い時機とタイミングがあるのだとアディは言う。
「異界渡りは、やろうと思えばいつでも可能なのだが、タイミングを誤ると反動が起きる」
「反動?」
「まず間違いなく天変地異が起こる」
「天………」
起こる天変地異は、その時季の気候や星の配置によって様々な種類があるのだが、そのどれが起こっても被害が甚大になることだけは間違いないそうだ。
次に異界渡りの時機が到来するのは一ヶ月後だから、それまで待って欲しいとアディは俺に頼んでくる。
俺は二つ返事でそれを了承した。
俺の所為で天変地異なんか起こって欲しくない。
ちなみに今は水の時季で、この時季に俺がムリヤリ帰れば間違いなく水害が起こるそうだ。
勝手に神殿には近寄らない事を、俺は心に誓う。
それが今のところの俺の状態だった。
そして――――――――
「ユウさまの今おられるここは城の居住館になります。この奥には砦や貯蔵の役目を果たす塔が立ち並び、前面は城門と外部の者への謁見の間となっています。右手が軍の司令部、左手が神殿の礼拝堂です」
世にも妙なる美声に、うっとりと聞き惚れてしまう。
俺は、今信じられない事に、絶世の美少女リーファィア・ロダ・ミアンと城内デートの最中だった。
……幸せすぎて死にそうだ。
リーファィアは、名前からわかる通りアディの妹だった。
兄妹そろって美形だなんて羨ましすぎるだろうと思う。
俺と姉貴の姉弟とは違い過ぎて、比べる気にもならない。
彼女はこの国の巫女なのだそうで、みんなからは巫女姫様と呼ばれていた。
ヤバい、存在が萌えすぎる。
そんな美少女巫女姫とのデート!
たとえ彼女の隣に相変わらず目つきの悪いエイべット卿がひっついていようとも、更にその背後にいかつい騎士が2人もついて来ていようとも、これは俺の中では、人生初の立派なデートである!
誰が何と言ったって、そこは譲れない。
「ユウさま。大丈夫ですか。お疲れになっておられませんか?」
はじめてのデートに舞い上がり心ここに在らずの俺をリーファィアが心配そうに気遣ってくれる。
「も、もちろんです」
俺は、俺にしてはテンション高く答えた。
リーファィアの横で、エイベット卿が、こいつちゃんと聞いているのかよ? みたいな顔で睨んでくるが、幸せの絶頂にいる俺にそんな顔は効かない。
だいたい俺にとっては城の構造なんざわざわざ聞くまでもないものだった。
「外には水壕がありますよね?」
俺の質問にリーファィアがびっくりしたように青い目を見開いて「ユウさまは何でもおわかりになるのですね」とうっとりしてくれる。
俺はドヤ顔で、ますます眉間の皺を酷くするエイベット卿を見た。
(都市工学専攻していてよかった)
俺は、大学に入ってはじめてそう思う。
――実は、海からちょっと遡った河口に築かれた城が水城だなんていうことは、都市工学をちょっとでもかじった奴なら誰だって知っている事だった。
しかも、この国は建国10年の若い国なんだ。
その城が中世の要塞にちょっと毛の生えた程度の構造だろうって事だって考えるまでもなくわかることだろう。
城の説明なんて正直どうでも良かった。
リーファィアが話してくれるのなら、俺はその内容が般若心経でも
だから何でも気にせずに話してくれればいいと思っているのに……
「やはり、私のようなものではユウさまのご案内役には力不足だったのかもしれません。今からでも陛下におかわりしていただいた方がよろしいでしょうか?」
リーファィアは申し訳なさそうにそんな事を言ってきた。
「そんな事ない! ……って、あ、いや、だってアディは忙しいだろ? じゃなくて、お忙しいんだろう?」
慌てた俺は素のままで否定してしまって、取り繕うとして、ますます失敗した。
エイベット卿のこめかみがピクピクと動く。
(こ……怖ぇ)
だって慌てもするだろう?
俺はリーファィアちゃんに城の案内役をしてもらうために、もの凄く頑張ったんだぞ。
今更アディと交替なんて絶対して欲しくない!
―――実は、俺が目覚めてある程度動くのに支障が無い程に回復した時、アディは俺を自ら案内する気満々だったのだ。
俺が何と言って断っても「ユウに俺の城を見せたい」と、アディは言い張っていた。
だけどそこに運悪く(俺にとっては運よく)アディへ仕事が舞い込んだんだ。
俺は、俺の案内のために仕事を後回しにしようとするアディを誠心誠意説得させてもらったさ。
「国を治める仕事を後回しにするようなマネをアディはしないだろう」
俺は、アディにそう言った。
王さまを案内役にするだなんて地雷を誰が踏みたいもんか。
「ユウは本当に真面目で立派な男だな」
感極まったようにアディは感心してくれる。
そんな事はないと否定したのだが聞いてもらえなかった。
相変わらず思い込みの激しいアディである。
そんなこんなのゴタゴタの中で「ならば私がご案内いたしましょうか?」と鈴を振るような美声で言い出してくれたのがリーファィアだった。
俺がその案に飛びついたのは言うまでもない。
王さまに案内させるのも巫女姫に案内させるのも、たいして変わらないのでは? というツッコミは、どうか無しの方向で頼みたい。
女の子(しかも美少女)が案内してくれるっていうのを断る男なんて、男と呼べないと言うのが俺の持論である。
何故かエイベット卿や騎士達まで付いて来てしまったが、この状況に俺は十分満足していた。
「お、俺は、リーファ…ィア様に案内してもらいたいです」
絞り出すようにそう言った。
びっくりしたように青い目を丸くしたリーファィアは、本当に嬉しそうに笑う。
「リーファでいいです。」
俺は目をパチパチさせてしまった。
それから、ようやくリーファィアが自分の名前の呼び方の話をしているのだとわかる。
信じられない事態に夢心地で俺は、恐る恐る彼女の名前を呼んだ。
「リーファ……さま?」
「呼捨てでかまいません。」
きっぱり言い切られてしまった。
美少女を愛称で呼捨てなんて……俺の心臓止まったらどうしよう?
エイベット卿の皺は、これ以上ないくらい深くなった。
でも、俺は呼ぶけどな!
「……リーファ」
「はい。ユウさま」
(我が人生に悔いなし――)
俺は両拳を握りしめ心の中で感動に打ち震えた。
「あそこに見える大きな空き地がゴーラです。ゴーラとは元々は広場という意味でお祭りや民の集会場などに使われています」
耳に心地良いリーファの声をうっとりと聞き流す。
俺とリーファ、そしてお邪魔虫なエイベット卿と騎士2人は、城の奥にある塔の最上階にきていた。
うん。もの凄く階段が長かった。
当然この世界にはエレベーターなんてものはない。この階段を多少息切れした程度で昇りきったリーファの見かけによらぬ体力にビックリな俺だ。
え? 俺?
半引きこもりの俺に体力なんてあるわけないだろう?
当然息も絶え絶えだったさ。エイベット卿と騎士2人の視線がますます冷たくなったけど、リーファが優しく労わってくれたから無問題だ。
それより問題なのは、この最上階のすぐ下の階にある食物貯蔵庫の方。万が一の時のための非常食なんだろうが、こんな高い階まで食物を運び上げる労力を考えるとクラクラしそうだ。
何でこんな場所を選んだのか、俺は責任者に聞いてみたい。
異世界召喚ができるくらいなんだから魔法でパパッと移動するのかと思ったが、そんなことは何もなかった。
ファンタジー世界なのにどうしてだ?
なんでも、アディが俺とネットでやりとりできたのも、俺を異世界召喚できたのも、基本は『神の賜いし
そもそも彼らが海を越えてこの国に辿り着けたのも全て神の賜いし御力のお導きがあったからで、その御力を今現在最も強く受けているのが国王であるアディであり、巫女姫であるリーファなのだそうだ。
現代日本人の俺が(……胡散臭い)と思ってしまったのは仕方のないことだろう。
八百万の神々を祭り、仏壇と神棚を並べ、ハロウィンもクリスマスもお正月もみんな等しくお祝いする現代日本人に信仰心なんか求めないで欲しい。
実はここに来る前にリーファから「神殿の中をご案内します」なんて申し出をされたんだが、丁寧に断らせてもらった。うっかり「これが、神様です」なんて言われて巨大パソコンを見せられたりしたら笑えない。実はこの世界は誰かが創ったネットの中のVRMMOでしたなんていう厨二病的展開もゴメンこうむりたい。
興ざめもいいとこだろう?
「ユウさま?」
考え事をしていたせいだろう、リーファが心配そうに俺の顔を見詰めてくる。
その背後ではエイベット卿と騎士2人が、てめぇちゃんと聞いているのかよ! ってな目つきで俺を睨んでいるけれど、できるだけそれは視界に入れないようにした。
「いや。見事な防御都市だなと思って」
俺は誤魔化すようにそう言った。
実際眼下に広がるのは古代ヨーロッパによく見られるような都市と田園地方を城壁で仕切った典型的な防御都市だった。市街地を走る道路が稲妻状になって敵の侵入や見通しを阻んでいるのも防御都市の典型だ。
しかも都市は急速に発展し大きくなっているようだった。
(アディが苦労しているわけだよな)
どこかごちゃごちゃとした印象を与える都市の中心部と、外部に広がりつつある格子状の街並みは、それだけで時代の変遷を見る者に訴えかけてくる。
(そういう時代が平穏無事だったことなんて滅多にないものな)
俺は心の中でアディの奮闘にエールを送った。
現実に俺ができる事なんて何もないんだから仕方ないだろう?
いや、責任のある立場なんて立つものじゃないな。
俺は就職できたとしても、できるだけそういう立場とは無縁のルーティンワークな仕事につこう。
できれば快適な屋内で定時に帰れる仕事が良い。
高給なんか望まないさ。暮らしていければそれでよい。
決して高望みじゃないと思うのに、どうして俺は就職できないんだろう?
(それにしても、デカい都市だな)
何もこんな異世界でまでイヤな就職の心配をする必要はないかと俺は視点を切り替える。
見渡す限りの都市は確かにもの凄く大規模な都市だった。
(ひょっとしてロダは都市国家なのか?)
その可能性はあるだろう。
どことなく規模が古代ギリシャのアテネみたいな感じがする。
古代ローマもはじめはテベレ川に沿って建設された小都市国家だ。
(古代アテネの人口は確か30万人くらいだったよな?)
船団を率いて逃げるように移民して来て、国を築いて10年。
(こんなにデカい都市になるものなのか?)
例えロダがここから見渡せる限りの都市国家なのだとしても、それは有り得そうになかった。
これも神の賜いし御力効果なのだろうかと、俺はちょっと首を傾げる。
「ユウさま?」
また考え込んでしまった俺にリーファが心配そうに声をかけてきた。
俺は安心させるように笑い返す。
「悪い。ちょっと疲れたみたいです」
エイベット卿と騎士2人が呆れたようにため息をついた。
「すみません。ユウさまのご気分をお察しすることができずに……私はご一緒できることが嬉しくて、ついユウさまを連れ回してしまいました。お部屋に戻りましょう」
すまなそうにリーファが言ってくる。
いやむしろ連れ回してもらって俺の方こそ超嬉しかったんだから、全然平気だ。
……でも、なんていうかこれ以上ここには居たくないんだよな。
俺は眼下に広がる都市にもう一度目をやってからリーファ達と一緒に長い階段を降りはじめた。
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