第17話 異世界説得中
そして、俺は再び漏れそうな悲鳴を必死でこらえていた。
(俺は、本当に、心の底から、絶叫系が苦手なんだよ!)
『ぎゃぁぁぁぁ~っ!』
俺の隣では、俺の心の叫びをそっくり表したかのような情けない悲鳴を、サウリアが上げている。
サウリアは狐耳の獣人に抱え上げられて運ばれていた。
余程その声はうるさいんだろう、狐耳がペッタリと頭に伏せられている。
有鱗種の起こした騒動で王都が騒然としていて良かった。
この喧噪の中ならサウリアの悲鳴も目立たないだろう。
当然俺を運んでいるのは、ティツァだ。
「テ、ティツァ……もう少し、ゆっ――――」
ゆっくりと頼もうとしているのに、ティツアはダンッ! と壁に足を付き、急に方向転換をかけてくる。
「ぐっ!!」
急激なGに吐きそうになりながらも、俺はティツァの首にしがみ付いた。
(……チクショウッ。
もちろんそんな事をすれば自分が危険だからやらないし、できない!
ティツァの喉から、俺のそんなビビり具合を面白がるような、ククッという含み笑いの音がもれた。
「しっかり掴まっていろ。とりあえず城の門衛塔を目指す。あそこは門番や外壁を守る下っ端の兵士や俺達獣人が住むための建物だからな。有鱗種もあんな場所にまで手を出さないだろう。見つからないように潜入するから、もっと速度を上げるぞ」
……これは、絶対楽しんでいるだろう。
俺は心の中で(イケメン爆死しろ)の呪文を繰り返し唱え続けた。
必死でしがみついている腕の力が限界になって、これ以上はダメだと弱音を吐きそうになった頃、ようやく城が視界に入る。
闇夜の中に赤々と燃え上がる炎に目を奪われた。
「あ……っ!」
周囲に壕を巡らせた見事な水城が紅蓮に染まっている。
「そんな!」
その火の勢いは強く、城は既に救いようのないように見えた。
「大丈夫だ。神殿のある左側の灯かりは、火災ではなく普通の照明用の松明だ。中央の居住館にも火は回っていない。おそらくそこに捕えた人間を集めているのだろう。いくら有鱗種が火に強いとはいえ、城を焼け落としたりすれば自分達も無事ではすまないからな。見た目ほど被害は大きくないはずだ」
ティツァの言葉に俺は黙って頷く。
心からそう信じたかった。
いつの間にかサウリアの悲鳴も止まっている。
見ればサウリアは蒼白になって背後の王都を見つめていた。
王都のあちこちからも火の手が上がっている。
体の奥から、ざわざわと恐怖が這い上ってきた。
あの火の中で、どれだけの命が危険に晒されているのだろう。
俺は、痺れて力の入らない腕を必死にティツァの首に回した。
「…………急いでくれ」
俺の言葉を聞いたティツァのスピードが、グン! と上がる。
なんとか吐かなかった俺は、偉いと思う。
目を閉じた俺の瞼には、炎の赤が焼きついていた。
そして、抱えられて運ばれていただけなのに、何故かボロ雑巾のように疲れ切った俺は、それでも何とか城の門衛塔に辿り着く。
なんと嬉しい事に、そこにはフィフィが無事でいてくれた。
「ユウさま!!」
ガシッ! と飛びつかれて、俺は情けなくも押し倒される。
仕方ないだろう! 俺はフラフラだったんだ。
決してフィフィより俺がひ弱だったからじゃない(と思いたい!)。
「ユウさま! ユウさ、あ……よくご無事で」
「ごめん、フィフィ。心配かけた」
押し倒されながらも、俺はフィフィの青みがかった髪を長い耳と一緒にそっと撫でる。
柔らかな感触と温かな体に心が慰められた。
ホント無事で良かった。
フィフィに何かあったら俺は自分で自分が許せなかっただろう。
安堵しながら、ふわふわの触り心地を思う存分堪能していた俺の頭のすぐ横に、ダン! と足が踏み降ろされる。
(こ、怖ぇ~っ)
横目に見たゴツいブーツを上にたどれば、そこにはティツァの般若のような顔があった。
その般若が、俺から無理矢理フィフィを引き離す。
(あぁ、俺の癒しが……)
未練たっぷりで伸ばした手は、そのまま掴まえられて、勢いよく引き上げられた。
否応なく俺はよろめきながらも立ち上がる。
――――冷たい視線が、痛い。
……すまない。
たしかにこんな事をしている場合ではなかったよな。
俺は地味に反省する。
「――――お前はっ、何故戻って来た!」
そこに、部屋の奥から怒声が浴びせられた。
慌てて見れば、なんとそこにはエイベット卿が居た。
「逃げ出したはずだろう!? なにをのこのこ戻って来ているんだっ!」
怒鳴りつけてくるエイベット卿の姿は、煤だらけであちこちから血を流し汚れに
普段すかした顔がだいなしだ。
その脇には、彼を心配そうに取り巻く獣人が数人いた。
甲斐甲斐しく体を支える者や、白いタオルで傷口を押さえる者、泣きそうな顔で汚れを拭う者もいる。
誰も彼もが、エイベット卿を心から按じていることがよくわかった。
「……何で?」
俺は、思わず呟いてしまう。
エイベット卿は、獣人を自分たちと同じ存在と見なしていない。なのに、どうしてあれほど大切にされているのだろう?
「……奴は、厳格だが公平な主人だからな」
ポカンとして発した俺の疑問に、ティツァが嫌そうに答えてくれた。
――――エイベット卿は、獣人を明らかに人間より劣る生き物として扱っている。
しかし、彼の獣人に対する扱いは、厳しくも真面目で公正なものだった。人間が自分の失態を獣人のせいにしようとしているのを見破り、何人もの獣人を救ったこともあるという。
「良くも悪くも真面目な男だからな。不正を働く者は、獣人も人間も等しく罰するし、身内びいきもしない。……だから、奴を慕い心から仕える仲間は多いんだ」
びっくり仰天な新事実だった。
エイベット卿は、有鱗種に捕まるところを獣人に救い出され、城に残った者たちが立てこもるこの塔に連れて来られたところだという。
「……何で?」
俺は、もう一度呟いた。
(何でエイベット卿が助けられて、アディが助けられていないんだ?)
俺は、いけないとわかっていながらもそう思うのを止められない。
アディだって公明正大な人物だ。
エイベット卿より優しいし、アディが獣人に対して理不尽な真似をしているとこなんて一度も見た事がない。
それなのに何で、アディはここにいないのだろう?
俺の心の内を察したティツァは、視線を逸らした。
「……国王は、まだ若い。王位に就いて一年も経たない程だ。しかもそれまでは、軍部で外敵の対応に当たっていて王城にはいなかった。長年ここで暮らしてきたエイベット卿とは違う。……城の獣人達の多くは、国王の
それでは、獣人の好意など受けられるはずもなかった。
ティツァの言葉は、苦く俺の中に響く。
(やっぱり、俺が獣人の事をアディに話していれば……)
そうすれば、もっと事情は違っただろう。
「ユウさま、すみません! 私は陛下をお助けしようとしたのですが――――陛下の周りのガードがとても厳しくて近寄れなかったのです。――――陛下は、ユウさまが気にしておられた方でしたのに。救い出す事ができず…………ごめんなさい!」
フィフィが、泣きながら謝ってくる。
ああ、泣かないでフィフィ。君が悪いんじゃない。
有鱗種は、金と銀の輝きを持つロダの一族に執着していたとサウリアは言っていた。
きっとアディ達に対する守りは他の何倍も厳重だったはず。
「今すぐ、逃げろ! 陛下はお前の安否を何より気にしておられた。せめて、お前が無事でいなければ、私は……陛下に対して申し訳が立たん!!」
アディではなく自分が助けられた事に負い目を持っているのか、エイベット卿が苦しそうに叫ぶ。
……ああ。
この世界の者達は、なんてみんなイイ奴ばかりなんだろう。
あのエイベット卿までこんなだなんて……反則だ。
足元からズン! という響きが伝わってくる。
おそらく城のどこかが崩れ落ちたんだ。
比較的無傷なこの塔に、次から次へと助けられた怪我人が運ばれてくる。
「…………ユウ、逃げろ」
その怪我人のひとりが、苦しい息の下から声をかけてきた。
「え!? ――――コヴィ!」
なんとそれは黒髪の騎士コヴィだった。
コヴィの衣服は血まみれで顔は蝋のように白い。
「エイベット卿の仰るとおりだ。……陛下は、お前の無事を願っておられた。頼む、逃げてくれ!」
精悍な騎士が息も絶え絶えに俺に懇願する。
(ああ! もうっ――――)
俺はギュッと拳を握りしめた。
そんな俺を突き飛ばす勢いでコヴィに近づいたサウリアが、コヴィの傷に対して手をかざす。
「貴様! 何をするっ」
一瞬の隙をつかれてサウリアに逃げられた狐耳の獣人が、怒鳴りながらサウリアを引き離そうとした。
『俺は、治癒の魔法が使えるんだ!』
しかし、サウリアの言葉を聞いた俺は、慌てて獣人を止める。
『頼む! 俺を信じて治療をさせて欲しい。俺の……俺達のせいで傷ついた人間を治したい! こんな事、焼け石に水だってわかっている。でも、頼む、頼む』
サウリアは、必死に俺に懇願してきた。
彼の手は仄かな光を帯びている。
その光を浴びたコヴィは、体の力が抜けたように大きく息を吐いた。
「彼は、治療をしようとしているんだ。彼の好きにさせてやってくれ」
俺の言葉に獣人と人間が驚いてサウリアを見た。
『ありがとう』
そう呟いたサウリアは、本格的な治療をコヴィにはじめる。
「彼は、無鱗の有鱗種だ」
俺の言葉にエイベット卿や他の人間達が目を瞠った。
俺は、顎を引き背筋を伸ばす。
相変わらず体に響く地響きは止まらない。
それでも俺の心に、もはや怯えや迷いはなかった。
(みんな、自分のできる事をやっているんだ)
だったら俺だってそうするだけだろう。
「俺は、アディを……この国を助ける。そのためには、人間も獣人も有鱗種だって力を合わせなければダメなんだ。協力して欲しい」
全員が俺を見ていた。
拳を握りしめる。
「どうするつもりだ?」
既に覚悟を決めていたのだろう、ティツァが面白そうに聞いてきた。
「――――水門を開ける」
俺の声は――――震えていなかったと信じたい。
水城に水門はつきものである。
周囲の水壕の水位を調節し、防御や時には攻撃の役割も担う城の重要施設だ。
普通の水城の水門は外の河川や海から壕に水を引き込むためにある物だが、俺はこの城には壕から城内への内水門もあるだろうと考えていた。
「水門を開けて一気に水を溢れさせる。その機に乗じて有鱗種を捕え、火災の消火も行いたい」
自分の考えを説明して、一石二鳥の作戦を提示した俺を、ポカンとエイベット卿が見詰めてくる。
「何故お前がそんな事を知っているのだ?」
そんなものちょっと考えればわかることだろう。
この城を築いたのはアディのおじいちゃん――――前国王だ。
彼は、有鱗種と戦い逃げ出してきた人物なのだ。この城に万が一有鱗種が攻め込んで来た時の対処法を考えないはずはないし、その策として水攻めを選ぶのは当然のことだった。
――――少なくとも、俺ならそうする。
アディのおじいちゃんの性格が俺と似ているというのは、王太后さまのお墨付きである。
外見は全然違うんだろうけどな。
そう説明してやれば、エイベット卿は感心したように唸る。
「……見かけによらず、案外賢かったのだな」
失礼千万だと思う。
俺の見かけなんて放っといてくれ。
「だが、残念ながらその策は使えない。私とて水門を開ける事は考えた。兵を向かわせ確認させたが、水門は既に有鱗種の手に落ちており、10人程の武装した有鱗種が周囲を固めていて近づく事すらできなかったそうだ」
エイベット卿は随分悔しそうだった。
俺はティツァを見る。
「武装した有鱗種10人程が水門を守っているそうだ。突破できるか?」
ティツァは事もなげに頷く。
「問題ない。獣人が5人もいれば十分だろう」
俺はホッと息を吐いた。
「大丈夫だそうです。水門の場所を教えてください」
俺の言葉を聞いたエイベット卿は、ようやく事態を理解したようだった。
「お前は……獣人と話せるのか?」
「俺は救世主だそうですから」
そう言いながら頬が熱くなる。
自分で自分を救世主宣言するなんて、恥ずかし過ぎる。
俺は自分が獣人とも有鱗種とも言葉が通じる事。獣人は人間と同じくらい知能が高い事などを手短にエイベット卿に語った。
「そんな! とても信じられん」
「今は信じられなくともかまいません。ただ現実は認めてください。アディを……この国を救うためには獣人の協力がどうしても必要なんです。それだけは確かです」
信じるのなんてこれからでかまわない。
今はとりあえず行動を起こすことが必要だ。
それでもエイベット卿は混乱しているのか、まだ迷っていた。
「しかし」だの「でも」だの言ってブツブツと自問自答している。
その姿に、いい加減俺が切れようかと思った時だった。
「……俺が案内する」
目を閉じ死んだように倒れていたコヴィが、フラフラと立ち上がった。
「コヴィ?!」
サウリアの治療が効いたのだろう。コヴィの顔色は、最初に見た時よりずいぶん良くなっている。
しかしそれでもまだ足元はおぼつかないし、何より血まみれボロボロの衣服は、まるでハロウィンのゾンビの仮装のようである。
とても仕事を頼めるような様子ではなかった。
「俺は水門の位置を知っている。俺を連れて行け」
「でも……」
正直イヤだ。
俺がムリヤリ働かせたばかりにせっかく塞がった傷口が開いたらどうするんだ?
俺は責任なんかとれないぞ。
渋る俺に、天の助けが入った。
「私が行く」
ようやく気持ちの整理がついたのだろう。エイベット卿が頷いたのだ。
「ドラン近衛第三騎士団王都駐留部隊副隊長、お前はもう少し治療を受け、陛下をお助けした後に陛下の手足となるようにせよ。――――それに水門を開けるには複雑な手順があるのだ。それを知るのは、この場では私だけだ」
俺は心の中で小さく拍手する。
すげぇ、よくあんな長ったらしい職名覚えていられるよな。
エイベット卿は複雑な顔で俺に視線を移した。
「お前が救世主だなどとはとても信じられん。しかし今は非常時だ。
それが、すがる者の態度だろうかという程、エイベット卿は偉そうだ。
どうせ俺は藁ですよ。
藁を馬鹿にするなよ。
最近はコンバインで稲を刈るから、すがれるくらい長い藁は貴重品なんだぞ。
……うん。すまない。脱線した。
俺はきちんと背筋を伸ばす。
「みんな聞いてくれ! これは、救世主としての言葉だ。――――これから俺とエイベット卿、獣人5人で水門を開ける。おそらく地下と一階部分は濁流にのまれるはずだ。その混乱に乗じて、アディや囚われている人間達を救出する。そちらの指揮はティツァに任せる。必要な人数で救出隊を編成してくれ。残りの獣人と動ける人間で今から城内を回って、生きている者を二階より上に避難させて欲しい。人間も獣人も……有鱗種もだ。」
俺の言葉に、みんな驚き最後の一言には非難の目を向けてくる。
うん。当然だろう。
でも俺は自分の言葉を訂正するつもりはなかった。
「俺は神の遣いし救世主だ。であれば俺は神の意志に沿ってこの世界を救わなきゃならない。……神の意志は、全てのものの調和だ。人間も獣人も有鱗種もない。『みんな仲良く』が神の意志なんだ。人間を救って有鱗種を殺すのは神の意志じゃない」
それだけは確信していた。
今回の事だって神は人間に味方して有鱗種の国に罰を与えたわけではない。
調和しなければならない3種の内の1種が欠けたため、それを知らしめただけなんだ。
『調和せよ』なんて言いつけて、それに反した時のペナルティーだけを決めて後は知らんぷりなんて、とんでもない神様だと思う。
今どきどんな商品にもアフターフォローは必須なのに。
まあ、救世主っていうのが、そういったサービスのひとつなのかも知れないが。
俺の言葉に、サウリアが感動したように俺に対し祈りを捧げた。
縁起でもないから止めて欲しい。
「サウリア、君は助けた有鱗種を説得してくれ。人間への攻撃は神の意志に反する事。自分達の国を未来永劫救いたいのなら、人間とも獣人とも仲良くしなければならない事を訴えるんだ」
そしてそれは、人間にも言える事だった。
エイベット卿の顔は複雑に歪む。
サウリアは厳しい表情で「はい」と頷いた。
俺だってそれが口で言う程簡単な事でないのはわかっている。
でもこの世界で生きるためにはそうする以外に道が無いのも間違いない事だった。
だが今は、それより、何よりも――――
「行こう」
俺の言葉に全員が表情を引き締めた。
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