第8話 運命の卒検
卒検の担当はまさかの中山だった。しかも天気は大雨。最悪だ。
視界は悪かったが路上はパスした。最後は教習所のコースで縦列駐車だ。縦列だけはやたら得意だった。
窓を開け後方を確認しずぶ濡れになりながら、ラインに合わせ車を停止させる。
「お疲れ様、合格よ」
中山教官の笑顔を初めて見た。
中山さんは最後に私に打ち明けた。
「私の姉は20歳で死んだの。免許をとりたてだった。煽り運転の車のせいで、ガードレールに突っ込んでそのまま……」
「そうだったんですね」
「ええ。皆に厳しくしているのはそのせいよ。交通事故は被害者の人生だけでなく、その家族の人生も変えてしまう。事故を起こした人も、一生罪の意識に苦しむことになるわ。ここの教習生にはそんな思いをしてほしくない。あなたにもね」
中山さんの言葉を私は胸に刻んだ。
遊星は試験に落ちたらしい。
「おめでとう、彦りん」と湯気の上がる温泉の中手で水鉄砲をしながら、遊星は力なく笑った。
「最後のバック駐車で脱輪してさ。練習では上手くいってたのに……。俺っていざという時駄目なんだ。周りにも不真面目だとか駄目人間って思われる」
ここは曲がりなりにも社会経験を詰んだ、いや積んだ者として良い事を言わなくては。
「私も過去に、会社の上司に散々否定的な言葉を吐かれました。鬱を患い15年引き籠りました。
世間から見たら私は負け組ニートのキモオタ親父でしょう。でもここに来て分かった。何も出来ない、全てが駄目な人間なんていない。言いたい奴には言わせておきなさい。自分を本当に評価するのは自分だけ。
君は誰とでも分け隔てなく付き合える。それは才能ですよ。私も沢山救われました。自信を持ちなさい」
「そうだ、試験に落ちても死ぬわけじゃなし。次受かりゃ良いだろ!」
高岡が遊星の背中をバシンと叩いた。
「ありがとう、頑張るよ」
遊星が涙を拭った。
次の卒検は3日後。遊星の合格を見届けるために滞在を延長した。早く桃太郎に会いたいが、遊星のことも大事だ。
高岡と女子2名は観光であと3日滞在するという。
夜に旅館の車を借り遊星の練習に付き合った。色んな駐車場で死ぬほどバック駐車を練習したおかげで、ほぼ完璧といえるまでになった。
そして迎えた二度目の卒検の日。
私達は旅館で結果を待った。
正午に教習所のバスの音が聞こえ外に飛び出した。高岡と女子2名と律子さんも一緒に。
バスから出てきた遊星はピースサインを作った。
「合格だよん!」
「やった!!」
四人で抱き合い喜びを分かち合い、最後遊星を胴上げした。
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