第4話 蛍ツアー

 宿に着き母にメールした後部屋で夕食を食べた。メニューは鮑の炊き込みご飯、三陸ワカメと胡瓜の酢の物、鮪のステーキ等豪勢だった。


 疲れて食欲がなかったが、律子さんが用意してくれた物は残せない。


 途中遊星がお膳台を持って部屋に来て、「一緒に食べよ〜♬」と真横に座り食べ始めた。


「あれ、食べないの?」と遊星は私の鮪ステーキを覗き込む。


「食べます」


「食べないなら貰っちゃうよ〜ん」


「いや食べますから」


「半分だけ……」


「食うっつってんだろ」


 つい強めの口調で返したら相手はキョトンとした。


「すみませんつい……」と謝るも、遊星は全く堪えている様子はない。「ギャハハ、キャラ違いすぎっしょ!」と笑っている。


「てか彦りんタメ語でいいよ、俺の方が年下だし!」


「はい、分かりました」


「また敬語だし!」


 夕食後、遊星と律子さんに引きずられるようにして蛍ツアーに参加した。他に参加者は20代位の女性二人組がいた。一人は髪を明るく染めたギャルで、もう一人はショートヘアの大人しそうな子だった。他に黒サングラスをかけたヤクザ風の男もいた。前に観た映画で、ヤクザを怒らせた男が大量の蟹と一緒にドラム缶に入れられ殺される場面が蘇る。グラサンからは離れて歩くことにした。


 律子さんのランタンの灯を頼りに小道を歩く。途中律子さんが「夕食は如何でしたか?」と尋ねたので、「最高でした」と答えた。


「良かったです。ウチは小さな旅館なので、料理を頑張ってるんですよ」


 彼女の笑顔は月光に照らされ美しかった。


「彼女達どっから?」


 遊星は女子二人に話しかけている。


 十分ほどして田圃に囲まれた畦道に着く。


 不意に頬の横を光の粒がふわりと舞った。


 金色の光が二つに増え、三つになった。やがて無数の蛍の光が闇の中に現れ、私は息を呑んだ。


「ここはあの世か……」


 思わず口から漏れた。それ程幻想的な光景だった。


「まだ死んでねーから!」と遊星が突っ込み律子さんと他の参加者が吹き出した。


 若い頃は仕事に追われ、その後は家に閉じ籠るばかりだった。世界にはこんなに美しい景色があるのに。


 宿に帰って温泉に浸かり、部屋に戻って家に電話をかけた。電話の向こうの母の声に泣きそうになる。


『桃太郎は病院から来て疲れて寝てるわ』


 桃太郎と話したいが、疲れているだろうと思いそっとしておくことにした。

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