第3話 Empress tree

私が、お祖母様の御屋敷を訪ったのは

母の 葬儀 に出席する為でした。

然し私は、そのまま御屋敷で暮らす事に

なったので御座います。



岾の切通しの入口の、

   武家屋敷の様な歪な洋館。



戦禍は軈て暗い影を伴い乍ら、すぐ

側まで来て居りました。

 度重なる空襲は山の端を焼き鞣し

お祖母様の、あの大きな御屋敷も

遂には戦火に奪われる事となりました。


赤々とした焔が。

 あの大きなお祖母様の御屋敷を、

櫻の木々を呑み込んで行く。

その様を見つめるお祖母様のお心持ちは

果たして、如何許りで在ったでしょう。


          然し乍ら


私は、あの御屋敷が焼き尽くされるのを

密かに歓んで居りました。

 薄暗い闇が其処彼処に蟠る中、燈明の

茫とした灯りと、線香の匂い。


もう、二度と還る事はないと思うと。

私は荒ぶれた心持ち乍らも、何処かで

安堵して居たのです。





程なく私は婿を取り 娘 を一人

生みました。



お祖母様がお喜びになるのを、多分

私はこの時初めて見たのだと思います。

 喜ばしいには違いありません。ですが

内心、私は畏れていたので御座います。


この娘の呪われた 運命 を。


私や母、そしてお祖母様の。この家の

血を受け継ぐ娘の行く末を思うと、矢も

盾も堪らない不安と後悔が。

 日を追う毎に犇々と、私自身を苛んで

居りました。



男であれば、子をなす事なく早世し、

女であれば生涯その邪悪な輪廻の内側で

ひっそりと 血 を繋ぐ。

 外へと逃れ出るなど、決して叶う

事ではないのです。



もし、この不穏な土地から逃れようと

すれば 首 を奪られる。

 その『忌名』を口にするのと同様に。



岾の『魔物』との古からの 約束事 と

お祖母様は仰いました。





私が、お祖母様の御屋敷を訪ったのは

母の 葬儀に出る為 で御座いました。


今はもう行方も知れない私の父は

葬儀に出る事を頑なに拒み、私は母の

最期の顔を見る事も叶わなかった。


あの日、桐の棺に閉ざされた母の亡骸に

果たして 首 はあったのか。

 弔問客の、あの 忌わしいもの でも

見るかのような態度。そして


   線香の、噎せ返るような匂い。



今はもうない、あの大きな御屋敷の

納戸へは、決して入ってはならないと

固く禁じられて居りました。





お祖母様は、娘が三つになる前に

まるで眠るように亡くなられたので

御座います。


 恰も、御自身のお役目を果たされた

かの如く。


喪主は私が務める事と成りました。


        幼い娘は。


何も知らない私の娘は只々お祖母様が

目を覚ますのを、今か今かと待ち乍ら

形見の 鞠 で遊んで居りました。



お祖母様の御葬式は、あの山の入り口の

御屋敷ではなく、新たに構えた屋敷で

粛々と営まれたので御座います。




屋敷を取り囲む、長いながい海鼠壁の

塀に、白と黒の『鯨幕』が。

 延々と屋敷を取り囲むその様はまるで

忌まわしさを封印するかの如く。夜闇に

溶けて流れて居りました。




通夜の御弔いが終わり、私は燈明に

火を灯します。

       決して絶やさぬように。


 私は、お祖母様の亡骸の首に小刀を。





只 それだけ で御座いました。




長い時をかけて脈々と続いた 呪い は

必ず、いつか何処かで潰える。

 来るべき災厄を前に私は 仕組み を

創る事にしたのです。



戦後の復興が、其処彼処に新たなる

礎を築き始めて居りました。



私は先祖より受け継いできた土地の

粗方を売り、私財を投げ売って。

 この町の 復興 に寄与する事で、

自ら 仕組んだ 計画も自ずと進んで

行ったのでした。



私は、この町に 結界 を敷いたので

御座います。



延々と続いた忌わしい呪いが途絶えた

時に ソレ を封じて置けるよう。

お祖母様から受け継いだものが、いえ

その又先から脈々と受け継いだ呪いが。


いつか必ず途絶えるでしょう。



  いつかは絶えねばなりません。






この町を取り囲む鉄道は、岾の魔物を

封じる為の苦肉の策。



 終へと手向けた 仕組み で

           御座いました。






The end of the line



  

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御祖母様の家 小野塚  @tmum28

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