第4話 吉祥寺がない吉祥寺でお花見(2)

僕とあゆみは、ランチボックスをもって井の頭公園に向かう。

あゆみの先導に従って歩く。


「あれ、公園ってこっちじゃないの?」

「いろんなところから行けるのよ。今日はこっちから。」


まあ、あゆみはしっかり調べているので、特に反対する理由はない。


商店街を、駅とは逆の方向に歩き、左折する。

細い道に、いくつか店がある。 それを越えると大通りに着く。左に海外の家具屋みたいな店、そして右側にレストランとフォトスタジオがある。



信号をわたり、中古レコード屋とレストランを過ぎると鉄道のガードに出る。

中央線だ。 その下は駐車場になっている。 ずいぶん細長い駐車場だ。


左右に注意しながら駐車場を突っ切る。よく考えたら、ここは一方通行で、真ん中の分離対で逆向きになるだけなので、両方を見る必要はなかった。


その先の住宅街を左に曲がり、また右に曲がる。住宅ばかりだ。


「よくこんな道知ってるね。」僕はあゆみに言う。


「ふふーん。凄いでしょ! この道順は、人込みを咲けていくにはいいのよ。」

あゆみが得意げに言う。


「凄い凄い!」僕は棒読みで手をたたく。 僕たちの間はこれでいい。


歩いていくと、また信号だ。

あ、渡ったら井の頭公園のようだ。


「到着したのかな?」僕は聞く。

「まあそうだけど、目的地はもうちょっと先よ。」あゆみが答える。



信号を渡る。公園の管理事務所がある。ここで地図とかももらえるようだけど、まあそこまで気にしなくていいだろう。


僕らは坂を下りていく。 「井の頭公園って、すりばちみたいに下に下がっているのよ」あゆみが教えてくれる。


桜が咲いている。 その向こうには池がある。


あゆみは、僕を連れて速足で歩いていく。周りの景色を見てのんびりするのではなく、目的地に向かって一直線、とう感じだ。


開けたところに出た。

あゆみが急いだ理由がわかった。


多くの人たちがシートを広げて、場所取りをしているのだ。


僕も急いでリュックからブルーシートを出す。何とか桜の下にスペースを見つけ、二枚のブルーシートを敷く。

四辺が隣と重なりそうだ。いや、一部重なってる。仕方ないので一枚は折り返して半分にし、リュックと石で押さえる。


そして僕らはシートに座った。二人用にしてはちょっと広い。あと二人くらいいてもいいかも。


僕は言う。「何とか場所を確保できたね。よかった。」

あゆみもうなずく。


周りを見渡すと、一面にシートが広げられている。まだ12時前なのに、もう宴会を始めている人たちもいる。 また、広いスペースに陣取って、場所取りだけしている人もいる。


あれは午後とか夕方まで場所取りなんだろうな。ご苦労様。僕は思った。


大人数なグループは若い連中が多い。学生かな。 

こじんまりしているのは家族連れだ。



「桜、やっぱり綺麗ね。」あゆみが言う。

(君のほうがずっと綺麗だ。)僕は心で思うけど、口には出さない。


「でも、思ったより寂しいかも」

あゆみが言う理由もわかる。


多くの桜の木の上のほうが切られているのだ。 横や下から見ると、桜の層が薄い。多分、この辺の木は結構な老木なのだろう。全部枯れる前に、新しい木を植えないといけないんじゃないかな。 東京都は何をしているんだ!なんて考える。ちなみに井の頭公園は都立の公園だ。「恩賜公園」であり、国から払い下げられたものだ。




「友達がいってたんだけど、オリンピックを見越して、トイレだけ作って桜を切ったんだって。」


何だそれは?


「トイレ作ったら、公園の維持費が足らないから桜を手入れしないで切っちゃったみたい。知事の指示だっていってたけど本当かなあ。」」


僕はよくわからない。

「だって井の頭公園でオリンピックなんかやらないよね。」


「パブリックビューイングで人が来るから、なんだって。」

まったく意味がわからない。


「まあ、それはいいや。とりあえず、せっかく綺麗な花が咲いているんだから、乾杯しようよ。」僕が言う。あゆみもうなずく。


僕は、持ってきた白ワインを開ける。 チリ産の白ワインだ。 あゆみはフランス語ができるから、本当ならフランスのワインにしたいけど、こっちのほうが安いから、僕らはだいたいチリのワインだ。


僕らはそれぞれ紙コップにワインを注ぐ。

「サンテ」あゆみが言う。


「ねえあゆみ、今更だけど、サンテって何? …目薬じゃないよね?」

さすがに自分でもひどいと思う。


「ノンノンノン」あゆみが言う。スノークのおじょうさんか!と内心突っ込む。



「要するに、健康ってことよ。健康を祝して!って感じかな。あなたの健康に、って言うこともあるよ。」


「ふーん。じゃあ、サンテ!」まあいいや。 僕らはワインを飲む。いつもの味だ。でも、外で飲むワインはまた格別だ。


天気は曇り。それほど寒くはない。

僕らはランチボックスを開ける。


「おいしそう~」あゆみがはしゃぐ。僕もそう思う。


僕らは、ランチボックスを食べ始める。ワインもあるから、ゆっくりだ。



「そういえば、さっき、いのがしらじゃないって言ってたよね。」僕が言う。


「ここはね、もともと徳川家光が、ここの水がいいから、井の中の一番、ということで井の頭って名づけたの。井っていうのは、水の出るところね。というわけで、井の頭と呼ぶ、ということにしたの。だから「かしら」なのよ。」


なるほどね。


「だけど、結構多くの人たちが『いのがしら』って呼んでたの。最近になって、読み方を統一してるのよ、それまでは、道路標識とかお役所の書類でもいのがしら、って書いてるのもあったみたい。ルビじゃなくて、ローマ字で書くときなんかね。」


そうなんだ。まあ、役所まで間違えるなら、僕が知らなくてもしかたないね。


「実は今でも、ほかの鉄道で、『いのがしら線は乗り換え』なんて言うこともあるのよ。正式な表示と読みをしなさい!って言いたくなるわ。」あゆみは怒りはじめる。



いけない。酒もあって、スイッチが入りそうだ。

あゆみは童話作家になる夢の一方で、言語学か文学で大学院に行くことも考えている。だから言葉にはどうしてもきびしくなりがちだ。


この前、『オノマトペ』という単語を知らない僕に、さんざんお説教した前科もあるんだ。


「あゆみ、アタン!」僕は言う。

僕の乏しいフランス語の知識で、とりあえず『待って』と言ってみる。


僕がフランス語の単語を言うのは珍しいので、あゆみは反応してくれるのだ。

「待って」といっても聞かないでしゃべり続けるのに、「アタン」というと待ってくれる。


不思議だ。


僕はあゆみに言う。

「あゆみ、今日も素敵だね。ジュテーム。」


これであゆみは必ず気分を変えてくれる。


あゆみの顔が、わかりやすくぱっと変わる。

今までの話なんか忘れたように、僕をうるんだ眼で見つめてくる。


本当に魔法の言葉だ。もちろん、僕はあゆみの魔法にずっとかかっているんだけど。


花見の途中で、人目が多すぎてこのままキスできないのが残念だった。



====

第二部ができました。

うーん。次回で終わるかちょうど微妙なところです。


書きたいことをどこまで書くかでパート3で終わるかが決まりそうです。(多分無理)


買い物のあとの商店街は「中道通」です。

フォトスタジオはLaquan Studioの新館のほうです。

気が向いた人はルートを探してみてください。


「両方を見る必要はなかった」さてどっちだけ見るんでしょうか?右?左?それとも上?>答え;下、じゃなくて右。



読者の皆さま。

ハート、★、フォロー、コメント、レビューなどいただければとても嬉しいです。

いつも言っていますけど、


袖すりあうも他生の縁。

情けは人のためならず。


あなたの御心をぜひ少しだけ分けてください。





















(猛の別人格の頭の中) ジュテーム、ジュテーム 五劫(のすりきれ

海砂利水魚はくりいむしちゅ~…


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