第9話 みどりの日のお出かけ

世の中はゴールデンウィーク。大学も、実質的に休みだ。連休の谷間の授業は軒並み休講だから。


僕はこの時とばかりバイトにいそしんでいた。僕の愛しい彼女、あゆみは大学院に備えて勉強するのと、あとは童話作家を目指した創作活動をしていたようだ。


「ねえ、猛。4日は空いてるのよね?」


僕がうなずくと、

「じゃあ、四日は出かけましょう。」という。


「え~、ゴールデンウィークなんて、どこも高いし混んでるよね。」」


「安くて近くて短い、安近短だから大丈夫だよ。」

あゆみにはプランがあるらしい。


「わかった。早起きして出かけるのかな。」

「大丈夫よ。朝から猛のとこ行くね。」


「じゃあ、コーヒー淹れて待ってるよ。」

僕が答えると、あゆみは嬉しそうに笑う。

この笑顔があれば、ほかに何もいらないよ、と僕は思うけど口には出さない。



5月4日、みどりの日だ。僕は7時に起きて着替え、コーヒーを淹れる。

トースターにパンをセットする。


7時半にあゆみがやってきた。

「ヨーグルトとバナナ買ってきたよ。」


僕らはコーヒーとトースト、バナナとヨーグルトの朝食を食べる。


「今日はどこへ行くの?」僕が聞くと、

「それはお楽しみ。」あゆみが答える。


9時に、二人で出かける。

「こんなに遅くていいのかな?」僕が聞くと、

「大丈夫。」とあゆみが答える。


途中で千代田線に乗り、湯島駅で降りる。

「湯島天神?」僕が聞くと、あゆみは首を横に振る。


「ノンノン。今日はおうちとお花よ。」


なんだろう。僕はあゆみに着いていく

5分くらいで、大きな塀にかこまれた敷地に着く。塀の中に、大きな木が並んでいるのが見える。


「ここは?」

「岩崎邸よ。今日は無料なの。」


僕らが到着したのは、三菱財閥の岩崎家の邸宅だった。いまは岩崎邸庭園として、国が管理しているようだ。みどりの日ということで、無料開放しているんだって。



「お花を見るというのは、庭に花壇とかあるの?」

僕が聞くと、


「今日は違うよ。古河邸とかだとそうなんだけどね。」あゆみが答える。


歩いていくと、大きな洋館に到着した。

「なんだ、お茶の水のニコライ堂に似てるね。」


僕が言うと、

「そうね。同じ人が作ったからね。」あゆみが答える。なるほど。


入口で靴を脱ぎ、手提げ袋に入れる。いよいよ中を見られるんだ。

中にはずっと赤い絨毯がひいてある。この上を通れ、ってことみたいだ。


いかにも洋館だ。天井が高く、シャンデリアがあちこちにある。窓も西洋式のものがついている。


あちこちに生け花が飾ってある。花ってこれのことなんだ。

小さなものから大きなものまで、いろいろな生け花が、洋館の部屋や廊下に、文字通り花を添えている。


「これが客間かあ。広すぎるんじゃ?」僕tが言うと、

「ベッドもあっただろうけど、ソファーとかテーブルとかもあったと思うよ。」

そうだろうね。でも、広すぎて落ち着かないんじゃないかなあ。


床は板張りが大部分だ。寒かったかもね。あちこちに暖炉がある。


この小さい部屋はメイドのかな? あ、二階にもちゃんとトイレがあるんだ。などといろいろ見ていく。小さなピアノもあった。輸入したんだろうから、高かったんじゃないかな。


あちこちに生け花があるが、ひときわ大きな物がある。見ると、大山崎とかいう、テレビでもよく見るちょっと変な生け花の先生の名前がある。


「今は、大山崎さんの一門の人たちの発表会なんだよ。」あゆみが言う。


僕には芸術はわからないけど、それでも大きな生け花というか展示は迫力がある。花だけじゃなくって、木をつかったものも多い。一本だけ長く天に向かって伸びていたりする。


花にしても、大きな百合なんか、いかにも値段が高そうだし。


豪華な部屋の並ぶ二階を歩きながら思う。

洋館って、恰好いいけど、年を取ると大変そうだよね。昔はエレベーターもないし、ここなんか基本的に寝室は二階だもんね。動くの大変だよなあ。


二階から一階に降りて順路を進む。 通れないけど、右側にすごく急な階段がある。きっとお手伝いさんとかの通路だね。いまでいえばサービスエレベーターかな。 ただ、あれは怖いな。落ちそうだ。


そのまま順路を進むと、いきなり絨毯が畳にかわる。

洋館から、隣の離れにつながっているんだ。そちらは瓦葺きの日本家屋だ。


僕はそれを見て思う。結局明治の人たちも、洋館じゃなくって離れて寝てたんじゃないかな。高い天井の洋館より、畳に布団のほうが落ち着くよね。


実際はどうだかわからないけど、こちらも綺麗な襖絵とかあって、お手伝いさんの部屋というのではなくて、やっぱり偉い人が暮らしていたんだろう。


「こういうのって、結局政府とむすびついて利権で私腹をこやしたからできたんだよね。」

僕が言うと、


「そんなこと大きな声で言わないの。三菱の人たちが嫌な顔するよ。」あゆみにたしなめられる。まあ、何者でもない僕のひがみだと思ってくれればいいや。


離れから靴を履いて裏庭に出る。庭園だけど、花は特にない。芝があって、むしろゴルフ場みたいだ。


撞球場、つまりビリヤード場があるというので順路に沿って行ってみた。ビリヤードはやっていなかったが、そこで大山崎さんのグッズの展示即売会をやっている。


覗いてみると、ご本人が自ら売り子をやっている。へえ、すごいな。

売っているのは花のはさみとか、本とかハンカチとか絵とかいろいろだった。


レジのところで、本人がサインしたり、一緒に写真を撮ったりしてくれている。

サービス精神旺盛だ。こういうのもイメージ作りなんだろうね。


僕らは何も買わずに出た。まあ、サインのために行列があったからいいだろう。



「このあとは?」僕が聞くと、

「御徒町まで歩こうよ」あゆみが答える。


10分ほど歩くと、御徒町に着く。御徒町といえばアメ横だ。

僕らは、スニーカーとかTシャツとかを見ながら進む。


すごい人だ。でもよく見ると外国人が多い。スーツケースを引いてる人さえいる。


僕らはもんじゃ焼きを食べようとしたけど、人が多すぎてあきらめた。

もう少し進むと、食べ物を出す店がいろいろある。多くの人が外に出したテーブルで飲み食いしている。


「なんだかアジアの屋台みたいだね。」僕が言うと、

「そうね。人もそうだし、食べてるものも中華だったりアジア料理だったりしてるものね。」

東京なのに東京じゃないみたいだ。僕らも軽く中華のセットを食べた。メニューは数か国語で写真が載っているので指さすだけ。お金はものと交換だ。従業員にもあまり日本人がいないみたいだ。なんだか圧倒されてしまう。


そのあと、僕らは上野公園に行った。そこで親子の本のイベントがやっていた。

テントが並んでいる。


童話作家を目指すあゆみからすれば、これもお目当てだ。作家さんのいるテントがあったり、子どもの遊びコーナーとかもあって、意外に面白い。


「そろそろ三時ね。もう一つ!」あゆみは言うと、僕を引っ張っていく。


そこは上野動物園だった。

「ここも今日は無料なのよ。」


そうなんだ。この時間ならもう空いているかもなあ。入口には、行列を整理するコーンとポールがたくさん置いてあって、朝の混雑がしのばれる。

やっぱり無料って大きいんだな。


中で、定番の動物を見ていく。場内アナウンスがあった。

パンダは、3時45分で入場締め切りだそうだ。


「パンダ見ようよ。」僕が言う。

「たぶん、行列長いよ?」あゆみがちょっと渋るけど、せっかく来たんだから、パンダを見たいのは当然だよね。


パンダは、橋を渡った西園のほうにいるようだ。僕らは速足で向かう。多くの人の流れがあるけど、まさかみんなパンダ目当てじゃないよね…きっと。


それは単なる希望的観測だった。みんなパンダに向かっている。

僕らはいそいでパンダを見る最後列についた。



行列は進んでいくけど、なかなかたどりつかない。実は入口から

70分って書いてあった。僕は見ないふりをしたんだ。


行列にはいろんな人がいた。親子連れだけじゃなくて、カップルとか、老夫婦とか、男子高校生4人なんてグループもいた。いったい何かな?


ふと気が付くと、日本語が少ない。英語やら中国語やら、あとよくわからない言葉も多い。。おそるべしインバウンド。


でも、中国人なら中国でパンダ見ろよ!と内心突っ込んだのは秘密だ。


暑い中、なんとかパンダ舎にたどりつく。

10人くらいで一グループで、中に入れてもらう。


「見られるのは一分です。そのあと次のところでまた一分です。」

そう言われる。うーん。一時間以上待ったんだけどなあ。


ドアが開いて、入れてもらう。

白黒の熊がいる。パンダだ! ただし一頭しかいない。もう一頭は昼寝かな。夕方だけど。


ガラスの向こう、中をうろうろしている。写真を撮ろうと思ったら、左端のほうに行ってしまった。

どうやらそこは部屋らしい。 だけど、そこに入ると、見えなくなってしまう。

だからドアは開かない。パンダは恨めしそうにドアを見ていた。

ガラス越しのパンダは、白がちょっとくすんで見えた。


「はい、移動してください。」そう言われ、今度は右側のスペースに移動する。

ただ、パンダは左端なので、もうお尻しか見えない。


これだけ多くの人に見られ続けたら、ストレスもたまりそうだなあ。僕は少しパンダに同情した。




そのあと戻ってシロクマとかも見たけど、シロクマも中にはいりたそうだった。

夕方で、食事の時間が近いのかもしれないな。



動物園は一応5時までのようだ。退場はまだいいみたいだけど、動物たちは中に入ってしまう。夕食だね。もちろん飼育員ささんたちも帰らないといけないしね。働き方改革もあるし、仕方ないかな。


動物園を出たら、僕はくたびれはててベンチに座り込んだ。


「パンダで疲れちゃったの?」元気なあゆみが聞いてくる。

「でも、パンダは見てよかった!」僕は半分負け惜しみで言う。


だけど、心の中ではこう思った。

「あゆみといると、どこへ行っても楽しい!」


こうして僕らのみどりの日のお出かけは終わった。


え?そのあと?あゆみは僕の部屋に来て…



僕は疲れてそのまま爆睡してしまいましたとさ。




=====

久々の更新です。

安近短もわるくないですね。





読者の皆さま。

ハート、★、フォロー、コメント、レビューなどいただければとても嬉しいです。

いつも言っていますけど、


袖すりあうも他生の縁。

情けは人のためならず。


あなたの御心をぜひ少しだけ分けてください。
















"Takeshi, Je t'aime."

あゆみはそういって僕の寝顔にキスしてくれた。

それとも夢だったかな?

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