第7話

―Unveiling of new weapons―


「はぁ……はぁ……もう! 一体いつ途切れるのよこの大群は!」

「なによ、この程度の数の死体に絡まれたぐらいでへばるなんて情けないわね」

「あなたは何にもしてないじゃないですかっ!」

 屋敷を飛び出したはいいものの、不規則に動く死体の群れに翻弄されいつ来るかも分からない攻撃への対処で白黒と神前は未だ屋敷とは目と鼻の先という思う様に進めない状況に陥っていた。

「しょうがないでしょ、私にはこいつ等と戦うための身体がない上に例え身体を奪ったとしても貧弱すぎて戦力にもならないもの」

「勇んで来たんだったら……少しは仕事しろ~っ!」

「分かっているわよそんなことくらい。ほら右、そこに手頃なのがいるわ」

「えっ⁉」

 言われた通りの方を向くとそこには鉄パイプを持った死体がうろついており、絶好のカモとなっていた。

「あっホントだ!」

 今の白黒はいつでも呼び出すことの出来る大剣があるものの、持ち上げる事が関の山の現状ではそれは呼び出さずに素手にて敵の対処にあたっていた。

「そういう事だからさっさと奪ってらっしゃいな」

「言われなくったってやりますよ。せぇいっ!」

 周りにいる死体達は大半が素手でその一部に武器を持った者がおり、その内訳もレンガの破片やボロボロの傘、はてには太い木の枝という到底武器とは言えないシロモノもあったが、その中でも鉄パイプというのはこの中では大当たりといえた。

「武器を持たせていてもこの程度――か。これだけの数の死体を支配下に置いているのは驚嘆に値するけどまともな命令すら与えられてないなんて、これじゃ熟練者か未熟者かなんてわからないわね」

 そうして白黒はただの手刀――それも一撃で死体を叩き伏せ、何の苦労もなくあっさりと武器を手に入れた。

「……武器ってこんなに軽いものなんだ」

「普通は武器って軽量化して使うものよ。それをわざわざ好き好んで重い物を使う奴なんてただの変人よ」

「なっ……! い、いいじゃないですか別に。重くして当たれば一撃、単純で分かりやすいじゃないですか」

「――だったらもう少し武器に見合った力を身に着ける事ね」

「む~……事実だけに反論できない。それで、あなたも飛び出してきたは良いけどどうやってこの事態を治めるつもりなんですか?」

「そうね、こいつ等を操っている奴を上から探してみるわ」

 そうして神前は眼に見える所では一番高い建物に登り、そこで辺りをぐるりと見渡す。

(これだけの大群を操るのなら必ずそれが見渡すことが出来る場所にいるはず……! 同じ死霊術師である私だったら恐らくあそこら辺に――)

「――いたっ! 入色白黒、あそこに向かうから付いて来なさい!」

 神前の視線の先にはド派手な桃色の髪で更には着ている服すらも継ぎ接ぎだらけのボロボロではあるが同じ色と、白が目立つ周りの街並みの中では目立たない方がおかしい人物が屋根の上で街を見下ろしていた。

「分かりました!」

 神前が空を飛んで先導し、白黒は屋根を伝ってその後を付いて行く。そしてよく目立つ目標のおかげですんなりと怪しい人物の下へと辿り着いた。

「こんな分かりやすい所に護衛も付けないなんて随分と余裕みたいね」

 神前の声に全身桃色の人物が反応する。そして白黒も到着したタイミングでその人物が

二人の方へと向いた。

「……?」

 二人の方へ向いたのは片方の目が髪で隠れている見たところ齢7~8歳のまだあどけなさが残る少女で、表情が分かりづらくなっていたが反応はそれだけ、二人の事を不思議そうな顔をしながら無言で見つめていた。

「あの、神前さん? あそこにいる人が敵……って事でいいんですか?」

 こちらに対し敵意はおろか興味というものを示さず、ただ声のした方向へと反射的に振り向いた様に見える。

 ふいっ――

 そしてすぐに興味が無くなったのかまた戦場となっている街の方へと目を向けた。

「ちょっと⁉ あなたセムリの関係者なんでしょ! 無視してないで何とか言ったらどうなの!」

「……」

「じれったいわね。関係がないなら首を横に振ってでも否定してみなさいよ」

 なおもこちらの方を向かない事に堪忍袋の緒が切れた神前は、無理矢理に視界に入って嫌がらせ交じりにでも聞き出そうと回り込む。

 ふいっ――!

 今度はさらに勢いよく顔を逸らされ強く拒絶の意を示されるが、その際胸元にきらりと光る物に神前の目は移った。

「なっ――⁉ そのネックレスって私が海に捨てやつじゃ……やっぱりあんたセムリの関係者だったわけね!」

 神前の視線の先にはついこの間まで自分の首に掛かっていたのと同じネックレスが掛けられており、彼女が何も言わずとも彼女の背後関係は明らかになる。

 ビクッ⁉

 そして急に顔を近づけて大声をあげた神前に目の前の少女は一切の悲鳴をあげなかったが、その表情には怯えの色が見られゆっくりと二人の距離は離れていく。

「あの神崎さん……あの子怯えてますよ。さすがに子供に大声ってのはマズいんじゃ……」

「なに言ってるの、相手が子供だからって油断していると――死ぬわよ」

「まっさかぁ……こんな攻撃もろくに出来ない死体でどうやったら死ぬんですか」

 目の前の少女相手にどうやっても負ける未来が見えない白黒はここが戦場だという事を忘れでもしたのか敵から目を逸らす。だが、相手を侮るその行為は死に直結する事を、すぐに己の身をもって知ることとなる。

「バカッ! なに敵から目を離してるのよ!」

「はぇっ?」

 この少女には戦闘能力など無いと思っていた。――それは間違いではないが正しくもない、なぜなら彼女の戦闘は自身の身体で行うのではなく死体を呼び出してそれを使役する事で戦う。そして、白黒はまだ数多に存在する世界という広大さを知らないがために油断をした。

 ズオッ――!

 白黒の知らない世界の中には山の様に大きい人間すらも存在する。それが分かった時には自身の身の丈を優に超す掌が目の前へと迫っていた。

「うっ――がぁっ!」

 掌が当たる寸前で白黒は手に持っていた鉄パイプを身体の前に持ってきてそれですんでのところで防いだ。だが、巨大な掌の前ではそんなものなど木の枝がごとくへし折られ、白黒の軽い身体も簡単に吹き飛ばされてしまった。

「――っ! あぁもう世話が焼ける!」

 神前が人差し指をクイッと手前側に振ると高速で吹き飛んでいた白黒の身体は急激に速度を失い、あわや壁に激突という事態をギリギリで回避できた。

「ウッ――ゲホッゲホッ! あ、ありがとうございます神崎さん。なんか一瞬意識が遠のきましたけど」

「悪いわねちょっと手荒で。でも私が出来るフォローにも限界ってものがあるんだからそれぐらいは我慢してもらうわ」

 どうやら神前は死霊術師としての力で白黒の魂を身体から引き抜かない程度に引っ張ったが、魂を抜かれそうになった白黒は普通に死の淵を彷徨いかける所であった。

「……!」

 少女の興味が二人へ移る。今までの空虚な眼差しは途端に獲物を狩り取る様な眼差しへと変わり、それに呼応するように巨大な掌の主もその姿を現わした。

「おっきい人……なのあれ?」

 二人と巨人との距離が開いた事によりその全貌が判明したが、それはとにかく大きいという表現がよく似合い背丈は優に50メートルを超えていた。

「残念ながらあれも人間よ。さすがにあそこまで大きい巨人は私も初めて見たけど」

 神前は教団にいた頃に様々な世界へと足を運び、そこで戦力となりそうな死体や霊を集めていたために様々な種族を見ており、世界によって人という部類にも違いというのは見受けられ神前が言う所の巨人も存在していたがその大きさはせいぜいが10~20メートル程度の大きさであり、世界の多様さというものを再認識させられていた。

「そんな――! じゃあ神崎さんでもどうしようもないって事なんですか⁉」

「慌てないで、大きいと言えども人間には変わりないわ。身体の構造なんかも変らないから対処は容易よ」

「……動きが見えてても避けようがないと思うんですけど」

「その辺りは私がアシストしてあげるからとにかくあなたは突っ込みなさい」

「それは良いんですけどわたしもう武器なんて持ってないですよ」

「あら、武器ならあるでしょ。あの不愛想なのに作って貰ったものがあるでしょ。信じなさい、その武器と――自分自身を」

「わたし自身……」

 白黒は自分の両手を見つめ、そして炎王慎二の手によって作られた一振りの武器を思い浮かべる。すると、白黒の意思に応え大きく重い剣がその両手に現れた。

「やっぱり重い……でもなんだろう、あの時よりも軽い感じが――」

「来るよ。用意はいいかい?」

「――はいっ!」

 巨人の大きい掌が白黒へと迫る――だが、いくら当たる面積が大きいとはいっても所詮はただの押し潰し、単調な行動は既に絶好の反撃のチャンスと成り変わっていた。

「うりゃあぁぁぁっ!」

 振り下ろされた掌を冷静に見切って指の間へと滑り込み、重い大剣を渾身の力で持ち上げ――そして思い切り振り下ろした。

「くっ! 思ったより浅い! すぐに引きな入色白黒!」

 相手は巨体を誇る上に死体である。だから今の白黒の一撃は常人の大きさの人であれば指先を小さな刃物で傷つけたに等しく、痛みというのを感じない巨人は白黒を小虫相手にするのと同じように横薙ぎに振り払う。

「そう簡単にやられてたまるかっ!」

 巨人の攻撃を白黒は一切の避ける行動をせずただ剣を地面に突き立て、剣の柄を握りながらその上で逆立ちになった。

 ズバッ!

 巨人の手が白黒の頭の上を通り過ぎるとそこにはすさまじい切れ味によって転がり落ちた4本の指と数多の返り血に塗れながらも一切の損傷なく突き立っている剣が燦然と佇んでいた。

「よっと……まだまだ行くよ!」

 剣の上から下りた白黒は血に塗れた剣を一度大きく振って血を払い、そして巨人が地に手を突いている状態を好機と捉え剣先を下げた状態で引き摺りながら腕を駆け上っていく。

「いっ……けぇぇぇ!」

 腕を駆け上がり肩まで上り詰めると白黒は剣を引くようにして構える。巨人もまた白黒の姿を捉えており指を斬られた方とは逆の手で白黒を握り潰さんと迫っている。

「――!!!」

 少女が白黒へと指を差す。その直後、巨人の顔は白黒の方へと向きその姿を捉えるや否や勢いよく息を吐いた。

「うわぁっ!」

 巨人の息は強くそして臭く、それによって白黒と巨人との距離は開きつつありその上、腐臭とも形容できる息が白黒の意識を刈り取ろうとする。

(ク、クサい……それに眼も。だけどっ!)

 刺激の強い息によって白黒の視力は一時的に奪われる。だが、今この瞬間は恐らく最後の攻撃の機会――それを逃してはならないと白黒は当たるかどうかも定かではない状態で剣を振るう。

「えっ⁉ いったい何が起こってるの――」

 白黒の腕輪が薄い藍色に明滅する。そして、それに呼応するように大剣も同じ色の輝きに包まれそして剣身が細くなりそして伸びていった。

 ザシュッ!

「――この手応え、結構深い」

 最終的に10メートル程の長さにまで伸び、まるで槍を思わせるようになった大剣が深々と巨人の額を切り裂いた。

 そしてその一撃で巨人の身体がグラつき膝を突く。体勢を崩した後の巨人からはまだ臭い息が漏れており、自分はまだ射程圏内にいると分かると身体を捻ってもう一度武器を振るう。

「おっと……二度目はさせないってね」

 白黒の攻撃が当たるかと思われたその瞬間何者かが乱入して白黒を殴りつけ、巨人の側からはたき落とされてしまった。

「――まさかあの女まで来ていたなんて。っと、入色白黒! 今助けるわ」

 急に現れた謎の女性だが、神前はそれが誰だか知っているようであったが目先の敵に構うよりも先に白黒の下へと駆け寄り地面に叩きつけられる前に救助した。

「――げほっげほっ! ……おぇ。一体なにが起こったんですか?」

「厄介なのが来たわ。流石に相手が悪すぎるからいつでも撤退出来る様にしておきなさい」

(それにしてもあの女が戦場のこんな前線にに出張って来るなんて……何か重大な事でも起こったとでもいうの?)

「ん……? んんん~……? あんたよく見たら神前じゃな~い。教団から捨てられたとは聞いてたけどまさかこ~んな所で敵として再会するとは思わなかったわ」

(あの……神崎さん。誰か新しい人でも現れたんですか?)

(……残念ながらね。あいつはマシェット・メイヤール、並外れた転移能力を持った教団の使徒の一人よ)

「ん……」

 刺激臭による目の痛みが引いて来ると、次第に白黒にも新たに現れた人物の姿が映ってくる。

「なっ――なんなんですかあれぇっ⁉」

 白黒の眼に飛び込んできた人物の姿――それは、臍周りが大胆に切り抜かれたボディコン、そこまではごく普通の格好なのだがそれ以外があまりもおかしく、首輪・両腕についた腕輪・両足首についた足輪とがそれぞれに嵌められており、そのそれぞれの輪からは鎖が伸びそれらがそれぞれの輪と繋がっているという動きづらさしか感じられない異様な格好をした女が巨人の手の上で立っているのであった。

「な~に? お嬢ちゃんもそこの陰気な幽霊みたいにわたしの身体に興味津々なの?」

 特徴的すぎる恰好をした女性――マシェット・メイヤールが煽情的な声色で白黒へと誘惑するかのように話しかけてきた。

「いつも通り大層な自信ね。それで? そこの汚い尻を出しているのとヒョロガリを回収するためだけに出張って来るなんて随分と暇を持て余していたのね」

 見るとマシェットは右手に全裸になっている男の足首を掴んでぶら下げ、そして左の肩には不健康そうという言葉を体現した男が担がれていた。

「そうよ、わたしはいつもいつも暇なの。どんな戦いでも常に後方にいさせられるものだから身体が疼くの」

 そう言って二人の男を自身の転移能力によってどこかに飛ばすと、マシェットはゆったりとした動きで巨人の手から降りて行った。

「さぁ、どこからでもいらっしゃい」

「えっ? 何この状況……」

 白黒の前に降り立つとマシェットは自分は無抵抗の人間だと主張するかのように両手を横に広げ、まるで攻撃されることを望んでいるかのように誘っていた。

「よく分からないけど――てぇええいっ!」

 なにがなんだか分からないが白黒はいつの間にか大剣の状態に戻った武器での腹で殴りつけてみた。

 ガスンッ!

 武器が当たって鈍い音がする。あれだけの重量の武器で殴られれば骨は砕け大きく吹き飛ぶのだが、マシェットの身体は変らずその場におり痛みを感じている様子が見えるのだが目に見える状況はそこまでで、なぜか血の一滴も流していないその身体に白黒は一歩二歩と後ずさる。

「え……なにこの人、なんでなんともないの……」

 今の一撃――特段白黒は手加減をしたとかではなくともすれば顔の骨が砕ける威力であったが、マシェットは痛みだけを感じ取りながら無傷のままで恍惚の表情を浮かべ悶えていた。

「あぁ……いいわっ! 久しぶりのこの痛み……もっと! もっと頂戴!」

「う……うぁ……」

 今までに見たことのない種類の人間に対し後ずさりしていた白黒はとうとう足がもつれてしまい尻餅をついてしまった。

「あらあら……わたしを荒々しく襲ってくれるライオンかと思ったら、ただの子猫ちゃんだったのね」

 自分を痛めつけてくれる相手にはなりえないと判断するとマシェットは興味を失い、視線を白黒から神前へと変えた。

「あんたが変態なのは知っていたけどまさか真正のドMとは驚いたわ。それでどうするの? 裏切り者としてここで私を始末でもするのかしら」

「そうしたいのはやまやまだけど残念……時間切れなの。今しがたセムリ様はこの世界から撤退したとの知らせが来たからわたし達も引き上げるの、良かったわね命拾い出来て」

 完全に戦闘する気力を失くした白黒、元から単体での戦闘能力が皆無な神前ではマシェットをどうこうすることなど出来ずただ彼女がすることを黙って見続けていた。

「それじゃあ帰るわよこにあ」

 ふるふるっ――

「なに? 心配しなくてもそこのデカブツは持って帰るわよ。他の雑兵は……ティセアがナニか妨害しているみたいだから持って帰れないわね」

 かくっ……

 こにあと呼ばれた少女とマシェットの間では意思の疎通が出来ているようで、こにあが頷いて了承の意を取るとまずは巨人だけどこかへ転移した。

「じゃあねお二人さん。次はどうやってわたしを痛めつけてくれるか楽しみにしてるわ」

 最後に怖気のするセリフを残し、マシェットとこにあもこの世界から去って行った。

「――はぁっはぁっはぁ」

「お疲れ様。悪かったわね戦闘を全部押し付けて」

「いっいえいえ! 神前さんのサポートがあったからこそわたしはこうやって生きられているんですから」

「そう、ならいいわ。それにしてもセムリが退散したって言っていたからティセア様の方も片が付いたという事だろうし私達も戻りましょうか」

 そうして白黒と神前の共闘は勝ちとまではいかなかったが辛くも敵を撤退にまでは追い込むにいたった。

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