第8話

―The Battle is Over―


「あっ! シクろ~んおっかえり~」

「ただいまサクニャさ――あっちょっと⁉」

 白黒が無事に帰って来た。そして彼女の姿を見た時にサクニャは、深い愛情と力のこもったハグを行った。

「~~~っ! で、出ちゃう! なんか色々と出ちゃ……うっ!」

「あっごめんごめん。シクろんに怪我がないかペタペタしながらやってたんだけどちょっと力を入れすぎちゃったみたい」

「も~……一瞬死ぬかと思いましたよ~」

「あら、もしそうなったら私がその身体を使っちゃおうかしら」

「その冗談はさすがにどうかと思いますわ」

 神前の本気かどうか分からない一言にミシェがツッコミを入れるが、本人の目はあまり冗談を言っている様にも見えず効果は全く無いが銃を取り出し牽制する。

「――しないわよ。ちょっと度が過ぎたわ」

「えっ⁉ 神前……さんが謝った⁉」

「いったい私を何だと思っているのミットシェリン」

「え……っと、どうやらわたくしが思っていたよりももっとずっとまともな人――だったみたいですわね」

 神前の身体を見て一瞬人間かどうか悩んだが、幽霊なだけで人間には変わりないと思い直し己が神前を偏見の目で見ていた事を恥じ、最後の方には言葉がどんどんと小さくなっていった。

「あ~喧嘩は終わったか? さて、まあなにはともあれ皆無事だったんだからほれ――外の片付けは屋敷の奴等が頑張るみたいだからあたし等はちょっと別の仕事を手伝うぞ」

 ミシェと神前の言い合いが終わった頃合を見てアロエがくいっと指を向けると地面に白鴉の杖が突き刺さっており、アロエがパチンと指を鳴らすと杖を中心に魔法陣が展開され、一瞬魔法陣が強く光った次の瞬間には大量の動かない人が現れた。

「あれっ? この人達って確か……」

「――っ! あれはあの遺跡の! 連れて来れたんですか⁉」

「まぁ~ね~。あの時マーキングしてたし邪魔者が居なければこれぐらいちょちょいのちょいよ」

「あ……ありがとう、本当にありがとうございます!」

「い~ってい~って! さぁアンタ達、コイツ等を屋敷の中まで――」

 グラグラグラ……ドーン!!!

「地震か……? 大分デカくなりそうだな。おい、全員姿勢を低くしていろ」

 アロエの大声が辺りに響く。それに伴って物理的な干渉を受けない神前以外が姿勢を低くして地震に備えているのだがもう一人、この地震の中で立っている者がいた。

「えっ……なにこれ? なんで地面がこんなに揺れているの……」

「あっ! バカさっさと身を屈めろ!」

 遊子羽は急な地震に驚いているのか全く身動き出来ず、ただただ揺れる地面と共にあたふたとしており、そしてあまりにも強い揺れだったのか屋敷の一部が遊子羽目掛けて崩れ落ちてきた。

「あぁっ言わんこっちゃない! じっとしてろよ!」

 動けていない遊子羽を助けるためアロエはまだ地面に刺さっていた白鴉の杖を手にし、すぐさまそれを天に掲げた。すると、遊子羽の頭上はおろか庭全域をカバーするほどの薄紫色の膜が現れた。

「あ……えっ?」

 瓦礫が降って来る。だがそれらは薄紫色の膜に当たると圧壊し、粉となって風と共に舞い散っていく。そして揺れが収まると膜は音も立てずに消え去っていった。

「ふーっ……どうやら遊子羽も他のやつらも全員無事だな」

「私だけでなく街の方々も一緒に助けていただいてありがとうございます。それで……あの……さっきのジシンって一体何ですか?」

「何ってそんなもん――」

 そこまで言ってアロエは言い淀む、遊子羽のこの反応は腑に落ちないと。そしてほんの少しだけ考え込み、そこであまりにも恐ろしい結果を生みかねない事実に辿り着く。

「――遊子羽、これからあたしがする質問に疑問は持たずに答えろ、いいな?」

「は、はいっ⁉」

 突然の有無を言わさぬアロエの迫力に遊子羽が気圧される。

「今までで地震以外にも台風とか雷とか大勢の人が死にかねない災害とか過去にあったか?」

「えっ? えっ? なんですかそのタイフウとかカミナリって……それにサイガイって言うのも初めて聞きましたけど」

 ――っ⁉

 その言葉この場にいたこの世界の住人ではない者全員が驚く。遊子羽の言葉通りであるならばこの世界は常に平穏であるからだ。

「――そうなるわよね。この屋敷、災害に全くもって対応していないから」

「ですが先生、それらの災害がこの世界に無い事には驚きはしましたが、それが結局どうなるんですの?」

「ああ、それは――こういうことだ」

 アロエがパチンと指を鳴らす。すると塀の一部が圧壊し遥か向こう――白黒と神前が戦闘を行った跡地が見えるのだが、そこには倒れた屍の兵隊が見えるだけで何もおかしな所はない。

「なんじゃ? 何も変わった所は見えんが?」

「えっ――嘘、いくら何でもいなくなるのが早すぎる⁉」

 ティセアには分からなかったが、神前が目の前の異変に気が付く。

「どういう事じゃ初美」

 ティセアが熱い視線(神前視点)を送って来た。それに応えるべく神前は佇まいを直し死霊術に詳しくない者の為に丁寧な説明を始めた。

「――通常であれば死体に霊を入れて使役した場合、操っていた人が使役を放棄すると魂は死体から勝手に抜け出てその魂は然るべき所に逝くのだけど、多少なりとも時間が掛かります。ですが今回の場合はさほど時間が経っていないにも関わらず、魂が全部逝ったという訳です」

「それが早いとなにか問題でもあるんですの?」

 ミシェの疑問が神前へと投げかけられるが、神前が答えるよりも先にアロエが割って答える。

「あー他の世界だったらそんなに問題は無いな。だけど、ここの世界では魂が逝く所がちょいと変わってるんだ。まぁ聞いてもなんのこっちゃと思うだろうから見せた方が早いな」

 そしてアロエは百聞は一見に如かずとその場でしゃがみだし何かを探すかのように地面を撫でていく。そして、目的の何かがヒットしたのか芝を地面ごと剥いで捲り上げ、そして――

「これって遺跡の入り口……ですわよね?」

 現れたのはこの世界の住人にとっては当たり前の存在である『遺跡』だが、その遺跡を遊子羽はありえないとでも言うかのような顔をして見つめていた。

「な、なんで……なんでそこにがあるの……⁉ 今までそこに遺跡なんて無かったのに」

「なんでって? ついさっき出来たからさ」

「それって魂が逝きつく先は天国とかそういうのではなく、遺跡へと成り変わるという事ですの⁉」

「どうやらここはそういう世界だったようだな。そんでもってそれが分かった時には――もう手遅れだったって訳だ」

 そしてアロエがこの世界の仕組みを解説し終わると同時に左手を引き払った。すると屋敷の外で作業をしていた使用人達が全員ドサッと庭へ落ちてきた。

「おっとそうだ、杖をまだ返してなかったなほれっ!」

 空の遺跡にいた人達を転移魔術で連れて来てから今までずっと白鴉の杖を借り続けていたのでそれを本来の持ち主へと放り投げて返す。

「こ、こら乱暴に扱うでない! 全く……壊れたらどうするんじゃ」

「そんなんで壊れる程やわじゃ無いだろ。――っと、とにかく転移門を作ってくれ。狭間行きのをな」

「なっ、狭間じゃと⁉ なぜそこに行く必要があるんじゃ!」

「理由はすぐわかる。ほら――おいでなすった」

 アロエの理解不能な要求に声を荒げるがその直後、なぜアロエがそんな要求をしたのかを知る事になる。

「なんなのあの光る巨人は……」

 一番最初に気付いたのは神前だった。彼女の目には先ほど戦ったあの巨人がまるで赤子にも思え、世界の終わりさえ感じさせるほどの大きさを誇っていた。

「あれは……なんじゃ?」

「あれは俗に言う神って存在だな。しかも厄介な事に世界を簡単に終わらせる事が出来る破壊神に位置する奴だ」

「ねぇねぇ、あれって師匠にティセアさんと慎二さんとでやり合っても倒せないの?」

「どうやっても勝てる未来が見えんのう」

「無理だな。あと慎二の奴もアイツ相手じゃ手も足も出ないな」

 ――と、この場にいる者達ではどうやっても破壊神に勝てないという事から、あれはまさに超常の存在だという事が嫌でも分からせられた。

「そういう訳だから――さ。ここにいる奴ら全員が問題ない通路を頼んだ!」

「それは了解じゃが、ぬしはどうするつもりじゃ?」

「ちょっと時間稼ぎ。アイツを止めるのは無理だけど進行を遅らせる事は出来るからな」

 そうこうしているうちに破壊神はじりじりと迫ってきており、ソレが通った跡は空も海も大地も全ての存在が初めから無かったかのように消え失せ、この現象は人では抗う事はまさしく不可能と言えた。そしてアロエはそんな相手を前に臆さず向かって行った。

「行ってしまわれましたね。三人でも勝ち目がないというのに一人で時間稼ぎをするなんてそんな事が可能なんですの?」

「なんか考えがあるんじゃろう。それより転移門はもうすぐ出来上がるからぬし等は屋敷の中にいる者達をここまで誘導してはくれんかの」

「それなら私が行くわ。流石に自分の屋敷だもの他人に任せるよりは早いわ」

「それもそうか、ならそっちは任せるぞ遊子羽」

「はいっ!」

「ではわたくし達は……」

 ミシェが辺りを見回す。まだ転移門は完成しておらず住人を運びだす事も出来ずどうしようか考えていると――

「ちょっと持っとれ。…………あったあった、門が開いたらこれを向こうにいる職員に見せて今の状況を説明するんじゃ」

 ティセアが何かを取り出しミシェに渡す。そこには『ティセア・I・カロ―ディア』と名前だけが書かれた一枚のカードがあった。

「お任せくださいまし」

「さて――そろそろ出来るぞ」

 カッ――!

 眩い光と共に以前に見たのとは違う形のしっかりとした門が現れた。

「よし出来たっ! ミシェ、門の中に駆けこむのじゃ!」

「では行ってきますわ。サクニャ、わたくしが行った後は頼みましたわよ」

 転移門の完成と同時にティセアの号令が飛ぶ。ミシェが駆けこんでいくのを皮切りに外にいた使用人達が動けない住人達を抱えて門の中へと飛び込んでいった。

「さて、わしはこの門の維持があるから動けん。あそこの破壊神が近づくごとにその余波でこちらの屋敷も壊れていっておるから動けるものはこれから逃げる者達のための援護を頼む」

「お任せあれです」

「うむ、心得た」

「ぁの……ゎたしも……頑張ります」

 白黒・藍我・鈩がティセアの要請に頷く。そして各々がそれぞれで動き出す。

(――後はアロエがどれだけ時間を稼げるか、じゃな)

 尋常ではない早さで世界が壊れていく中、この場にいる全員が生還するにはアロエがどれだけ時間を稼げるかにかかっていた。

 世界の全てが壊れるまで後――4分




「ああは言ったもののアイツに会わなきゃいけないのか。はぁ……気が滅入る」

 家の屋根を飛び回りながらアロエは溜息をつく。そんな憂鬱な気分を抱きながらお互いにの姿が確認できるまでの距離へと辿り着いた。

「ちょい待ち!」

『ん――なにか矮小な存在が来ていると思えば貴様か。いったい何用だ』

「ちょっとお願いに来たのよ」

『今の貴様が何かを頼めるような立場だと?』

「そうね。でも、お願いアンタに仕事をするなとは言わないけどもうちょっと怠惰にやって貰えないかしら」

『そんなものが貴様の頼みか?』

「…………だめ?」

『ふん、もっと大層な事かと思えばその程度か。まぁいいだろう。貴様がそこまでして頼むとは、人間の世界はさぞ面白いのだな』

「――えぇそうね。こんなにも可能性が満ちている世界にあって多種多様な姿――かつて一柱の神が望んだ色々な世界の在り様をアタシに見せてくれる。楽しいし面白いに決まっているじゃない!」

『分からぬものだ、人間とそれに寄り添おうとする存在は』

 そして破壊神は歩みを緩めた。

『久しぶりの余興だ。貴様が面白いと言うもの――我に共感させてみろ』

「いいわ。そのうち神の世界にも轟くわよ、あたしの弟子とその仲間たちがセムリをぶちのめす瞬間を!」

 最後に壮大な宣言をしてアロエはその場から去る。そして破壊神はその後ろ姿をどこか懐かしむような眼で見送った。

 世界の全てが壊れるまで後――2分




「よっと、今戻った。こっちはどんな感じだった?」

「ボチボチじゃな。時折り揺れるもんじゃから躓いたりする者が出ておるが、初美が見て回った分としては大体の者が向こうに渡れたようじゃ」

「そう。ならあたしの時間稼ぎは報われたわね」

「そうじゃな。そういえばぬし、あやつとあそこで話しとったんか? 少し前までよく分からん声の様なものがしておったが」

 ティセアがゆっくりと近づいて来る破壊神の方へ指をさす。アロエがあの存在と対峙していた時、破壊神からは聞いたことのない声と思しきが発せられておりティセアにはそれが何かは分からないが恐らく会話をしていたのではないかと踏んでいた。

「――あまりその話題には踏み込まない方がいい。オマエはまだ引こうと思えば引ける位置にいるからな」

 アロエの声のトーンが変化する。おちゃらけた様な態度は鳴りを潜め彼女の本気度が見えた。この事からこの件に関わることは得策ではないと感じていた。

 だが、それと同時に一つティセアの中ではアロエの口から真相が明らかになることは無いであろうが、言外に彼女と彼女がいう所の神という存在とは浅からぬ関係性がある事も窺えた。

「そうか――それじゃあぬしの忠告に素直に従った方が良さそうじゃな」

「悪いわね、もどかしいかもしれないけどそういう事で」

 それからこの話題は完全に打ち切られ、後は遊子羽が使用人達を連れてくるのを待つだけとなった。そして――

 バンッ! ――と大きな音を立てて扉が開け放たれる。

「お~またせしました~!」

 遊子羽が屋敷に残っていた使用人を引き連れて出てきた。

「やっと来おっ――?」

「……もしかして私達が一番最後だったりします?」

「そうじゃな。まぁ間に合ったのだから文句は言わんが、なんなんじゃその荷物は」

 そう、遊子羽が間に合ったこと自体は別に問題にするような事ではない、問題は彼女が背負っている巨大な背嚢であった。

「――? あぁこれですか。この先何があるか分からないんで私の部屋にあるお宝をかき集めて持ってきたんです!」

「それは随分と頼もしいのう。あぁそうじゃ、屋敷の者達は今門を通っていったので全員か?」

「私が放送で招集したので恐らく全員いると思いますけど……」

「――いや、ちょっと待って。一階の奥の方……多分一人だと思うけど感じるわ」

 全員の脱出が出来たかと思いきや、神前が屋敷の一点を指さす。

「む――ぬしが感じ取れる気配という事はもしや――」

「はい。死が近づいているという事です」

 神前は普段は人の感知が出来ないのだが、死霊術師として性質か死が近づいている者の気配は大体ではあるが分かるようだ。

「あの方向……それに死が近づいているって……まさかお父さまが⁉」

「ぬしの父親――現当主じゃったか、具合でも悪くしていたのか?」

「最近病気で療養中だったんですけどまさか逃げ遅れてたなんて……助けに行かないと」

 ガクッ――!

「うぉっと……無理すんなよ。あれだけの戦いの後でその怪我だ、こんなもんを背負ってるだけでもやっとなんだろ?」

 遊子羽の両腕は片方は薬で焼かれ、もう片方は骨に重大な損傷がある。そんな状態で荷物をかき集め運んできただけでも大概なのに、人の搬出まで行うには身体の方が限界でついて行けそうにないのであった。

「で、でも――早く助けないとお父さまが!」

「慌てるなよ、何のためにミシェがコイツをここに残したんだ?」

「待ってました~。それじゃあまた一緒に行こうか!」

 サクニャが手を挙げながら走ってこちらへと来る。そしてそのまま遊子羽の手を掴んで当主の下へ連れて行こうとする。

「待て待て待て! ソイツは怪我人だ。遊子羽はあたしが治療が出来るヤツの所に連れて行かなきゃならんから、連れて行くんならコッチを連れてけ」

 サクニャの手から遊子羽を奪うと彼女が背負っている背嚢ごとおんぶし、その代わりにと神前をひっ捕まえて差し出した。

「初美さんとかぁ~……気が進まないけどしょうがないかにゃ~」

 見るからに嫌そうな反応をするサクニャ、だがそれも無理からぬ事だろう。

「まぁオマエの気持ちは分からんでもないがそろそろ割り切れ」

「うぅ~……はぁ~い。……よろしく」

「本当にあなたは分かりやすい反応をするわね。まぁ安心なさいな、私はティセア様と敵対する者しか相手にしないから」

「はいっ! そういわけだから二人仲良く行ってらっしゃい!」

 そしてそんな二人をアロエは明るく送り出した。




「サクニャ、そこを真っ直ぐよ」

「真っ直ぐって……壁だよ⁉」

 時間が差し迫る中、サクニャと神前が七宝家当主を救出すべく走っているのだが、二人の相性が悪いのか思う様に進めないでいた。

「それぐらい壊しなさいな」

「ウチは普通の人間だよ⁉ こんなの壊せないって! ――えっ?」

 神前がせっつくように言うが、サクニャにはそんな腕力や能力など無くそんな無謀な事を試みる時間もないため迂回して廊下を突き進もうとした時、急にサクニャの腕輪が淡く輝き出した。

「な、なに――⁉」

『力を求めるか――ならば我に触媒を捧げよ』

「えっなに? なにか分かったの?」

「どうしたのよいきなり。ふざけてる場合じゃないでしょ」

 サクニャの変心ぶりに思わず声をかける、こんな時に何をふざけているのかと一瞬思ったが、普段おチャラけたような態度が散見するサクニャでも時と場合はちゃん弁えているので神前も自分で言ってからなにか理由があるのではと考える。

「それで触媒ってなに?」

『武器となるものであれば問題ない――だろう。さぁ触媒を我に捧げるのだ』

「武器って言われても……あっ! そうだ、ゆじゅさんから借りたアレが――」

 咄嗟の判断でふとももの方から短刀を取り出すと、それを自然と導かれるかのように腕輪へと突き立てる。

「ひゃんっ」

 サクニャの腕輪の輝きが一際強く輝きそれに神前が驚く――がそんな事には目もくれずただただ目の前で起こる現象に意識を向ける。そして――

「……なんだろうこれ、ツメ?」

 短刀を取り込んだ腕輪はその形を変容させ、サクニャの腕輪から鉤爪が生えてきた。

「なにが起こってるのか分からないけど、さっさとやりなさいな」

「あっ、うん!」

 自分の手元で起こった変化に見とれていると神前の叱責が飛ぶ。そして早速その鍵爪で壁へ向かって振り下ろす。

 カキンッ!

「あ、あれ――? 傷が付かない。もしかして――」

 素人の振りであっても十分な速度と威力はあった、だがそれでも一切傷の付かない壁に疑問を持つが、一瞬でなにが原因か把握するとおもむろに鍵爪が付いていない方の自前の爪で壁を引っ掻き、続けざまに鍵爪を最初に爪で付けた傷にそって振るった。

「――やっぱり、元の武器の能力とおんなじなんだ。でもそれさえ分かれば!」

 短刀の時にあった特性に倣って左の爪で傷を付け、右の鍵爪で傷を深める動作を繰り返していくと驚くほど時間が掛からず目的の場所まで真っ直ぐ進めた。

「大丈夫っ⁉ 助けに来たよ!」

 最後の一枚となる壁をバラバラに刻んで突入すると、サクニャのすぐ目の前にベッドに横たわった壮年の男性と眼があった。

「随分と賑やかな登場の仕方ですね。それで……君達が来たのはこの外の喧騒と関係があるのですかな?」

「そう。私達が来たのは外にいるアレからあなたを助けてほしいと次期当主様からお願いをされたからよ」

「そうか、そういう経緯だったか。だが申し訳ない、娘の意に反するようだが私はもう長くないのでな。私の様な足手まといを連れず君達だけで避難しなさい」

「嫌だっ! 確かにウチ等はゆじゅさんに頼まれて来たけど、助けられる人を置いてなんていけないよ!」

 この人の言う事は理解できる、できるのだが理性より感情が勝って彼の事を助けようと傍へと寄る。

「な、なにをするんだ一体⁉」

 突如サクニャは彼の事を背負いシーツでぐるぐる巻きにして固定すると、そのまま来た道を急いで引き返していった。

「ま、待つのだ⁉ 私の事は頼むから置いていってくれ」

「ゴメン、ちょっと静かにして欲しいかな。ねぇザッキゃん、この人なんとか静かに出来ない?」

「何時から私はそんなトンチキな名前になったのよ。まぁいいわ、それくらいなら容易い事よ」

 そう言って神前は男に近づくとその身体に触れる、すると男は急速に意識を失ってしまった。

「えっ⁉ 本当に静かになっちゃった。何をしたの一体?」

「ちょっと魂を弄って意識レベルを下げたのよ。弱った人間とかにしか通用しないけどね」

「ふ~ん……そうなんだ。――おっとと、アイツが近づいてくるたびにあっちこっち崩れてくるにゃ~」

「ふん――せいぜい当たらないように気を付けるのね」

「いやいやいや。ウチはともかくとして、ゆじゅさんのお父さんは当たっちゃまずいでしょ。ザッキゃんはそんなのすり抜けるしどうせ暇だろうから瓦礫とかが当たらない様にしてよ」

「――人使いが荒いわね。でもまぁいいわ。私もむやみやたらと死人を増やしたくないし」

 そうして二人は走る。途中、破壊神の接近によって世界が消失していきその余波によって屋敷が崩れ、それに巻き込まれながらも神前が霊能力によって瓦礫から守ってくれたおかげで辛くも皆の下へと辿り付く。

「おお! 無事じゃったかぬし等。もうすぐそこまで世界が崩壊しておったから心配したぞ。さぁ早く門へと入るのじゃ!」

「うんっ!」

 そうしてサクニャ達は門の中へと飛び込む。中は以前の様な簡易的に造られたような道ではなくしっかりとした造りの道が続いており、その中で遊子羽が一人消えゆく世界を見つめ続けていた。

「あれ、ゆじゅさん? なんでまだここに居るの?」

「私がいた世界をこの眼に焼きつけておきたくて……」

「――すまんかったな遊子羽。わし等がここに来なければこんな事にならんかったじゃろうに」

「いえ、別にティセアさん達のせいだとは思っていませんよ。悪いのは身勝手に攻めて来たセムリとかいう奴等の方です。それで……あのティセアさん、一つお願いがあるんですが聞いて貰えますか?」

「ああええぞ。じゃがその前にゆっくりと話したいからこの門はもう閉じてしまうぞ。この中までアレの影響が来んとも限らぬし」

「はい……分かりました」

 目の前で自分が生まれ育った世界――その消えゆく光景を心に焼き付け門はそっと閉じていった。

 そして、静寂が辺りをしたまま一行は道を歩き続けやがて道の終わりが見えてきた。

「見えてきたぞ、あそこが目的地の世界の狭間じゃ」

 道を抜けた先――目に映るのはえも言われぬ空間の中で宙に浮かぶ宮殿のような建物が佇む場所であった。

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