第6話

―Worst Encounter―


 サクニャ達が如闇との戦闘をしている同時刻――

「すー……すー……」

「くぅー……くぅー……」

「あぁ~……ティセア様の寝顔……良い!」

 ミシェとティセアが未だ眠っている頃、神前が声を殺しながらジッとティセアの寝顔を見つめながら悦に浸っていた。

「初美……鼻息が荒くなってきている。それではティセア殿が目を覚ましてしまうであろう」

「おっと……危ない危ない」

「――どうにかならんのかその妙なへきは」

「だ、だって……ティセア様の寝顔ってこんなにも綺麗で可愛らしいのよ、だから仕方ないのよ」

「――絶対に起こすでないぞ」

「分かってるわよ、それくらい」

 藍我との言い合いもあっさりと神前の欲望が打ち勝ってしまい、一言釘を刺して口を噤む。

「はぁ……全く初美にも困ったものだ」

 ギィ……

「むっ、戻ったか鈩。どうだ武器の方は」

「は、はい……ただいま……です。……えっ?」

 扉がゆっくりと開けられ、鈩が静かに入って来た。そして藍我が鈩用に作ってもらっていた武器について聞くが、鈩の視線の先にある衝撃的な光景に気を取られて耳にはいっていないようである。

「ん? あぁあれか。あれはもう初美の習性と言ってもいいな」

「顔を見つめる事が……ですか?」

「うむ。初美の家系は二十歳になると己の身体を捨て霊体となり、あらゆる業界や人の中に潜り込んで情報を集める。その際、自分が成りすます対象を観察するよう教え込まれていたらしくああするようだ」

「ゎたしには……とても出来そうにない……です」

「……しなくても良い。いや、しないでいてもらえるか」

 藍我が聞こうとしたことは神前の奇行によってすっかりタイミングを失い、これからどう元の話題を切り出そうかと悩んでいたその時、ティセアが勢いよく身体を起こした。

「うわぁっ⁉ ご、ごめんなさいぃぃぃいっ!」

「……ん? ぬしはそんな所で何をしとるんじゃ。いやそんな事よりも全員戦闘準備に移るんじゃ!」

「は、え……はいっ!」

 ティセアが急に飛び起きた事に驚く神前だが、そんなティセアは彼女が目の前にいる事に多少の疑問を覚えつつも皆へ号令を出した。

「では、拙者は一足先に様子を探るとしよう」

 ティセアから命令を受けると藍我はすぐに窓から飛び出して屋敷の屋根へと上る。

「さて、わし等も行くとするかのう」

 藍我が偵察に行った事を確認すると自分もソファーから下りて軽く伸びをし、白鴉の杖を取り出し外を見つめる。

「あ、あの……ティセア様。一体何が起こっているのか私にはサッパリなんですが……」

「……とても、とても強い力が急に現れた」

「強い力……で、でもティセア様なら大丈夫ですよね!」

「――どうじゃろうな。今のわしは魔力が回復しきっておらんから相性が悪いとアッサリと――とかもあり得る」

「そんなに強いなんて、一体どんな相手なの――」

「それは藍我からの報告待ちじゃがロクな奴で無い事はたしかじゃろうのう。藍我の合流待ちがてらわしは外に行って相手の出方を窺って来る」

「では私もお供いたしま――ん?」

 何やら自分への視線を感じ、振り向いてみると鈩が少し寂しそうな目で神前の事を見つめていた。

「な、なんなのよ一体」

「ふむ……初美よ、ぬしはこの部屋に残って鈩を守っちょれ」

「えっ……私を連れて行ってはくれないのですか⁉」

「そもそも今のぬしには攻撃手段が無いじゃろ」

「そ、それは……確かに今の私には戦力はありませんけど、でも――」

「まぁ待て。ぬしはいざという時の連絡係、わし等に何かあった時に慎二の所へ行って欲しい。これは初美にしか出来ん事なんじゃ」

 自分を救ってくれたティセアの恩義に報いたく同行を願うもあっさりと拒否され、鈩と共に留守番を命じられてなおも引き下がろうとするが、ティセアは万が一の事態に備え神前を待機させておくという方針であった。

「分かりました――でも万が一なんてそんな事言わないで下さい。あなたがいなくなったら私は……私は……」

「なに、死ぬつもりなんて無いから安心せい」

 そしてティセアが神前の頭を優しく撫でると、それが戦いの合図かの様に窓から身を乗り出して外へと出て行っていく。

「あ……」

「ん? なによ、あ……って。私と一緒で不安だとでも言うの」

「あ、あの……そういう訳でなく、寂し……くて」

「……他人と顔を合わせようとしないのに寂しいってなんなのよ。はぁ……全くしょうがないわね」

 鈩の矛盾を孕んだ言動に辟易しつつも神前は部屋にインテリアとして飾ってあった20センチ程の人形に手を向けた。するとその人形は自我が芽生えたかのように動き出し、さらにはそれと一緒に飾ってあった他の人形も最初に動いた人形につられるように動いてそれらが鈩の周りでクルクルと踊り出した。

「わぁ……すごいです……」

 自分の周りで踊る人形達に鈩は目を輝かせ、楽しそうに身体を揺らす。

「――自分でやっておいてアレだけどこんな子供だましみたいなので喜ぶなんて思わなかったわね」

 自分とあまり変わらない歳に見えるが、行動や言動の端々からは幼さを覗かせてどうにも鈩のちぐはぐな感じに眉をひそめた。

「ん~……なんなんですのさっきから騒いで」

 神前の声や人形の動く音にミシェが目を覚ました。

「ちょうどいいタイミングで起きたね」

「――どうやらのっぴきならない事態が起こっているようですわね」

 目を覚ましてからミシェは辺りを見回す、そこで自分と同じタイミングで寝ていたティセアに加え藍我の姿が無い事から事態の緊急性をすぐに察知していた。

「正直私はティセア様がどんなのと相手をしているのかまでは分からないのだけどね」

「やろうと思えばここからでも様子くらいは窺えるのでなくて?」

 ソファーから身を起こしミシェは双眼鏡を取り出し、窓から見える範囲で屋敷の周りを見る。そしてすぐにミシェの視線はある一点へと釘付けとなる。

「無理よ無理。ここから見えたら私が真っ先に見に行ってる――」

「な、なんなんですのあの大群は!」

「え? 大群? そんなのどこに――」

 神前がミシェを押しのけるかのように窓から身を乗り出す。そしてその視線の向こう、そこには一万は優に超すであろう人波が群れなして屋敷の方へと行軍しているのが見える。

「ウソ……でしょ。あれ、全部私がかき集めて保管してた死体達じゃない」

「はい? なんでそんなのが攻めてくるんですの!」

「私だって知りたいくらいよそんな事。ただ、もう私の制御下に無い事だけは分かるわ」

「……そう、それでこの大群をどうします? この屋敷の防衛力に期待でもしますの?」

「冗談じゃないわ。ティセア様の僕たる私が隅っこで蹲るわけにはいかないのよ!」

 そう言って神前は窓から飛び出し敵の大群が押し迫りつつある門の前へと移動し、全体を見やすくするため門柱の上へと登る。

(申し開けありませんティセア様。私は初めてあなたの命令に背きます)

「一人で飛び出すなんて……なにか考えでもあるんですの?」

 今の神前には戦力となる死体が無いのは先の口ぶりから判明した。だがそんな状態で敵陣の真っ只中に向かうほど彼女は愚かで無い事も知っている。

 がチャン!

「ひぅっ! な、なんですの一体⁉」

「あっ……ごめんなさい。でもミシェさん外が大変なんですよ!」

 勢いよく白黒が駆けこんで来る。彼女は別館から返ってきたので誰よりも早く異変を察知して戦力が集中するこの部屋へと急いで来たのだろう。

「こちらからでも見えていますわ。それで神前が今さっき飛び出していきましたわ」

「そういえばミシェさんしかいないですね。じゃあ他の人達は何でいないんですか?」

「ぁ、あの……ティセアさんと藍我さんはその……強い力を感じたと言って調査に行きました」

 唯一全体の状況を把握していた鈩が代わりに答える。それから拙いながらも白黒が来るまでの出来事を簡潔に伝えていった。

「ティセアさんが警戒するほどの相手って……一体どんな相手なんだろ」

「それはわたくし達が気にする事ではありませんわ。今は外の大群を何とかいたしませんと」

「それならわたしが行ってくるよ!」

 状況を理解すると白黒が窓から外に出る。そしてその足で神前を追いかけて行ってしまった。

「なんで皆ドアからでなく窓から飛び降りて行くんですの……?」

 ギュッ!

「――どうかしました?」

「ぁ、あの……行かないで……下さい」

 続々と戦いに赴く人達を見て鈩が彼女を行かせまいと思わず服を掴んだ。

「心配しなくてもわたくしはここから離れませんわ。それに走り回れるほど体力が回復していませんしそれに、貴女を一人にしておけませんもの」

 ポンポンと優しく頭を撫でる。その柔らかな手付きに鈩は眼を細めてさらにミシェへと擦り寄って来た。

「ふふっ、なんだか妹ができたみたいですわね。――っとわたくしも出来るだけの事はしませんと」

 撫でていた手を止めるとミシェは愛用の狙撃銃を指輪を使って呼び出し、窓から銃口を少しだけ飛び出させた状態でスコープを覗く。

 ドンッ!

「ひゃっ!」

「ケホッケホッ……少々騒ぎ過ぎではありませんかあの人達は」

 屋敷を震わせるほどの衝撃と共に砂埃が舞いあがる。そしてその砂埃によってミシェの視界と呼吸は一時的に封じられてしまった。

「これ……使ってください」

 外での地鳴りと同時に鈩が動き、咄嗟にソファーに被さっていたレースを折り畳んでミシェの口元へと持っていく。

「ありがとうございます鈩さん。それにしてもこんなのが人の戦闘なんですの……」

 攻撃の余波で庭は抉り取られて見るも無残な姿に変わり果てる。そして戦況を確認すべく窓から身を乗り出すと丁度見える範囲にティセア達が移動しておりそこで戦闘していた。




 ほんの少し時は遡りティセア達が調査を開始した頃――

「ティセア殿、一通り見て回りましたが強い力を発すると思われるモノは見当たりませんでした」

「うーむ……確かにさっきは感じたんじゃがのう。とはいえあれを勘違いかと言うとありえんし……参ったのう」

 先程感じた強い力はぱたりと途絶え、ティセアが力を感じた場所付近に赴いてもその残滓を感じ取れなかったのだ。

「では今後はどうなさるおつもりで?」

「ちょいと敷地の外でも見ておこうかと思うんじゃが、ぬしも付いて来てくれるか?」

「そのような事聞くまでもないでしょう」

「ふふっ、そうじゃったな」

 二人の間にある信頼関係から答えなど語るまでも無いと言った様子で、ティセアは外を見ようとそちらへ向く。

「――っ! 済まぬティセア殿!」

 藍我が突然刀を抜き放つとそれをティセア目掛けて真っ直ぐ投げた。

「ぬうぉっ⁉ 何するんじゃ藍――」

 藍我の刀はティセアの腋を掠めながら服を貫き、その勢いのまま飛んで行った刀はティセアを壁に縫い留める。そしてティセアが立っていた所は地面が消失したかのように抉り取られ、その惨状は当事者に死を感じさせるまでに至る。

「……ご無事で何よりだティセア殿」

「う、うむ……ぬしのおかげでなんとかのう。じゃが、コイツは一体……」

 ほんの一瞬――ティセアは反応できなかった。本人にはなにも感知出来てはいなかった。藍我の助けが無ければ自分は無事では無かったのだと目の前の惨状見てそう思った。

「久しぶりの挨拶のつもりだったんだけど気に入らなかったかな?」

「――なっ⁉ おぬしは零弥! 行方不明になっとったと聞いておったがそんなのは今はどうでもよいわ。わしに攻撃したのはぬしで間違いないんか?」

 ティセアの目の前には二年前に遺跡で行方不明になったとされていた百瀬零弥が立ちはだかっていた。

「それ、聞く意味ありますか?」

「いや……必要なかったようじゃな。どういう了見でわしに攻撃したかは知らんが後悔するでないぞ」

 複雑な事情があり敵対した事もある二人だが、決して本気で命を取り合う様な間柄ではなかった。だが再び出会った零弥はなぜか分からないが敵愾心を剥き出しにしており、先に見せた攻撃から恐らくだがティセアを殺しにかかっている事が窺えた。

「しませんよそんな事。あなたは生きているだけで邪魔になるのですから――ねぇっ!」

 零弥が拳を握りそして正拳突きの要領で空を殴る。すると、その直線状にある全てが巨大なナニカが通ったかのように抉れていく。

「……あんまりわしを舐めるなよ小僧! 緑素りょくそぼう嵐烈壁らんれつへき

 零弥が放ったのは拡大化された拳圧だろうとアタリを付け、それに対抗するべくティセアは嵐を思わせるほどの風量を持った風で真正面から受け止める。

「あまりティセア殿の手を煩わせるな」

 零弥とティセア――互いが放った攻撃が拮抗している中、藍我が背後から忍び寄り零弥の首元に刀を押し付ける。

「……随分と無粋ですね。俺とティセアさんとの邂逅を邪魔するなんて」

 藍我の刀を若干ウザったそうに見つめながら指で弾く。それと同時にお互いの攻撃が弾けて消え、そして――

「引っ込んでてくださいよ、おじさん」

 背後にいる藍我へ肘打ちを浴びせそれから間髪入れずバックキックで追撃を入れ藍我を数メートル程先にある木へと叩きつけた。

「藍我っ!」

「安心してくださいよ、ちょっと寝ててもらっただけですから。無傷とはいかなかったようですけどね」

 見ると藍我は口から血を流しており、さらには腹部からも血が薄っすらと滲んでいて内臓にも深い傷を負っているであろうことが見て取れる。

(藍我にああも傷を負わせるじゃと……? この二年間であやつに何があったんじゃ?)

「不思議そうな顔をしてますねティセアさん、俺がこんなに強くなった事に」

 ティセアと話しているとおもむろに零弥は自分が蹴り飛ばした藍我を拾い上げる、そしてそれをティセアへと思い切り投げつけた。

「くっ! 大丈夫か藍我!」

「これしきの傷、なんてことはありませぬ」

 呻くような吐息が混じるものの藍我は震える手で自らの懐から小瓶を取り出し、その中に入っている軟膏を傷口に塗り込み残りを口に含み飲み込んだ。

「そんな事をして頑張りますね。ティセアさんも足手纏いは放っておけば気が楽になるんじゃないですか?」

「そうか……この二年の間にぬしに何があったか考えておったがなんてことは無かったな。ぬしは……いや貴様セムリじゃな」

「なんと……そうであったのか!」

「ふ、ふふふ……あーあバレちゃったか。そうボクはセムリさ。でも不思議だなぁどうしてすぐに分かったんだい?』

 零弥の声に合わせて別人の声が被さり、やがてまったく違う声に変わっていった。

「二年の間に零弥が強くなっていること事態は不思議ではないが、だからといって性格がああも変わるなどよっぽどのことが無い限りありえん。貴様という例外を除けば……のう」

「――それにしてもティセア殿、あれは拙者達の知るセムリなのですか? どうにも別者にしか思えないのですが」

 教団の元使徒であった藍我もそのトップであったセムリとはあまり接点が無かったために、彼の持つある性質に頭を捻っていた。

「おぬしが普段見ておったセムリは黒の姿、それは人の想念を吸いそれらが統合された思想を持ち、それとは逆に今の白い姿は他人に取り入り唆し、最終的にはそこにいる零弥の様に自分の意のままに操るんじゃ」

 初めて聞くセムリの詳細な情報を頭に入れている間に零弥の背後で三頭身ほどにデフォルメされた人の頭ほどの背丈のセムリの姿が現れだし、最終的にはハッキリと姿の見える守護霊を思わせる様相を呈していた。

『ヒドイ言い草じゃないか。ボクはありとあらゆる世界に住む人を幸せへと導いているだけだよ? それなのにまるで悪者みたいな扱いをするなんて』

「ふんっ! よく言うわい」

 憎悪の籠った声で睨みつける。それほどまでにティセアはセムリという男の事を嫌っている事が窺えた。

「おやおやボクも随分と嫌われたものだね。まったく君をそこまで育てたボクに対する態度がなっていないとは、嘆かわしいかぎりだよ」

 セムリは小さな体を目一杯使って呆れたようなジェスチャーをする。そこには他人を小馬鹿にする素振りはなく、娘を心配するかのような声色であった。

「――いい加減その口を閉じるんじゃな。さすがのわしも我慢の限度というものがあるからのう」

 ティセアが握る杖から血が一筋流れる。友を人質のように扱われた挙句、傀儡として戦い合う様にされている事に口ではああ言っているが、内心ではもう誰も彼も関係なくセムリを攻撃しようと限界ギリギリであった。

『へぇ……という事はキミの全力も見られるって事なのかな? いいよ、見せてごらん。人が争い合うってのはボクが求める人類の進歩に欠かせない事だからね』

「貴様の声は癇に障る――」

 とうとう限界を超えたティセアは白鴉の杖に魔力を込め、この辺り一帯が焦土になるほどの火球を作った。

「お、お待ちをティセア殿! そのような事をしては犠牲がどれほど出るか分かりませぬぞ」

 自分の傷を押してティセアの前へと出て、この蛮行を阻止しようとする。だがそれよりも前に火球はティセアの下を離れ藍我の目の前で零弥へと突き進む火球を見送ってしまう。

「う……うおぉぉぉっ!」

 後ろから藍我が追いかけるが間に合わない。このままではティセアに友殺しの汚名が着せられることになるため、なんとしてでも我が身を挺してティセアの名誉を護ろうとするが怪我のせいで後の一歩が届かない、そして己を奮い立たせるため声を荒らげた。

『キミがいくら足掻いたところでなにも変りはしない!』

 火球が零弥へと迫りそして――

「どけ」

 藍我は何者かに突き飛ばされ、代わりにその誰かが火急の前へと躍り出て軽く腕を振るった。

『へぇ……これはまた懐かしい顔が現れたものだ』

 炎から人影が現れる。そこにいたのは炎に呑まれたにもかかわらず無傷であの男がそこにいた。

「――確かに懐かしい顔ではあるが、俺は会いたくは無かったな」

 左手に先端が円錐状の大型の槍を携えた炎王慎二はセムリの事を酷く冷めた目で見つめていた。

「これは……助かったのか? だが、いったいあの者とセムリといったいどのような関係が?」

 零弥の命はもとより、ティセアの名誉のために己の身を投げ打った藍我の命も救われたが、それと同時にこの二人に何らかの関係性という疑問が明らかになる。

「昔殺しそびれたただの敵だ。それより怪我人は下がっていろ、邪魔になる」

『ここでキミが出てくるなんて思わなかったよ。でもこれは逆にちょうどいいかな、コレの調整もかねて邪魔者の始末が出来るよ』

 途端に零弥から殺気が溢れ出す。未だに魔力が回復しきっておらず怪我人もいる、なによりティセアは強大な一撃を零弥に放ってしまった事による罪悪感と嫌悪感で戦闘する意思が完全に消え失せていた。

「戦意喪失か……戦う気が無いなら隅で縮こまっていろ」

『おやおや、キミから助けに来たのにそんな邪険に扱うなんて可哀想じゃない』

「別に俺はこいつを助けに来たわけじゃない。仕事の邪魔になるうるさい奴を消しに来ただけだ」

『おー怖い。昔四人がかりで無いとボクに対抗できなかったのに大きく出たものだね』

「いつまで昔の俺だと思っている」

 慎二が槍を横薙ぎに振るう。それを零弥は身体を後ろに反らすことで回避し、さらにバク転をして槍の範囲から逃れた。

『ボクからしたらキミは弱虫のままだよ。いつも誰かの後ろに隠れて――』

「いい加減そのお喋りな口を閉じろ」

 慎二の槍が鋭く伸びる。零弥もまたその一撃に応えるように拳を突き出し、互いの攻撃はそこでかち合い完全に拮抗して止まる。

「『ふせ寂火燈籠じゃっかとうろう』――俺の領域テリトリーで爆ぜろ」

『なんだ?』

 慎二が何かを仕掛けてきた。だが何も起こる気配がないと訝しんでいると肩口から熱を感じた。そして次の瞬間――勢いよく火柱が上がった。

「余所見をしている場合か?」

 零弥が火柱に怯んでいる隙に慎二は急速に接近し、さらにはいつの間にか左手の槍は波打つ剣に変わりそれを袈裟懸けに斬りつける。

『キミはいつもいつも厄介な武器を作るねぇ』

 波打つ剣――フランベルジュによる斬りつけを蹴りによって逸らし、剣は彼の手を離れ地面に刺さる。だが、そんな小手先だけの凌ぎで慎二は止まらず勢いそのままで零弥の首を掴んで持ち上げ、そして懐から剣身が折れて殆ど柄だけになっている物を取り出しそれを零弥の左胸へと突き刺した。

「一流の武器職人なんでな」

 武器と称するにはあまりにも短小な剣の残骸は周りにいる誰もが慎二の謎の行動に首を傾げる。だがその直後今まで飄々としていたセムリの表情が険しく変わる。

『この痛み……ま、まさかそれは……』

「あぁ。お前の天敵らしいな」

『零弥っ! アイツの剣を奪うんだ!』

 セムリが焦りながら命令を下す。そしてそれに従い零弥が自身の胸に押し当てられた柄へと手を伸ばす。

「おっと、こいつは大事な物だから渡せんな」

 零弥の手を軽く払いのけながら彼の腹を蹴って距離を空けた。

「セムリ様の為……」

 距離が空いた所で間髪いれず零弥が殴りつける。するとその拳の衝撃が拡大していき慎二へと迫りゆく。

「流石にセムリの狂信者ともなると加減を知らんな」

 地面に刺さった剣を拾い上げると今度はそれが盾に変わり、軽く腕を振って相殺するとなぜか空を見上げた。

「――血の気の多い奴が帰ってきたか」

 見上げた空から一つの影が降って来る。そして慎二がすっと後ろに軽く下がると、慎二がいた所ピッタリに三人の人間を抱えたアロエが重力がそこだけ無くなったかの様にゆっくりと着地した。

「いや~分かりやすい目印になってくれて助かったわ!」

「――たまたまだ」

 両脇に抱えていたサクニャと梨鈴を地面に降ろし、さらにその二人がアロエに抱かれた状態になっていた遊子羽の両肩に自分達の身体を入れ、すぐさま屋敷の中へと運び込んでいく。

『キミまで来ちゃったか。流石にこの三人を相手に調整は出来そうにないね』

 今の零弥の実力では三人の内一人を相手にする事が精一杯なようで、状況が劣勢になったのを察すると撤退する雰囲気を表した。

「なんだよ折角あたしがいて、四家の一人がいて、おまけに疲弊した最高位の魔術師サマもいる――こんな絶好のチャンスを前に尻尾振って逃げるの?」

 明らかな挑発。これは逃げる素振りのセムリを前にもう二度とこの機会は訪れることは無いだろうと煽ってこの場に留めようとするアロエの策なのだろう。だが――

『ボクがそんな見え見えの罠に飛び込むわけ無いだろう? その剣が手に入らないのは確かに惜しいけどボクの命と天秤にかけるまでの物でもないからね。それじゃあバイバイ、今度はこんな偶然でなくもっと劇的な時に会いに行くよ』

 去り際に捨て台詞の様なものを残して零弥とセムリはその姿を消してしまった。

「ふぃ~……取り敢えず厄介な奴は追い返せたようね」

「――なぜじゃ、なぜあんな芝居をしてセムリを逃がすような真似をしたんじゃ!」

 なんとしてでも始末をするべき相手が目の前にいて、そのチャンスもあったのに阻まれた、そのことにティセアは激昂した。

「ん~? だってこんな所でやりあったらどうやっても犠牲が出るじゃないの」

「うぐっ⁉」

「そいつの言う通りだ。それに――あいつを殺したければこの位は用意しておくことだ」

 慎二の左手にあった盾はどんどんと小さくなっていき、やがて左手の指輪へと盾はただの赤い珠となって宝石のように嵌った。そしてそれと同時、逆の手にあった折れた剣をティセアの方へと投げた。

「さっきもコイツを使っておったのう。じゃがなんじゃこれは? セムリの奴、剣身が殆ど無いこれに刺された時に痛みを感じておったが……」

「こいつは昔俺が作った武器の一つで銘を『焔弔ほむらい』といって、こいつには何かを斬るという事は出来ないが代わりに生物の根源とでも言うべきものを焼き尽くしてくれる」

「すると……セムリとかの実態を持たない者に対しても有効というのか⁉」

「……有効も何もそれは十年前どこかのガキがセムリを斬ってしばらくの間活動不能にまで追い込んだ実績持ちだ」

「なんとっ⁉ そんなすごいシロモノであったか。ならばわしに……わしにコイツを譲ってくれんか!」

 自分には無いセムリへの対抗手段。そんなものを見せつけられては普段は冷静を振舞っているティセアであっても目の色を変えて飛びついてしまう。

「悪いがそれは無理な相談だ。コイツを修復しようにも折れた剣身は行方不明、しかも修復は今日そこの馬鹿女から依頼を受けたばかりだから元通り振れるようになるまではかなりの時間を要する」

「ちょっと⁉ あたしのどこが馬鹿だってのよ!」

「なんと……それは残念じゃな。じゃが、それならばあるいは……」

 今後において重要となりうる強力な武器を得られなかった事にティセアは眼に見える程に落胆の色を見せるが、それと同時に彼女の脳内にとあるアイデアが浮かぶ。

「なんだ? 何を思いついたのか知らんが、コイツは修復が終わるまでは誰にも渡さんぞ」

「いや――やっぱりさっきの話は忘れてくれ。わしはわしのやり方でいく」

「そうか、何をするのか知らんがまぁ頑張れ」

 そう言って慎二はすぐ近くの壁に近づくとそこへ身体を預け、そのまま地面へと座り込んだ。

「ん――おい慎二、あたしの依頼したやつはいつやってくれるのよ」

「あぁあれか。邪魔が入ったもんでやる気が無くなった。文句ならセムリにでも言うんだな」

「そうさせてもらうわ。もっとも……文句を言うだけでは済まないけどね」

 ココにはいないモノに対しての恨みが籠った声で答える。だが、セムリに対しての恨みは確かに感じるが怠惰な態度の慎二への恨み節も多分に含まれていた。

「――そう言えばさ、さっきから屋敷の外が騒がしいみたいだけどなんかあったの?」

「さぁのう……わしらはこっちに掛かり切りじゃったから向こうの状況はよく分からんが、なんでも火急の事態じゃったみたいで初美と白黒がすっ飛んで行ったな」

「大丈夫なのその二人?」

「気になるならぬしも加勢に行ったらどうじゃ?」

「どれどれ……よっと!」

 アロエはその場で軽く跳ねてから飛び具合を確認すると次は脚にさらなる力を込めて跳ぶ、するとその身体は屋敷の屋根に届きうる高さに達しその場で辺りを見回すと現状がどうなっているのか確認する。

「あ~なるほど、死者の隊列が押し寄せてきてるわけね。だからなんとなく外が騒がしいのか」

 そして現状を一通り確認し終えるとアロエの身体は重力に引かれて落下していき、だが羽毛にでもなったかのようにゆっくりとまるで天女の様に降り立つ。

「どうじゃった外の様子は」

「そうね……ただ単にお互いの戦力数に差があるだけの烏合の衆って感じね。あの様子だとあたしが出るまでもなさそう」

「ほぼ初対面の相手なのに随分と実力を買っておるんじゃな」

「あたしは元いた世界では魔術と体術を教えていたからね、人を見る目はあるつもりだよ」

「別にぬしを疑っとるわけじゃありゃせん。じゃがそうか……ぬしはあの二人で十分だから行かなかったと」

「なーんか含みのある言い方をしてない?」

「うんにゃ。ただ単にわしにはぬしがあの大群と戦うのを避けるように見えただけじゃ。すまんな、気を悪くしたかのう?」

「間違った事を言われてるわけじゃないから気になんかしないわ」

「なるほどワケありじゃったか。だったらこれ以上の詮索は――」

「――誰にも言わないで貰えると助かるわ」

 こうしてセムリと零弥との思わぬ遭遇を退けた二人はこれまでの諸々の疲労からか屋敷へと戻りその身を休めた。

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