第2話
―First Treasure Hunter―
「さぁ~て今日もいっちょ突撃よ」
「突撃と言われましてもここ普通のお宅ですわよね。まさか空き巣でもなさるんですの」
トレジャーハンターとは何なのか――それを知ってもらうため遊子羽に連れて来られたミシェとサクニャであったが、目の前に見えるのはごくごく普通の二階建ての一軒家。そんなとこに来てまで何をやるのかと思えばそこに向かって突撃するというなお理解が出来ない状況にミシェは犯罪の片棒を担がされるのではと危惧していた。
「そんなわけないでしょ。でも、この中に入る事は間違っていないね。まぁ見てて」
そう言って赤の他人のドアノブに手をかけるとゆっくりと手前に引いた。
「見ていてと言われましても……って、なんですのこれは⁉」
この先なんて普通に玄関があってその先に廊下がある――そう思っていたのだが、実際の光景はそんな家庭的なモノではなかった。
「未知なる遺跡へようこそ」
ミシェ達の視線の先には石畳で出来た回廊が広がっており、一見しただけでも家の外観から予想できる容積とかみ合っておらず、完全に別世界という印象を受けた。
「うわぁ~すっごいにゃあこれ。冒険のにおいがする!」
「かび臭い――の間違いではなくて? それよりもこんな所に連れて来て何をさせたいんですの」
「まぁまぁそういう話は後で後で。今は私がトレジャーハンターとは何かを教えるために来たんだから」
「だからといってわたくし達をこんな所まで連れてくる必要性は感じられませんが」
「い・い・か・ら・来る」
有無を言わさぬ迫力をもってミシェの腕を掴んで遺跡の奥へと突き進む。そして遊子羽の手にかからなかったサクニャは置いていかれぬように二人の後を追いかけて行った。
「――で、貴女方の仕事っぷりを知ってもらうと大言を吐いていましたが、何も起こらないじゃありませんの!」
力づくで遊子羽に引きずられる事数分。その間ミシェは遺跡とやらの内部をつぶさに観察していたのだが、命懸けという割には生命を脅かすような仕掛けには出くわさず、ただただ無意味な時間を過ごしていた。
「……ここなら邪魔者が入らず話ができるわね」
「邪魔者って……屋敷の中で聞かれてはマズい事でもあるんですの?」
「アリよ、もうアリアリよ。今起こっている住人の消失事件にうちの屋敷にいる人間が関わってるっぽいのよ」
「なるほど、それでわたくし達をこんな所へ連れて来たのですね。ではお話をお聞かせいただきましょうか」
「――事の始まりは今から二年前に遡ります」
周りに自分達以外いない事を確かめると適当な所で座り込み、遊子羽はゆっくりと語り始める。
――二年前、とある遺跡――
「やったよ
あの日の私は幼馴染で遺跡探索の相棒の
「見たら分かっるての。それで、今回のは目当ての奴だったのか?」
「ぜーんぜん違うわ。――にしても最近はお宝も良いのが出てこないわね、こんなのせいぜいCランクが良い所よ」
この時の私はティセアさんを探すために色々な遺跡を巡りながら不思議な力を持ったお宝を探していたんですが、結局は空振りでそのまま帰る所だったんですが――
「そう言うなよ、どんなもんでもお宝には違いないんだから。それより取り敢えず帰らないか?」
「あーそうだね、もうそろお腹が空く時間だもんね。じゃあ帰ろっ――」
「遊子羽! そこを退けっ!」
突如として地鳴りがしたかと思ったその瞬間、遺跡の中が生き物のように動きだし私たちを襲い始めたのです。
「な、なによこれ……遺跡が意志を持って動いてるっていうの……」
「クソっ! なんだってんだよこの壁!」
「零弥っ! 私の手に掴まって!」
――パシンッ!
「俺の事はいいから遊子羽だけでも逃げろ。この遺跡は何かヤバい――」
そう言って零弥は私の手を振り払ってそのまま遺跡の壁の向こうへと飲み込まれていきました。
「零弥っ! 零弥ぁっ! 零弥…………いや、駄目よ立ち止まっちゃ。ここで止まったらこの異常を誰にも伝えられなくなる」
こうして私は零弥を置いて自分だけが逃げ帰って遺跡から辛くも脱出したのです。
「なるほど、二年前に貴女がたの身に起こった事は分かりました。ですが、わたくし達は遺跡というのに疎いのでそれがどんな異常なのか分からないので細かい点については理解しかねますわ」
「おっとこれは失礼。あなた達はこの世界の人じゃなかったのよね」
「うぇっ⁉ なんで分かったの!」
「なんでもなにもあなた達トレハンの事について大して知らないじゃない。前にティセアさんが同じような反応した時にこことは異なる世界がある事を聞いたの」
「はえぇ~……そうなんだ。あのおねーさんがねぇ、想像できないや」
「……ですわね。それで、遺跡についてですが」
あのティセアが今の自分達と同じような反応をしていたという事にサクニャはビックリし、ミシェは脱線しかけた話を修正した。
「おっとっと、これはまた失礼。えっと遺跡の事だったね。この世界の遺跡はそこに収められたお宝を手に入れるまでは侵入者を迎撃しようと色々としてくるんだけど、お宝を取りさえすれば遺跡は機能を失って消失するのよ」
「だけど実際はそのルールが破られ襲われた――と。ですがまだ出てきませんのね、住人消失事件と貴女の話との関連性が」
「そう、まさに本題はそこなの! 遺跡での異変のあと他にも同じような異変が起こったんだけど、そこで住人消失事件が起きたの」
「……もしかして街で他の人と全く会わなかったのって」
――こくっ
ここで事件の概要と共に七宝家の屋敷以外で一切の住人を見なかった理由が判明する。そしてそのままなにが起こったのかを続いて語る。
「住人消失事件とはその名の通り人が消える事を言うんだけど、厄介なのは消えた人達はみーんな遺跡の中で消えちゃってるの」
「う~ん……事件としてはかなりのことが起こってると思うけど、それって何が厄介なの?」
「そもそも遺跡に立ち入るのはトレハンとか学者以外では自殺願望者ぐらいしかいないのよ。なんだけど……厄介っていうのは消えた一般人は共通していきなり現れた遺跡に飲み込まれてるの」
「中々に物騒ですわね。普通に生活しているだけで危険と隣り合わせなんて」
「それは違うわ。そもそも遺跡そのものは自然に発生こそすれ危険というほどでもないの」
「あら? それはどういう事かしら」
これまで散々遺跡という場所の危険性を煽ったかと思えば次にはもう危険ではないと宣う。
「新しく生まれる遺跡には必ず予兆があるの。だからもし住宅密集地に現れようとしても事前に察知は出来たのよ……」
「――そういう事情がおありでしたのね。では遺跡辺りの事は理解いたしましたのでもう一つの問題点、それだけの重大事件が貴女の屋敷にいる誰かと関りがあるというのは?」
「それに関しては実行犯が屋敷内にいるってのが分かっているだけで特定までには至ってないのよね~」
「なんなんですのそれは。わたくし達をここに連れて来て下手人は分からないって」
「特定しようにも七宝の屋敷って結構人が多いのよ。でもよかった~私一人だとどうやっても手が足りなかったから」
一通りの話を聞き終えたが、分かった事と言えばこの世界独自の仕組みあたりで大半はミシェ達には知った所で手の出し様もない事ばかりだった。――が、そんな時遊子羽の不穏な一言と明らかに面倒事が起こりそうな表情にミシェは拭い難き嫌な未来を感じ取る。
「そんな回りくどい事しなくても貴女のその話を聞いた時から手伝うつもりでしたわ」
「えっそうなの⁉」
「えぇ。鈩さんの治療に手を貸していただいたんですもの、出来る限り協力いたしますわ」
「あ、ありがとう! それじゃあ早速なんだけど遺跡の奥まで同行してもらいたいの」
「分かりましたわ。ですがわたくし達は何をしたらいいんですの?」
あれよあれよと話が進み、トレジャーハンターの遊子羽と同行する事となったのだが、今ここにいる理由は七宝家に潜む住人消失事件と関わりのある人物について、誰かの邪魔が入らない場所という事でここにいるだけ。それ以外の予定など当然知るよしのないミシェは理由を尋ねる。
「さっきも言った通り住人消失事件は七宝家の屋敷にいる誰かが関与しているのだけは間違いない。でも、それが誰かを炙り出すには全く関係の無い協力者が必要なの」
「なるほど。つまりは自分を囮にして下手人を炙り出すのですわね。でもそれであればわたくし達の必要性は一体何処に?」
「私のトレハンとしての実力があんまりに高いもんだから最初に狙われたんだけど失敗して、それ以降私を狙おうとしないのよ」
「――要は相手方にとって都合のいい足手纏いが必要という事ですわね」
「身も蓋もない言い方だとそうなるね」
「うーん? もう終わった?」
途中から二人の会話に飽きてミシェの目が届く範囲で遺跡内をウロチョロとしていたサクニャがミシェの下へ元へと戻って来た。
「大体は。あとはどうやって下手人を特定するかがまだなのですが……」
「それはティセアさんに頼んであるから気にしなくてもオッケーよ」
「……そんなのいつ頼んだんですの。そんな素振りなんて見ていませんわ」
「そりゃ誰にも気づかれたくないからちょっとメモをね。皆が鈩って子に気を取られている隙に書いて渡したのよ」
「あーあの時にそんな事をなさっていたのですか。それと協力者にティセアさんが……アロエ先生と同格となれば十二分以上に頼もしいですわね」
アロエと一年中修行していたミシェにとって彼女の評価というのは、性格に若干の難ありだがそれ以外の評価はかなり高く、実力や観察眼に至っては言わずもがな。だからこそそんなアロエと肩を並べられるほどの人物であれば色々と心強いわけだ。
「――と、まぁそういう事だから私達は安心して囮をやれるって訳なのよ」
「囮をやる時点で安心できる要素はありませんが、まぁ言いたい事は分かりますわ」
身の危険はひしひしと感じるが強力なバックアップが付いているので、口にしていた以上には内心では安心していた。
「覚悟の決まった事だし、お宝目指して~……レッツゴー!」
「お~っ!」
辛気臭い遺跡の中でサクニャと遊子羽の場違いとも思える元気な声が木霊し、二人のヤル気が充填されていった。
コツコツコツ……ヒュッ!
通路を歩いていると突如として横の壁から矢が放たれた。
「おっとこの先は罠地帯か。じゃあー一から覚える遺跡の歩き方を始めるよ」
「わぁ~! ぱちぱち~!」
囮とはいえ遺跡の探索は行う以上最低限の突破方は知ってもらわないとと思い、遊子羽は実戦形式の講習を始めた。
「まずは罠の探知の仕方じゃなく回避方法から教えるね。見てて」
そう言って遊子羽はピクニックにでも行くかのように罠が密集していると言う所へ軽快に歩き始める。そして講義をすると言った手前、本来ならかかるはずのない罠にわざわざ引っかかる様に進んで行く。
「最初は重量感知の罠ね。これは踏んだらさっきの矢みたいに連動して何らかの仕掛けが作動するんだけど」
そう言っている間に罠が作動し、『カチッ』という音とともに正面の天井から刃が振り子のように迫ってくるが遊子羽はそれをちょっと横にずれるだけで回避する。
「まぁこんな感じで罠を起動させてもすぐに作動はしなくて、他に何らかの兆しがあってから作動するから落ち着いていれば回避は難しくないよ」
「あー……確かにこれならすぐに躱せそうだにゃあ」
「……わたくしにはどこにそんな判断できる猶予があるのか理解できませんわね」
身体能力が高く眼もいいサクニャには見ているだけで遊子羽が教えたいことが分かったのだが、そのような取り柄を持たないミシェにはただただ超人じみた動きを見せられているだけだった。
「次は熱源感知と動体感知の複合罠か……ちょっとだけ面倒だけど!」
「えっ? そんなのどこにありますの?」
素人には罠の種類なんてものはもちろん、そもそもどこに罠があるのかさえ分からないのに、罠を作動されたところでどのタイミングで作動したのかが分からなければ学ぼうにもなかなか対応できないという訳だ。
「ほっ! よっと! 熱源感知は人の体温に反応するから対策は出来ないんだけど作動する罠は大したことないの!」
熱源反応の罠が作動し解説していくも既に遊子羽の動きと連動して次の罠が作動されてしまって罠の解説が間に合っておらず、さながらもう見ながら覚えろと言わんばかりに次々と新たな罠を作動させながら突き進んでいく。
「……大したことないを自分基準で言われても反応に困りますわね」
そしてミシェの視線の先では壁の上部から鋼鉄製の槍が飛び出しているが、そんなものなど意に介さず遊子羽は屈んでその下をくぐって回避する。だが、その遊子羽の動きが新たな罠のトリガーとなり天井からまたもや刃が振り子のように迫ってくる。
「おっととこれは……」
天井から迫る振り子の刃、だが今度のはさっきのとは違い天井の幅いっぱいを埋め尽くすように並べて配置されており、横に逃げようにもそんな隙間はなく後ろに逃げようにも鋼鉄製の槍が邪魔をしてすぐには後退できない状態である。
「だったら跳んで躱す――」
すでに前方向に視界いっぱいの刃が迫っていたので遊子羽は真上に跳びつつ、壁となっていた槍を蹴って刃の上を通って危機をやり過ごした。
「ん……罠はここまでみたいだね。それじゃあ私が通ったルートならどんな罠が有るか分かるから、ちゃんとついて来て!」
「で……で……出来るわけが無いじゃありませんの! いくらどんな罠があるか分かるといっても身体がついて行きませんわ!」
「え……⁉ でもあなたと一緒にいた子はもうここにいるけど」
「ほらミッこも早くおいでよ~!」
「えっ⁉ い、いつの間に……」
遊子羽が罠地帯を抜けた瞬間までは隣にいたサクニャだが、ほんの少し目を離したすきに遊子羽の隣に立って手を振っている。
「いや~あなただいぶスジがいいね。どう、問題が全部片付いたらトレジャーハンターの道を究めてみない?」
「えっ? いや~悪いけどウチ等も大事な目的があってちょっとそんな暇はないかにゃ~」
「うーんそれなら仕方ないね」
二人が談笑する中、一人ミシェは狙撃銃を片手に床をこつこつと叩き罠の有無を確かめながらゆっくりと遊子羽が通った道をなぞる様に進んでいた。
「よくあの娘はこんな所を通り抜けれましたわね」
「ミシェー! 私が通った所だったら罠は全部起動済みだから安全に通れるよ~」
「そういう事は早く言ってください!」
おっかなびっくりでゆっくりと進んでいたミシェは遊子羽の安全という言葉に従い、既に起動済みの罠の間を抜けるようにして進んで行く。
「ふぅ……全く無駄に神経をすり減らしましたわ」
そして最後の一歩を踏みしめながらようやく罠地帯を抜け――
カチッ――
ミシェが安堵の溜息とともに罠地帯を抜けたと思ったその瞬間、全て起動済みと思われていた罠の一つが突如起動し、ミシェの真上の天井が勢いよく迫って来た。
「――っ! 危ないっ!」
「ミッこ! 手!」
サクニャと遊子羽が即座にミシェの手を取って、すぐさま後ろへと引っ張る事で事なきを得た。
「ビ、ビックリしましたわ……」
「こっちもビックリだよ。私でも察知できない罠があったなんて……」
危うくペチャンコになる所であったミシェは元より、危険要素を予め排除して来た遊子羽とその遊子羽と同じルートで通って来たサクニャもかからなかった罠になぜかかかるという予想外の出来事に、遊子羽は驚きはするもののそれ以上に不信感を持ち始めていた。
「助かりましたわ二人とも。……それにしてもまだ罠が残っていたなんて、ついていないですわね」
「…………多分だけどコレ、誰かが遺跡の仕掛けを外部からいじったのかもしれない」
「その誰かというのは貴女が探している下手人でよいのですわよね」
「そうだよ。でも分からないなぁ、なんでミシェだけを狙ったんだろ」
「もしかしたらわたくしをどんくさい人だと考えたのかもしれませんわね」
「どういう事?」
ひとまずは危険な罠地帯を抜け出し安堵したのも束の間、遊子羽はミシェがかかった罠が敵の攻撃ではないかと考えたが、それならばなぜ三人まとめて罠で葬るのではなくミシェ一人を罠にかけたのか府に落ちていない様子であった。
「そもそも遊子羽さんを含めわたくし達がこの遺跡へと赴いたのは全くの偶然、にも関わらずわたくしだけを罠にかけれたという事で考えられる可能性はただ一つ、こちら側の動きを見てわたくしだけをピンポイントで狙ったという事ですわ」
「えっ! それじゃウチらめっちゃ危ないじゃん」
「それはそうなんだけど根拠はなに? 確かに不審な所はあったけどそれじゃあまだ推論の域を出ないよ」
「あまり難しく考える必要はありませんわ。恐らくですが相手にはこちら側の動きは見えても音は聞こえていないと思われます」
「えっ? えっ? なんでそんなことが分かるの?」
「別に難しい事ではありませんわ。わたくし達はティセアさんと別れてこの遺跡に来た。でも、今回ここに来た目的はティセアさんと協力して下手人を探してもらう事。ではそれはいつ、どうやってわたくし達は知ったのかしら?」
「あっ、そっか……ウチ等はさっきメモでおねーさんに協力してもらってるって聞いたから――」
「そうですわ――もしティセアさんが自分をを探しているなどと分かっていたらわたくし達にちょっかいを入れる余裕はないって事」
「そうね、それならば理屈としては通るわね」
「えぇ。ですがその相手が底抜けのお馬鹿か自信過剰だった場合は分かりませんけどね」
「じゃあ何も気が付いてない方がウチ等にとって都合がいいって事だね」
「ですわ。それで遊子羽さん、どうやらこの先下に降りる階段があるようですが……罠とかはもうありませんよね?」
先ほど罠によって死にかけたからか階段を降りるというだけで既にビビって足が震えており、安全に進める事が確認できないとそこで立ち止まりそうになっている。
「一応階段部分に仕掛けが設置されてることは無いんだけど、えーっと……うん! ないみたい」
「では、安心して進めますわね!」
歩みを遮るものが無いと分かると途端にやる気を取り戻し、いざ! と、さらなる深部へと足を踏み入れ――
グイッ!
「――ミッこ。手、握ってて欲しいな」
サクニャがミシェの袖を掴んで甘えるような声でそんな事を頼んできた。
「どうぞサクニャ。それにしてもそこまで暗いようには見えませんが何かありまして?」
この遺跡の内部はお世辞にも明るいとは言えないがそれでも夜に比べると全然明るく、階段のところも普段のサクニャであれば少し怖がりはするもののミシェに手を握って欲しいとまでは言い出してはいない。
「いや、ね……怖いわけじゃないんだけどさっきみたいにミッこが危ない目に遭うのはヤだからさ」
「ふふっ、心配してくれてありがとうサクニャ。では一緒に行きましょう」
サクニャに握られた手をそれに応えるように握り返し、二人は共に階段を降りて行った。
そうして手を繋いだまま一階層分下へ降りているのだが、一歩、また一歩と進むたびミシェの様子がおかしくなっていく。
「はぁっ……はぁっ……い、いったいどこまで続くんですのこの階段」
ミシェの体感ではおよそ三階分ほど降りて行っただけなのだが、また罠にかかるのではないかというストレスで予想以上に疲弊していた。
「本当ならとっくに次の階層に着いててもいいんだけど、こりゃ大物の守護者が待ってるね」
「お、大物の守護者って……すっごい嫌な感じがするんだけど遺跡って罠があるだけじゃないの⁉」
「ん~まぁそういう所もなくはないんだけど大体は何かと組み合わさってるね。ここの遺跡は変わり種だから罠は罠、守護者は守護者って具合にきっちり分けられてるようだけど」
「――では、この先で戦闘は避けられないけど少なくとも戦闘中に何らかの罠にかかる心配はいらないという訳ですわね」
どこまで続くか分からなかった階段がようやく終わりを迎え、かわりに圧倒的な威圧感を放つ存在が待ち受けているであろう扉が三人を出迎えていた。
「そういう事だね。それじゃあ準備はいい?」
「おっけーだよ!」
「こちらも準備は出来ておりますわ」
サクニャは太腿に差していた短剣を手に元気に答え、ミシェは指輪を何度か叩いてグレネードランチャーを呼び出した後さらにアンダーリムの眼鏡も呼び出しそれをかけた。
「それじゃあ開けるよ」
二人が戦う用意が出来たのを確認すると遊子羽は重厚な両開きの扉を開け先陣を切ってその部屋へと入って行った。
「さてさて、ここの守護者は……まぁ予想通りデカいわね。えーっと7メートルってとこか」
遊子羽はポケットから距離計を取り出し土偶の様な形をした相手の全長を測るとともにつぶさに動きを観察し始めた。
「そんな事してないでさっさと倒しちゃおう――よっ!」
遊子羽が相手の動きを観察している間にサクニャがその辺りに転がっている瓦礫や柱の残骸などを登り継ぎながら相手の身体を駆け上がり、相手の頭頂部を蹴り抜く。
「あっ、待って……」
ガンッ!
「いっ――たぁ~~~っ⁉ ナニコレっ! すんごい硬いんだけど⁉」
意気揚々とカチコミに行ったはいいが、見た目通りの硬さの相手を蹴った事でサクニャの脚がビリっと痺れる感覚と共にその痛みで右脚を思いっきり押さえながら悶えていた。
「……そうなるのは当たり前ではなくって? 攻撃するならこのようにもう少し探りながらやりませんと」
自分の隣で脚を押さえながら蹲るサクニャをよそにミシェはグレネードランチャーを構え、照準内に敵の姿をおさめるとそのまま引き金を引いた。
「むぅ……少し狙いが外れましたわね」
ミシェの放った弾丸は土偶の鼻筋部分にあたる所に命中したが、撃った時の反動で想定よりほんの少しずれて当たったようだ。
「よくもまぁこんな薄暗い場所で当てるわねぇ。もしかして眼がいいの?」
「眼は人並みですわ。ですがわたくしがいま着けているこの眼鏡は射撃を行うのに必要なアシストしてくれる機能がありますの」
ミシェの付けている眼鏡はレンズが付いておらずフレーム部分に様々な機能が付いており、アンダーリム部分から網膜へと周囲の温度や湿度、風の向きや強さといった周辺の情報を投影したり、暗い所でもそれなりに明るく見せる補正をしていた。
「へーその指輪といい眼鏡といい他の世界には随分と便利な物があるのね。それじゃあ後輩に負けないよう私も頑張るとしますか」
そう言いながら遊子羽はポケットの中らスマートフォンを取り出し二・三回タップをした後、今度はそのスマートフォンに向かって指を突っ込みまたタップをするのかと思いきやその指が画面の中へと入り込み、それからずぶずぶと手首まで入るとその少し後に遊子羽の手が何かを握った状態で画面の中から出てくる。
「そちらの技術も大概だと思うのですが……」
ミシェの素朴なツッコミはスルーされ、遊子羽は二人に負けじと走り出すとその勢いのままに大振りな動作で腕を振るうと遊子羽の手に握られた短刀と土偶の脚とがかち合い、硬質な物同士がぶつかり合う音が響き渡る。
「んー確かにこりゃ硬いね。でも私には関係ないね!」
一度の打ち合いで相手の具合を確かめると遊子羽は更に腕を振るい、二度三度と振るうと硬質的な音は次第に小さくなってゆき、四度五度と振るうとそれは空を切る音に変わっていき、六度七度と振るう頃には土偶の片脚は大きな切れ込みを残していた。
「うっそぉ……ウチの蹴りもミッこの銃でも傷なんて全然付かなかったのに。どうやったのゆじゅさん⁉」
「説明するのはいいんだけどアレがちょっとヤル気出したから後でね」
ミシェ達が部屋の中に入って攻撃してもずっと置物のように動かなかった守護者だが、遊子羽の攻撃には敵対行動をとる素振りを見せ始めたため、遊子羽は改めて手に握っていた短刀を構え直す。
「……どうやらわたくしとミシェは外敵とすら認定されていなかったようですわね」
「なーんかムカつくにゃあソレ」
右足首から下の機能を失った守護者の空洞な眼窩に光が灯り、外敵と認定した遊子羽の姿を捉えると自身の仕事を全うすべく排除へと乗り出す。
「二人とも! ここからが本番だから気合入れていくよ!」
完全に標的を遊子羽へと定めた守護者は自らの巨体を利用して、掌で真上から押しつぶそうとしてくる。
「――と言われても、ウチ等の攻撃が通用しなかったから気合の入れ所がないんだけど」
「仕方ありません、アレを使いましょう」
「アレって……こんな所で使って大丈夫な物だったっけ?」
「あそこであれだけ暴れてもビクともしていないんですものきっと大丈夫ですわ」
「じゃあウチはミッこに目が向かないようにしたらいいんだよね」
「頼みますわ、サクニャ」
それからサクニャは返事をせずに遊子羽の下へと合流をする。もうミシェとサクニャの間には言葉など必要とせず、お互いの行動だけで意思疎通をはかり始めた。
「……さて、まさかこんなご大層な物を使う羽目になるとは」
ミシェが両膝を折りながら両手を祈る様に握り、そして握りを解きながら今度はその両手を地面に着ける、すると地面からミシェの身長と同じくらいの大きさの箱状の物が現れ、その横で何やら操作をし始めるとその箱の上半分が左右に分かれるようにして開き、中から二本のレール上の物体が現れた。
「十分な威力にするまでの時間は……約4分という所ですか」
ミシェが呼び出した物とは膨大な電磁力によって弾を撃ちだすいわゆるレールガンというもので、普通の火力では対応できない相手への対抗手段として持っていたものである。
「後は二人が時間を稼いでくれている間に色々と調整しませんと」
ミシェが先程撃った弾は爆発による衝撃で破砕する目的の擲弾であったが、それですら傷を付けるまでには至らず、そこから得た情報によって十分な威力の調整及び周囲への被害を軽減するフィールドの展開を行う。
「ゆじゅさん! ミッこの準備が終わるまで時間を稼いで!」
「――分かった、それでどのくらい時間を稼げばいいの」
遊子羽が確認を求めるとサクニャはすぐにミシェの方を見る。するとミシェはすぐに腕を上げて4本の指を見せるジェスチャーをした。
「4分! それまでミッこから目を逸らして!」
「任された!」
ミシェから要求された4分を稼ぐため、サクニャと遊子羽の急造コンビは守護者の足元で攪乱するように動き始める。
「ゆじゅさん! さっきみたいにあいつ脚を斬る事は出来ないの?」
「出来なくはないけどあそこまでの切れ込みを入れるにも回数がいるし、なにより中が空洞の相手には斬り落とすまでいかないの」
そう言いながらも守護者の脚を短刀で斬りつけているが、遊子羽の行動が示すようにこの短刀は少々特別な力を有している。それはこの短刀には刃が存在しないが、斬り傷の様なものを短刀でなぞると元々ついていた傷と同じ深さだけ傷を刻み込め、それによってどんなに硬い物であってもほんの僅かな傷さえあればそこから倍々と傷を深めていき、先程の守護者の時みたいに中身が詰まっていないという例外を除けば切断まで持っていけるという訳である。
「それじゃあやっぱり攻撃しまくるしかないのかぁ……」
「それもそうだけどあれの動力である核を同時に探さないと」
「えっ⁉ そんなのあるのっ⁉」
「それがないとただの土偶だからね。それで核の探し方なんだけど、とにかく表面を攻撃しまくれば体表が剥がれるわ。そうしたら核に繋がる動力の路が見つかるから――」
「そこをミッこに撃ち抜いてもらう訳だね」
「そう、だけど適当に攻撃しないでちゃんと路を辿るようにして!」
「りょーかい!」
遊子羽から守護者の攻略法を聞いた後のサクニャの行動は速かった。まずは手近なところにあった脛の部分を両手に持った短剣で力の限り斬りつけてみた。
「やっぱりかったいにゃ~。でも……ちょっとは剥がれたよ」
斬りつけたというよりはただ力任せに叩きつける形となってしまい、その反動でサクニャが痺れる腕を押さえていたがひとまず核へと繋がる光る線が見えてきた。
「その調子だよサクニャ! っとと、やらせない……よっ!」
二人の攻撃を受けて守護者が無抵抗でいるはずもなく、手を広げて二人を叩きつぶそうとしてきたが。遊子羽がそうはさせまいと左足でその手をはねのけるように蹴り上げる。
「なっ……なんなんですのあの脚力は。見た限り先生にも引けを取らないですわね」
レールガンの調整をしながらも戦況を見ていたミシェは遊子羽の人外じみた力に驚きを隠せず、ほんの僅かにその戦いに見入ってしまい作業の手が止まってしまう。
(それにしても……わたくしの周りはなぜこうも現実離れをしたようなのが多いのか。……っといけない、止まってなんていられませんわ)
遊子羽の戦いぶりが機嫌が悪い時のアロエを彷彿とさせ、ミシェの深層にあるアロエへの苦手意識がつい身体に影響されたことで手が止まっていたが、本人には何が原因で手が止まったのかは分かっておらずただ見入っていただけと思っていた。
「ミッこ!」
「――サクニャ⁉ あぁいえ……手短にお願いしますわ」
手が止まっていた所で立て続けにサクニャに声をかけられ裏返った声で返事をするも、すぐにいつものミシェに戻り不自然なタイミングで接触してきたサクニャへなぜここに来たかは聞かず、ただ彼女の言葉に静かに耳を傾けた。
「あいつに撃ち込む場所なんだけど、あの線を辿って行って集まるところが核ってところだって」
必要な事を伝え終えるとサクニャはまた守護者との戦闘に戻った。
「……確かに動力は必要ですわよねぇ」
今まで岩で出来た恐竜だの腐った巨大な獣だのと戦ってきたことがあるからか、どうやって動いているのかなんて気にならなくなっており、改めて考えてみれば当然の事といえた。
「ゆじゅさん! そっちの腕おさえてて」
「おっけぇ~! よい……しょおっ~!」
戦闘に戻ったサクニャ、それと遊子羽は守護者の叩き潰しや踏みつけといった攻撃をミシェの方に行かせないように素早い動きで攪乱したり力づくで弾いたり奮戦している中、護られている当の本人はただ見守りながら――
「……わたくしも修行とか頑張ったらあそこまで動けるんでしょうか」
――と、トドメの役割こそあるがここまででそれ以外に貢献できていない自身を顧みてポツリとそんな事を呟いていた。
「――いえ、わたくしの役目はあくまで援護と後方射撃ですわ」
ミシェに出来ない事はサクニャが、サクニャに出来ない事はミシェがやるというのが二人の取り決め。そして、互いに信頼しているからこそミシェはじっと攻撃の機会を待てるし、サクニャはただ前だけを見て攻撃が出来るのだ。
「あっ! そっちはダメだって!」
サクニャの慌てた声が響く。いったい何に慌てているのかと二人がいる方に目を向けてみるとさっきまで背を向けていた守護者がミシェの方に向きを変えて、ゆっくりとこちらへ近づいている光景が目に飛び込んだ。
「えっ! まだ早いですわよ⁉」
「そんな事言われても……あいつ急に振り返るんだもんさ」
時間稼ぎはもう難しいと判断したサクニャと遊子羽は早々にミシェの下に集まり、緊急会議を行う。
「文句も原因探しもあとあと。それでミシェ、その武器はもう撃てる状態にあるの?」
「――万全の状態で撃つならあと二割程ってところですわね。ただ、今の状態でも威力は落ちますが撃てない事はないですわね」
現在のレールガンの稼働状況は射手を保護するフィールドが万全の状態で、肝心の威力は守護者の装甲を砕けるかもしれないというとこまでに留まっている。
「だったら予想以上に装甲が柔い事を期待して撃つしかないかもね」
「……気楽に言ってくれますわね、まだどこを狙っていいのかも分かっていませんのに」
今のところ守護者の核の部分はまだどこにあるかは分からず、見えている部分の路から想像して核を狙わなければならず、ミシェへの負担が一気に高まってくる。
「そこまで任せたりしないよ。撃つ場所の指示は私がするから外してもいいやくらいの気持ちで楽にしてて」
そう言って遊子羽は今見えている光の路を基に、核の位置の予測を始める。
(胸の辺りに核があるのは間違いないとして、問題はそれが右と左どっちにあるかなのよね……)
二人で攻撃した所は主に脚に近い所ばかりだが、胸の方にも少しだけ届いた攻撃があった。その上で予測しようとするのだがいかんせん情報が足りなく、せめてあともう一撃だけでも胸側へ攻撃を加えれば確信が得られるという状況で考え込んでいた。
(人に照らし合わせて考えて行けば左に心臓があるからそっちが正解っぽいけど……そんな単純にいくものか……)
「遊子羽さん! もうすぐそこまで敵が来ていますわよ!」
「分かってる! えぇっと……右! あなたから見て胸の右側を撃って!」
「やっとわたくしの出番ですわね」
レールガンの照準を胸の右側――つまり人で言えば心臓のある位置あたりへと向け、そのまま引き金を引く。
(お願い……当たって!)
情報が完全に出そろわない中で一か八かで撃った弾丸は、遊子羽の祈りを乗せて自分が指示した箇所へと見事命中した。
「いよっし大当たりっ! さて……核の方はどうなってるのか……」
ミシェの放ったレールガンにより守護者の硬い装甲は砕けたのだが、肝心要の核に弾丸が届いたのかは砕けた破片が粉塵となっており
目の前の守護者はレールガンの一射により動きを止めているが、それが核を砕いたからなのか衝撃で一時的に動きを止めているのか分からず、煙が晴れるまで一同に緊張が続く。
「なかなか動く気配がありませんわね。これはわたくし達の勝利なのでしょうか?」
「もうすぐ分かるだろうけど気を抜かないで、あとどんな結果になるか分からないから戦闘と撤退、両方の用意をしておいて」
遊子羽が喚起の声を上げる、それと同時に敵の方でも新たな動きを見せてきた。
「――動いた⁉ それじゃあ核の方は……」
見ると煙が晴れた向こう側から青く輝く核が顔を覗かせており、レールガンによる核の破壊は失敗し後は撤退するかもう別の手段で核を壊さざるを得なくなった。
「参ったわね……ねぇミシェ、そのゴツイ武器ってまだ使えるの?」
「――残念ながら連続で撃つには時間足りないですわね。それでどうしますの遊子羽さん? 一応わたくしはコレがあるからまだまだいけますが」
ミシェが新たに狙撃銃呼び出すとそれを手に戦う意思を絶やさずにいた。
「ウチも全然いけるよ。ようはあそこへ行ってあの青いのを壊せばいいんでしょ?」
サクニャもまた両手に持った短剣を核の方へ向け、すぐにでも弾丸のように飛び出しそうな雰囲気を醸し出している。
「二人は撤退よりも戦う方を選ぶんだね。こりゃー先輩として気合入れ直さないと」
最大限の攻撃が失敗に終わった今、二人にこれ以上の戦いをさせるだけの余力はないと遊子羽は考えていたが、そんな考えに反し両名は未だに戦闘意欲を失っておらず追撃しか頭には無かった。
「取り敢えずここからその銃であの核を壊せないか試して欲しいんだけど、いける? ミシェ」
「誰に言ってますの? この程度の距離、造作もありませんわ」
悠長に近づいて来る守護者に向けてミシェはまず一発狙撃銃の引き金を引く。その弾丸はふらふらと動く核には当たらずその胸の空洞になっている内壁に弾痕を残す。
「あちゃ~……ああやってふらついてるのが相手だと的が大きくても外しちゃうかぁ」
「……今のは単なる試射ですわ。二度目はきっちり当てます」
(なんかかっこよく言ってるけど顔赤くなってる……)
(多分本気で狙ったのに外しちゃったからゴマかしてるんだって)
「二人とも、聞こえていますわよ! まったく……集中しにくくなるじゃありませんの」
やいのやいの言う外野の声に若干気を取られながらもミシェは狙撃銃のスコープを覗き、先程外した時の弾道から今度は確実に当たる様に修正を入れ引き金を引いた。
――ガンッ!
「あ、あれ……全く手応え無しな感じかにゃ?」
「……予想はしてましたがこの弾丸でも貫通はしませんでしたわね」
先の装甲の硬さから核はそれを越える硬さを持つだろうという事で、ミシェは硬い装甲を貫く用途に特化した徹甲弾に変えて撃ったのだが、核の強度はその上をいっておりその弾丸は破砕音を出しながら弾かれ、後に残ったのは壊せなかったという結果だけであった。
「弾丸の当たり具合からアレは徹甲弾を使ったわね。それでいて核にはほんの少しのへこみ傷が一つ……と。それでこの結果ならまだ何とかなるかも――」
遊子羽が目の上で手を翳しながらミシェが撃った核の状態を分析し始める。
「この距離でよくそんなのが見えますわね。それで、なんとかなると仰いましたがどのような手でいくつもりですの?」
「さっきの一発で核に傷が入ったからそこを起点に私がコレで切れ目を広げて、最後にミシェの火力で破壊しきるの」
右手に持った短刀を見せながら思いついた作戦を伝える。遊子羽の短刀ならば傷さえあれば対象物の硬さなど無視が出来、なおかつ重要な部位を攻撃する事により守護者の注意を遊子羽に向けさせられると考えたからだ。
「なるほど。でしたら良いものがございますわ、サクニャこれ」
そう言ってミシェは両手の各指に着いている指輪の内、左中指の指輪を抜きそれをサクニャへと手渡した。
「おっと……ねぇミッこ、これ何が入ってたっけ?」
ミシェから指輪を受け取ると、それをミシェが着けていた指と同じところに嵌めながら詳細を聞く。
「それは爆弾の類が入ってますわ。遊子羽さんが切れ込みを広げた後、貴女がその中にあるC4爆弾を設置してちょうだい」
「オッケー! それじゃあ行ってくるよ!」
「ちょっと、先走らないでよ! まったくこんなに面倒見がいのある娘は初めてね」
指輪を受け取ったサクニャが威勢よく駆け出す。そしてその後ろで遊子羽がぼやいているが、その顔は楽しげでありとてもここが戦場とは思えない笑顔だ。
「……で、どうやって登ればいいんだろう」
意気揚々と駆けて足元まできたはいいが、目的の核との彼我の距離は6メートル近くあり、そこに乗り込もうにもちょうどいい足場になりそうなモノとかは守護者の背後辺りに集中しており、それらを使わずに核まで行く方法なんてサクニャには持ち得ていなかった。
「呆れた……いくらなんでも行き当たりばったりすぎよ」
遊子羽がはるか上の方から話しかけてくる。見るといつの間にか守護者の頭の上に遊子羽がおり、そこから核の方へ真っ直ぐ落ちながらミシェが開けた穴へと飛び込んでいく。
「いや……足場が無いといくらウチでもそんな所まで登れないんだけど」
「仕方ないわね。じゃあちょっと手を貸してあげるからそこで見てなさいな」
そしてその遊子羽は真っ逆さまに落ち、その勢いと自身の腕力の限りを持って核へと短刀の一撃当てるのだが――
「んっ! 思ったよりも硬いけど――これで!」
刀身が核に接触する。遊子羽の予想を超える硬さに驚きはするもののその触れた刀身を支点に身体を回転させ最初にミシェが当てた傷に何度も短刀で力任せに叩き斬り、最初の傷がみるみるうちに深まっていく。
「これだけの裂け目があれば――サクニャ、準備はいい?」
「心の準備だけで精いっぱいなんだけどっ⁉」
遊子羽が核を蹴って落ち、そのままサクニャの元へ着地する。そしてそのまま守護者へ背を向けると、腰を少し下ろしながら両手を組んでサクニャを上へと打ち上げる体制をとった。
「ほら、これなら何をすればいいか分かるでしょ」
「――うん! そういう事なら遠慮なく行くよ!」
遊子羽の手に向かって駆け始める。速度を最高に保ったままサクニャは遊子羽の手によって打ち上げられ、守護者の胸に開いた空洞の壁に手をかけ、勢いを殺さぬまま核へと飛び移り、ミシェから預けられた爆弾を指輪によって呼び出す。
「これで決める!」
遊子羽が切り開いた裂け目へと爆弾をねじ込むや否や、サクニャはすぐさま穴のなから脱出を図る。
「ミッこ! 爆弾をくっ付けたよ!」
「上出来ですわ、サクニャ。ではご退場願いましょうか」
サクニャが離れた瞬間、ミシェは手に持っていた遠隔式の起爆装置に指を掛けその直後――爆弾がけたたましい音と共に炸裂した。
「うひゃあ~でっかい音だにゃ~」
背後で鳴る轟音に耳をやられないようサクニャは耳を手で押さえ、その爆風を背中で受け止めつつ着地する。
「そんな悠長な事言ってるヒマはないわ。ほら、急がないとペチャンコよ」
地面に降り立ったサクニャの手をすぐさま遊子羽が引っ張り、核へ痛烈な一撃を喰らった守護者は己の重さを支えきれなくなりその身体はゆっくりと膝を突き、そしてそのままのめり込む様に前へと倒れていく。
「二人とも! 早くこちらに!」
いち早く安全な場所へと移動したミシェが二人を誘導するべく自分の居場所が分かるように声を張り上げる。
「――あそこまで行ければ安全だって!」
「そのようね。だったらサクニャ、あなたが先に行っておい……でっ!」
ミシェのいる所が完全に安全だと分かると遊子羽は繋いでいたその手にさらに力を入れ、サクニャの身体をいち早くその安全な場所へと投げ入れた。
「うひゃぁあああ~⁉」
「えっ? ちょっと待って――」
いきなり投げ込まれたサクニャにミシェは狼狽える。確かに早くこちらにと入ったが、よもやそんな強引な方法で“早く”を実現されては準備など何もしていないミシェは――
「む……無茶苦茶……ですわ……」
弾丸のように向かってくるサクニャを受け止めきれず両者は地面へと転がるように倒れていくのであった。
「よっと!」
サクニャが安全な場所に行った事を確認すると、遊子羽もその場所へとひとっ飛びしその直後、背後で巨大な地鳴り音や地響きが三人に襲いかかり、遅れてその巨体が倒れた時に起こされた砂埃が回避の余地なく呑み込まれていた。
「ペッペッ……うわぁサイアク、口の中が砂だらけだにゃあ~」
全身砂まみれになったサクニャがのっそりとミシェの上から立ち上がると、いたる所から砂が零れ落ちてその下にいたミシェにもパラパラと降りかかる。
「やーっと倒せたわね……次にやり合う時はもう少し破壊力のあるものを持ってこなきゃ」
「――あんなのとまた戦うつもりでいたんですの? もうトレジャーハンターというよりただの戦闘狂の発言ではありません?」
遊子羽の手によってサクニャに押し倒されていたミシェが立ち上がり、もう次の戦いに向けての反省をしている遊子羽を怪訝な顔で見つめていた。
「戦いが専業じゃなかったんだけど、必要に駆られると……ね」
「おっ、ミッこが起きた! いやーミッこのおかげで助かっちゃった。あそこで受け止めてもらわなかったら大怪我になる所だったよ」
とっさの判断だっとはいえ投げ込まれた自分を受け止めてくれたミシェにお礼を言う。だが、サクニャの視線はミシェの顔ではなくその少し下を向いてお礼を言っているように見える。
「……どこに向かってお礼を言っているんですの!」
「えっ? どこってそりゃあ~おっぱ……」
ゴスッ!
「ひ、ひどい……ちゃんと助けてもらったお礼を言ったのに……」
急に頭をチョップされてサクニャは涙目になりながら蹲る。それでも、ミシェの大きな胸がクッションになった事で大怪我を免れたのは事実だが、それはそれとして面と向かってそんな事を言われてはさしものミシェも抗議するくらいの権利はあるだろう。
「はいはい二人ともそこまで。私達の目的を忘れたの?」
「え~っと……遺跡探検でお宝がっぽがっぽ作戦だったよね?」
「ちょっと違いますわよサクニャ。お宝はあくまで副目的、わたくし達は遺跡の内部構造を遠隔操作していると思われる人物を釣り出す餌ですわ」
「おっと、そうだったそうだった」
「それで? わたくし達が身体を張った成果はあったんですの?」
地面に横たわる守護者を見つめながらティセアからの報告を聞こうとしたのだが、遊子羽は首を横に振るだけであった。
「――だけどここでぼさっとなんてはしてられないから出来る事をやっちゃうわよ」
ティセアからの連絡がない以上、下手人探しは進展しようがないのでトレジャーハンターの遊子羽としてこの遺跡に来た目的を果たそうとする。
「お宝っ⁉ ウチそういうの初めて見る!」
「ふっふっふ……良い顔だねサクニャ。さぁついておいで、これこそがトレジャーハンタ―の最大のご褒美だよ」
守護者がいた所よりさらに奥、遺跡の終着点へ指を指してワクワクを抑えられないサクニャを先導していく。
「よくもまあ戦いの後にあれだけはしゃげるものですわね」
戦いの後の疲れなど感じさせない走りで一直線にお宝へと向かって行く二人を微笑ましく見守りながら、ミシェもまた本人でも気づいてはいないが少し浮かれた様な足取りでその後を追いかけて行った。
「うぇっへっへっへ~……さぁ~て私に貰われるお宝はどんな子なのかな~?」
石棺のような形状をした物の前で、遊子羽が当主代行でも素の時の様な顔でもないある種ブキミとも言える表情と言動をしながら重々しい蓋を軽々といった感じで押し開く。
(ワクワク……ワクワク……)
そして開かれた石棺をサクニャと遊子羽は食い入るように、ミシェは少し横目でその中を覗き見る。
「これは……腕輪みたいね」
石棺の中にあったのは銀色の二つの細い環が×字状に組み合わさった一対の腕輪で、さらに環同士の接合部分には鈍色の石が嵌っており見た目の物珍しさからなのかサクニャがそれを手に取って眺め始めた。
「これがお宝かぁ~……でもなんか思ってたのと違うにゃ~」
「思ってたのと違うって、どんなのを想像してたの?」
「ん~なんかこう……ぴかぴか光ってたりもっと古そうな感じだったり……あっ、宝石とかそんなの!」
「あぁなるほど。他の世界の人だとお宝ってそういうものなのね」
サクニャの中ではお宝というと貴金属や宝石、もしくは歴史的に値打ちのあるようなものを想像していたようだが、遊子羽の口ぶりからするとこの世界におけるお宝というものは単純に資産的な価値があるものを示す物ではないようだ。
「でもこの腕輪は美術的観点で見ても値打ちもあるように見えますわね」
サクニャの手の中にある腕輪を横から覗き見ながらミシェは自身の今までの経験による観測眼からそのような感想を述べる。
「ふーん……私は芸術とか美術方面とかはサッパリなのよね。まぁそれでもこの腕輪に価値があるのは手に取らなくても分かるけど」
「二人ともすごいにゃ~……」
ミシェと遊子羽が腕輪について価値がどうのこうと言い始めるが、それよりもサクニャは初めて見るお宝というものに未だ心を奪われており、背後での喧騒は半ば聞き流しながら腕輪を手で弄んでいた。
「~~~♪ あっ――」
腕輪を弄んでいたサクニャであったがついうっかりその手から腕輪が滑り落ち、地面に落とすまいと慌ててそれをキャッチする――
「セーフ……ってありゃ?」
が、なんの偶然かその腕輪はサクニャの腕に吸い込まれるようにして嵌り、サクニャの腕より遥かにぶかぶかな腕輪がゆらゆらとその腕の中で存在感を示している。
「もう何をしていますの貴女は……」
「い、いや~いつの間にかミッことゆじゅさんが盛り上がっちゃったからウチ蚊帳の外っぽくて……ね」
両手の人指し指を合わせながら上目遣いでミシェの事を見るサクニャは、少しだけ寂しそうな声をその内に秘めていた。
「……悪い事をしてしまいましたね。ごめんなさい、サクニャ」
あのような顔と仕草をされては流石に強くは言えず、ここはキチンと自身の非を認めてサクニャがこれ以上拗ねてしまわないように言葉をかけた。
「ちょっ、そんなんで謝らなくていいってば⁉」
思わぬミシェの行動に手をブンブンと振ってそのような事は必要ないとアピールする。
「あ、あはは……本当に仲がいいんだね二人は。私にもあんな時が――あれ?」
遊子羽もまたサクニャの純粋な行動に苦笑しつつも二人の仲の良さに、かつての自分とその相方を重ね合わせて見ていた所、なんとなくサクニャに違和感を覚えた。
「どうかなさいましたか?」
「あの腕輪ってあんなに小さかったかな……って」
遊子羽の言葉でミシェの視線がそちらへと移る。
「……確かに心なしか小さくなっているようにも見えますわね」
ミシェの視線の先にある腕輪は確かに遊子羽が指摘するように、指が2~3本は入りそうであった隙間が1~2本入るかぐらいにまで縮小しており、自然とこの先の展開が読めそうな事態が起こっている事は理解した。
「どったの二人とも? なんか『ウゲー』って顔してるけど」
顔をしかめた二人の視線の先には縮小を続ける腕輪があり、その視線につられてサクニャもそちらへ眼を向けると何故二人があのような顔していたのかを理解する。
「ウゲッ! なにこれ。なんでこんなにちっちゃくなってるの⁉」
サクニャの目が腕輪に向いた時には縮小は止まっており、その腕にピッタリと嵌まる隙間のない腕輪がそこにあった。
だが、腕輪の異変はこれだけに留まらない。サクニャの手首にピッタリと嵌まった腕輪は互いを求め引き合う磁石のようにその腕を動かし、サクニャの両腕はまるで手枷を着けられた囚人のように自由を奪われてしまっていた。
「これはまた……後で鑑定士に見てもらわないといけないわね」
「うぅ……なんでこんな面倒な事になるかな」
「まぁそういう事もあるわよ」
サクニャを慰めるかのようにその肩を優しく叩き励ましの言葉を掛けてあげるが、ごく普通の日常において囚人のように両腕を拘束される事などまずないので遊子羽の行動など何の慰めにもなっていなかった。
「問題が片付く前に新しい問題ですか……全く、いつになったらティセアさんから連絡が来るんですの?」
「私に言われても困るんだけど。でも確かにもうそろそろ連絡が来てもいい頃だけど――」
これからの事が不安になる状況が続いているが、そんな中遊子羽のスマートフォンが軽快な音を響かせる。
「あっ電話だ。えーっと……来た! ティセアさんからだ!」
電話の主は今回の目的の要であるティセアであり、ようやく待ち望んでいた相手に遊子羽は歓喜の声を上げながら電話での会話が二人にも聞こえるように通話を始めた。
『おっと、どうやら随分と待たせてしまったようじゃの』
ずっと緊張感を持っていた場にそれとは場違いなほどひょうきんな声が三人の耳へと届く。
「待ったなんてもんじゃないですよ! そっちに何かあったんじゃないかとも思いましたよ」
『そうか……そこまで心配させてしもうたか。いやなに、こっちで何か問題が起こったという訳じゃなく、ぬしが探していた人物の特定に手間取ってしもうての』
「見つかったんですか⁉」
『あぁ、ばっちりじゃ。そういう訳なんで外に迎えを寄こしているから待っとるぞ』
そう言ってティセアからの連絡は終了し、早速遊子羽は行動に移る。
「二人とも聞こえてたわね。上に戻るわよ」
「やっとですか。でも上に戻るにしてもわたくしはもうあんな仕掛けだらけの通路をまた通れる自信はありませんわ」
この中で一番運動量が少なくまた運動能力も一般人並みなミシェがここに来て音を上げてしまった。
「それなら大丈夫。お宝を取ったらそこの遺跡は挑戦者に負けたという事で、出口に直接繋がる道が現れるのよ」
ほら、と遊子羽が空になった石棺へ指をさす。すると、そこには先ほどまで存在しなかった光り輝く幾何学模様が現れていた。
「この上に乗ると出口まで一瞬だから、帰り道の心配はいらないというわけ。ほら、こんな感じで」
トレジャーハンターの先輩として後に続く二人の見本として危険性が無い事を証明するべく、一足先にその上へと乗った。するとそのすぐ後に遊子羽の姿は掻き消え確かにこの場からいなくなったことだけは理解できた。
「――別に疑っているわけでは無かったのですが」
『まぁしょうがないよ。先輩としては色々と知ってもらいたかったから』
「――っ⁉ ゆ、遊子羽さん⁉ い、いったいどこから声が」
ミシェの呟きに応じるように遊子羽の声が聞こえ、予想していなかった声が聞こえた事にミシェの心臓は大きく跳ね上がる。
『あっ、ごめんねびっくりさせちゃって。実はさっきそこの蓋の上に予備の電話を置いてたの』
声の出所はいつの間にか石棺の蓋の上に置かれていたスマートフォンから発せられており、ミシェはこの無駄な胸の高まりを起こした相手へひとこと言ってやろうとそれに手を伸ばす。
「危うく貴女のお屋敷に担ぎ込まれてしまう所でしたわ」
急ぐ状態にある今、無駄な時間を過ごしたくは無いのだが遊子羽の連絡不足により余計な手間がかかる所であったことを皮肉を込めて文句を言った。
『だからごめんって。取り敢えず後はミシェだけだから早く来てよ』
『そういう訳だから早く来てね~ミッこ』
「えっ、サクニャ⁉ ……い、いつの間にそこに」
『ミッこが電話を取る前に先に行っちゃった』
「そう。ではわたくしもすぐに行きますわね」
ミシェの心臓にいらぬダメージを与える要因となった電話を切り、二人の後を追うべくミシェも光る幾何学模様へと足を伸ばす。
ガラッ!
遺跡を揺るがすような大きな音が響く。不意に聞こえたその轟音にミシェの身体がビクッと震え、踏み出そうとしていた足も縫い付けられたかのようにその場に留まる。
「な、なんですのこの音は……」
大きな音に驚き思考が一瞬真っ白になるが、すぐにその出所に思い至り背後へと目をやる。
「……いくらなんでもしぶとすぎるのではありません?」
ミシェの目に映るもの、それはやっとの思いで核を破壊し再起不能へと追い込んだ――そう思っていた守護者がぎこちない動きながらも立ち上がろうとしていた。
(さすがに一人でアレの相手はしてられませんわね)
核に多大なダメージを与えたからか守護者の動きは非常に緩慢としているが、核への攻撃手段が乏しいミシェにとっては相手をするのも一苦労で、二人の下へと合流すべく逃げる道を選ぶ。だが――
「――っ! み、道が……帰り道が消えてる……」
突然の出来事により思考が真っ白になり足を止めてしまったのが運のツキ。守護者が復活してしまった事により一番安全な帰り道が消えてしまい、残るは守護者を改めて倒すか何とかすり抜けるかして罠だらけの通路を逆走するしかなくなってしまった。
「どうしましょうか、この状況」
逃げるか戦うか――その迷いの最中に守護者がミシェの存在を捉え、さらにミシェを追い詰める。
そしてミシェを再び敵と定めた守護者は核にダメージが入った影響からか完全には立ち上がれないようで、這った状態からその大きな両手を振り上げてミシェを叩きつぶさんとしてくる。
「色々と判断を誤りましたわね……」
ここに至るまで予想外だった展開の連続にミシェの頭も身体も疲弊しきっており、様々な判断が一人になってから鈍り始め、とうとうミシェ一人ではどうしようもない状況にまで陥ってしまう。
(ごめんなさいサクニャ……どうやらわたくしはそちらに行けそうにありませんわ)
ミシェは目の前で振り下ろされようとする守護者の平手を見上げながら、自分の判断の遅さが招いた結果にもう会う事が叶わない親友に謝罪をし――
(梨鈴……もう一度だけ貴女に会いたかったですわ)
この旅を始めるきっかけとなったもう一人の親友――鳴風梨鈴の顔と声が走馬灯のように浮かび、彼女にもう会えない事にミシェは涙して今世に別れを告げる。
諦めないで、ミッこ!
「えっ⁉ まさかこの声って……梨鈴!」
何者かがミシェの事を哀れに思ったのか、もう一度会いたいと願った親友の声が幻聴として聞こえ、それにより諦めていたミシェもその幻聴に縋ろうとしてもう一度奮い立つ。
「梨鈴がこんな所にいる訳がない――でも、それでもわたくしはこの声を信じますわ!」
梨鈴の幻聴がミシェを突き動かし、愛用の狙撃銃を構え核を照準に入れて引き金を引く。
ミシェの放った弾丸は狙い通り核へと吸い込まれるように飛んで行き、その一撃は核を貫きやがて緑色の閃光を伴ってその核は完全に砕け散った。
「た、倒せたんですの……?」
守護者の手が今まさにミシェを叩きつぶそうとしている体勢でピタリと止まっているが、そのすぐ後に守護者の身体は砂のように崩れ落ち、そこでようやくミシェは目の前の障害を打ち破り自身が生存したという事を実感した。
「やった……やりましたわ!」
一度は死を目前にしていたがそこから抜け出た事が分かるとミシェは全身の力が抜けてへたり込んだ。
「あっ! そう言えば梨鈴は――」
――と、死の縁から引っ張り上げてもらった声の主を探すが、幻聴の声の主を探すという事自体が無意味で、辺りを少し見回した程度ですぐに止める。
(まったく何をしているのでしょうかわたくしは。梨鈴がこんな所にいる方があり得ないですわ)
守護者を完全に倒したことにより帰り道が復活したのを確認するとすぐに頭を切り替え、ミシェはサクニャと遊子羽が待っている遺跡の外へと帰るべく光る幾何学模様の上に乗り、この遺跡を後にした。
「ミッこ……ゴメン」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます