第3話
―A Shadow Appears―
光を抜けた先で最初に視界に入ったのは見慣れた親友の見慣れない顔だった。
「あっ! ミッこ~~~!」
「心配させてしまいましたね、サクニャ」
一瞬だけ見えたサクニャの顔は不安でいっぱいという感情で埋め尽くされていたが、ミシェの姿が見えた途端その感情はどこかへと吹き飛び、いつもの元気溢れるサクニャが出迎えてくれた。
「下で何かあったみたいね」
「えぇ。散々な目に遭いましたわ。……そういえばティセアさんが迎えを寄こしたと言っていましたがその方はまだいらっしゃらないんですの?」
「まだ来ていないわ。でもティセアさんの事だからもうそろそろ――」
「ふむ、呼んだであるか」
「「うひゃあっ⁉」」
「――ぅくっ⁉」
誰もいなかった空間から突如男の声が聞こえ、サクニャと遊子羽はいきなり現れた男の顔に素っ頓狂な悲鳴をあげて驚き、ミシェは現れた瞬間こそ背後にいた男に気付かなかったが、それよりも他二人の声の方に驚き声を喉に詰まらせていた。
「人の顔を見て驚くとは失礼であるな」
「な、なんだランランかぁ~……」
「また随分と妙な渾名ですのね」
三人を驚かせたのは全身を黒い装束に身を包み露出している部分が左目だけという不審者に限りなく近しい男――藍我=ブラウディンだった。
「どうやら全員揃っているようであるな」
「……この変な人って二人の知り合いなの?」
「では早速ティセア殿の下へ向かうのである。忍法・とんぼ返り!」
「無視ですか、そうですか」
遊子羽の疑問は黙殺されたまま藍我が三人の服を掴んだ。そしてその場で背面宙返りをすると視界がぐるりと回り、視界が元に戻った時には藍我を含めた四人は七宝家の敷地の中にいた。
「うっ……き、キモチ悪い……ですわ……」
「むむっ大丈夫であるか其方」
急に見えている世界が回り、かと思えば次の瞬間には一瞬前に見た風景と全く違う風景が見えては脳が不具合を起こして気分が悪くなるのも無理はないだろう。
「だいじょーぶ? ミッこ」
「これくらいで体調悪くしてたらこの業界では長生き出来ないわよ」
「――命懸けでお宝を取るような稼業には就きませんから心配ご無用ですわ」
本格的に具合が悪くなり体力も尽き果てたミシェは全身の力が抜け落ち、青々と茂る庭に大の字で仰向けに倒れこんだ。
「そんな所で寝転んでいたら風邪をひくぞい」
「あっ……」
横になったミシェをしゃがみながら覗き込む影が一つ現れ、そちらへ視線を向けるとそこには心配顔のティセアがいた。
「ぬしはちょいと働き過ぎじゃ。遊子羽の件については後はわしがやるからゆっくり休んでおれ」
ティセアはゆっくりと立ち上がり遊子羽と共に屋敷の中へと入って行った。
「はぁ……やっとゆっくり休めそうですわね」
「ミッこ体力無いもんね」
サクニャがミシェの横に座ってそんな事を言いながら笑いかける。
「そー……ですわね……」
体力が尽きたミシェにはもうまともに反論する事も出来ず、気の抜けた返事だけをしてそのままその場で泥のように眠った。
「ありゃりゃ、ミッこ寝ちったよ」
「それは当たり前じゃないですか?」
「あっ、シクろん!」
そこにはミシェ達が戻って来たと聞いて二人を迎えに来た白黒がいたが、今までの二人の行動を知っている身としては現状で疲れ切っているのはごく普通であり、なおもバイタリティー溢れるサクニャと比べるのは可哀想というものである。
「無茶しすぎですよ、ミシェさん。屋敷の使用人さんから部屋を借りれたのでそこで休みましょう」
「う、うにゅぅ~ん……」
語りかけるもミシェはもう深い眠りに入っているので当然返事が来るのは期待していなかったが、その代わりとして可愛らしい寝息が返答のように帰って来た。
「お疲れ様でしたミシェさん」
寝入ってしまったミシェを背負い白黒は屋敷の中へと入って行った。
「ウチの両手は一体いつまでこのままなのかにゃ~」
ミシェの容態は当然気になるも、そちらは七宝家に任せていれば安心なのは鈩の件で分かっているので残る自身の両手の不安が胸に蟠ったままサクニャも屋敷の中へと入って行った。
ミシェ達が屋敷の中に入ったのとほぼ同時刻、ティセア誘導の下で遊子羽は屋敷の中を走っていた。
「ティセアさん! 次はどっちですか!」
「次は……左じゃ!」
「えぇ~⁉ 早く言って下さいよ」
ティセアのナビが遅れ遊子羽が角を曲がり切れず通り越していく後ろで、ティセアがさっさと先に行ってしまう。
「すまんすまん。次は近くの階段を上じゃ」
「今度はもう少し早く言ってくださいね」
文句を言いながらもティセアの後ろをついて行きやがて一つの扉の前で立ち止まった。
「ここは……情報処理室ですね。さぁ~て、それじゃあ下手人の顔を拝むとしますか」
遊子羽が勢いよく扉を開け放つ。すると、その部屋の中で作業をしていた人の視線は一斉に遊子羽の方へと向き、注目の目が全部自身に向いている事を確認すると遊子羽はその者達に向かって高らかに声を張り上げる。
「ここが年貢の納め時っ! もう逃げ場はありません!」
右手の人指し指を高らかに上げ、下手人に対して焦らざるを得ない状況を生み出す。
…………
だが、その視線は遊子羽の奇行に対して怪訝な目を向けるだけで、狼狽えるような反応はどこからも起こらなかった。
「……えーっと。ティセアさん、下手人の場所は特定したんですよね。一体どの席にいるんですか?」
この一言で尻尾を出すと思っていた遊子羽であったが、あまりにも状況が好転しない為部屋の外にいたティセアを呼び寄せて小声で下手人の位置を聞き出すという、初めからそれをやっていればおかしな恥などかかずに済むのに……というある種の失態を犯しながらティセアの指に注視する。
「ん~と……あそこじゃ、窓際にいる不健康そうな風体の男。あそこから今でも魔術の残滓を感じる」
「ん、ごほん! では改めて――ここが年貢の納め時っ! もう逃げ場はないわよ!」
ティセアから下手人の正確な場所を教えてもらうともう一度威勢よく今度はその男の席に向かって指をさした。
「あの~当主代行、これは何の戯れでしょうか?」
「私は至って大まじめです。そこにいる男を拘束するので手を貸しなさい」
「お言葉ですが……その者なら慌てた様子でどこかに行ったみたいですよ」
「えっ……えぇぇぇっ~!!!」
指をさした方にはもう人などおらず、その奥の窓が開け放しになって今まさに逃げられてしまった事が見て取れる。
「なんで⁉ さっきまでそこにいたよね⁉」
「なんでと申されましても……ただ後ろのお方がお見えになられた時、血相を変えて窓から飛び降りてしまったので」
「――だったら捕まえてくれても良かったのに」
ボソッと遊子羽が小声で文句を言う。
「あまり無茶を言うでない、それよりも追いかけるぞい。わしはそこの窓から追うでの」
これはもう過ぎた事だと慰めるかのように『ポンッ』と肩を叩いて窓の方へと向かい、そのまま二階からなんの躊躇いもなく飛び降りて行く。
「そうよね、ここにいるみんなはちゃんとやってるもの。緊急招集をかけます、全ての人員を庭に集めなさい!」
「かしこまりました!」
遊子羽が一番近くにいた女性のオペレーターに対して命令を下す。それによって屋敷中に警報が鳴り響き、そこら中の部屋から使用人がわらわらと現れ、それらが一斉に庭へと駆けて行くという圧巻の光景になる。
「当主代行、こちらマイクのご用意は出来ております」
「ありがとう」
オペレーターからマイクを受け取った遊子羽は落ち着いた声色で一つの指示を発する。
『皆の者! 我が屋敷から一人の不敬者が逃げ出した。皆にはその……ねぇ、あの逃げた奴の名前ってなんだっけ?』
最初の方は威風堂々という言葉が似合うほどの立派な次期当主としての姿であったが、後半はまさかの名前が分かっていないというオチで、すぐ傍のオペレーターに小声で名前を聞く始末となってしまっていた。
「……
さっきまでの威勢のよさと真逆の情けなさにオペレーターの女性の目がどんどんと細くなっていき、ついには呼び方が当主代行からお嬢様へと若干ランクダウンした。
『そうっ! カシマフゼン。特徴は顔色の悪い不健康そうな男よ。さぁ行きなさい!』
遊子羽からの指令が放送されると窓の向こう側から男女交じりの雄叫びのような声が響き渡り、その後大勢の足音が方々へと散っていく。
「では私も参りましょうか」
「あの……当主代行! 我々も捕縛に向かった方がよろしいのでしょうか」
「いえ、あなた達はカシマが敷地の外に出ないかここでモニターしていてください」
「はっ、はいっ! かしこまりました!」
情報処理室の人員に別の指令を与え終えると、遊子羽は部屋から出て禍死魔不善の後を追うのであった。
「はぁっはぁっ……一体何であの裏切り者がこの世界にいるんだ……」
禍死魔は七宝家の敷地から出るべく駆けまわっていた。
「あっ! おいいたぞ! こっちだ、こっちに集まれ!」
「小娘たちだけだと油断したな。さて、追いかけっこもお開きにして身を隠さんと」
使用人の大群に追われながらも禍死魔は冷静に自身の置かれた状況を分析しつつ、余計な目が届かずその後も追っ手を撒きながら逃走できるポイントへと向かう。
――ブンッ!
禍死魔の進路を遮るように一本の杖が空中から彼目掛けて降り注ぐ――が、その落下地点から腕で顔を覆うように守りながら飛び退いて直撃を避ける。
「――ちっ!」
「観察力と判断力は中々のようじゃな」
落下した杖の上でティセアが胡坐をかいて座っており、禍死魔の事を頭のてっぺんからつま先までじろりと見まわす。
「こちとらただのインテリだけで使徒はやってないのでね」
「使徒――? それにその腕の時計……もしやおぬし不善か」
禍死魔不善――この男はティセアがつい最近まで所属していた組織である世界救済教団、そこに現在11人いる使徒と呼ばれる存在の一人であり、ティセアも禍死魔の事は元司教代理だった頃に存在は知ってはいたが、禍死魔の影が薄くさらには人前には殆ど出てこないせいで使徒というワードと彼の付けている黄緑色の宝石で出来た針がある腕時計がなければ見た事があるような……という程度の印象しか与えない人間であった。
「むしろ誰だと思っていた。それに放送でこっちの名前は広く周知されていただろうに」
「ん? あぁ、その時のわしは空の上から不審なのがいないか見ておったから下の音なぞ聞いておらんかった」
「さすがに色々と想定外すぎるねそちらさんは」
「なぁに、これからぬしを捕まえるという筋書きは想定通りに進むから安心せい」
「悪いがあんたさんに捕まりたくはないんで全力で抵抗させてもらおうかい」
教団内にて使徒を上回る実力を持つティセアが進路を阻むとあっては、戦闘要員ではない禍死魔も腹を括ってここを突破するしか術はなく、なんとか隙を作って目の前の化け物から離脱しようと背中に掛けられた板状の物体を取り出した。
「あれは……のーとぱそこんとかいう奴じゃったか?」
禍死魔がノートパソコンを手に取ると素早くそれを開き、目にも止まらぬ速さでキーを叩いているとティセアの背後から息を切らして駆け寄る音が近づいたきた。
「あっようやく見つけたわ! 観念してお縄に付くのね」
丁度その時、遊子羽が合流し逃げていた禍死魔をその視界に収める。
「小煩い当主代行も来たのか、だがまぁいい。せいぜいこちらの役に立つ足枷になっていただこう」
遊子羽が来た後もキーを叩いていた禍死魔がエンターキーを優しく叩く。するとその直後軽い揺れが周囲一帯で起こり始める。
「なに……? なにが起こってるの?」
揺れは数秒だけ続き、遊子羽はほんの少し体勢を崩しただけに留まったが、そのほんの少しの間禍死魔への注意が途切れ次にそこへ向いた時、目の前で大きな変化が遊子羽に襲い掛かる。
「あれ、なんか暗い……?」
急に視界が薄暗くなり何があったのかと見上げると、そこには何やら黒くテカテカした物体が視界を埋め尽くし、さらにはそこから何やらカチカチといった聞きなれぬ異音も耳に響いて来る。そして少しだけ下がるとその黒い物体の全容がハッキリとする。
「も、もしかしてこれって……あ、蟻ぃぃぃっ⁉」
遊子羽の視界には顎をカチカチさせてまるで獲物の行動を見て楽しむ狩人を思わせた。
「気ぃ付けぇよ遊子羽。あやつがああやって生みだしたのは全部本物じゃからのう」
「…………もしかしてですけど、あのノーパソって結構重要だったりします?」
見上げる程の巨体という常識外れな蟻を見てビックリはしたものの、先の遺跡探索で普段とは大きさの異なるのと一戦交えたばかりなのでそこまで衝撃は受けず、冷静にアレを生み出したであろう原因を確かめた。
「のーぱそ……? あ~……あれの事か。そうじゃ、あの板で色々と改変しておるんじゃが、なにかしようとは考えるな。わしにもどうすることが出来んからのう」
「壊せないんですか?」
「厄介な事にのう。だからそれを持っている本人をどうにかするしか手が無いんじゃ」
禍死魔の持っているノートパソコン――それはプログラムを打ち込む事によって、自身の周囲に対して様々な改変を行う事が出来、それによって蟻は4~5メートル程の大きさに改変されたという訳であった。
「だったら正面切って殴り飛ばし――」
「待てい」
「ふぐっ!」
ティセアに襟を掴まれおかしな声で悲鳴をあげる。その思わぬ行動に遊子羽はティセアを見つめて無言と視線で抗議する。
「あやつには近づくな。無暗に近づくとおかしな改変をされかねん」
「そういう事だ、こちらには手出ししない事を勧めよう」
遊子羽と遭遇してからなぜか蟻を大きくしただけでけしかける事もさせず、さらにほとんど喋っていなかった禍死魔がようやく口を開いた。
「あら、随分と余裕なのね。兵を出しても何もしてこないなんて」
「戦いは専門ではないのでね。それにこちらの解説を元司教代理にしてもらった方がこちらとしてもなにかと楽が出来る。では理解したのなら黙って通してもらおうか」
禍死魔に手を出す事は得策ではないという事をティセアに語らせ終わると、もう用はないと遊子羽たちの横をゆっくりと歩いてすり抜けようとする。
「いや、逃がさないって言ったでしょ!」
「だからぬしは下がっておれと言うたじゃろ」
禍死魔に向かおうとする遊子羽を自分の後ろに引かせて代わりにティセアが禍死魔を足止めしようと杖の石突き部分で突く。
「――やはりそちらが立ちはだかるか」
咄嗟にノートパソコンを盾にしてティセアの攻撃を受け止めるも両者の腕力に差があり、次第に禍死魔の腕が震え始める。
「ぬしのモヤシの様な身体では受け止めきれんぞ。諦めて観念したらどうじゃ」
「冗談――こんなものでこちらを止められるものか!」
拮抗した状態を打ち崩すため禍死魔は右足をティセアの腹に当て、そのまま全力で押しのける。
「おっとと……なんじゃ、ぬるい攻撃じゃのう」
だが、たいした力の無い禍死魔ではティセアの身体を2~3歩後ろによろめかせただけですぐに杖による追撃が迫る。
「こりゃ、危ないな――」
身を翻してティセアの杖から逃れ今度こそ二人から離れる。
「あっ⁉ 逃げられちゃいますよティセアさん!」
「そんな怒鳴らんでも分かっちょる。わしがこの程度の小物、逃がすわけが無かろう」
悠然と走り去っていく禍死魔を逃がすまいとティセアは腕を一度後ろへと引きながら杖を構えて鴉の部分を向けると、そこから白い光が球となりながら収束し始め、やがてそれは細長い槍の様な形を変えてそれを逃げる禍死魔の背へと照準を合わせた。
「『
ティセアが不思議な句を唱えると槍状になった光が勢いよく放たれ、一拍の後雷の槍は禍死魔の背へと突き刺さる。
「あっ……ぐぅっ!」
背中に突き刺さった雷の槍は身体の表面を駆け巡って筋肉を硬直させ、それにより禍死魔はノートパソコンを落とし、さらには脚も目に見えて走る速度を落としていった。
「むぅ……あれでまだ身体が動くとは意外と丈夫な奴じゃのう。じゃが、これならどうじゃ?」
ティセアは禍死魔へと向けていた杖を一度引っ込め、杖を地面へと突き刺した。
「『
ティセアが杖を突きさしたと同時、禍死魔の身体の表面を駆け巡っていた電撃は瞬時にその形を茨に変容させ、それは蛇の如く禍死魔の身体を締め付けていく。
「こんなもので止まることなど……」
全身が茨に覆われ、さらに茨は禍死魔を逃がすまいと地面に根を張る様にガッチリと拘束しているにもかかわらず、そんな状態にあってもその脚で一歩でも遠くに逃げようともがき抗う。
「あまり動くでないぞ。もがけばもがくほど棘が食い込むからのう」
「ま、だ……だっ!」
ティセアの忠告など聞こえていないかのように未だ抵抗する禍死魔だが、拘束された状態でも足を動かしそれによって靴が茨に引っ掛かって左の靴が脱げ、そこから裸足になった足が外気に晒される。
「だから無駄じゃと――」
「ぐっ! うおぉぉぉっ!」
何度も動いたことによって禍死魔の脚は既に茨の棘がそこかしこに食い込んでおり、さらに無茶をすればそれは肉を裂こうとする状態であるにもかかわらず、そこから禍死魔は自らを鼓舞するかの如く叫びだし、その左足で足元に落ちてしまっていたノートパソコンのキーボードを高速で叩き始めた。
「な、なんじゃと⁉」
「くっ……ふふふ……こんなもので縛られるか、こんなもので止められるものか!」
禍死魔の行動に驚いたティセアであったが、なにかが起こる前に禍死魔を止めるべく始末しようと駆け寄るが――
「遅い!」
ティセアの杖が禍死魔に触れる直前でエンターキーを押され、瞬時に周辺が禍死魔のプログラムに沿って改変されていく。
「――間に合わんかったか!」
まずは禍死魔の足元から変化が起こり芝生が急速に大きくなり、さらにはそれが硬質化してしなる刃物となって茨による拘束を斬り裂いたあと、辺りを無差別に襲い始めた。
「あぁ……いいぞ……そのまま時間を稼いでくれたまえ」
ティセアの拘束から逃れると禍死魔は目の前の敵に背を向けて一目散に走っていく。
「ティセアさん!」
「言われんでも分かっちょる。ぬしは使用人たちがそこの虫どもに喰われんように駆除しておれ。それが終わるころにはこっちも片が付いておるからのう!」
ティセアがもう一度杖を地面に突きさす。そして今度は杖全体が光り、その光が次第に石突き部分へ集まっていくとともに赤く染まっていき、その光が限界まで小さくなるとティセアは言葉を紡ぐ。
「『
ティセアの言葉に呼応するように光は弾け、眼前の緑を焼きながら赤い炎が扇状に広がっていく。
「どう改変しようが所詮は有機物。燃えぬ道理は無いわい」
禍死魔が逃げるよりも早く炎は広がっていき、直ぐに炎は人が身動きが出来なくなるぐらいの規模に成長し命を蝕み始める。
「こ、こんな炎ごときで……」
「もう足掻くな。『元素転換・
地面に刺さっていた杖を抜きそれを軽く上に掲げる。すると庭を覆っていた炎が禍死魔の下へと集まり、その炎は岩石へと変容して禍死魔の四肢を閉じ込めて指一本すら動かせない程その岩の中に深くめり込んでいた。
「なんたる失態……なんたる運の悪さ……これではセムリ様に顔向けができぬ――!」
「そうか、始末するついでじゃ。無様な男の顔を曝さんでいいようにその顔――剥いでおこうか」
「――⁉」
ティセアの手が禍死魔の顔へと伸びる。その手は微かに光を放っておりティセアの言葉は脅しではなく本当にやるという凄みを漂わせていた。
「ぬしともここでお別れじゃ。なに、その内セムリもぬしと同じところに送っておくから心配するでない」
「ま、待って!」
とうとうティセアの手が禍死魔の鼻先に触れる寸前、息を切らしながら遊子羽が駆け寄って来た。
「ん? どうしたんじゃ遊子羽」
「そいつは住人消失事件の下手人なんですよ⁉ まだ聞くべきことを何にも聞いて無いじゃないですか!」
「遊子羽……」
「その嬢ちゃんの言う通りだティセア」
上の方から声が聞こえる。見るとそこには遊子羽の頭上から文字通りすっ飛んできたアロエが下りてきたところで、どうにもこれからティセアがやろうとしている事を全力で止めようと説得に来たように見える。
「なんじゃ、ぬしまでここに来おったのか」
「あんだけの魔力を感じればそりゃ来るだろ。――で、ちょっと聞こえただけだったがコイツ、セムリの関係者だって?」
「うむ。使徒の一人ではあるんじゃがこやつから情報を聞き出そうとて無駄じゃ。敵に対して情報を吐くほどセムリへの忠誠心は低くないんでな」
禍死魔の人間性を知っているティセアはアロエの制止に耳を貸す素振りが無く、またこれ以上余計な時間が取られることが無いうちに杖に力を込めて身動きの出来ない禍死魔の胸へと突き立てた。
「はっははっ……この程度でこちらの命を摘み取れんぞ裏切り者! うっ――ごぷっ!」
ティセアの杖は禍死魔の胸に突き立つ寸前で止まっていたが、杖による外傷の無い禍死魔がなぜか苦しみだし口から血を吐く。
「なんじゃ……あやつの魔力が以上に膨れ上がっておる……?」
禍死魔の異常な様子に怪訝な顔をするがそれも束の間、さらなる異常事態が禍死魔の体内で巻き起こった。
「今の一撃――! あれでこちらの命は尽きた。だが、それを引き金にそちらも此処でセムリ様の為に死んでもらう!」
禍死魔の身体が杖が触れている部分から光り始め、それがどんどんと身体の末端に伝播していき、やがて全体が覆われるとその異常な様子にティセアの顔が引きつる。
「な、なんじゃこの魔力はっ!」
「おいおいヤベーぞ! あの野郎、自分の命を全部魔力に変換しやがった!」
「えっ……? そ、それって何がどうヤバいんですか⁉」
遊子羽のいる世界には魔力という概念が存在しないためか、アロエに禍死魔が現状がどれほどヤバいのかを聞いた。
「身の丈に合わん魔力量を無理矢理身に宿すとそれに身体が耐え切れなくなってまず本人は死ぬが、それ以上に問題なのが行き場の無くなった魔力が暴走して最悪ここら一帯が消し飛ぶ――」
「えぇぇぇぇ~~~っ! それヤバいなんてもんじゃないわよ!」
「そうだな――さてこの状況、どうしようか……」
ティセアと同様、魔術の使い手であるアロエもまたこの状況の深刻さを理解しており、如何にしてこの危機から脱するのかを頭をフル回転させて考えていた。
「別に悩む必要なんてあるまい。ぬしがこやつを誰もいない所まで飛ばしたらええじゃろ」
「…………」
「だんまり――訳ありか。なら、結局わしが何とかするしかないという事じゃな」
「――悪いが頼む」
「任せぃ!」
アロエの実力であれば明らかにこの状況を打開できるだけの方法は持ち得ているだろうが、禍死魔が死ぬ事態をどうしても避けたかったアロエがなにも行動しなかった事について、ティセアはなんとなく事情を察して咎をその身に受け入れようと杖を地面へと突き立てた。
「『元素転換・
禍死魔を拘束していた岩が樹に変容しながら急激な勢いで成長を始め、大樹に囚われたまま禍死魔は上空3000メートルまで連れていかれた。
最後の瞬間――禍死魔の身体は自らが生みだした魔力に耐え切れず行き場の無くなった魔力が主の身体ごと飲み込み、ありとあらゆるものを消し飛ばす破壊の光となって空で炸裂した。
「……もう二度とセムリなんかの目に留まるんじゃねぇぞ」
空の上で激しくそして輝かしい光と共に散っていった禍死魔にアロエはこの先にセムリが関わってこない事を祈る言葉を贈った。
「ひとまずこれでセムリにわしらがここにいる事がバレる事は防げたかのう」
「……だといいがな。で――これからどうする? セムリの関係者がいた以上長居するわけにはいかないと思うんだけど」
禍死魔と出会ったのは偶然であったが、彼を退けてしまった成り行き上その情報がセムリへと届くのは時間の問題と考えたアロエはさらなる追手が来る前に移動した方が良いのではないかと暗に問う。
「あー……その意見には賛成なんじゃが実はまだやっとかんといけん問題が残っててのう」
「問題……? まだなんか抱えてたのか」
「わしじゃなくてぬしの弟子の方じゃ。とりあえずわしも状況をちょいと聞いただけで詳しい事は分からんから取り敢えず行くぞい」
「一体どんな事に巻き込まれたんだアイツ等は……」
禍死魔の件が片付くと間を置くことなくアロエ達はミシェ達の所へと赴くのだった。
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