本編

※本編

(音声スポット・白糸の滝前)


 満はガタゴト音を鳴らす車に揺られながら、うつらうつらと眠そうにしていた。頭が落ちていくたび、眠気に立ち向かおうとするが耐えられなかった。彼はゆっくりと、静かに眠りに落ちる。次に彼の意識が目覚めたとき、視界に不思議な光景が映る。白と黒で構成されたマンガのような世界だ。一歩足を踏み出すたび、サクサクと音を鳴らすことから森の中を歩いているのかな、と満は思った。満はキョロキョロとあたりを見渡した。広がっているのは森ばかりで、出口は見当たらない。木々が揺れる音や鳥の鳴き声は聞こえてくるが、人の姿はおろか声すら聞こえてこない。胸の音がうるさいと感じてしまうような静けさに満ちるその場所を一人で歩いていると変化が訪れる。視界に広がっていた森が少しばかりひらけたのだ。視界が鮮明になった満は頬を黒く染めながらその道へ出ると、声が聞こえてくる。


「やぁやぁ、少年。こんなところでどうしたんだ?」


 満が声の聞こえた方向を見やると、目鼻立ちがくっきりとした容姿魁偉ようぼうかいいの男が立っている。侍烏帽子さむらいえぼし小袖こそでを纏った男を見つめながら、満は首を傾げつつ質問する。


「おじさん、誰?」


 声をかけられた男は「おっと、すまない」と言いながら侍烏帽子を触ると、名前を名乗った。


「ワシの名前は、工藤祐経くどうつねすけじゃ」

「そうなんだ。僕は満」

「満と申すか。にしても、初めて見るような服装じゃのぅ」


 工藤と名乗った男はまじまじと満の服を見つめる。それに対し、満は「それを言うならおじさんの服装のほうが気になるよ」と返事を返した。


「ほぅ……まぁ、確かにのぅ……」


 工藤は顎髭を触りながら神妙な顔つきになる。少しばかり考えたような表情を見せた後、ぽんと手をたたいてから案を出した。


「折角じゃ。ワシが向かおうと思っていた場所へともに行こうじゃないか」

「え、でも、知らない人についていくなって聞いたことあるし……」

「ほぉ。そりゃ教育がなっておるのぉ」


 工藤は満の発言に腕を組みながら数回うなずいた後「だがのぅ。ここでワシと共にいないと変なことに巻き込まれかねんぞ。ワシも毎年ここに来るが、毎回記憶を無くしてしまうからの」と不穏なことを口にする。


「なんで、記憶を無くしてしまうの?」

「そういわれてものぅ……原因がわからんのじゃから仕方ないのぅ」

「そうなんだ……」


 満はあやふやな返答に悩みつつも、ともに行く選択をした。


「そりゃ賢明じゃのぅ! さて、向かうとするか!!」

「う、うん!」


 元気のよい工藤を真似しながら、満は弱弱しく拳を上にかかげた。とんとんと音を鳴らしながら道を歩いていると、時折工藤が話しかけてくる。


「満といったかのう。ここに来た理由はなんじゃ? ワシ以外人は見たことがないからのぅ。気になるわ」

「寝ていたから、あまり思い出せないなぁ」

「ほぅ、寝ていたとな。とすると、物の怪の類がワシと会わせたのだろうなぁ」

「そうなの……かも?」

「そうじゃそうじゃ、病や不思議なことは全部物の怪の仕業じゃ」


 満が少し腑に落ちない表情をしながらともに歩いていると、また話しかけてくる。


「満よ、音が聞こえてこないか?」

「音?」


 満が耳を澄ませると、ジャージャーと音が鳴り響いた。音の下へ歩を進めていくと舗装された道が見えてきた。横側に落下防止の手すりがあり、下側に澄んだ水が流れていることが確認できた。


「どうやら、滝のようじゃな」


 満は工藤の言葉に相槌を打ちながら目の前にある滝を眺めていた。透明感のある水が上からずっと流れ続けている。中に溜められた水は澄んでおり、飲み水として使えるのではないかと思わせた。


「水じゃ水じゃ! 飲むぞ!!」

「えっ、飲むの!?」


 満が驚いていると、工藤はがっはっはっと声をだす。


「飲んでも大丈夫じゃ。澄んでいるからのぅ。満は飲まんのか?」

「……僕は、飲まないでいいよ」

「つれないのぅ。ではでは、わしは飲むとするかのぅ」


 工藤は両手で水をすくうと、喉へ思いっきり流し込む。気持ちよさそうな表情を浮かべたかと思うと、変化が訪れる。


「う……ぐっ……!?」


 突如、工藤が苦しそうに悶え始めたのだ。呻き声をあげている様子を見た満は心配そうな表情で話しかける。しかし、そこにいた工藤は先ほどまで見せていた温厚な彼ではなかった。


「だ、大丈夫!?」


 満が距離を置きながら声をかけた直後、目の前にいた工藤がギラリと満をにらみつける。


「わしから……伊東荘や嫁を奪い取りおって……その上、復讐する機会を奪いおって……許さん、許さんぞぉ……伊東祐親いとう すけちかぁぁぁぁぁ!!」


 工藤は半狂乱になりながら大声を出す。満は驚きながら必死に逃げていくが、あっという間に追いつかれてしまう。


(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!)


 頭の中で必死に言葉を念じながら必死に足を動かす。しかし、力が強い工藤に対しては全く意味をなさなかった。足を浮かさせ、服の首元が閉まっていく。じたばたと動いていると、後ろから声が聞こえてくる。


「貴様も殺してやろうぞ。あの嫡男と同じようになぁ……!」


(死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!!)


 満は必死に願いながら体をじたばたと動かし続ける。

 後ろからは血だらけになった工藤が追ってきていた。

 ガラガラと崩れていく音が聞こえているが、振り向くことはできない。


「捕まえでやぁぁぁぁるううううううううううううううううっ」


 怨念が籠った工藤の声をききながら、世界は暗転した。



 次に満が目覚めた時、彼の視界には色が広がっていた。先ほどまでの光景が夢だったのだと、彼自身に理解を促した。先ほどの夢を見た理由が気になった満は、父親へ

質問を切り出した。


「お父さん。さっき、不思議な夢を見たんだ」

「どんな夢を見たんだい?」

「確かね、工藤つねすけって人と一緒に歩いていた夢」

「工藤祐経……聞いたことがあるなぁ」


 満の父親がポケットから携帯を取り出し調べると、一つの情報にたどり着く。

 武士・御家人として平安時代末期から鎌倉時代初期を生きたという情報と、白糸の滝から少し離れたところにお墓があるという情報だ。


「曽我兄弟の仇討ちの相手が工藤祐経……つまり、満があった相手か」

「うん、そうだと思う。でも、なんでおそってきたんだろう……?」

「そうだなぁ……例えば、変な行動をしていたりしていなかったか?」

「変な行動……?」


 それを聞いた満ははっと思いだした。工藤が白糸の滝に溜まっていた水を勝手に飲んでいたのだ。


「確かあの人、ここの水を飲んでたよ。そしたら、急に血だらけになって襲ってきた! 死ぬかと思ったけど、だいじょうぶだったよ!」

「……もちろん、満は飲まなかったな?」

「飲んでないよ! 腹痛になるかもしれないって思ったから!!」


 それを聞いた父親はほっとした後、「これは俺の考察だが」と言葉を切り出した。


「工藤さんは既に亡くなられているから、白糸の滝の水を飲んだことで浄化されそうになったんじゃないかな。確か、白糸の滝には雪解け水が流れる浄化スポットとしての役割があったはずだしね」

「……つまり、成仏できたのかなぁ?」

「それはわからないけど……まぁ、念のためお参りしておこうか」

「うん! 分かった!!」


 満は元気よくうなずいた後、白糸の滝をもう一度眺めに行った。

 色づいた滝の姿はとても美しく感じられた。

 一方で――満には心残りがあった。


 色づいた美しい景色を、工藤は見ることが出来ていないのだ。それを思い出した満は父親に写真を撮ってほしいとねだる。


「満も入れたほうがいいか?」

「ううん、滝だけ映して!!」

「分かった」


 父親は写真を一枚パシャリと取った。シャッター音が鳴り響いた後、きれいな写真が画面上に記録されていることがわかる。満は写真の内容を確認した後、白糸の滝から踵を返した。


「どこへ行くんだ?」

「工藤さんのお墓」

「えぇ!? お前、殺されかけたんじゃないのか!?」

「それはそうかもだけど……でも、悪い人じゃないと思う」

「いやでも……まぁ、いいか。満の好きにしていいよ」

「ありがとう! おとうさん!!」


 満は微笑みながら少しばかり離れたお墓へと向かうことにした。


「それにしても、人はあまりいないね」

「まぁ、有名じゃないスポットだからな」


 工藤祐経の墓前に到着した満は手を合わせた後、父親から受け取ったスマホの写真を墓へ向けた。


「工藤さん。これが僕たちの向かった白糸の滝です。一緒に行ったときは色がなかったけど、これだけきれいなんですよ。だから、もし――一緒に向かう機会があったら怖くならないでくださいね」


 満はそういった後、スマホを父親へ返した。


「もう、いいのか?」

「うん! もう伝えることは伝えたよ! 次会うときがあったら、きっと怖くない人になってくれていると思う!!」

「そうか。思い、届くといいな!!」

「そうだね!!」


 満がそういうと、突然キュルキュルと腹の虫が鳴った。


「腹減ったのか?」

「うん、おなか減った」

「そうか。じゃあ、少し戻って白糸湧水どうふを食べに行くか!」

「うん! 行こう行こう!!」


 二人は賑やかに騒ぎながら、その場所を去っていったのだった。

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白糸の滝にて チャーハン @tya-hantabero

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