第4話 鬼の川流れ

*三十話までの内容を含めます*


 ワシはヨロズに殺された。

 だが意識は未だにあった。

 つまりここはあの世だ。


 神様がいるのだから、そりゃあ三途の川くらいあっても可笑しくはない。

 鈍色の空をたしかめつつ、ぷかぷかとながされるワシ。


 あの世があったところで。

『どうせ同じ地獄でしょ』

 喜びなどない。

 


「浮かない面じゃな」



 浮かない顔で、浮いています。六文銭を貸してくれる人もいないので。船に乗れず、浮かばれないワシなのです。


 幸は川のほとりに立ち、木の棒でワシをつついてきた。


「三途の川に流されています、と言った感じの面じゃ」

「幸、あなたも死んでしまったのですか?」


「幸、幸。いっい、こそばゆいのう」


 はにかむ彼女の破壊力は強烈だった。


「勘違いしているようじゃから、是正してやる。うぬ、死んでなどおらんぞ」

「はぁ」


 おっと。吐き気が。

 ペッと吐き出すと、ひしゃげた弾頭が。

 げっ!? 野翁がしてたやつじゃん。


「まじですか?」

「定めるために、逝かしてやろうか?」


 あぁ。なら、なら。


「よかったぁ。幸が生きててよかったぁ」

「ぬかせ小僧」


 このまま沖に出てもいけない。

 あなたは海に恋したようだが、ワシは小川くらいでちょうどいいしね。

 棒をとり岸にのぼる。


「びっくらぽんです」

 普通、どタマに弾丸くらったら即死だろう。

 

「なぜ生きているのです?」

「例えば野翁。あの莫迦は一倍蘇生力が強かった。モノノフは何かと命を蔑ろにしがちじゃが、奴は違った。性に執着し、『根性』で生き延びた。それだけの話よ」


 物を百年大切に扱うと、付喪神になると言う。

 ならば百年経っても死にきれなかった老兵が、野翁と同じ化け物に堕ちるのも致し方ないか。


 ま、大切に扱ってなどいないのだが。

 ゆえに程度の知れた鬼なのだ。


「それに、うぬが死ぬことをワシが認めんしの」


 あらら。


「本懐はとげられたか?」

「ええ、おかげさまで」


「ワもじゃ。久しぶりのヒルコは、相も変わらず美しかった」

「それはよかった。にしても幸、どうしてあなたはワシの所に?」


 いつまでも末永く、ヒルコと一緒にいれば良いのに。


「いったじゃろ。うぬは貴重な戦力になる。みすみす見逃すのはおしい」

「来るのが早すぎる、といっているのです。ワシ、いま黄昏れてんですよ。もう二度とヨロズと会えないんだから」


「これもすでにいったことじゃが、ワは存外にせっかちなのじゃ。もう時間がない」


 時間? 終末戦争の? それは早くても、五十年後のはずだ。


「数年以内に、第三次世界大戦が始まる」

「は? なぜです?」


「ワがなぜ神ヒルコの元へ急いだのか。もちろん久しく会えていなかった思い人に、いま一度会いたいという気持ちもある。だが真の目的は、『災害の中心』。つまるところビリビリビートを、ワが引き継ぐためじゃった」


 理由は明白である。もし万が一に、災害の中心を叩くことで、災害が止まるという事実を世界が知ってしまえば、ヒルコを破壊するための大戦がはじまる。


 その役割を幸が引き継ぐことで、ヒルコから危険をそらそうとしているのだ。


「力を引き継ぐにあたって、数多の儀式が必要になる。一年は先のことだが、されど一年」


「ならばたしかに焦りますね。なにせワシ、ことの真実、全世界に公表しようと考えています」

「うむ、そうじゃろう。うぬが目先の開戦に、とびつかぬはずがないものな」


 ならばつまり、ワシの口封じのために!?


「いらぬ心配をするな。うぬはうぬの好きなように生きろ。ワが危機は第三次世界大戦でなく、『終末戦争』のほうじゃ。開戦の時期が早まることになってしまった」


「なぜです?」


 もじもじ。もじもじ。少女幸、赤らんで。


「なにせワは、恋しとる。ヒルコに出逢ってからずっと、胸がドキドキしている」


 八百年間ずっと、ドキドキし続けてきた少女が幸ならば。

 

 心拍数は神ヒルコより幾乗倍も速く。つまるところ──。


 災害は加速する。

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ビリビリビート 番外掌編 海の字 @Umino777

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