開校二百年。在学生二万人ごえの超マンモス高校、『胡蝶ノ夢女学院』には、代々続く謎の風習がある。
学院内で心身ともにもっとも優良である、代表生徒の脊髄液に——。
『初代学長のがん細胞を投与する』
字面は最悪だが、死亡率は《さほど》高くないらしい。
脊髄液じたいは細胞成分がほとんど含まれていない、クリーンな液体であり。
脊髄液を媒介にがん細胞が増殖することは、基本ない。投与する癌有量は少なく抑えられているし、髄液は脳と背骨の神経をぐるぐると循環しつづけるので、悪腫は概ね水流に乗る。
考えられるリスクは、水流の壁である硬膜にがんが根付いたり。脳表面が髄液を取り込む際に紛れ込んだりするくらいだ。
代表者は一生の無料検診が約束されている、がんの転移は早期に発見できる。
将来かかるであろう医療費を大きく削減できるばかりか。
代表者には進学、就職先への推薦。年度毎の豪華なギフト。他にもさまざまな特典が与えられるため、がん投与を望む生徒は意外にも多いのだ。
特に在校生を惹きつけるのは、『初代学長の一部を自分のものにできる』名誉だろう。
初代学長はさまざまな功績を残しており、旧日本国へ多大な影響をもたらした。
目立つのは、社会的弱者のほとんどを救済したと言われる、聖人性とカリスマを兼ね備えた人格だろう。
今ではこの国の紙幣になるくらい、日本国民に愛されている指標。人はかくあるべしと、神格化されているのだ。
学長は晩年がんで苦しみ、胡蝶ノ夢学園を開校、この風習は始まった。
がん細胞であったとしても。かの人の一部をあずかれるという誉れは、非常に名誉なことだから。
だがやはり、死亡率が低いとはいえ、がんが増殖してしまう危険性は常に孕んでいて。風習は公にされていない。
目的は何か。そんなのわかりきっている、《細胞の培養》だ。
つまり学院は、たまに発生する《死亡例》こそが宿願なのだ。
代表者を肉の培養器と定義し、がんを植え付ける。死ぬや死なずやに関わらず、稀にガンは増殖し、これを採取する。
畑にタネを撒き、稲を刈り取るほどに公然と。
なれば学長の細胞は生き存え。以来二百年間、新鮮なガンを保ち続けたカラクリである。
すべては学長信仰の偶像とするために——。
胡蝶ノ夢学園はある種巨大なカルト村ってわけ。
長々と綴ってしまって、非常に申し訳ない。
なぜこんなことを記したのか、それは私が《代表者選考会》に招待されてしまったからだ。
先生からそのことが発表されたとき、クラス中で喝采が起きた。
噂はすぐ学園を駆け巡り、私は一躍時の人となった。
だが私は、これを固辞した。
だって嫌だもん。
知らない人のガンを植えられるのも。死んでしまう可能性を含むのも。
他力でもてはやされる人生なんてごめんだね。
あと、普通に痛いのがいや。
骨髄に腫瘍を流し込む? 絶対に痛いやつじゃん、なのでいや。
私、おかしいこと言ってる?
私、普通だよね?
でもみんなはそう思わないみたい。
断る権利すらもらえなかった奴らが、ひと様の人生に口を出す。暴力的なまでに。
ようはいじめられました。
いじめの描写なんて古今東西ありふれているから省くけど、あれは壮絶なもんだった。
選ばれなかったからって自殺すんなよ。その責任を私に押し付けるなよ。
そんなことはどうでもいいんだ。
とくに私が困ったのは、親友の『近藤』ちゃんも、代表者選考会に招待されたこと。
本当は辞退してほしかった。でも、コレは私の信仰だから、無理に押し付けなかった。
押し付けてきたのは向こうだ。
『君のいない選考会に勝っても意味がない。出ると君が言うまで私は止まらない』
そう言って壊した。躊躇うことなく、躊躇することなく、私の大切なものの全てを。
絵を破いた。本を燃やした。日常を切り裂いた。あと、私たちの友情も。
私の味方はいない。敵すらいない。あるのは同調圧力って名前の無味乾燥な流れだけ。
警察に電話するほかなかった。
私は初めて校則を破った。
学院の風習を。壮絶なイジメを。代表者となった近藤ちゃんを助けてと。あらましを吐露したのに。
警察から帰ってきた返答は——。
『胡蝶ノ夢学園? 調べてみましたけど、そんな学校どころか、学長の名前もヒットしませんでしたよ。あなた、誰ですか?』
電話を切る。そして気がつく。
「がんじゃないんだ。投与されていたのは、がんじゃないんだ! 歴代代表者たちはみんな、学長先生のような人格者になる、、、。独裁者が大きな秘密を守るために、小さな暴露で大衆の目を逸らすみたいに! 『がん細胞』って強烈なワードで隠した——」
まずい。近藤ちゃんがとてもまずい。
「初代学長の人格を代表者へ移植する、新型ロボトミー手術!?」
人体なんか経由せずとも。今の科学力なら、がん細胞の増殖なんて機械でできる。偶像であることが大切なら、無毒化すればいいだけだ。
この夢は始まりから破綻していた。
いそがねば。
パソコンを起動する。
ワードソフトを立ち上げる。
書き換えねば。
タイトル『胡蝶ノ夢』を改稿する。
このシナリオの方が面白い!
こっちの小説の方が激烈だ!
ちょっとまって。
小説? なんのこと?
私は女学院の生徒で——。
いや、女学院なんて存在しない。
なら、私は誰?
この物語は、どっちが私の現実だ?
という夢を見ました。
目覚めた後に夢と現実の区別がつかへんくなって、リアルに警察へ電話かけてしもた。
まじで焦った。
ごめんなさい🙏