第3話 ヨロズの諦念
*十六話以降の内容を含めます*
私は八尾やんまを愛している。もちろん肉欲的に。
そうなるよう、八尾に教育を施されたからだ。
具体的には、接触の許された唯一の男性がひいじいただ一人という徹底ぶりだ。生まれて以来、私はひいじい以外の男性と出会ったことがない。親族を含めてだ。
女中からはおとぎ話みたいなやんまの武勇を聞かされ。彼に憧れるようひがな洗脳されてきた。
どうやら私は、やんまにとって特別な人の子供であるようで。向こうも親愛として私をいたく可愛がってくれている。だからまぁ、べつにいい。悪くない。
頭ではどうかしていると分かっていても、八尾のマインドコントロールはすさまじく、本能的に彼に惹かれてしまうからだ。
環境要因も大きい。
八尾邸からの外出が禁じられている私は。ひいじいの体調が悪化するまで、二人共々子飼いにされきた。
閉鎖感は感じなかった。敷地は広く自然豊かで、かつインターネットの使用が許されていたから。
インターネットがあったおかげで私は世界を知れた。
今の時代、家から出なくても社会行動がとれてしまえる。実際通信制教育制度のおかげで大学院まで進めたわけだし。
バーチャル配信者業は、他者と関わる機会を多くもたらしてくれた。いまでは数少ない私の生き甲斐になっている。
だからこそ、客観的に見てもひいじいが優れた雄であることを知ってしまえた。
彼は戦時でこそ鬼気的な凶暴性を秘めているが、平時においてはただの好々爺。地頭も悪くないし、運動能力はアスリート並みだ。
晩年こそ落ちぶれたが、八尾が伝える彼の伝説が、憧憬をより濃くした。
これは偶然だと思いたいが、見てくれも私の好みだったりする。
八尾ヨロズ。なぜ私が曾祖母の名を襲名したと思う?
身籠るためだ。やんまの子を。
失態を犯した曾祖母にかわり、私こそがやんまの血を直系に迎え入れる。悲願の名が、ヨロズなのだ。
八尾やんまは平時に希な、生粋のバトルジャンキ。武をも貴ぶ八尾家が、その血を欲するのは当然と言えた。
だが本来年老いたひいじいなど、八尾にとって無用の長物。
私の子宮は必要ないはずだった。
それがどうだ、今の彼は全盛を取り戻しているではないか。
言い換えれば、繁殖能力の復活。
末端の私には伝えられていなかったが。
きっと八尾はこうなることがあらかじめ分かっていたんだ。ひいじいが存命の間に、災害がおきることを予想していた。
『平時においては温厚だが、争いとなれば無類の強さと凶暴性を発揮する』
厄災後、列島をコントロールしなければいけない八尾の宿願にとって、もっとも都合のいい遺伝子情報がやんまだ。
(実際分家にバラまかれたやんまの子らは、日本征服を可能とさせた八尾軍の中核を担っている)
当の本人はどうだ? 彼は被災地をなんと天国と称し、悠々自適にサバイブしているではないか。つまるところ、災害後世界に適した遺伝子であり、生存戦略的に彼には価値がある。
八尾は劇的に移ろう今後の環境を生き延びるための血統因子として、やんまの種を残したがっている。
私もおおむね同意だ。なにせやんまが好きなのだから。たとえこの好意が、作為的なまがい物だったとしても。私は彼との子がほしい。
だが、そんな恋の部分とは別の、生理的嫌悪もある。
私は八尾やんまに恋しているくせ、彼に恋するという構造を気色悪く思うのだ。
作られた恋。偽りの愛。知っているくせ、喜んで貞操をさしだす売女の姿勢が、心底気持ち悪い。
汚物と呼ぶべきこの恋は、水に流れたとしても臭うのだ。
もしも嫌悪を射るができたなら。八尾やんま、彼が死んでも別に良いとさえ思う。
あるいは情欲にまみれたこの糞を、どうか殺してください。
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