第3話

 まずは教会を探さなければならない。

 例のクラスメイトの家を中心に同心円状どうしんえんじょうに探していくと、めぼしい教会は三か所だった。吸血鬼がスマホの地図を見ながら、渋い顔をする。


「どれも結構大変な場所だよ。敷地はそう広いわけじゃないけど、確か、でかいモミの木が大半で……。枝を一本一本見て回るってことだろ。一体どれだけ時間がかかるか……」

「そうか? モミの木は常緑樹なんだから、白いリボンは目立つだろ? 白なら夜でも見えるし、そこまで大変じゃないと思うけど」

「それは、リボンがそのままきれいに残っていた場合の話だろ。そういえば、そのリボンを結んだのは、具体的に何年前なんだい?」


 一件目の教会に移動しつつ、吸血鬼が尋ねる。


「ああ、それは……、結婚して四年目だから、五年ほど前らしいんだ」

「五年前、ね……」


 吸血鬼は考えるそぶりをして、また口を開いた。


「さっきも言ったけど、外に生えている木に結んだリボンが何年もそのままってのは考えづらいよ。雨風が吹きっさらしで、側には他の木も立っているだろうし、枝や葉もぶつかる。いくらきつく結んだとしても、リボン自体がそじたり痛んだりして無くなっている可能性が高いと思う。もし奇跡的に残っていたとしても、色はくすんでいるだろうし、ぼろぼろの糸くずみたいになっているかもしれない。複雑に入り組んだ枝の中からそんな状態のものを探し出すのは骨が折れるよ。それでも、本当に探すわけ?」

「……うん」


 朔は居心地悪そうに答えた。目をそらす彼女を横目で見て、吸血鬼はため息をついた。


「……ただのクラスメイトの、しかも本人じゃなくお姉さんのために、君がそこまでするなんてね。……まあ、いいよ。一度約束したし、付き合おう」


 三つの中で一番大きな教会にたどり着く。幸運なことに、敷地内に人の姿は見えなかった。

 吸血鬼は側の木にとりつくと、慣れた様子でするすると登っていく。どうやらこれもモミの木だったらしい。


 朔も吸血鬼を追いかけるように、一番下の枝に手をかける。吸血鬼が木の上から手を差し出した時には、彼女は自力で登り、目を付けた枝に腰を下ろしていた。

 吸血鬼はぽかんと口を開けていたが、そこまで見届けると息を吐いた。


「……本当に、慣れてるんだね……」

「どうやって、夜、抜け出してると思ってるんだよ」


 なぜか、朔の方が呆れたように答えた。

 まさか、窓から木をつたって外に出ているとでもいうのだろうか。吸血鬼は答えを聞くのが怖くなり、それについてはだんまりを決め込むことにした。


「えーと、とりあえず君は、枝の先の方に、リボンやそのなれの果てみたいなやつがくっついてないか探してみて」

「――言い方にトゲがある」

「モミの木だけに」

「モミの木にトゲはないだろ」


 吸血鬼の機嫌は直っていないようだ。しかし、指示は的確だ。彼の言う通り、おそらくリボンを結ぶとしたら枝の先だし、五年の成長期間を考えると、枝の根元にあるとは考えにくい。


 最初は二人で下から順に探していったが、途中から、役割分担をすることにした。吸血鬼が木の上部を、朔が木の下部を調べることにしたのだ。何かあったら大変だからと、吸血鬼がそう主張したのである。


「――今日はここまでだね。後は明日にしよう」


 木のてっぺん近くから声をかけられ、朔は彼を見上げてうなずいた。

 この薄暗い中で目をらすのは、予想以上に骨が折れた。吸血鬼と違い、夜目よめが効かない朔がいくら頑張っても、作業がはかどるとは思えない。


「明日以降も今日と同じ役割分担にしよう。いくら慣れているといっても、ここまで高いと危ないからね」


 その言葉に、朔が不満の声を上げた。


「……たとえ落ちたとしても、あんたが飛んで支えてくれれば、平気だと思うけど……」

「それについては、さっき散々話し合ったろ。君が木登り得意なことは、もう疑っていないって。そうじゃなくて、女の子に危ないこととか傷つきそうなこととか、させられないだろってこと」

「だから――」

「それに、今は飛べないよ。しばらく血を飲んでないし、飲む気もないからね」


 反論しようとした朔が、口を開きかけて、そのまま閉じた。彼の言葉の意味を理解したからだ。


 吸血鬼は、しばらく血を飲んでいないと、体質が人間に近づいていくらしい。つまり、吸血鬼の弱点が弱点でなくなるのだ。日光の下も出歩けるようになるし、十字架にも触れるようになる。

 しかし、ここは教会の敷地内である。空を飛ぶために血を飲めば、教会に近づくことすら困難になるのだ。本末転倒、という言葉が脳裏に浮かぶ。


 吸血鬼が、嫌そうに教会堂を横目で見やる。


「まあ、君が学校に行っている間も、できるところまでは調べておくから。……できるだけ、だけど」

「? 今は弱点じゃないんだろ? それなのに、教会が嫌なのか?」

「そりゃ、苦手意識ってのは、そう簡単になくなるもんじゃないよ。太陽と違って、人間は動くしさ」

「……ああ、教会関係者の話?」


 そう言って、朔はふとひらめいた。


「あ、もしかして、この時期、外を出歩きたくないってのはそれが理由か? クリスマスとか、キリスト教関係のものがいろんなところにあるから」

「まあ、ね。十字架モチーフの物とか、宗教関係の物がいたるところにあるんだ。思わぬところから出てこられたりすると、ぎょっとするよ」


 吸血鬼が、身を震わせる。朔はその様子に、ぷっと吹きだした。


「なんだ。意外と怖がりなんだな。化け物のくせに」

「馬鹿にするなよ!? 油断してるときに急所を突かれるのがどれだけ恐ろしいことか……! 不意ふい打ちってのは怖いもんなんだよ。――杭打ちだけに」

「あー……。苦しい、0点」

「辛口すぎない!?」


 涙目になった吸血鬼を見て、朔はますます笑いをこらえるのが難しくなった。腹を抱えている朔を尻目に、吸血鬼はため息をつく。


「ま……、いいけどね」


 その声は柔らかい響きをともなっていたが、朔は気づかなかった。

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