第9話

 それから、本当に毎日、朔は公園にやってきた。白いファーのついた藤色のコートをきた彼女はまぶしくて、吸血鬼は目を細めずにいられない。


 クリスマス当日。彼女はなぜか、色とりどりのリボンをたずさえて公園に入ってきた。


「吸血鬼さんにも、リボンを結んでいいですか?」

「え。なんで?」

「私もみなさんにならって、願いを込めてみようかと」


 吸血鬼が抵抗しなかったので、朔は彼をベンチに座らせ、赤いリボンをほどいた。黄味がかった金髪が広がり、繊細な感触が手のひらをするすると滑り落ちていく。


「みんなは神に祈るのに、君は吸血鬼に祈るのかい?」


 吸血鬼が、おかしそうに笑う。


「告解も、司祭じゃなくて吸血鬼にしたし、君はずいぶんと変わっているなあ」

「私の願いをかなえてくれるのは、いつも、神様ではなくて吸血鬼さんでしたから……」


 朔も微笑んで言った。


「ふうん? ……それで? 何色のリボンにするわけ?」

「そうですね……」


 その必要がないくらい指通りのいい髪をくしですき、朔は考え込む。持ってきたリボンをベンチに並べ、めつすがめつしながら、色の表す意味を思い出す。


 赤は愛情や情熱。

 青は信頼や誠実。

 ピンクはやさしさや無邪気。


 他に、金色は成功や感謝を、緑はリラックスと落ち着き、紫は高貴や神秘的の意味があるという。


「……全部、というのは……」

「え?」

「いえ、なんでもありません」


 朔は、むうとうなった。

 実は、リボンを集めながら、ずっと考えていたのだ。結局、結論が出なくてここまで持ってきてしまったが、こうして本人を目の前にしても何色がいいかわからない。


 すると、


「あ、でも、元のリボンもちゃんと結んでね。外しとくと無くしちゃうから」


 吸血鬼からそんな要望を言われて、さらに悩むことになった。この金髪にそんな色とりどりのリボンを結んだら、頭だけやたらめでたくなってしまうではないか。

 仕方なく、元の赤いリボンを、ぎゅうっと力を入れて結んでやる。あまりの力の入れように、吸血鬼が後ろを向いたまま恐る恐る声を出す。


「えっと……。それで、何色を結んだんだい?」

「赤です。赤に決まってるでしょう」

「ええ……」


 吸血鬼に、色の意味は教えていない。けれど、赤の意味は予想がつくのだろう、ちょっと嫌そうなリアクションをされて、朔は半眼になる。


「これだけ願いを込めたら、私の想いも伝わりますね?」

「君が込めたのは、願いじゃなくて力じゃあ――」

か・な・い・ま・す・よ・ね?」

「うう……」


 吸血鬼は背後からの圧力に負けて黙り込む。そして、口の中だけでもごもごとつぶやいた。


「やっぱり、朔にはかなわないな……、願いだけに、なんて――」

「――今のはマイナス100点です!」


 しかし、朔にはしっかり聞こえていたようだった。

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化け物と白いリボン ヨムカモ @yomukamo

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