第8話

「……そうです。私は、ただ、家にいたくなかったんです」


 年の瀬の迫るこの時期、双子の弟は、毎日のように会食に駆り出されている。会社の後継者として、あいさつ回りをしているのだ。

 男尊女卑だんそんじょひの意識が強い朔の家では、女子には何の価値もない。父も母も、弟につきっきりで、朔をかえりみる者が少ない。弟から、会食についてきてもいいと言われているが、そこに朔の居場所があるわけがないではないか。


「……家にいると、どうしても、考えてしまうんです。だから――」


 外に出るための言い訳として、クラスメイトの姉夫婦のことを利用した。誰かと一緒にいれば、気がまぎれるから。吸血鬼なら、なんだかんだ言っても、付き合ってくれると思ったから。


「……白いリボンなんて、見つからなければいいと思ってたんです。クリスマスだって、どうせ一人。それなら、ずっと、吸血鬼さんと――」

「随分と悲しいセリフだなあ」

「……軽蔑しますか? 自分でもわかってるんです。いっそはっきり言ってもらった方が――」

「いや、別に?」


 声を振り絞るように口にした朔に、吸血鬼はけろりと言った。


「人間なんてそんなもんだろ。君だって、聖人君子せいじんくんしじゃないんだ。自分が苦しい時に他人のことまで抱え込む必要なんてない。ああ、すっきりした。このところずっとピリピリしてたのは、そういうことだったんだね」

「え……?」

「君が意外とお人よしなのは知ってるけど、今回のは不自然だと思ってたんだ」


 吸血鬼は、音もなく地面へ降りると、朔が背中を預けている幹の反対側に、同じく背を持たせかけた。


「許す、なんて、司祭じゃないから言わないけど、別に、僕といるのに、口実なんかいらないよ。この時期、居場所がないのは僕も同じだ。珍しく外に出て頑張ったから、あとはしばらく家にこもることにする。暇なら、毎日でも通ってくれば?」

「――……っ」


 朔は息をのんだ。胸がつかえて、すぐには言葉が出てこない。

 人間が好きじゃなくて、化け物のくせに化かされるのが嫌いで。

 苦手なものに囲まれたこの時期に、面倒くさがりの彼が、相手をしてくれると言う。


「……迷惑じゃ、ないんですか?」

「君みたいな子供が気にすることじゃないよ。子供の面倒を見るのは大人の義務なんだから」

「子ども扱いしないで下さい」


 膨れると、おかしそうに吸血鬼が腰を曲げて笑った。


「ほら、そういうところがまだまだ子供だよ」


 ひとしきり笑った後、彼はまた、枝の先を指さした。


「だから、あれ、明日にでも、お友達に教えてあげたら? せっかく見つけたんだしさ。それでどうにかなるかは、当人たちの問題だけど」

「……そうですね」


 夕闇に。モミの葉の暗緑色に。

 純粋な白い色はまばゆいくらいに輝いて見えて。


「リボンの色には、それぞれ意味があるんだそうですよ」


 白いリボンの意味は、「純粋」、そして、「祝福」。

 じっと見つめると、心の中にうずくまる黒いもやまで消してくれるようで。


 ――いつか、両親に祝福されますように。


 彼らもいつか、そう祈ったのだろう。

 ほかの、もとは色鮮やかなリボンたちも、誰かの切なる願いを託されてそこにあるのだろう。


「――どうか……」


 どうか、願いが叶いますように。

 私の、そして――……。


 そっと、白いリボンを見つめる朔の耳に、どこか遠くから神聖な鐘の音が聞こえた。

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