第2話

 次の日の放課後。

 さくりずに、また公園を訪れていた。


「おい、吸血鬼。相談があるんだけど」

「――うわ、びっくりした!」


 ドスの効いた声で呼びかけると、吸血鬼が木から転げ落ちてきた。

 身が軽いのだろう、大した音もなく地面にしりもちをついた彼は、目を丸くして朔の全身を眺めまわす。


「な、なんだ……、やっぱり朔か。とうとう、弟くんが出てきたのかと思ったよ」


 ほっとしたように胸をなでおろしたのは、高校生くらいの青年だ。長い金髪を赤いリボンで一つに結い、大きめの碧眼へきがん安堵あんどに緩ませている。黒いマントを羽織っていなければ、その辺にいる外国人ととりたてて変わったところは見られない。


 その彼が驚いているのは、朔のいでたちが昨日とは違うからである。長い髪をかつらに隠し、水色のキャップを目深にかぶった姿は、どこからどう見ても少年だ。朔は正真正銘の女性だが、時折、男装して家の者の目をごまかし、外出しているのである。


(声まで違うんだもんなあ)


 完璧主義なのか、男装しているときは、声も口調も変えている。おそらく双子の弟をまねているのだろう。二人並ばせたら、視覚情報だけで区別をつけるのは、非常に難しいと思われる。


「弟がこんなところに来るわけないだろ。それより、やっと、相談を聞いてくれる気になったのか?」

「びっくりして落ちちゃっただけだけどね……。それが目的なら、君の目論見もくろみは成功だよ」


 もう一度木の上に戻ろうとしたところを首根っこをつかまれて引き戻され、吸血鬼がげっそりして答えた。男装していると、乱暴さに磨きがかかるのはなぜなのか。


「とにかく、聞きたいことがあるんだ。……この近くで、白いリボンのついたモミの木って知らないか?」

「白いリボンのついたモミの木?」


 吸血鬼は、首を傾げて繰り返す。


「そんなの、クリスマスツリーなら、その辺にいくらでも」

「クリスマスツリーじゃないんだ。売り物でもニセモノでもなく、自然に生えている、本物のモミの木」

「本物の……?」


 吸血鬼は、逆方向に首を傾げた。朔の言っていることがよくわからない。


「――最初から説明するよ」


 ベンチに移動し、二人横並びに座ると、朔が事の発端を話し始めた。

 言い出したのは、同級生の女子生徒だ。姉のことで悩んでいると打ち明けられた。


 数年前、彼女の姉には将来を考えている恋人がいた。しかし、両親に結婚を反対されてしまう。あまりに強い拒絶に打ちひしがれ、二人で街をさまよっていたところ、ふと、暗闇にぼんやり浮かび上がる教会が目に入った。


 静かで、穏やかな場所だった。そこで気持ちを落ち着かせた二人は、聖なる夜に願ったという。いつか必ず結婚を認めてもらい、一緒になろうと。


 その祈りを込めて近くのモミの木に結んだのが、白いリボンだということだ。

 一年後、見事二人は両親に認められ、無事に祝言を上げることができた。


「ふうん。ハッピーエンドってことだよね? で? それで有名になって、パワースポットにでもなったわけ?」

「そんなんじゃないんだって」


 相談というのは、その二人の仲がぎくしゃくしていることだった。離婚の話までもち上がり、クラスメイトは気がかりで夜も寝られないという。


「だから、その木を二人で見て、当時の想いを呼び起こしてほしいんだってさ。モミの木を探しているのはそういうわけ。だけど、それがどの教会の、どの木なのかわからないらしいんだ。こんな状態で本人に聞けないから、心当たりはないかって聞かれたんだよ。あんたなら、何か知ってるんじゃないかって思ったんだけど」

「は。そんなの、見たことないよ」


 吸血鬼は鼻を鳴らし、ばかにしたように言った。


「大体、そんなんで一度壊れたきずなが元に戻るとでも? とんだロマンチストだね。だったら、離婚する気になった夫婦には、一度、結婚式場を見に行かせればいい。それで新婚状態に戻るというなら、協力してあげてもいいよ」

「……どうしたんだ? やけにつっかかってくるけど」

「吸血鬼に教会の話するとか、冗談としか思えない」

「いや、教会は関係ないんだって。ただ、モミの木が……」


 朔が言いつのろうとしたが、吸血鬼はプイとそっぽを向いてしまう。時々この吸血鬼は、こういった子供っぽい態度をとることがある。朔は困って頬をかいた。


「なんだよ、そんなに協力するのが嫌なのか? それとも、どこか具合が悪いのか?」

「外に出たくないって言ってるだろ。そもそも、数年前? だっけ? そんな昔のリボンが残っているわけないだろう。木だって成長するんだし、モミの木だったら成長が速いからなおさらだ。今頃は、手の届かないほどの高さになってるだろうよ」

「……そうか……」


 朔は視線を落とし、大きくため息をついた。


「じゃあ、いいよ。俺一人で探すから」

「え」


 吸血鬼は、ぎょっとしたように、朔の全身にもう一度目をやった。


「――まさか、木登りするためにそんな格好を?」

「どうでもいいだろ、そんなこと」


 朔は言い捨ててきびすを返そうとする。それを、吸血鬼が慌てて止めた。


「あーもう、わかったよ! 手伝えばいいんだろ手伝えば! 女の子にそんな危険な真似まねさせられないよ!」


 髪をかき回して怒鳴る吸血鬼に、朔は不思議そうな声で言った。


「危険? 何が? 木登りなら慣れてるけど……?」

「なんでお金持ちのお嬢様が木登りに慣れてるんだよ……」


 吸血鬼は肩を落としてつぶやいたが、朔は首を傾げるだけだった。

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