第6話

 吸血鬼が案内したのは、大きな公園の、森のように木が茂っている一角だった。公園の一部なのかと思いきや、木の壁を抜けると、そこには小さな空き地があった。吸血鬼の住む公園の半分もないくらい狭い土地に、扉のない小屋のようなものが建っている。


「なんだ? ここ……」

「教会堂、だったんだろうね」


 常緑樹の後ろに建物があるため、公園側からは見ることができない。道路側から覗いてみても、建物は奥まったところに位置しており、枝の陰になってしまう。もともとそこに何があるか知っている人か、好奇心に駆り立てられて近くまで寄った人だけが、その存在を認識できる状態だ。


 しかし、吸血鬼が教会堂と言わなければ、見てもわからなかっただろう。尖塔は半壊しており、そこに配置されていたと思われる十字架さえ無い。教会堂の中を覗き込むと、突き当りにある窓ガラスは割れ、祭壇や椅子はもちろん見当たらなかった。


 もう、しばらく前から教会の役割は果たしていないのだろう。廃墟、という言葉を飲み込み、朔が吸血鬼を振り返った。

 すると、彼は教会堂のすぐ隣のモミの木に、ミカン袋片手によじ登ろうとしているところだった。


「え、ちょっと――」

「そこで待ってて」


 あまり大きな木ではない。二人の体重を支えさせるのは危険だ。そう判断したのか、吸血鬼は一人で木登りを始めた。まるで軽業師かるわざしのように、あっという間に葉や枝の中に消えてしまう。

 身が軽いとは思っていたがここまでとは。朔があきれ半分で見守っていると、少し見上げた先に、ひものようなものがぶら下がっているのが見えた。


「……ん?」


 手を伸ばして枝をつかみ、折れない程度にしならせて目に近づける。するとそれは、ぼやけた肌色をしている細い布切れに見えた。


「! これって――!」


 ハッとして顔を上げる。すると、それと似たようなものが、他にもいくつか葉の隙間から覗いているのが見えた。


「ああ、君も見つけた? ――そう。たぶんこれが、例のお姉さんが結んだっていうモミの木だ」


 枝の間から、吸血鬼がひょっこりと顔をのぞかせた。


「あまり知られていなかったようだけど、この木には、願いを込めてリボンを結ぶ習慣でもあったんだろうね。白じゃない色のリボンも、いくつか見える」

「――うん、こっちからも見える!」


 朔が、興奮して飛び跳ねる。吸血鬼は口元をほころばせてそれを見ていたが、慎重に枝の先へ移動すると、ある部分を指さした。


「――それで、ここみたいだね。彼らが結んだリボンの位置は」


 つぶやくように、ほっと息をつくように、吸血鬼が伝えた。

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