色のない神話

木古おうみ

色のない神話

 その王の島には色がなかった。


 尤も、私の船が打ち上げられた浜辺には真紅の花が咲いていたし、溺死寸前の私を救った漁師たちは褐色の肌と緑の目を持っていた。

 だが、島の誰もそれを認識していなかった。



 元は名のある国の王族が流された流刑地なのだという。

 その者は色盲だった。彼と従者と僅かな住民が婚礼を繰り返し、今では島民が皆、色盲なのだという。

 今でも王の末裔が島の長を務め、王と呼ばれていた。



 王は温厚で慈悲深かった。

 彼は私が船を作り直すまでの間、島を案内した。

 王は島を色のない国と呼んだが、実際は色が溢れていた。


 難破船や漂流した煉瓦を組み合わせた家は、モザイク画のようだった。染色しない衣類は草の汁や海の潮で自然の紋様を作っていた。


 市井で売られる綿織物だけは淀んだ河の色だった。

 王は色盲の者が見れば、神話の一幕を描いた刺繍が読み取れるのだと言った。


 船が経つ前夜、私はつい王に「色が見えないのは不便ではないか」「島を出たいと思わないか」と聞いた。

 王は黙って、私を浜辺に連れ出した。


 色盲の目は光に弱く、かえって夜目が効く。島では夜漁が盛んだった。

 王は小舟に私を乗せ、沖に出た。私の目には空と海との境のない闇が滔々と広がるだけだった。


 王は波を掬って私に見せた。手の窪みに溜まる水に紙屑のようなものがあった。王は夜光虫だと言った。

 自分の目に映る、最も美しい物だと王は笑った。



 旅立ちの日、王は私に一反の綿織物を贈った。私が島に居候する間、壊れた船を直して回った礼だという。

 王が手ずから織った布はやはり淀んだ河の色に見えた。王は友人への餞別の言葉を刺繍したと言った。



 私は綿織物を乗せた船で、色のない国を出て、母国の船に拾われた。


 私は船乗りを続けながら、同郷の娘と結ばれ、子を成した。末の息子は色盲だった。


 月のない夜、私は息子に綿織物を見せ、何が刺繍されているか教えてくれと言った。


 息子は王に似た微笑で首を横に振っただけだった。

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色のない神話 木古おうみ @kipplemaker

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