閑話休題 国際マヌルネコの日
この世には、マヌルネコ保全同盟(PICA)という団体があるらしい。彼らは絶滅の危機に瀕しているマルヌネコを守るべく、2019年にはマヌルネコについて興味と知識を広めるという目的のもと、4月23日を『国際マヌルネコの日』と制定した。
「だって、マヌちゃん」
「なに〜?」
「マヌちゃんのこと守るんだって」
「まぬ、ままといっしょだからだいじょぶ」
インターネットの海から偶然見つけた情報をマヌちゃんに伝えると、マヌちゃんは自信ありげにそう答えた。マヌちゃんは少々ドジだが自己肯定感が高い。そして、私へ全幅の信頼を置いてくれている……はず。きゅんとした胸を抑えつつ、さらに画面をスクロールすると『国際マヌルネコの日』にちなんだイベントの数々が出てきた。
「マヌちゃん、おでかけしよっか」
「おでかけ?」
「マヌちゃんの仲間に会いにいくの。行く?」
「ままもいく?」
「うん、行くよ〜」
「じゃあいく〜」
ご機嫌になったマヌちゃんを、大きなトートバックからお顔を覗かせるようにして入れる。以前一緒に出かけた時から少しずつ外へ出る練習をしていたこともあり、マヌちゃんはすっかりおでかけが平気になった。
目的地は那須、と言いたいところだがいかんせん遠すぎる。マヌちゃんを買った上野動物園に行くことに決めた。マヌちゃんの故郷(?)でもあるわけだ。
「マヌちゃんと出会ったところに行こうね」
「まぬ、あんまりわかんない」
「ママと会った時のこと覚えてない?」
「うー」
「いいよいいよ、無理しないで」
思い立ったが吉日、マヌちゃんを布越しに小脇に抱えて私はいざ玄関扉を開く。
火曜日の動物園はそこまで混んでいない筈と思ったのが間違いだった。普通に人が多い。間違ってもマヌちゃんが他の人にぶつかられたりしないようにバックを前に抱えて歩く。
「まま、ひといっぱいいる」
「うん」
外に慣れたマヌちゃんは時々こうして小声で話しかけてくるが、反応していたら変人と思われるため、マヌちゃんには悪いがちらりと視線をやるだけ、返事は短くが原則だ。
人混みをかきわけていざマヌルネコのいる展示場へ赴くと、そこにはより多くの人がいた。マヌルネコって、人気なんだなあ。
「見える?」
「みえない〜」
ガラス越し、こちらに顔を向けて眠っている姿をなんとかマヌちゃんに見せてあげたい。だが周囲に変人と思われるのもいかがなものか。ううむ。
……そうだ。マヌちゃんにマヌルネコを見せるのではなく、マヌルネコにマヌちゃんを見せる体裁を取ればいい!
思いついた私は早速マヌちゃんをカバンから出してあげて、その胴を抱えてガラスに近づけてあげた。
「まぬといっしょのこがいる!」
「見えるかな?」
「まま、あのこまぬとおなじ!」
同じ種族を認識したマヌちゃんは、真剣にガラスの向こうを見ている。本物のマヌルネコは暖かな陽射しに照らされて眠っている。それでもマヌちゃんは興味深々だ。
マヌちゃんの視線を感じてか、あるいは群がる人間の鬱陶しさにか、マヌルネコが目を覚ました。そして、こっちをじっと見つめている。多分その眼差しの先は私ではなく、マヌちゃんだ。向こうも仲間だと認識しているのだろうか。
「……」
なんとなく話しかけないであげた方が良いかと思いながら、私の腕がプルプルして限界を迎える直前、マヌルネコがふっと視線を逸らすまで支え続けた。
「まぬ、まぬとおなじこにあえてうれしかった」
「そっか、嬉しかったか」
「まま、ありがとう」
「うん。また来ようね」
揺れる静かな電車の中、マヌちゃんは呟いた。連れてきてあげた甲斐は充分にあった。私は電車の窓から入る隙間風に揺らめくマヌちゃんの毛をそっと撫でながら、帰路につくのであった。
マヌちゃんとのくらし 貘餌さら @sara_bakuji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。マヌちゃんとのくらしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
貘餌さらの読書記録/貘餌さら
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 4話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます