第十二話 ぬいぐるみはヤキモチ焼き

 先日誘われた合コン当日。私が化粧台の前にいることから出かけると察知したマヌちゃんは、私の膝の上によじ登ろうと私の足元でもちょもちょしている。爪がなく登れないマヌちゃんが不憫で膝の上に乗せてあげると、明らかに不満そうな顔をしてこちらを見た。


「まぬ、じぶんでのぼれる」

「でもマヌちゃんが可愛かったから近くで見たかったんだよ?」

「まぬ、かわいい?」


 マヌちゃんは、ちょっとちょろい。最近そう気づいたおかげでマヌちゃんに拗ねられる回数が格段に減っていた。ただ、少しでも心の中でバカにすると勘付かれる。野生で過ごしているようにはとても見えないのに。


「まま……?」

「なあに?マヌちゃんのお目目はきれいだねえ」

「きれい?」


 私の小馬鹿にした態度を察知したマヌちゃんの意識を逸らすべくそう言うと、マヌちゃんは私の腹に前足を置いてお顔を見せてくれる。本当ならすりすりしたいところだが、生憎化粧がついてしまう。

 マヌちゃんの顎をあやして、私はメイクの続きに取り掛かる。今日は合コン、気合いを入れねばならないのだ。


「まま、きょうはどこいくの」

「んー?」

「まま」

「んー」

「まま!きいてる?」


 アイラインを引くのに夢中になっていた私は、マヌちゃんが怒った声を出すまで話しかけられていたことに気が付かなかった。予定より少し長くなってしまったアイラインは、ご愛嬌ということにしておこう。


「ごめんね、なあに?」

「まま、どこいくの」


 むすっとしたマヌちゃんは、完全に機嫌を損ねている。マヌちゃんは、ヤキモチ焼きなのだ。私が料理やらメイクやらに気を取られてマヌちゃんに構わないでいると、ぷんすか怒る。

 怒るマヌちゃんもまた可愛いのだが、あまり怒らせるのも可哀想で、最近は気をつけていたのだが、今日はつい集中してしまった。

 それにしても、マヌちゃんの問いかけにどう答えたら良いものだろうか。合コンと言っても通じるはずもないし、ご飯を食べに行くと言えばそれはそれで拗ねる。


「……お友達のお友達に会ってくるんだよ」

「なんで?」

「うーん」

「なんでまぬのことおいて、しらないひとにあいにいくの」


 気が立っているマヌちゃんは、なんでなんで攻撃に出る。こうなったらもう正直に打ち明けるべきだろうか。知らない人になぜ会いに行くのかと問われたら、もう打つ手なしである。


「あのね、マヌちゃん。お友達のお友達は男の人なの。その人たちと会って、仲良くなるの」

「……なんで」

「ええ……。彼氏を作るために……?」

「かれしってなに」


 マヌちゃんの追求が止まらない。誰か助けてほしい。彼氏って何。哲学である。マヌちゃんに性別の概念はそもそもあるのだろうか。どう説明したら良いのか分からない。


「まぬよりだいじなの……?」

「そんなことない!」


 悩んでいるうちに、マヌちゃんはしょげてしまった。ぺたりとイカ耳になったマヌちゃんに胸が締め付けられて、つい「そんなことない」と言ってしまったが、それをマヌちゃんは聞き逃さなかったらしい。


「じゃあいかない?」

「……いや、それは」

「まぬのこと、おいてくの……?」

「いや、でも……」

「まぬよりしらないひとのほうがだいじなの……?」

「そんなことはないけど……」


 マヌちゃんの攻撃に私は瀕死だ。このままでは合コンに行けなくなる。それは年齢イコール彼氏いない歴の私にとって大打撃、大損失だ。どうするべきか延々と悩んだ末に、私は一つの結論を出した。


「マヌちゃんも一緒に行こっか」

「まぬも?」

「でもお喋りしちゃだめだよ、みんなびっくりするからね」


 果たして私の初めての合コンはうまくいくのだろうか。私はマヌちゃんよりもしょげながら、そっと大きな鞄にマヌちゃんを入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る