第十一話 ぬいぐるみは匂いが分かる

「マヌちゃん、今日は夜お出かけしてくるね」


 唐突にそう告げると、きょとん、とした顔をしたマヌちゃんがこちらを見上げてくる。夜にお出かけ?なんで?と言いたげだ。

 大学の授業がオンライン化してからというもの、一人暮らしの私は話す相手がマヌちゃんしかいなくなった。講義が楽になったのはいいものの、日頃のストレスを話して発散したり、他愛無い話で盛り上がったり、そういう人間同士のコミュニケーションがなくなった。つまりは孤独なのである。いくらマヌちゃんがいようとも、マヌちゃんでは解決できないこともある。


「まぬは?」

「マヌちゃんはお留守番」

「……」


 むむ、と不満げな顔をするがマヌちゃんを連れていくわけにはいかない。今晩は女子会、ヘタに言葉がわかるマヌちゃんにどんな悪影響があるか分からない。そもそもぬいぐるみを連れて行けば私のが悪化したと思われること間違いなし。

 置いていかれる。ひとりぼっちにされる。そんな不満を言外に訴えてくるマヌちゃんに、やはり直前に言って良かったと安堵しながら化粧を施し、ひとしきりマヌちゃんに構ってから家を出た。

 久しぶりの外の空気は美味しい。元々インドア派な私はこういう機会でもないと外になかなか出ない。買い物も買える時にドカ買いするタイプである。自堕落。


「お、重役出勤じゃん」

「ギリギリ電車に乗れなかったの、ごめんて」


 友達が予約してくれていた居酒屋には、予定より十五分ほど遅れて着いた。感染病が蔓延していようといなかろうと、電車が混むものは混むのである。めかし込んで如何にもこれから遊びに行きますといった見た目の女より、帰宅に必死なサラリーマンの方が優先なのだ。私は押しのけられて最後の一人の座を奪われたことを必死に友人たちに説明する。が、誰も聞いちゃいない。女子会とは、そういうものだ。


「で、結局彼氏とどうなったって?」

「別れた別れた、もう重すぎて無理。ギブ」

「物理?メンタル?」

「物理なわけないじゃん、アホか」


 今日の女子会を企画したのは、いかに元彼の束縛が酷かったかを語る彼女である。『定例会開催希望』とSNSに彼女が主張したのをきっかけに、今日の会が今日決まったのである。


「それで、合コン開こうと思って」

「うんうん、……は?」

「いいじゃん!いつ?今日?」

「いや今日は流石に無理、化粧雑だし」


 展開が早すぎる友達とそれに乗じる友人によってあっという間に合コンの日程が決まった。日時は来週の土曜日の夜。もちろん私も参加メンバーに入れられている。なぜかって?そんなの私に彼氏がいないからに決まっている。

 その後は飲み放題のもとを取らんという勢いで酒を頼みに頼み、恋の話や教授のカツラが取れかけていた話などをツマミに飲んだくれて百二十分が過ぎ去ったのであった。


「二次会どうする?」

「行く!」

「あたしも〜」


 二次会に行く気満々の皆を横目に私は時計を確認する。もう二十二時、あっという間だ。以前の私なら、夜はこれからと意気揚々と問いに即答していたであろうが、今日の私は違う。


「ごめん!今日なんか酔いすぎたから帰る」

「社長は帰るのも早いですなぁ……冗談に決まってるでしょ、気をつけて帰んな〜!」

「じゃあ来週〜」


 気の良い友人にホッとしながら帰路につく。思い浮かぶのは家を出る直前のマヌちゃんである。哀愁漂わせたマヌちゃんが首を長くして待っていると思うと、とても二次会になんて行けなかった。やれやれ、これでは彼氏なんて一生できないかもしれないな。


「ただいま〜」

「まま!……くさい」

「えっ」

「くさい〜!」


 帰宅後マヌちゃんに擦り寄れば、酒臭さに拒否され、私は一人寂しく眠ることになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る