第十話 ぬいぐるみが拗ねた

 日曜日の朝はいつもゆっくりだ。アラームに叩き起こされることもなく、朝日で一度目を覚まし、再び微睡むこの至福……。意識が遠くへ飛んでいこうとしたその時、ぽす、と鼻のあたりを擽るむず痒い感覚が襲った。


「まま、あさだよ。おきて」

「ん〜、マヌちゃん?」

「あさだよ、あさ」


 ぽすぽすぽすぽすぽす。


「……マヌちゃん、邪魔しないで」


 顔の上をとてとて歩くマヌちゃんを両手で押しのけて、横を向く。どうだ、これで顔を踏むことは出来まい。


「あさなのに……」


 ぽす。


「も〜」


 今度は耳の上にふさふさのおててを置くマヌちゃんに観念する。くすぐったくて敵わない。おかげで眠気も飛んでしまった。ふあ、と大きなあくびをして時計を見てみると、まだ朝の九時。これでは講義のために飛び起きている普段とさして変わらない。恨みがましくマヌちゃんを見つめてみるも、不思議そうな顔をするだけだ。


「マヌちゃんはさ〜、夜行性じゃないの?」

「まぬ、ままといっしょにねるもん」

「じゃあ一緒に寝ようよ〜」

「やだ〜!あさだもん、おきるもん」


 布団の上をどたどた駆け回るマヌちゃんは今日も元気だ。日曜日にこんなに早く起きるのは久々だから、何かしようかと思うものの、マヌちゃんを置いて外に出ればマヌちゃんの機嫌を損ねてしまう。かといって外に連れて行ってもこの間のように緊張させてしまうし……。


「マヌちゃん、外の空気浴びよっか」

「おそと〜?」


 マヌちゃんには到底届かない高さの小さな正方形の窓を思い切り開けると、ひゅう、と風が吹き込んでくる。たまには外の空気を吸うのもいいものだ。

 そうだ、ここで読書でもしようかな。積ん読になってしまっている本が沢山ある。一番下に置かれている小説を手に取る。大分前に話題になっていた本だが、最近映画化するらしいと聞いたので、映画になる前に読もうと思う。……小説オタクは、好きな作家さんの作品が映画化で大衆化される前に内容を知っておきたいという厄介な習性があるのである。


「まま、なにもってるの〜?」

「んー」

「まま、なにしてるの〜?」


 小説を読み始めるとどうにも止まらない。マヌちゃんが私の右足にまとわりついているのを感じながらも読み進める。ふんふん、どうやら恋愛小説に見せかけたミステリ、いや人間ドラマらしい。これは確かにぐさりと刺さるものがある。いやはや良い読み物をした。

 そういえばマヌちゃんはどうしているだろう。気がつけば二時間くらい経っている。まずい、こういう時のマヌちゃんは拗ねに拗ねて大変なことになる……。


「……」


 事態は思ったより深刻ではなかった。マヌちゃんは、無心でティッシュの箱から飛び出た一枚のティッシュを、ぴろぴろぴろぴろ叩いている。マヌちゃんは私の視線に気づかず真剣だ。

 ティッシュ箱から一度離れ、前足をひょいと動かす。しかしティッシュはふわりと揺れるだけでノーダメージだ。


--もしや、これが良く猫飼いさんや犬飼いさんを困らせるティッシュ荒らしなのでは?


 そう思い至るが、マヌちゃんの手はぽってり短く箱に手を突っ込むことすらままならないので、マヌちゃんの意図通りにはティッシュは動いてくれないようだ。


「まま……」

「なぁに、マヌちゃん」


 マヌちゃんがこちらの視線にようやく気づいた。その視線は少し悲しげだ。なんだか可哀想になって、マヌちゃんを抱えてベッドに戻る。


「……まま、またねるの?」

「寝ないよ〜。マヌちゃんと遊ぶの」

「あそぶ!?」


 マヌちゃんは「遊ぶ」という言葉にすかさず反応し、目をきらきらさせた。可愛いやつめ。今日はマヌちゃんが疲れ果てるまで遊んでやるぞと意気込んで、疲れ知らずのマヌちゃんに私がギブを上げるまで、あと二時間。

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