Episode1-11 「赤いスポーツカー」

 現場での一通りの事情聴取を終え、一同は帰路に着いた。元々予定していた打ち合わせは当然白紙となり、朝売テレビのスタッフに電話口で事情を伝え、今後の対応については後日ということになった。


 このまま解散しても良かったのだが、照喜名杏奈たっての希望で、一度眞城プロダクションに戻ることとなった。運転をする朝日奈さつきは気が気でなかった。先ほどから、この照喜名杏奈という新人タレントが、妙に警察と連携を取っていたり、ズカズカと聞かれたくないことを聞いてきたりするからだ。


「しかしまさか、お会いする初日にご本人が亡くなられるとは衝撃的でした」


「は、ははは、はあ。そうだね……まさかこのタイミングで漆原さんがねえ……」


 照喜名杏奈の、不謹慎なのかどうか判断に困る言い方に、助手席に座る眞城ツトムは苦笑いをしながら答える。もちろん、笑いたくて笑ったわけじゃないだろう。この状況、無理にでも笑っていないと気が沈んでしまうのだろう。


 もっとも、手にかけてしまった朝日奈本人としては気が気でない。迂闊なことは言わないようにしないといけない。この、照喜名杏奈という女が、何者なのか分からないのだから。


「そういえば社長。刑事さんが言っていた赤いスポーツカーなんですけど、社長は心当たりないですか?」


「え?」


「漆原さんとは親交があったそうですし、漆原さんの他のご友人に、赤いスポーツカーを持っている方とかいらっしゃるのでは……と思ったのですが」


「うーん、ちょっと前にも話したけど、私は車が本来苦手だから、仲の良い人たち同士だったとしても、あまり車についての会話はしないんだよね。何らかのスポーツカーを乗り回している人はいたと思うけど、それが誰で、そもそも何色だったかまでは……」


「そうですか……」


 赤いスポーツカー。朝日奈さつきも、赤いスポーツカーの持ち主について考える。というよりも、あの日自分以外に漆原の別宅を訪れた人間は2人しかいない。1人はまだ未成年の四ノ宮日向だ。運転免許すら持っていない彼女がスポーツカーを持っているはずがないだろう。


 とすれば、残るは成人している藤本八重だ。確かプロダクションに顔を出す際、真っ赤なスポーツカーでやってきたことが何度もある。とすれば、目撃証言の赤いスポーツカーの正体は、藤本八重のものだあろうと推測するのは、思いのほか早かった。


 朝日奈さつきの目的は、2人の犯罪者にしないことである。もとはと言えば、未成年に手を出そうとした漆原東彦が悪いのだ。その罰が当たったのだ。きっと四ノ宮日向は酷く心を病んでいるだろうし、何故藤本八重がやってきたかまでは分からないが、そんな四ノ宮を匿っているのは想像に難くなかった。


 2人を守るためには、自分の知っていることはなるべく口を閉ざすこと。そうすることで、2人を、四ノ宮と藤本を守れるはずだ。


「あ、そう言えば全然関係ないけれど、うちのタレントに赤いスポーツカー乗ってる人がいるよ」


 あ。


「えっ! そうなんですか!」


「事件とは関係ないと思うけどね。ほら、テレビでも見たことない? 藤本八重。あの子、テレビだときついキャラやってるけど、根は良い子でねー。元々お金持ちの家庭なんだけど、自分だ貯めたお金でスポーツカー購入したんだよ。あれだけは覚えてるね。何年か前に自慢げに見せてくれて」


 お、おいおいおい。


「車が苦手な社長に自慢ですか?」


「ああ。もちろん乗れないってことは知っていたんだけど、タレント活動のおかげで初めての愛車を購入できたから、この喜びを報告したかったって言われたよ。なんだか自分の娘が喜んでるみたいに感じて、私もうれしくなっちゃってね。私結婚してないんだけどね」


「へー。あ、でも事件とは関係ないって?」


「いやあ、彼女は漆原さんとはほとんど関わりなかったはずだから。もちろん、新人の頃に番組の打ち合わせで顔を合わせたことは何回かあるけど、それっきりのはずだからね」


「へー……」


 間が悪すぎる!


 朝日奈さつきは失念していた。藤本八重が赤いスポーツカーを所有していることは、別に朝日奈さつきだけしか知らない事実ではなかったからだ。


「あの、せっかくなんですが、よろしければその藤本八重のご自宅って教えてもらうことできますか」


「え」


 思わず朝日奈の口から、小さく声が漏れ出る。同じ事務所に一応所属しているとはいえ、他人の住所を簡単に教えるなどもってのほかだ。何故この照喜名杏奈という女は、ここまで活動的なのか。なぜここまで、まるで探偵のようなしぐさを……。


 ……探偵?


「ああ。住居は東京都……」


「あ……」


 何の躊躇もなく、眞城ツトムが藤本八重の住所を伝える。後部座席では、メモ帳にその住所を、推名陽真理が書き留めている。照喜名のみならず、推名陽真理までもが、朝日奈の目には不審に思えた。


「分かりました。あの、せっかくなので朝日奈さん、そのまま向かっていただくことってできますか?」


「は、え、えっと、え?」


「……いいんじゃないか? 藤本くん、今日オフのはずだし、私から一報入れておくから」と社長が言う。


「あ、や、でも、ご迷惑じゃ」


「いえ、家の中まで入りたいわけではありません! せっかくなのでご挨拶したいだけなので」


「……」


 否定する材料が、足りない。特に言い返すこともできず、朝日奈はそのまま、進路を藤本の自宅……都内にある、とあるマンションへと向かうことになってしまった。

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ミステリキナ ~自称・美少女探偵、大いに謎を解く。~ スパロウ @sparrow_akira0704

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