僕の娘の涙

福山典雅

僕の娘の涙



 僕には大切な娘がいる。


 だけど、僕はそんな娘をよく泣かす(笑)。


「ぴぎゃああああああああああああああああああああ!」


 初めて娘を泣かしたのは、生まれて間もない彼女をだっこした時だった。嬉しくていきなり「たかいたかい」をしてびっくりさせてしまった。まるで命が弾けるみたいに壮絶に泣かれ、おろおろしたのを今でも覚えている。父親として最初の失敗だったな、ははは。


 3歳になった娘がお絵描きをしていた時の話だ。


「びぇええええええええええええええええええええええん!」


 お父さんを尊敬してもらおうと、僕は自分の顔をすごくリアルに書いてみせたら号泣された。なんか怖かったね、よしよし。


 4歳になった娘に自転車を買ってあげて、河原に練習に連れて行った。


「うわぁあああああああああああああああああああん!」


 補助輪なしの練習をしていて仕事の電話が入ったので手を離したら、悲鳴と共に派手に転んじゃって大泣きされた。「うわぁああ、大変だ!」、と慌ててかけつけた僕は怪我がないのを確認して、平身低頭謝った。


 娘が7歳の時に、僕は少し大きめの新車を買った。


「ふえぇえええええええええええん!」


 洗車をしていた時だ。車の後ろにそっと隠れてシールを貼っていた娘に気がつかず、ホースで水をおもいっきりかけてしまった。びしょ濡れで号泣する悪戯さかりの娘だ。ほら、早く着替えないと風邪ひいちゃう。


 娘の9歳の誕生日は大変だった。


「もう、お父さんのばかぁああああああ、嫌い!」


 おねだりされていた大きなサイズのくまさんを買っていたんだけど、トラブルが発生して残業で午前様になるのが確定した。電話口で楽しみにしていた娘に「ごめんね」と言うと、ものすごく泣いて怒られた。帰ったらベッドで眠る娘の横にくまさんをそっと置き、起こさない様に小声で謝った。


 娘が10歳の頃だ。妻がインフルになって僕が一週間ご飯を作る事になった。


「うわぁああああん、ママのご飯がいいいぃいい!」


 そんなに泣く程まずかったんだろうか。唐揚げがべちょっとして、目玉焼きが割れて焦げてて、チャーハンが固まりだらけだったけど、味は悪くないぞ。でもコンビニ弁当とマックに敗北した僕の苦い記録となった(涙)。




 娘が14歳になり、思春期真っただ中に入った。


「もう、車の中で髭はそらないで!」

「風呂上がりにソファで寝ないで、濡れるし、邪魔だし!」

「その髪型、変だし!」


 どうもこの頃から娘がつんつんする。僕の事をあれこれ嫌がり、やたらと文句を言われる様になった。なんだか辛い。


 15歳の娘に帰りが遅くて注意したら、すごい剣幕で怒鳴られた。


「うるさい! うざい! 偉そうに言うな!」


 その夜は少し酒が増えた。


 難しい年頃だ。父親に対して当たりがきつくなるのは当然だけど、僕は泣きたい気分だった。でも、やっぱり娘は可愛いいし、色々と心配になってしまう。だけど、彼女がもう大人になり始めているのだと、今更ながらに僕は自覚させられた。


 それから娘が17歳になる頃には、僕は静かに見守る様になっていた。


 娘に対し、かけられなかった言葉がたくさんある。


「こんな夜中まで無理するなよ、身体を壊しちゃ受験出来ないぞ」


「サークルの飲み会だからって、慣れない酒を飲み過ぎたら駄目だよ」


「面接官は見る目がないな。次があるさ、気にするな」


「うん、スーツがよく似合ってる、もう立派な社会人だ。いってらっしゃい」


「いいんだ、人は人、お前はお前なんだ」


「仕事や人間関係っていうのはね、たまにどうしょうもなくなる時もあるけど、心配するな。意外となんとかなるもんさ」


「負けじゃない、今だけで自分を評価するな。人生は長いんだからね」




 そして、27歳になった娘が泣いていた。


「お父さん、私ね、今度結婚するんだよ、ひっぐ、ぐすん」


「ああ、知ってる。いい人じゃないか。お父さんも安心だ」


「私、うまくやれるかな。少し不安なんだ……お父さん……」


「大丈夫。お前は僕の自慢の娘なんだ。何も心配する事はない。きっとね、幸せになれるって、お父さんが保証するよ」


「お父さん、ぐすん、お父さん……」


 娘は泣きはらした瞳でまっすぐ僕を見た。


「私、お父さんに花嫁衣裳を見せたかった……」


 そう言って娘は泣きながら、僕のお墓に手を合わせてくれた。


 春風がぶわっと吹いて、満開の桜の花びらが優しく舞った。まだ少し肌寒いけど、春の優しい匂いと幸せな色を僕は感じた。


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