【KAC #7】そういうところが好きじゃない

二八 鯉市(にはち りいち)

そういうところが好きじゃない

 喫茶『スリーミニッツ』の店内は、至る所に花やレースの飾りが施されている。店だ。


 その店を一人で切り盛りしているのが、七瀬 夕樹ななせ ゆうき。昔、柔道でプロの道を目指していたとかで身体がゴツく、普段着は黒のTシャツにジーンズ。清潔感のある短髪に、シンプルなピアス。持っている小物は全部シンプルで、いわゆるには縁遠そうに見える。


 「あぁうん、元は兄貴の店なんだよ」

ある日何気なくこの店を始めた理由を聞いたとき、七瀬は「なんてことない」というように笑った。

「兄貴、ある日失踪しちまってさ。で、まあこの店さえ続けてればいつか帰ってくるかな、なんて思いながら引き継いだカンジ。ってかさ、その時俺たまたま無職だったからこう、『店主の消えた店』と、『職の無い俺』が丁度マッチングした、みたいな?」


 笑顔の奥に、何か底知れない淋しさのようなものを感じた。


 八谷 結はちや ゆいは、まるで天気の事でも話しているかのようにサラサラと暗い過去を話す七瀬の事を、心底思った。


――好きじゃない、と。


***


 鳥の装飾のついたベルが鳴る。

「いらっしゃい」

「ん」

八谷はカウンターの右端のいつもの席に座った。

「カフェオレ、甘さ控えめで」

「はいどうも」

注文する前から、『いつものね』という顔で微笑んでいる。


――こういうのも好きじゃない。


 八谷は鞄からスマホを取り出しながら、そんなことを思った。

 いつものソシャゲを起動する。

「またイベント期間?」

「うん」


 そっか。いやあ夢中になれるものがあって何よりだよ。


 そんな目で見てくるのも、やだ。

 そう思いながら八谷は、呟くように言う。

「今回のイベントは、前回よりは走り切れそう」

「へぇ、いいじゃん」


 他人のソシャゲのイベントの進捗状況なんて、心底どうでもいい。だから普段、誰かに話す事なんてない。だけど、この人には思わず伝えたくなる。


 なんで受け止めるんだろう、この人。


 八谷は目を伏せ、ソシャゲに向き合う。敵の討伐に、一刻の猶予も無い。


***


 「お待たせしました」

「ありがとう」


 湯気の立つカフェオレ。熱さも甘さも丁度いい。

 この店に通う事を決めた理由は、初めて飲んだ時に、『他と違う』と思ったから。きっと何か隠し味がある。


 ちび、と一口飲む。あったかい、甘い、落ち着く、好き。


 そう。この店に来る理由は、このカフェオレゆえである。

 他に何も理由はない。

 ないのだ。


***


 「はぁー」

「……」


 グループで来ていた客が帰って、店の中には、八谷と七瀬とで二人きり。カフェオレを提供した七瀬は、先程からカウンターの向こうで何事かを手帳に書きこんでいる。

「……ため息、どうかしたの」

なんで聞いてしまうんだろう、私。八谷は小さく唇を噛む。

「いや、大したことないんだけどさ」

へらり、と七瀬は笑う。

「赤ペン切れちゃった」

「……え?」

「いや、赤ペン切れちゃってさ。しょんぼりーみたいな」

「ふぅん」

いや、それでそんなため息?


 七瀬が、「ほら」と見せてくれたのはシンプルな黒のスケジュール帳だった。なるほど、こまごまとメモが書いてある。4色のペンを使い分けているらしい。

「今日中に仕入れの予定立てたかったんだよなぁ。残念、残念」

「いや……別の色使ったら?」

「仕入れは赤って決めてるんだよなあこれが。しかも俺、書き味も重要なんだよ。トリアエズって文具メーカーの赤のボールペン。これ、って決めてるワケ」

「……そう」


 こだわりが色々あるのだろう。


 そうか。

 八谷はふと、白いカップの中で揺れるカフェオレを見つめる。


 もしかしたら彼をとりまき形成する色々なこだわりが、柔らかくて落ち着くカフェオレの秘訣なのかもしれない。


 「はーあ。手帳はまた今度にするか」

七瀬はため息をつき、カウンターから出ると、店の一角のテーブルへと向かった。前の客が飲んでいたカップを片付け始める。


 八谷はソシャゲのリザルト画面を軽快にタップしながら、『今度来るときには、事前に百貨店の文具コーナーに寄ろうか』などと考えた。それで、そのナントカとか言うメーカーの赤いペンを買ってきてやろうか。そうしたら七瀬がああやって困ることは無くなる――

「んんっ」

小さく喚き、八谷は首を振った。一体何を考えているの、あたしは。


 はぁ、とため息をつきながら七瀬の方をちらりと振り返った八谷は。

「えっ」

危うく、スマホを落としそうになった。


 「え、何?」

声に驚いて振り返った七瀬に、八谷は言った。


 「……あのさ、靴下の色違うけど」


 「えぇー?」

七瀬はカップを置いた盆を持ったまま、足元を見下ろした。左が赤、右が黄色である。

「うわ、ホントだ。はずかしー」

そしてケラケラと笑った。

「いやまあ、誰も見てないから気にしないっしょ。俺こういうのこだわり無いし」


 八谷は。


 絶対に赤ペンなど買ってきてやらない、と心に決めた。


 こういうところが、好きじゃないのだ!



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