色鳥を彩る
飯田太朗
彩る。
「東洋では秋に渡ってくる美しい羽をした鳥のことを『色鳥』と呼ぶ」
僕がシュンペーターさんのところで剥製の作り方を学び始めてからちょうど二年経った頃。
彼は僕たちの前でそう告げた。僕と、それから
ローランは天才だった。
同じ鳥の剥製を作るのでも、ローランのには命が宿る。目に光がある。魂の羽ばたきがある。だが僕にはない。僕の方が兄弟子で、ローランよりも先に弟子入りしたのに何もローランに勝てない、及ばない。嫉妬していた。僕は嫉妬していた。
「質問です」
僕は挙手した。
「鳥の種類は?」
師匠は笑った。
「ない。伝わっていないのではない。ないのだ。東洋の、特に島国のある国では『秋に渡ってくる羽の美しい鳥』としか定義していない。つまり、だ。この課題は……」
――お前にとっての「美しい」を作れ。
そういう、ことだった。
美しい。
それは難しいことだった。
僕は何かを美しいと思ったことがなかった。いや、例えばある有名画家の絵が美しいとか、著名な音楽家の曲が美しいとか、そういうことは思ったことがあるがそれは「美しいもの」という織り込みがあった上の「美しい」だった。つまり「与えられた美」だ。
だが色鳥の課題は違う。
自分が美しいと感じたものを、切り取らねばならない。
鳥を調べた。図書館で、図鑑に首っ引きになった。
そうして見つけたある鳥は、羽が瑠璃色と橙色に輝く美しい鳥だった。これだ。そう思った。
そこで三日かけて鳥を捕まえた。生息域を調べ、近隣の漁師に話を聞き、罠を仕掛け、捕獲し、麻酔をかけて命を奪った。そうして作った鳥の剥製は、僕がこれまで作ったものの中で一番美しいものだった。薬品を使っても鈍くならない瑠璃色。生きてる時のように輝く橙色。
そうして師匠の元に剥製を送る段になって、僕はローランから呼び出された。勝手に彼を敵視していた僕は、彼のアトリエに不機嫌そうな顔をして行った。彼はアトリエの中央、薬品や、毛皮がたくさん転がっているテーブルの上に腰掛けていた。
「やぁピーター」
彼は僕の名前を呼んだ。
「課題はどうだい」
僕は答えた。
「順調だよ」
「そうか」
ピーターは床を見つめた。
「僕はダメでね」
僕はふと、ローランの手元を見つめた。
いや、そこに目が吸い寄せられた。
彼の傍。そこにあったものは。
僕の色鳥。
瑠璃色の羽、橙色の羽。
そしてそれらの彩りの間にある、純白、鈍色、そして、細やかな黒。
色彩の数が違った。同じ鳥を剥製にしていたのに、彼の色鳥にはグラデーションがあった。輝きがあった。そしてそれは、僕の中の何かをものすごい力で吸引し、そのまま、無にしてしまった。
しかも彼は、それを「ダメだ」と言ったのだ。
帰ってから、僕は僕の色鳥を床に叩きつけた。
乾いて、皮と詰め物だけになった僕の色鳥は、その衝撃で、粉々になって散った。
了
色鳥を彩る 飯田太朗 @taroIda
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