ゆりかごの森【KAC20247】

にわ冬莉

第1話

 私の見る世界は、いつだって揺れていた──。


 歪んで、揺れて、定まらない。

 人も、ビルも、すべてがゆらゆら揺れている。


 八百万の神がいるとされるこの国で、神の姿を見たことがあるものは少ないだろう。

 それは、見たものを神と思わない人間が多いからであって、実際、神はどこにでも存在するのだ、と誰かが言った。

 けれど、私は神なんて信じない。

 私だけをこんなに不幸な目に遭わせる神など、存在してほしくはない。


 一体私は、なにに傷ついているのだろう?

 私を不幸たらしめるものとは、なんなのだ?


 そんなことすら、忘れてしまった。


 横殴りの風に煽られ、冷たい雨に濡れ、私は彷徨う。

 もう、終わりにしたい。

 すべてを投げ出して、時を止めてしまいたいのだ。


 歩道橋の上には、誰もいない。

 灰色の光景は、私の心を奮い立たせるに充分なものだった。


 サヨナラ、神様。

 サヨナラ、私。


「これ、使ってください!」


 ふいに声を掛けられ振り向くと、そこにいたのは顔を赤らめた少年だった。

 知らない子。

 誰?


「顔色、悪いです。大丈夫ですか?」

 緊張した声でそう言われ、返答に詰まる。

「あの、黄色の傘なんて小学生みたいで恥ずかしいかもですけど」

 グイ、と傘を差し出され、思わず反射的に手に取ってしまう。

「え? あの、」

「じゃ!」


 傘を受け取った私を見て、少年が笑顔になった。

 そしてそのまま駆けていく青いスニーカー。


 放心してしまった私は、走り去る少年の姿が見えなくなるまで見送った。

 

 傘を、広げる。


「似合わない色」

 くるくると回す。

 風に飛ばされないよう、ぎゅっと握りしめて。


「うわ、すげえ!」

 誰かがそう叫ぶのを耳にし、声のする方に目を遣る。

 釣られ、私も視線を追いかけた。


 ──虹だ。


 私の真後ろに、大きなアーチがくっきりと見える。

 虹の色は七色だというけれど、そこに見えるのは無数の、名もない色たち。


 ……背を向けていたのは、私だったのかもしれない。

 世界は、揺れてなどいない。


 私は、ここにいる──。

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ゆりかごの森【KAC20247】 にわ冬莉 @niwa-touri

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