トリ会えず
秋色
Don't miss the opportunity
小さな頃から、トリを見逃す事の多い宿命に生まれついている。
幼稚園の時にみんなで一緒に見た人形劇。人形劇団はくちょう座のお芝居は、苦労続きの女の子がプリンセスに変身するシーンのちょっと前に、ママが迎えに来て家に帰る事になった。今日はおばあちゃんの家に行く日だからって。
海浜公園であった花火大会も。途中で「楓はまだ小さいし、夏風邪が治ってないから、海風にあまり当てちゃいけない」と言われ、パパと一緒に、一足先に車へと戻った。
ママ達と最後までいたお姉ちゃんから「あの後、マーガレットのお花みたいな花火やハートマークの花火が上がって、すっごく綺麗だったんだよ!」と聞いた。
テレビで見ていたロードショー。これから面白くなるというところで「寝なさい」と言われて寝たから、結末が分からない映画がたくさんある。でも子どもの頃なので、映画のタイトルも分からなくて、自分の中で幻の映画化されてしまっている。
テレビでフィギュアスケートを見ていても、チャンネルを変えられ、ユズ君を見逃すし。
大晦日の国民的な歌番組も、毎年、最後まで見ずに眠りについた。
友達と行ったロックフェスティバルも、日帰りだから途中で帰る事になった。シャウトする歌声を背に、会場を後にした。
おじいちゃんと行った寄席は、弟がグズって途中で帰る事に。寄席はトリが一番見ものだとおじいちゃんは言っていたのに。
いつもこれから面白くなるというところで帰るという巡り合わせなんだと思う。
それはエンタメに限らなかった。
プライベートでもそうだ。
放課後にみんなで盛り上がっていても、家が遠い私は先に帰っていた。
クラスメートと怖い話で盛り上がった時は、もっと怖くなる前に抜け出せて、逆にラッキーだったかも。
楽しみにしていた中学三年生の修学旅行は、直前にパパの転勤が決まり、別の中学に転校したために行けなかった。翌年、前の学校から送られてきた卒業アルバムには、みんなの楽しそうな修学旅行の写真が載っていた。それを独りで見ていたら胸がキュッとなって。
大人になっても、家が市街地から離れているので、食事会、飲み会の途中で、よく抜けて帰る。
「電車の時間に間に合うように帰りたいので」と。
「あの後、盛り上がって」と後から聞く事が多いのは仕方ない。
*
好きな野球選手がクローザーの投手だった。ただのクローザーじゃない。炎のクローザーだ。だからホノオ君。
試合が9回まで進むと、ホノオ君はさっそうと現れる。
でもようやくホノオ君が登場して、テレビの前でテンションが上がった瞬間、「試合の途中ですが、まもなく放送を終了させていただきます」と放送自体がクローズする……そんな事が何度もあるのが悲しくて。
それならば球場まで足を運ぼうと思った。でも球場のある街までは日帰りで十分行ける距離ではあるけれど、新幹線とバス、地下鉄で一時間以上かかる。迷っている間にその街に行く別な用事が偶然にも出来た。
親戚のおばちゃんがくれた観劇のチケットだ。
「一緒に行く予定だった友達が行けなくなってね。一緒に行かない?」
ちょうど推しチームのデイゲームがある日曜日だ。
「ありがとう! おばちゃん」
「え? 楓、そんなにお芝居好きだった?」
「いや、ドームの近くに行けるきっかけが出来たから……。ううん、何でもない」
おばちゃんとは現地集合だ。お芝居は夜にあるので、十分デーゲームを見る事が出来る。
チケットを買って、いざ球場へ。でもその日の試合は、推しチームが圧倒的に負けているうえ、長い試合展開となった。チームが勝ってないと、基本、クローザーの出番はない。
だからお芝居の始まる時刻に合わせ、8回前に球場を後にした。
私が球場を出た後に劇的展開があり、結局.炎のクローザーのホノオ君が登場して勝った……と、聞いたのは、お芝居が終わって帰る途中の地下鉄の中だった。
縁がないというのは不思議なものだ。
それからまた行った平日のナイトゲームの試合では、推しチームが勝ってはいたけど乱打戦で試合はダラダラと長く続いた。
7回が終わったところで帰る観客がちらほら。
私も明日また仕事なので、ここで無理して最後までいて日付が変わったりしたら大変だと思い、球場を去る事にした。こんな試合展開だとクローザーは登場せず、他のピッチャーで凌ぐ事も多い。
出口でスタッフのお兄さんから「引換券を渡しましょうか? 引換券があれば、また入れますよ」と言われた。
私は必要ないかなと思ったけど、保険だと思って「じゃあ下さい」ともらっておいた。
その夜は都会にしては星の煌きが星座まで見てとれるような澄んだ夜空だった。
球場前から出る駅までの臨時バスにはすでに長い行列が出来ている。これに乗れなかったら、また次のバスかなぁと思いながら、スマホのベースボールライブの画面を見ていると、ピッチャーマウンドへ向かうホノオ君の姿が。
そして「選手交代をお知らせします」のアナウンス。
即座に観客席に戻ろうかと思った。引換券があれば入れますよと言ったお兄さんの言葉が頭をよぎる。
でも明日は仕事だし、と考えると決意は鈍る。そして「また今度があるさ」と思うと、私は結局バスに乗った。
それは夏の終わりの出来事。
シーズンの終わりが近付き、秋が訪れつつある頃。それは、優勝チームのマジックが点灯し1つずつ減っていく頃。そして選手の去就がニュースで流れる頃でもある。
推しのピッチャーのホノオ君は、今シーズン限りでの引退を発表した。
もうマウンドに立つ姿は見られない。そう思うと、あの時、引き返さなかった事が一生分悔やまれた。でも後悔しても、もう遅い。
いや、今に始まった事じゃない。昔からいつもそうだった。
もっと意思を強く持って、粘っていればトリに会えていたという事が多い。
もっと気持ちに忠実なら、クライマックスを楽しめたのに、という思い出が数々心の中に転がっている。
いつも「今度がある」と心の中で自分に言い訳してただけ。
でも「今度」はいつでもあるわけじゃない。
何かのついでじゃなくて、その目的のために強い気持ちで足を踏み出せば良かった。
そんな人生の苦いレッスンを味わい、自分なりに変わっていった。
見始めは微妙かなと思うドラマも最後まで見るようになった。
そう思って見続けたドラマの中には、最後に意外な展開を見せるものもある。それまで散々イライラさせられたヒロインの勇気ある決断に共感し、涙したり。
ちょっと気になるロードショーの宣伝があるとシネコンまで足を運ぶし、途中で展開がグダグダになった漫画の連載も放り出さない。最後に何が待っているか分からないから。
推しのクローザー、ホノオ君は、今では異国でスポーツ心理学の勉強をしている。
終わりと思えても、また終わらない事も人生ではよくある……これも経験で知った事。
映画のエンディングロールが流れ終わり、照明が灯るまで席を立たなくなった私が知り得た事実。
それはエンディングロールの終わった後で目の醒めるようなラストシーンが待っている映画も中にはあるという事。
〈Fin〉
トリ会えず 秋色 @autumn-hue
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