後編

「7・14・3・10・8」

 写メを目の前にして、かれこれ考え出してもう2時間が経つ。この数字の並びに何の意味があるのか?いや、そもそもこの数字って何か意味を持つものなのだろうか?

 14ってのが曲者よね。世の中に14個ピッタリのものなんてそうそう無い。

 12だったらカレンダーとか時計とか色々思い当たるのに。

「うーん、分からん。何かヒントになるものは無いのかなぁ。ふわぁぁ」

 私の脳が限界です睡眠を下さいと指令を出した時、電話が鳴った。

「もしもし、芽理?」

「ああ、春菜。どした?」

「思い出したよ、あの数字」

「えっ?嘘っ」

 そんな馬鹿な。あのスポーツしか取り柄の無い「脳筋春菜」に先を越されるなんて。

「い、いちおう聞いてやるけど。答えが分かったわけじゃないんだよね?」

 私は出来るだけ平静を装って言った。

「ラーメンよ、ラーメン」

「はぁ?」

「ラーメン屋でメニュー見てる時、7のチャーシューメンにしようか、3の味噌にしようか、はたまた14の天津セットにしようか、散々迷ったのよねー。それだわ、その時の感覚に似てた」

 ……焦って損した。やっぱ春菜は脳筋春菜だった。

「はいはい、良く出来ました。それじゃ切るね」

「ちょっと何よそれ。せっかく思い出したから何かヒントになるかと思ったのに」

 なるわけねぇだろ。とは思ったが、まあ春菜なりに頑張って考えてくれたみたいだし労っておくか。

「ゴメンゴメン。貴重なヒントになったわ」

「でしょ。数字だけみたら何のこっちゃわからないけど、数字が対応してるメニューって考えたら何か見えてこない?」

 数字が対応する……?

 待てよ、そう考えたら、この数字は何かの番号なのか?

 真由からの問題。真由と言えば小説。真由の小説。もしかして……。

「春菜、あんた今パソコン開ける?」

「えっ?ああ、待って今起動するから。何か分かったの?」

「分かんない。けど確かめる。真由が小説書いてるウェブサイトにアクセスして、真由のページ開いてみて」

 春菜に言いながら、私も自分のパソコンを起動させる。

「開いたよー。んで何?」

「こっちも開いた。なら真由の小説の、ええと、どれだ?今書いてるヤツかな。それのっと」

 うんしょと姿勢を直して椅子に座り直す。

 私のひらめきが間違って無かったらきっと……。

 第一話から最新話まで、タイトルがずらっと並んでいる真由のページ。

 そこにこのメモの数字を当てはめていけば……。

「春菜、今から私が言う文字を順番に書いていって」

「ええっ?ちょっと待って、ペンどこだ?」

 メモに書かれた最初の数字は7。つまり七話。

 七話のタイトルは、「トルメティ村到着」

「いい?いくよ。最初の文字は、“ト”。カタカナの“ト”ね。」

「はいはい、“ト”っと」

「次は、14だから、『リアンと従者の関係』の“リ”。これもカタカナね」

「はいよっと。次は?」

「3話目は、『あの場所に何が?』だから、“あ”」

「ほい次」

「10、『栄光の騎士登場』これは“え”でいいのかな。“え”って書いといて」

「はいよー」

「んでラスト。8の『頭脳勝負の行く末は』これも微妙だけど、“ず”でいいと思う」

「最後は、“ず”だね」

「よしっどうなった?続けて読んで」

「ええと、ト・リ・あ・え・ず。とりあえず?どゆこと?取りあえずお冷ってこと?」

「んんーっ?とりあえずかぁ。まあ意味なくは無いけど、これだとちょっと合ってるか分かんないなぁ」

「私は全く意味が分からないんだけど。これ何?どうやったの?」

「数字と小説の話数が対応してるのかなと思って、そのタイトルの頭文字を取って繋げてみたのよ。イイ線いってたと思ったのになぁ」

「ほぇえなるほどねぇ」

「もう今日は限界。脳も死んでるし私寝るわ。また明日ね」

「はーいおやすみぃー」

 私の感覚的には解き方は間違って無いはず。あと足りないのは……なんだ?

 ベッドに入っても、その日の私はなかなか寝付けなかった。



 次の日、いつもの待ち合わせ場所には珍しく芽理の方が先に着いていた。

「おはよう芽理。今日は早いじゃない」

「おっはよ。昨日の暗号が気になっちゃってね。ほら数字のメモのやつ」

 さすが芽理は気になったらとことんだなぁ。なんか目の下が黒い気もするけど。

「まさか徹夜で考えてたとか?」

「そんな訳ないでしょ。解けたわよ。解けたんだけど、これで合ってんのか確かめたくってさ」

「ええっ?解けたの?いったいどうやって?」

「ふふん。まあ間違えてる可能性もあるし、真由に確認してみないことにはね」

 そうか、芽理はこれが真由が出した暗号問題だと思ってるんだった。

 まいったな、誤解を解いておかないと。

「あのね、芽理……」

 私が言いかけた時、ちょうどそこに真由もやってきた。

「ゴメン……遅くなっちゃって……」

「全然遅くないよ。それより真由、教室に着いたら昨日の暗号の答え合わせしたいから」

「えっ……」

 真由が思わず私を見る。私が目配せすると、真由も黙って頷いた、

 今は、流れに身を任せてみよう。



「……で、導き出した答えがこれよ」

 芽理に合図されて、春菜がノートに書きだした文字を見せる。

「ト・リ・あ・え・ず。とりあえず?」

「どう?合ってる?お願い真由っ正解って言って」

 祈るように両手を合わせて芽理が目を閉じる。春菜も真似して同じように目を閉じた。

「あの……これ……」

 真由は驚いたような顔をして口ごもった。

 ああ、真由言いにくいよね。元はと言えば私が咄嗟に考えた嘘だったし、私が真相を言わないとね。

「あのね芽理に春菜。実はこの暗号なんだけど……」

 そう言いかけた私の言葉を、珍しく真由が遮った。

「あの……これ…私の小説のタイトルでやったんだよね……?」

「えっ?そうだけど?」

 真由は鞄からスマートフォンを取り出した。

「もしかしたら……ううん、ちょっと確かめたいことがあるの……みんな……協力してもらっていい?」

 真由の言葉に私たちは顔を見合わせる。

「もちろんいいけど。何をしたらいいの?」

「私が……今から言う言葉を……同じように書き出してほしいの……」

 よっしゃ任せなと春菜が腕まくりする。

 真由のスマートフォンにはいつもの小説投稿サイトが開かれていた。

「いい?いくね……」

 真由が一文字ずつ読み上げる言葉を書きだしていく。

 最初は、“ソ”。

 次は、“ば”。

 順番に言葉を書き出していく。



そして最後の文字を繋げた時、私はその文言に、鳥肌がたった。



―ソ・ば・に・イ・る―



「傍にいる?何これ?」

 芽理と春菜は事態がよく飲み込めずポカンとしている。

 私は思わず椅子を蹴って立ち上がった。

「真由っ!友香ちゃんが危ないっ!」

 青ざめた顔をした真由も頷いて立ち上がった。

「えっ?ちょっとちょっと!どうしたのよ二人とも!」

「友香ちゃんが危ないってどういうこと?」

「同じ方法で……友香ちゃんの小説のタイトルを……繋ぎ合わせてみたの……」

「えっ?なんで友香ちゃんなの?」

 今は説明する時間がもどかしい。

「ストーカーよ!あの用務員!友香ちゃんの小説サイトに変なメッセージ送ってくるストーカーなのっ」

「はあっ?えっ?どういうこと?」

「説明は後っ!真由は友香ちゃんの所に行ってあげてっ!芽理、春菜、あの用務員の男逃がさないように縛り上げてとっちめておいて。私は職員室に行ってくる!」

「何だかよくわからないけど、あの変態用務員が友香ちゃんに悪い事してるのね?よーし任せといて!とっちめるのは大得意よ。いくよ春菜っ」

「よっしゃ任せろ!」

 私たちは一斉に教室から飛び出した。



 そこから先は早かった。

 私は、早番ですでに職員室に来ていた、心は乙女だけど見た目はイカツいおっさんの現国教師「操ちゃん」に事情を説明し、芽理に罵詈雑言を浴びせられ涙目になっているストーカー用務員の所まで連れていった。

 最初は知らぬ存ぜぬを貫いていたストーカー男だったが、友香ちゃんに渡したメモと、私たちが解き明かした文字を突きつけると、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。

 その後すぐに駆けつけてきた体育教師軍団に男は連れて行かれ、私たちは授業のために一旦教室に戻った。



 放課後、私は友香ちゃんが小説サイトで何者かにストーカー被害を受けていたことを芽理と春菜に打ち明けた。

 友香ちゃんから相談を受けていた真由が、自分では抱えきれなくなってきていたところで、私に話てくれた。という訳だ。

「あんたね、そんな大事なことはまず一番最初に私たちに相談しなさいよ」

「そうよ、言ってくれたらもっと早く力になれたのに」

「ごめんごめん。その時は、真由から打ち明けてもらったところだったから勝手に喋るのもよくないかなと思って。それに、まさかストーカー男がこんなに近くにいるなんて思わなかったしね」

「まあ何にせよ、さっさと捕まえれて良かったよね」

 今頃あの男は警察に引き渡されただろうか。

 友香ちゃんと真由は、校長室に呼び出されたまま、その日は戻らなかった。


 次の日、例のストーカー男が警察に捕まったという知らせがあった。

 再度その報告のために校長室に呼び出されていた友香ちゃんと、付き添っていた真由が戻ってきたのは、放課後のもう5時を回ったころだった。

「みなさん、この度はお騒がせして申し訳ございませんでした」

 深々と頭を下げる友香ちゃんと真由を取り囲み、私たちは口々に声をかけた。

「友香ちゃん、怖かったね。でも無事で良かった」

「本当だよ、あのクソストーカー男め。もっと罵ってやればよかった」

「私、友香ちゃんの更新が止まってたから気にはなってたんだけど、まさかそんな事になってたなんて」

「ホントに、皆さんのおかげです」

「でも、これからは個人情報には十分に気を付けないとだよ」

「それ、校長先生にも同じこと言われました」

 そう、友香ちゃんはサイトの自身のページに、SNSのリンクも張り付けていたのだ。

 ストーカー男はそこにアップされた写真の背景から、たまたま近所に住んでいたため土地勘もあって、友香ちゃんの周辺の情報や、私たちが通う学校まで特定していた。

「ストーカーの人って、そこまでやるかってぐらい調べるんですね。私もうコリゴリです」

 さらに男は友香ちゃんに近づくために、わざわざウチの学校の採用試験を受け、非常勤の用務員として勤務していた。

 私たちの胸を見ていたのは、胸元につけた名札をみていたのだ。

 それも友香ちゃんのペンネーム、YUKA-YUKAから本人を割り出したと言うから驚きだ。

 それまで職歴なしの引きこもりだったそうだが、そんな行動力があるんだったら、まともに働けばいいのに、と私は思った。

「でも、そうやって近づいたあげく、あんな回りくどい暗号を渡してくるところが、ストーカーの気持ち悪さよね」

 芽理の言う通り。私も本当にそう思う。

「でも、その暗号も芽理と春菜が解いてくれなかったら、あの用務員がストーカーの犯人だなんて気づけなかったしね」

 あの時捕まえていなければ、あの男はもっとエスカレートしていたかもしれない。

 もしそんなことになっていたら、今頃友香ちゃんはもっと酷い被害を受けていたかもしれないと思うとゾッとする。

「そうよっ!私が解いたのよ!」

「ちょっと大事なこと忘れないでよ!ヒントを与えたのは、ワ・タ・シ」

「でも暗号解いたのは私だからねっ!」

 まあまあと真由が二人をなだめる。

「結愛、芽理、春菜、みんなのおかげだよ……本当にありがとう……」

 真由があらたまって頭を下げる。友香ちゃんも慌てて頭を下げた。

「そんな気にしなくっていいって。友香ちゃんが無事だっただけで。ねえ?」

「そうよ、私の頭の回転の早さはいつものことだからね」

「私もラーメン食ってて良かったー」

「なんだそりゃ」

 教室に私たちの笑い声が響く。

 真由、それに友香ちゃんにも笑顔が戻って本当に良かった。

「よっしゃ、それじゃいつもの駅前行ってパーッと甘いものでも食べようよ」

 芽理の提案に私たちは賛成、賛成と手をあげた。

「いっぱい頭使っちゃったしねー。私何頼もうかな」

「私苺ショート!」

「私も……」

「春奈は今日もやっぱりあれ?」

「そうねぇ私だったらまずは……」

『とりあえず、お冷ひとつっ!ピッチャーで!』

 私と芽理が声を合わせて言うと、

「ちょっと人のセリフ取らないでよ!あっでも今日私制服だ。ヤバいどうしよう?」


大騒ぎする私たちを見て、真由と友香ちゃんは顔を見合わせて可笑しそうに笑った。


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