暗号は✕✕✕の知らせ
@zawa-ryu
前編
ああ、まただ。また来てる。
祈るようにメッセージ欄をクリックした私の願いは、一瞬で吹き飛ばされてしまった。
この間ブロックしたばっかりなのに……。
私が小説を書いているウェブサイトには、投稿した小説に読んでくれた人からコメントをもらえる以外に私書箱のような機能が付いていて、個人間でのやり取りが可能になっている。
最近、といってもこの2,3か月前ぐらいから、特定の人物から頻繁にメッセージが届くようになった。
初めは、「面白いです」とか、「楽しめました」などの他愛もない感想だった。
私は読んでくれたことが嬉しくて、コメントにひとつひとつ丁寧にお礼を書いた。
だけど、メッセージの内容は、段々と変化していった。
それでも最初の方は、「あのセリフはもう少し言い回しに工夫が必要」だとか、「あの場面はもっと心理描写を書きこんだ方が良い」といった作品に対する指摘だった。
私は忌憚のない意見をもらえたことにも感謝し、それらのメッセージにも真摯に返信していた。
だが、ある時からその内容は、どんどんおかしくなっていった。
つまりそう、個人的な事。小説にでは無く、私に対してのコメント。
「〇×の作品は僕もよく読むよ。僕たち似てるかもね」
などはまだいい方で、
「あそこの公園景色がよくていいよね」
「あのお店行ってたんだ。僕も行ってみようかな」
そういった、私のプライベートにまで踏み込んできたのだ。
気味が悪くなった私は、一切その人物とやり取りをしなくなった。
そして、あの日の夜届いたメッセージ。
「通ってる学校、わかっちゃったかも笑」
その一文を見た私はすぐにサイトの運営にメールをし、その人物をブロックした。
それなのに……。
アドレスも名前も変えて、送られてきたメッセージ。
私はその内容から、直ぐに同一人物だと気付いた。
「ブロックしちゃうなんてひどいよ笑。でも怖がらせちゃってたのかな?言ってくれたらもうメッセージしないのに笑笑。でも、もしそうなら、もうメッセージは送らないから安心して。僕は傍で見守っているよ」
―もうメッセージは送らないから安心して―
それを見た私は少しだけ安堵したが、最後の一文に得体の知れない恐怖を覚えた。
―僕は傍で見守っているよ―
―7・14・3・1・8―
「なに?これ」
拾い上げたメモ紙に書かれた数字を見て、私は首をかしげた。
5時限目の授業は選択科目の美術。
当番だった私は、美術準備室で先週から始まったデッサンのモデル、上半身だけのダビデ像(愛称=ダビ男)を部屋から引っ張り出そうとしたところだった。
「結愛……手伝おうか……」
準備室に入ってきた友人の真由が、メモ用紙を持った私を見て怪訝な顔をする。
「どうしたの……?」
「なんかまた不思議なメモ拾っちゃった」
私がそう言うと、真由は顔を真っ赤にして下を向いた。
「あの時は……ごめんね……」
そう、以前私は教室で暗号じみたメモを拾い、今日と同じように首をかしげていた。
結果としてそのメモは、真由が小説を書いているサイトのお題を書き記したものだっただけで、別に不思議でも何でも無かったんだけど。
でも、そのメモを拾ったおかげで、私と真由は友だちになった。
それまではただのクラスメートだったのに、縁っていうのは不思議なものだ。
「今回は真由のじゃないよね?」
真由は首をぶんぶんと振った。
「何が書いてあるの……?」
「うーん、なんか数列みたいなの。なんだろ?」
メモを広げて見せてみたが、真由は首を傾げたままだった。
「当番さん、早く準備してー。もう授業始まっちゃうわよー!」
美術室から担当教師の声が飛ぶ。
「はーい、すみませーん!」
私は慌てて返事をすると、真由に手伝ってもらいながら、ダビ男をよいしょ、うんしょと運び出した。
ホームルームの間、私は拾ったメモの解読に集中していたが、どれだけ頭を捻っても、これが何を意味するのか、さっぱりわからなかった。
後ろの席の真由も腕を組んで「うーん……」と唸ったきりだ。
そうこうしている間に周りの生徒が席を立ち始め、いつの間にかホームルームが終わったようだった。
教卓の辺りから、賑やかな声が近づいて来る。
「ねぇちょっと聞いてよ。春菜ったら、あの駅前のお店に行ったらさ、ついにお冷をピッチャーで出されるようになったんだって!」
「そうなのよ!私が席につくなり目の前にドンッよ!」
ギャハハハハと二人で手を叩いて笑い合う。
この二人は私たちの共通の友人、芽理と春菜だ。
芽理は私の幼馴染で口は悪いけど正義感が強く、頼りになる女の子。
春菜の方は勉強はダメだけど運動神経抜群で、陸上部のキャプテンを務めている。
春菜は私たちがよく訪れる駅前のお店にランニングがてら走って現れ、ジャージ姿で(ひどい時なんか半袖ハーフパンツで)「お冷ひとつっ!ピッチャーで!」と注文するのが常になっていた。
ついに顔を覚えられたかと言うより、もはや要注意人物としてマークされているのかもしれない。
「ねぇ今からお店に行って見てみない?春菜も今日は部活無いんだって」
「まず私が入るから、皆は遠くから私がピッチャー出されるかどうか見といて!想像しただけで笑っちゃうでしょ?」
再びけたたましく笑い声をあげる二人を前にして、なぜか真由は浮かない顔だった。
「ごめんなさい……私今日は予定があって……」
「あっそうなんだ、残念ね。結愛は?」
「ゴメン、私も今日ダメなんだ」
真由の様子を見て、これは何かあったなと察した私は、咄嗟にそう答えた。
「ええーっそうなの?じゃあ別日にする?」
「嫌よ、私は一人でも見に行くわよ。そんな面白いこと旬のうちに見ておかないと」
ぎゃいぎゃい盛り上がって教室から出ていく二人を見送って、私は真由の方に向き直った。
「真由、もしかして何かあった?」
「えっ……?」
「このメモのこと、じゃないよねきっと。私で良かったら話聞かせて?」
普段からおとなしい真由だけど、明らかに今日はいつもより元気がない。
「真由の態度見て、私はすぐわかったよ。ねぇ私の考えすぎだったらそれでいいんだけど、もし何か悩んでることがあるんだったら、打ち明けてみない?」
真由は少しの間目を伏せていたが、
「結愛、ありがとう……」
そう言って、いつもよりもゆっくりと話し出した。
「実は……私が書いてる小説のサイトでちょっと……あって」
「……それで、私、どうしたらいいか分からなくなっちゃって……」
真由の話を聞いて、これは個人の手に、いや高校生の手に負えるものではないんじゃないかと私は思った。
今はまだ何も起こっていないだけで、今後どんな危害が加えられるかもしれない。
下手したら事件に巻き込まれる可能性だってある。
そうなってしまう前に、何か手を打たないと。
「それって、かなりヤバいよ。警察に相談するか、最悪サイトを退会するしかないんじゃない?」
「……退会」
その言葉を口にした時、真由は悲しそうに俯いた。
「もし……退会しちゃったら、今まで書いてきた小説も全部無かった事になっちゃうし、今までお友達になった人たちとのやり取りとかも……全部消えちゃうの……」
「ああ、そっか……」
私は小説というものを書いたことがないから、その大変さは想像でしかわからない。
でも、真由の言うように、自分が積み上げてきた小説が一瞬にして消えてしまうなんて、それはきっと耐えられないぐらいツラい事なんだろうと言うのは分かる。
それも自己責任ならともかく、どこの誰とも知れない他人のせいならなおさらだろう。
「私……もう少しよく……考えてみる……」
「うん。わかった。でも真由、絶対に一人で抱え込まないでね。私いつでも相談に乗るし、一緒に考えるから」
「結愛……」
ぎこちなく笑顔を見せる真由の手を、私はそっと握った。
「あれ?あんたたち」
「あっ芽理に春菜」
帰り道の途中、二人にばったり出会った。
「それでどうだったの?ピッチャーは?」
「いや、てかさ。冷静に考えたら私今日制服着てるじゃん?いつもはジャージで行ってる店に制服着て入っていったら、あのピッチャー女あそこの高校だったんだってなって、通報されたら洒落になんないなと思ってさ」
「ギャハハ、ピッチャー女!あんた今日からピッチャー女って呼ぶわ。ギャハハハ」
爆笑する芽理の横で、春奈は少し小声になって私たちに顔を近づけた。
「それとね、嫌なヤツがいるの見えちゃったのよ。窓から」
「嫌な奴?」
怪訝な顔をする私たちに、笑い泣きしていた目を擦りながら芽理が言う。
「あー笑った。私も知らなかったんだけど、なんか一週間前?ぐらいからウチの高校で働きだした用務員なんだって。見るからに根暗そうなガリガリの陰気な眼鏡の男。そいつ仕事するフリして生徒の胸ばっかり見てるって悪評たってるらしくてさ」
「えっ?何それ気持ち悪い」
「でしょ?そんなヤツが偶然、今日に限ってあの店にいたのよ。私らもう一気にテンションダダ下がりしちゃって」
「あれはそのうち犯罪おかすタイプだね。間違いない」
「んで、そっちは?用事あったんじゃ無かったの?」
私は不安げに私を見つめる真由の方を見た。
大丈夫、さっきの話は言わずにごまかすから。そう目で伝える。
「ゴメン!隠すつもりは無かったんだけど」
そう言って私は例の拾ったメモを取り出した。
「真由に問題出されちゃってさ」
「問題?」
芽理と春奈が興味津々で覗き込む。
「また真由の小説のお題か何か?」
「えっ?……まあ……そんなとこ……」
真由も話を合わせてくれた。
「それで私さっきまで散々考えてたんだけど、結局分からなくって」
「なぁんだ。言ってくれたら協力したのに」
「ごめんね。一人で解いてみたくって。それでどう?何かひらめくものある?」
二人はしばし顔を見合わせて、同じように首を捻った。
「なぁんか似たような感じのもの見た気もするんだけどなぁ」
春奈は人差し指を顎にあて、空を見上げる。
「ダメだ。出てこない。私にゃ無理だ」
「ちょっと諦めるの早すぎじゃない?」
「だって私バカだもーん」
そう言って開き直っている。
「そういや、真由。友香ちゃん元気?最近小説の更新も止まってるし、どうしたのかなって気になってて」
もうメモの暗号に興味を失くした春奈は話題を変えてしまった。
友香ちゃんは真由の幼馴染で、私たちの高校に通う後輩だ。
陸上部のキャプテンを務める春菜のファンで、趣味で作ったお菓子を春菜に差し入れたりもしているらしい。
私は会ったことは無いけれど、最近真由の影響で小説を書きだしたらしく、ウェブサイトで投稿もしているというのは真由から聞いていた。
ふいに春菜から出た言葉に、真由の顔はほんのわずかだが引きつった。
「私も最近はSNSでしかやり取りしてないから……でも春奈が気にかけてたって言えば喜ぶと思う……」
「そっか。学校じゃ向うから来てくれないとなかなか会えないからね。もし会ったらよろしく言っといて」
それじゃ、と二人に手を振ろうとした時、芽理がスマホを取り出した。
「ねぇ、さっきの数字写メ撮らしてもらっていい?もう少し考えてみないと、私今日気になって眠れないわ」
芽理はまだ考えていたらしく、芽理の持病、気になる病が始まった。
芽理は一つの事が気になると、とことん追求しないと収まらないタチなのだ。
「サンキュー。今晩かけて解き明かしてみせるわ。じゃ、二人ともまたね」
芽理と春菜に手を振って、私は真由とまた歩き出した。
「真由ちゃん先輩っ」
お互いの家に向かう分かれ道に来た時だった。ふいに真由を呼ぶ声があった。
「友香ちゃん……」
この子が友香ちゃんか。真由と同じく小柄でおとなしそうな彼女は、思いつめたような顔でこちらに走ってきた。
「どうしたの?何かあった……?」
「真由ちゃん、私怖くって……」
今にも泣きだしそうな友香ちゃんの手を握り、真由は優しく声を掛けた。
「何があったか話してみて……」
頷きながらもこちらを伺うような顔をした友香ちゃんに、私はできるだけ優しく微笑んだ。
「あなたが友香ちゃんね。あっ初めまして。谷川結愛です」
「谷川先輩ですか?初めまして。真由ちゃんからよく先輩のことはお聞きしてます」
「友香ちゃん……結愛は信用に足る先輩だから、遠慮なく話してみて……」
真由がそう言うと、友香ちゃんは少し迷う素振りを見せたが、やがて決心したように頷いた。
「私、今日四時限目の美術のあと、美術準備室で後片付けをしてたんです。そしたら、用務員の男の人が入ってきて、変な紙を渡してきて……」
「ええっ?」
「見たら数字が書いてあるだけで、私、気味が悪くなってクシャクシャにして投げちゃったんです。後から考えたら、あれ何だったんだろう?もっとちゃんと見ておけばよかったのかなって。不安になってきて……」
「友香ちゃん……怖かったね……他に変な事されなかった……?」
「うん、紙を渡したらその人すぐに出て行っちゃったから」
「その紙ってもしかして、これ?」
私はポケットから例のメモ用紙を取り出した。
「えっ?どうして、先輩がこれを?」
「私ら5時限目が美術だったからさ。準備室でたまたま拾ったんだよね」
「そうだったんですか。先輩、私いったいどうしたら」
「その用務員の人って、さっき春菜が言ってた気味の悪い人でしょ。私に任せて、明日校長先生に辞めさせろって直談判するから」
「そんなこと出来るんですか?でも、そんな事になったら私、逆恨みされるかも」
「大丈夫、そこらへんは上手くやるから。とにかく許せないわ。明日とっちめてやるんだから」
出来る出来ないは別として、そんな変態じみた男が学内にいるなんて許せない。
そう言いながらも一人じゃ怖いから、芽理も絶対連れて行かなくちゃ。
友香ちゃんを気遣い励ます真由を見送り、私も家路へと急ぐ。
ネットでもリアルでも、変な男に目をつけられたら女の子は大変だ。
まさかこんな身近にそんな被害に遭う人がいるとは思いもしなかったけど、案外犯罪なんてものは、私が知らないだけですぐ傍にあるものなのかもしれない。
いつもの帰り道に掛かる大きな月が、その日の私にはとても不気味な物に思えた。
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