もののな

月夜野すみれ

もののな

「暗号が届きました」

「なんだそれは」

 頼光は綱の言葉に眉をひそめた。

「保昌様からのメールなんですけど……」


〝先日は馳走になった。作ってくれた子に礼を伝えておいてくれ〟


〝さよなかめ かねて憂き世に しる人の


 もの問ふ文の のきにふる雨〟


〝それながら こりづまうらの にしきぎに


 有あけの月 やごの鳥なく〟


「ただの礼だろ」

 貞光がそう言うと、

「和歌がイミフじゃん。食事関係ないだろ」

 綱が反論した。


「この前、誰か忘れ物していかなかったか? 多分メガネだな」

 和歌に目を落とした頼光が質問すると、

「え、ないと思いますけど……」

 金時が戸惑ったように答えた。

「そうか。では返事を出してくれ」

 頼光はそう言って和歌を詠んだ。


〝めにあかね かねのみさきに ねずのやど


 ながめの海に しらなみぞたつ〟


 金時はそれをメモするとパソコンに向かった。


翌日――。


「どういう意味なんですか?」

 話を聞いた六花は誰にともなく訊ねた。

「意味はない」

 頼光の言葉に、

「えっ!?」

 六花が驚くと季武が説明してくれた。


 さよなかめ=小夜ながめ(長雨ながめながめの掛詞かけことば

 かねて浮世うきよ

 しる人の

 もの問ふ文の

 のきにふるあめ=のきに降る雨


 それながら=そういいながら

 こりづまうらの

 にしきぎに=錦木に

 ありあけ月と

 やごゑのとりなく=八声鶏鳴く


 こりづまうらというのは地名で「りず」と掛けている。

 錦木にしきぎというのは陸奥の伝承によるもので男性が女性に求婚する時に女性の家の門に彩色した薪を立て、女性が応じる場合はそれを家に入れる、応じない場合は入れない。

 入れてくれるのを有明の月が沈む頃――明け方まで待っていて、八声鳥やごゑのとり――明け方に鳴く鶏の声を聞いた(つまり振られた)。


「一文字目を繋げると『さがし物そこに有りや』になる。いわゆる折句おりくだ」

 季武が言った。

「へぇ。メガネっていうのはどうして分かったんですか?」

 捜し物だけで何を捜しているのかは書いてないはずだ。


〝さよなか て浮世に〟


「『もののな』って言う和歌の修辞法しゅうじほうだな。高校で習うと思うぞ」

「そうだったんですね。頼光様のお返事は……」


 めにあかね=見ていて飽きない


 かねのみさきに=鐘岬は歌枕で地名


 ねずの宿=宿で寝ずに


 ながめの海に=眺めている海に長雨が降っていて


 しらなみぞたつ=白い波が立っている


「め、か、ね、な、し。メガネなし! 頼光様も折句ですね!」

「言っておくが初句の〝かね〟は〝こそ〟を省略した係り結びの形だから打消の〝ず〟の已然形の〝ね〟を使ってるんだぞ。普通は〝飽か〟だからな」

 季武がそう言うと、

「色の名前にするためと字数の関係で〝こそ〟を省いてるんだよ」

「テストでは〝こそ〟を省いた係り結びはまず出ないから気を付けた方がいいね」

 綱と金時が続けた。


「色の名前?」

 六花が首を傾げると、

「それも修辞法の一つだな。『あかね(茜)』、『ねず(鼠色ねずいろ)』、『しらなみ(白)』」

「和歌では言葉遊びで内容とは関係ない言葉を入れることがあるんだよ」

 季武と金時が説明した。

「まぁ適当に言葉を合わせただけだからな」

 頼光が言った。

「適当で和歌が詠めちゃうんだ……」


 やっぱ平安時代の人って和歌で日常会話してたのかも……。


「けど、なんでメガネなんですか?」

「保昌にメガネをここに置き忘れなかったか聞かれたんだ」

 頼光が答えた。

「メガネ? 洗面所に置いてあるメガネですか?」

「えっ!?」

 綱達が声を上げる。

「何日か前から見掛けないメガネが置いてあったので誰のだろうと思ってたんですけど……」

 六花がそう言うと、金時が部屋から出て行ってすぐにメガネを手に戻ってきた。


 頼光は渋い顔でメガネに目を向けると、

「保昌に連絡しろ」

 と言った。


       終

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もののな 月夜野すみれ @tsukiyonosumire

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