【KAC20245 はなさないで】神様、僕に話しかけないで 

藤夜

神のお告げ

 僕はある日突如神のお告げを聞いた。

 しかも、大学から帰宅途中の電車の中で。

 なぜ神だと思ったのか。

 その声は頭の中にいきなり響いてきたんだ。

 

『お前はわたしの使徒だ』

 

 周りを見ても、誰も僕のそばにはいない。

 そして、電車の中の人たちは皆自分のことでいっぱいで、僕のことなど気にもかけていないようだった。

 僕はびっくりして、もう一度耳を澄ませた。

 電車のゴトゴトという車輪の音に紛れて、また神は僕に語りかけて来た。

 

『次の駅で降りるんだ』

 

 次の駅?

 僕が降りる駅はまだ七つも先なのに。

 実習があったから今日は帰りがいつもより遅い。

 レポートの残りも書かないと明日が提出日だ。

 僕は迷ったけれど、仕方なく神の言う通りに降りることにした。

 

 電車から降りて人の流れに従って階段を降りる。改札を出ると知らない街が広がっていた。みんな家に帰るのだろうか。黙々とそれぞれの方向へ散ってゆくのを見ながら、僕は立ち尽くしていた。

 どこへ行ったらいいのだろう。

 

 目の前に交番がある。

 だけどお巡りさんに聞いたって変な事を言う奴だと思われるだけだ。

 困っているとまた神の声が降って来た。

 

『その交番の横の道をまっすぐ行け。突き当たるまでだ』

 

 神は僕をどこに連れていくつもりなのだろう。

 とりあえず僕は言われた通りにまっすぐ進むことにした。

 交番から漏れる灯りが暗い道路を照らしている。

 その灯りの向こうには街灯に照らされた狭い道が、ずっと向こうまで続いていた。

 両側には小さな家々が並んでいて、夕ご飯を作っているのか美味しそうな匂いが僕の鼻腔をくすぐった。お腹が空いているわけではないけれど、田舎の家の事をふと思い出す。

 

 そんな都会の大学に行くの?一人暮らしは大変じゃない?

 母の言葉に僕は大丈夫だよ、と言って出てきた。でも、今は少し後悔している。入学して一年経ったが、授業や課題に追われて僕には親しいといえる友達は出来なかった。

 いや一度だけ、友達と言えるほどではないが、同じ授業を選択した木村という男子と好きな音楽のことで盛り上がったことはある。


 実家では僕はいつもギターを弾いていた。歌うのが好きで、高校の友達とはバンドを組んで街角で色んな歌を歌っていた。ああ、あいつらは今頃何をしているんだろう。

 僕の夢はなんだったんだろう?なんでこの大学に来たんだろう?

 一年前には輝いて見えた世界が、今はくすんだ灰色のベールがかかって見えた。


 こっちにもギターは持ってきたけれど、もうずっと触っていない。壁が薄くて部屋で弾くと迷惑になりそうで。そういえばどこに置いたかも忘れている。

 

 考えながら歩いているうちに、道の突き当たりまでやって来た。ずいぶん歩いた。もう駅など全く見えないくらいに。

 

『左へ進め』

 

 僕は神の言う通りに左の道を進んだ。

 どんどん道は暗くなり、両脇の家もところどころ空き地になっている。進むうちにだんだんと家も少なくなっている。遮るものが減ったせいか、正面から風も吹いて来て、僕の髪の毛を後ろになでつけた。

 そして、辿り着いた僕の目の前に広がっていたのは真っ黒い海だった。

 

『この海の向こうに、お前の望む世界がある』

 

 また神の声が頭の中に響いた。

 この海の向こう?向こうに行くにはどうするんだろう。夜の海は波の色まで真っ黒だ。

 

『行くかどうかはお前次第』

 

 神はただそう言った。

 僕は靴が濡れるのも構わず、波打ち際まで歩いた。

 潮のなまぐさい香りがふわふわと僕を包んだ。

 

 

 

 

      ***** 

      

      

      

 

 次に気が付いた時、僕は真っ白い部屋の中のベッドで仰向けに寝かされていた。

 

「晴翔、気が付いた?」

 

 目の焦点が合うと、田舎にいるはずの母親が僕を覗き込んでいる事に気付いた。よく見ると、この部屋は病院の一室のようだ。僕の左腕にはチューブが繋がっていて、ベッドの横に点滴の袋が吊るされていた。

 

「母さん、僕はなんでここにいるの?」

 

 母は顔をくしゃくしゃにして、僕の頭を何度も撫でた。

 

「あんた、海で倒れていたのよ。覚えていない?もう一月もぼんやりして寝たり起きたり。神様がどうとか変な事を言うから母さん心配して……」

 

 そこまで言うと、母はポロポロと涙を流して声を詰まらせた。

 

「神様?」

 

 どうやら僕はあのまま海で気を失っていたらしい。

 水に半分入った状態で翌朝発見されたのだという。

 意識はすぐに戻ったものの、神の使いになっただの海の向こうへ行くのだのとうわ言のように言ったらしく、精神科に回されたのだと聞かされた。

 このひと月は薬を点滴されながら、ずっと寝ていたらしい。どおりで身体のあちこちが硬くなっていて痛い。

 

「おい、井上!目が覚めてよかったな!」

「木村?」

 

 僕の意識がはっきりしてもう大丈夫と医者に言われた頃、木村が病室にお見舞いに来た。特徴的なくるくるとした金髪の癖っ毛。パーマをあてているわけではないと聞いて羨ましいと思った記憶がある。

 

「なんで?」

「なんでって何がだよ」

「いや、お前、僕が入院している事なんで知っているんだ?」

 

 連絡先の交換をした覚えはないのに。

 

「え?覚えてないのかよ!今度ライブ一緒に行こうなってL◯NEも交換したじゃないかよ。忘れてんじゃねえよ。もう、お前のチケット、キャンセル手続き面倒だったんだぜ。位置情報アプリも一緒に登録しただろ?どこにいるのかわかるって教えただろ?」

 

 病院の名前はお前の母さんに聞いたんだけどな、そう言って木村はニカッと笑った。

 どうやら僕の居場所を位置情報アプリで見て、警察に連絡してくれたのはこいつだったらしい。一晩中海で動かない僕に、何かおかしいと思ったのだという。

 

「ごめん」

 

 僕は木村に謝った。

 この『ごめん』は、僕が彼の事を友達だと思っていなかったことに対してだ。

 

「しょうがねえよ、この頃お前おかしかったもんな。ずっと昼飯も食べねえし、みんなが呼んでもこないし。体調悪かったんだろ?」

「ん…………」

「お前の母さんが、薬も効いて元気になってきたっていうし安心したぜ。また一緒にライブ行こうな!」

 

 次の僕の『うん』という声は、喉の奥で詰まって出てこなかった。

 

「お前、ギター弾けるって言ってたよな。退院したら学校持って来いよ。楽器好きな奴何人かいるんだ。バンド組もうぜ」

「ああ、やろう!」

 

 僕はこぼれかけた涙をぎゅっと我慢してわらった。

 思い出した。

 僕には友達がいるんだ。

 一緒に学校で頑張る仲間がいる。



 神様、もう僕に話さないで。

 神なんて、もう僕にはいらないから。

 

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【KAC20245 はなさないで】神様、僕に話しかけないで  藤夜 @fujiyoru

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