第12話 巨大ワームテール
「同じ食べ物はもう飽きたわ! 花の蜜を吸わせたスライムはべっこう飴みたいにゲロ甘だし、もっと苺とか葡萄みたいな自然な甘さを感じたい! 呑気に種蒔きなんてしてる場合じゃないわ! 私達が今すべき事は豊富な資源で日常生活に必要な道具と安全な寝床を作る事なのよ! 毎日魔物から逃げる生活なんて、もうたくさんよーー!!」
大の字になって駄々を捏ねているわりには、言っていることはまともだったので、ギルバートは平静を保ったまま、シンシャを諭すように話しかけた。
「まぁ、お前の気持ちも分からなくはない。だが、この〝ファントムメア〟には危険な魔物が沢山いるんだ。それに寝床だって転々としなければ魔族に寝込みを襲われてしまう」
「先生は美味しい家庭料理を食べたいとは思わないの!? 今だから言うけど、先生の焼いたお肉は炭の味しかしないのよ!! 五歳でそんなものを食べさせる親なんて、世間にはいないわ!! ドラクエⅦのエンゴウっていう村で炭になった料理を食べさせられる夫の気持ちが今ならよくわかるわーー!!」
シンシャはわんわんと声をあげて泣き始めた。
一方で地味に料理が下手な事を指摘されたギルバートは表情には出さなかったものの、軽くショックを受けていた。
ギルバートも一人の人間だ。同じ食べ物ばかりで飽きているとはいえ、生きる為には食べないと死んでしまう。久しぶりに肉を食べた時は感動で涙が出たが、当たり前の環境下に置かれてしまうと、人は贅沢になってしまうようだ。
「コホン。いいか、シンシャ。第一、ここで素材を集めても加工する職人がいない。ここは内側から外に出られないように結界が張られているし、素材を売って換金する事もできない。つまり、私達にはどうする事もできないってわけだ」
実はギルバートは一人で結界が張られている所まで行ってみた事があった。鏡のような結界だった為、未だに見慣れない獣人の姿をした自分が映った時に魔法で攻撃してしまった事は、今でもシンシャには秘密にしてある。
「先生は聖職者だったから、こういうひもじい生活には慣れてるかもしれないよ? でも、私は一般ピーポーだもの。料理もしたいし、何より気を張らずにふかふかのベッドで寝たい。冷たい水じゃなくて暖かいお湯でシャワーを浴びて、シャンプーとリンスで髪の毛を洗いたいなぁ……」
ギルバートにはシャワーやシャンプー、リンスとやらがよく分からなかったが、とりあえずシンシャが普通の暮らしをしたいという事は理解した。
とはいえ、ここは魔王領〝ファントムメア〟なのだ。危険な魔物がうようよいる為、一箇所に留まって生活するのは私達を食べて下さいと言っているようなものだ。
「とにかくだ。具体的な打開策が見つかるまで、この生活スタイルは崩さないぞ。それはお前も十分理解しているはずだ」
「それはわかってるけど……」
シンシャは指を弄り、拗ねるように黙り込んだ。
その様子にギルバートは口では仕方ないと言いつつも、心の内ではどうにかしてやりたいと思っていた。
「やれやれ、これからどうしたものか――っ」
ギルバートは自分の足元を見て驚いてしまった。
土の中に人の顔が埋まっていた――いや、違う。
土の中から堀の深い特徴的な顔をしたワームテールが、地上に顔を覗かせていたのだ。
しかも見た事のない規格外の顔のデカさ。五歳児であるシンシャの顔よりも一回りデカイ。
「どうしたの、先生。いきなり黙り込んで――って、ぎゃあっ!! 何これ、気持ち悪っ!! これ、さっきのワームテールよね!?」
「そ、そのようだ。私もこんなにも大きい個体は初めて見たぞ……」
先程まで拗ねていたシンシャがすかさず、ギルバートの足にしがみ付いた。ギルバートも畑に突き刺していた鍬をハルバードに変化させ、いつでも反撃ができるように身構えていた。
一方のワームテールは身動き一つしなかったが、次第に赤土色をした皮膚が真っ青に変わっていった。それに従って余裕たっぷりの表情から苦しそうな表情へと歪んでいく。
なんとなく見た事のある光景にギルバートとシンシャは顔を見合わせてしまった。
「せ、先生。ワームテールって酔っ払ったりするの? 華金明けのお父さんみたいに顔色が悪いよ?」
「知らん。だが、二日酔いで吐きそうになっている時の顔色になっているのは確かだな」
二人が〝二日酔い〟という共通の認識を持っている事を確認し合って数秒後、ワームテールの両頬が一瞬にして、パンッ! と膨れ上がった。
オェオェと胃の中の内容物を吐き出す動作をしていると瞬時に判断したギルバートは、シンシャを抱えて間合いを取ったが、目の前で起きている光景に二人は驚愕する事となってしまう。
「な、なんなのだ!? あれは!?」
吐き出されたモノは明らかに人の頭部の形をしていた。ワームテールの体液のせいで、髪と思しき茶色い毛束が頭部にピッタリと貼り付いていたが、あれは明らかに人の頭だと二人は認識していた。
「き……きゃあぁぁぁぁっ!!」
恐怖で半泣きになったシンシャの悲鳴が一帯に響き渡った。
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