第13話 お口の中からこんにちは♡

 ワームテールから吐き出された謎の物体(多分、人間)はピクリとも動かなかった。


 シンシャは背後でブルブルと震えながら「せ、せんせ……あの人、生きてる? 大蛇丸様みたいに生きてるんじゃない?」と聞いてきたが、ギルバートには大蛇丸様という言葉が何を指しているのか全く分からなかった。


 ワームテールは人に害を与えない魔物であるとはいえ、胃袋の中から出てきた人間は基本的には死んでいる事の方が圧倒的に多い。


 気は進まないが確かめないわけにはいかないので、「シンシャ、ここから動くなよ」と声をかけてから、ギルバートは謎の物体へ近付いていった。


「おい、生きてるか?」


 持っていた武器の先端を使って、頭部をツンツンと突いてみる。


 返事がない。となると既に息絶えているか、気絶しているかのどちらかだと思ったが、ここで小さなトラブルが起こった。


 氷でできた武器に濡れた髪が引っ付いてしまい、取れなくなってしまったのだ。


「む……なかなか取れないな」


 ギルバートは武器にくっ付いてしまった髪の毛をどうにかして取ろうとしていた。


 単に魔法を解除すれば手っ取り早く済んで良かったのだが、この時のギルバートは〝武器に引っ付いた髪の毛を除去する〟事に意識が傾いていたのである。


 ギルバートの様子を見たシンシャは「先生、何してるのよ?」と声をかけてきた。


「見ての通りだ。武器に引っ付いてしまった髪を取ろうとだな……」

「そんな事をしてたら日が暮れちゃうわよ! 先生は離れてて! 私の魔法で溶かしてあげる!」


 そう言って、シンシャは手のひらを地面に倒れている謎の物体へと向けると、ギルバートは焦るような表情に変わった。


「ま、待て! まだ生きてるのか死んでるのか、ちゃんと確認できてないんだぞ!? それにコントロールも碌にできていないお前が魔法を使ったらどうなるか――」

「大丈夫よ、先生。この世界で召喚されてから五年経つけど、ようやく魔法のイメージが固まりつつあるの。だから、きっと上手くいくわ!」


 一 体 、 そ の 自 信 は ど こ か ら 湧 い て く る ん だ ?


 数秒の間、唖然としていたギルバートだったが、魔法を繰り出そうとしているシンシャを止めようと手を伸ばした。


「待つんだ、シンシャ! お前の魔法は周囲を巻き込む程の威力なんだから、もっとよく考えて魔法を使わなくては――」

「いくわよ……メラッ!!」


 ギルバートが止める前にシンシャは火の玉を放ってしまった。金貨程度の小さな火の玉は周囲の酸素を取り込み、スイカみたいにどんどん大きくなっていく。


 目標に当たった瞬間、ドンッ!! と大砲を撃ち込まれた時のような衝撃があった。黒煙が立ち上り、熱波がギルバート達の方にまで襲ってくる。


「きゃ〜〜、メラミみたいな威力になっちゃった! ちょっとやり過ぎちゃったかも!」

「こ、この馬鹿者! 後先考えて魔法を使えとあれほど言っただろう!?」


 ギルバートは慣れたようにシンシャの脳天へ拳骨を落とす。シンシャは「いたぁぁぁぁいっ!」と叫び、頭を押さえてしゃがみ込んだ。


「もうっ、レディの頭に拳骨を落とすだなんて! もう少し優しく――あっ、先生! さっきの人、いなくなってる!」

「な、なんだと!?」


 黒煙が晴れてきた頃、火の玉が当たったであろう場所は地面が黒焦げになっていただけで、人が燃えてしまったような跡は残っていなかった。


「お前、遺体を木っ端微塵にしてしまったんじゃ……」

「えっ!? 私、火葬ならぬ爆葬しちゃったってこと!?」


 シンシャが放った〝爆葬〟という言葉に、ギルバートはギョッとした表情になってしまった。


 この世界では土葬と火葬がメインなのだが、シンシャが住んでいた国では、爆葬が普通なのだろうか?


「お前が住んでいた世界は意外とおっかない所なのだな。我々の世界では、死者を送る為に讃美歌や花束を献花して祈るというのに。野蛮な世界にいたから、お前の使う魔法も野蛮になるのか?」

「か、勘違いしないでよ! 私は先進国生まれの誇り高き日本人よ! そんな野蛮な葬儀なんてしないわ!」


 必死に弁解していたが、ギルバートが「フーン、ソウナノカー」と棒読みで答えると、シンシャは顔を真っ赤にして怒り始めた。


「信じてくれなくていいわよ! 私は救世主なんかじゃないし、私はこの力を使って魔物という魔物を倒して倒して倒しまくるのが使命なんだわ! こうなったら、私が魔王になってこの世界を滅ぼしてやろうかしら!?」


 シンシャが魔王になって暴れている姿を容易に想像できた為、まずいと思ったギルバートはすかさず機嫌を取り始めた。


「すまない、揶揄いすぎたよ。私が悪かったから、そんなに拗ねないでくれないか?」

「嫌よ、絶対に嫌。先生なんてもう知らないんだから」


 そっぽを向いて拗ねるシンシャに対して、ギルバートは困り果てていると、足元がグラグラと揺れる感覚がした。辺りを見渡すと地面の一部が盛り上がって、一直線にこちらに向かってきているのが分かる。


 ギルバートはシンシャに害が及ばないように構えていると、土の中から先程の巨大ワームテールが飛び出してきた。


 堀の深い顔がまたもや二日酔いのような表情に変わり、大きく口を開けたかと思いきや、ワームテールの口の中から毛が一本も生えていない、つるっぱげのドワーフが満面の笑みで顔を出した。


「こんにちは、小さいお嬢さん♡」


 衝撃的な登場の仕方にギルバートとシンシャは声にならない悲鳴をあげたのだった。

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追放された犬牧師、異世界から召喚した子供達と幸せに暮らす〜魔王領と呼ばれた辺境地に居場所を作って幸せになってみせる〜 梵ぽんず @r-mugiboshi

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