第8話 赤子の食料問題
「ぴぎゃあぁぁぁぁっ!!」
悲鳴にも似た泣き声が〝ファントムメア〟の森の中に響き渡っている。赤子は今、ギルバートにベビー服を脱がされ、川の水を利用した水魔法を使って、お尻を洗われている最中だった。
『な、なんたる屈辱なの!? 異世界に召喚されたと思ったら、いきなり服を剥かれてお尻を洗われる事になるだなんて! それにこの水圧とお尻に当たる命中率……完全にウォシュレットじゃないの!!』
ウォシュレットという聞き慣れない単語にギルバートは無言で首を傾げる。どうやら、この赤子は様々な便利なアイテムや食べ物の調理方法を知っているようだった。
「ほら、綺麗になったぞ。今度は乾かすからな」
ギルバートは赤子の身体をふわりと浮かせ、風魔法を使って濡れた服と尻を乾かし始める。すると、赤子はブルブルと身体を震わせながら、「ふぉぉ……」とキラキラと目を輝かせ始めた。
『凄いわ、風魔法でドライヤー代わりにもできるだなんて! 良いなぁ〜、私も早く魔法が使えるようになりたい! こんな痩せっぽっちなコボルトが魔法を使えるくらいだもの! 異世界召喚でこの世界にやってきた私は、きっと何かしらの能力が与えられているはずよね!』
誰が痩せっぽっちのコボルトだ! と怒鳴り付けてやりたかったが、相手は赤子なのだ。優しい気持ちで見守ってやらねば――とギルバートは冷静になるよう自分に言い聞かせる。
「大丈夫だ、赤子の世話くらい私にでもできる……。正直に言えば子供は苦手だが、赤子一人くらいなら私でもどうにかなるだろう。フフッ、フフフ……」
ギルバートは聖職者だ。子供を捨てるだなんて非道な行為はできないし、したくもない。
これからどうすれば良いのか分からず、ギルバートは一人で悩んでいると、宙に浮いていた魔導書がパッと開いた。続けて『私も側でサポートいたします』という文字が浮き出てくる。
『何かお困りですか?』
「子育ては初めてなんだ。このくらいの年齢の子供に何を食べさせたら良いかも分からなくてな。もし、食べさせたらいけない物とかがあるなら教えて欲しい」
こんな事を魔導書に聞くのもどうかと思ったが、他に頼る人がいないのだ。赤子のお尻を乾かしながら、ギルバートが小さく溜息を吐くと、『このくらいの年齢でしたら……』と魔導書に文字が浮かび始めた。
『乳を与えるのが一番かと思います』
「ち、乳……だと?」
ありきたりな回答にギルバートは目を丸くした。異世界から召喚したのだから、もっと特別な物を与えた方が良いのでは? と考えていたからだ。
『はい。まだ歯が生えていないようですし、離乳食は難しいかと』
「それは私も理解している。だが、私は雄だ。身体から汗は出ても乳は出せんぞ」
ギルバートの疑問に『提案があります』と魔導書がアイデアを出してきた。
『水がある場所で透明な球体を見かけた事はありますか?』
「透明な球体? もしかして、スライムの事か?」
水の近くにはスライムが必ず生息している。ギルバートが人間の姿をしていた頃は、井戸の中に大量発生したスライムを取り除き、増えないようにしてほしいと教会に依頼があった事を思い出した。
その時は冒険者ギルドと力を合わせて、ギルバートがスライム達に呪いをかけて増殖を防いだりしていたが、街の外で暮らしているスライムは一匹も見かけた事がなかった。
『〝ファントムメア〟には様々な魔物が生息しています。不死身となった貴方はともかく、赤子がこの世界で生きていく為には、食べ物が必要不可欠です』
「まぁ……確かにそうには違いないとは思うが。それで? どうして、スライムが必要なんだ?」
あまり気乗りしないという感じでギルバートが答えるが、魔導書の文字は途切れる事なく続いていった。
『スライムは貯水できる能力を持っています。子育て中の魔物の乳を搾り、スライムに乳を貯水させ、赤子に飲ませる。これがベストな方法だと私は考えます』
「うーん、得体の知れない魔物の乳を絞るのは抵抗があるんだが……。そうだ、牛の乳で良いのではないか? 牛の乳なら人間も飲んでいるし、赤子にも無害だろう」
魔物から分泌された乳を飲ませて、赤子が死んでしまったら――。
そう考えただけで胸が痛くなった為、ギルバートは代替え案を提示したが、次のページに移った瞬間、衝撃的な文字が浮かび上がってきた。
『〝ファントムメア〟に乳牛は生息しておりません。それにここは危険な魔物が人間界に出て行かぬよう、結界を張っているようです』
「……つまり、ここから出られないと?」
『はい。外側から〝ファントムメア〟に入るのは容易なのですが、内側から出る事はできません。多少の
魔導書に浮き上がった文字を見て、ギルバートは途方に暮れた。まさか〝ファントムメア〟から外へ出られないとは思わなかったのだ。
「ハァァ……神よ、これも貴方のお導きなのですか?」
ギルバートは絶望で顔面を両手で覆った。
〝ファントムメア〟で赤子が一人で生きていくなんて到底無理だ。それに、前にいた世界には家族がいたであろう。赤子の意思も確認せぬまま、異世界に召喚してしまった責任が私にはある。それに生きていれば、私がこの姿になってしまった意味もきっと分かるはずだ――。
真面目で責任感の強いギルバートは自分の頬を強めに叩き、決意を固めた。
「わかった、私も男だ。ここに住む魔物から乳を絞ってみせよう」
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