追放された犬牧師、異世界から召喚した子供達と幸せに暮らす〜魔王領と呼ばれた辺境地に居場所を作って幸せになってみせる〜

梵ぽんず

追放された犬牧師、転生者を召喚する。

第1話 除名と決断

「ギルバート・ヴァニタス、貴様を聖マリアンヌ教会から除名する!」


 突如、粛々と行われていた葬儀に相応しくない野太い声が響き渡った。その大きな声に驚き、ギルバートは持っていた白百合の花束を落としてしまう。


 現在、聖マリアンヌ教会では大司教であるアルバート・スペンサーの葬儀が行われている最中。驚いた参列者達は声がした方へ視線を向け、厳かな音色を奏でていたパイプオルガンも鳴り止んでしまった。


「ウィリアム、今は葬儀の最中だ。君のように空気が読めない人間は嫌いだよ」


 ギルバートは苛立ちを露わにしながら背後を振り返り、血のように赤い目で軽蔑するように睨み付ける。いつもの彼であれば、これだけで黙り込むはずだが、ウィリアムはいつになく強気な態度を見せてきた。


「空気が読めていないのはお前だよ、ギルバート! 魔族から呪いを受けた不浄な身体で――いや、で大司教様に花を手向けようとするなんて、有り得ないだろう!」


 ウィリアムの発言を聞いた信者達が、不安そうに顔を見合わせた。


 全身を覆うフサフサとした黒毛。下顎から胸元にかけて白い毛が生えており、頭には三角の立ち耳が生えている。犬のような長い尻尾を生やしているうえに、服を着て二本足で立っているのだから、周りの人間から奇異の目で見られるのは仕方のない事なのかもしれない。


 だが、容姿が変わっただけで除名されるような問題は起こしていないのだ。ここ最近の振る舞いや言動も問題は何一つないと胸を張って言える。


 ギルバートは抗議をしようとしたが、信者達がこっそり話すのが聞こえてきてしまい、すぐに口を噤んでしまった。


「やっぱり、あの姿は魔族に呪いをかけられたからだったのね? 初めて見た時、魔族が人間を襲いに来たって思って腰を抜かしそうになったわよ」

「私もよ。元々人間でいらっしゃるんでしょうけど、あの見た目だもの。一緒の空間にいるだけで落ち着かないですし。ウィリアム様の言う通り、除名にして正解じゃないかしら」


 好きでこんな姿になったわけではない。むしろ、この国の人達を守る為に魔族を祓ったのに、何故そんな事を言われているのだろうか――。


 そう思いながら、ギルバートは悔しそうに奥歯を噛み締める。この見た目になってから聴覚や嗅覚が敏感になってしまい、普通の人間には聞こえないはずの会話が、数十メートル離れていても聞こえるようになってしまった。


 我が師なら、この状況をどうにかできたかもしれなかったのにな――。


 皆の前では見せていなかったが、ギルバートは一人で思い悩んでいた。この呪いをかけた魔族はもういない。けれど、何故か人間の姿には戻れず、この姿のまま二週間が経過しようとしていた。


 この教会に所属する僧侶の中で、一番強い魔力を持っているギルバートでさえ解けない呪いだ。師である大司教・アルバートが生きてさえいれば、この呪いをどうにかできたのかもしれない。


 この姿では外に出歩く事も難しいだろうし、仕事も就くことはできないだろう。この先、一人で生きていく為にはどうすれば良いものか――。


 ウィリアムが罵詈雑言を吐き続ける中、ギルバートは自分が置かれた立場を俯瞰して考え始めた。


 この姿のままでは他国に入国するのも難しい。このまま国の外へ放り出されでもしたら、事情を知らない他の僧侶達に魔族と間違われて襲われてしまうだろう。


「まぁ、そんな事をされそうになったら返り討ちにしてやるが」


 ギルバートは誰にも聞こえない声でボソッと呟くと、「今、何か言ったか?」とウィリアムに睨まれてしまった。


「いや、何も。さっきから一人でペラペラと喋り続けているが、要はこの教会から出ていけという事か?」


 ギルバートの発言にウィリアムは目を丸くした。器の小さいウィリアムの事だ。除名だけは勘弁してくれと、泣いて縋りついてくると思っていたのかもしれない。


「おい、返事がないがどっちなんだ?」


 ギルバートが聞くと、ウィリアムはハッと我に返ったような素振りを見せた。


「あ……当たり前だろう! そんな姿のままで、この教会の僧侶を名乗れるはずがない! 今すぐにでも荷物をまとめて、この教会から――いや、この国から出て行ってもらおうか!」


 ウィリアムの怒号が教会内に反響した。周りにいた聖職者や信者達が何も言わないのを見て、ウィリアムの意見に同意したと解釈する。


 ギルバートは亡き師が眠っている棺桶を一瞥した。せめて花束だけでも献花台に供えようと思ったのだが、屈もうとしただけで女性の信者が小さく「ひっ……」と悲鳴をあげるのが遠くから聞こえてきた。


 ギルバートはピタリと動きを止める。信者達に罪はない。この姿形をしているせいで怯えさせてしまうのも申し訳ないし、このままだと大騒ぎになりそうだった為、結局、ギルバートは自分の気持ちを押し殺した。


「……わかった、荷物をまとめて出ていくとしよう」


 心の内ではやり場のない思いに駆られていたが、感情を悟られぬように返事をし、礼拝堂を後にした。

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