第5話 異世界召喚の儀
ギルバートの声が〝ファントムメア〟一帯に反響する。狼が遠吠えをする時のような声量にギルバート自身も驚き、鳥系の魔物達がギャアギャアと鳴きながら飛び立つ姿が目立った。
「ゲホッ、ゲホッ! こんな大きな声が出るとは思わなかったぞ。これもこの姿になった影響か――うん? あれは……さっきのドラゴン?」
遠くで空中戦を繰り広げていたはずのドラゴンが炎を口に含ませながら一直線に飛んできていた。
身の危険を感じたギルバートは逃げようとするが、またもや大きな地鳴りが鳴る。今度は立っていられない程の強い揺れだった為、手と膝をついてしまった。
「くそっ! この見た目になってから本当についてない!」
焦ったギルバートは足場を固定させようと、氷結魔法を発現させた。2メートル程の大きな氷柱が地面に突き刺さった瞬間、キシャアアァァッ!! という聞き慣れない叫びが聞こえ、地面が隆起したかのように視線が一気に高くなる。
「あ、足!? まさか、ここは丘じゃないのか!?」
嫌な予感がまたもや的中してしまった。丘だと思っていた場所は、どうやら魔物の背中の上だったらしい。地中に深く突き刺していた長い八本の足が引き抜かれた瞬間、ギルバートは全身の毛が逆立つ感覚がした。
「化け物め! こんな大きな魔物、見た事がないぞ!」
魔物の背中に突き刺した氷柱を両手でしっかりと掴み、振り落とされないように必死に振動に耐えていた。すると、宙に浮いていた魔導書のページが勝手に捲れ、魔物の絵と文字が浮き出てくる。
『シルバーオオツチグモ。基本的に雑食で生き物の死骸や生き血を啜る。雌の個体が大人になると、身体の半分を土の中へ埋め込んで姿を隠す。繁殖期になると地上へ這い出てきて交尾をするが、中には受精卵を無理やり雄の体に植え付け、自分の子供の餌として扱う個体もいる。獲物が目の前に現れた瞬間、大きな牙を使って獲物を捕らえて毒を注入し、動けなくなった獲物の肉を貪る危険な魔物である』
ギルバートは巨大な蜘蛛が獲物を捕らえている場面を想像し、神妙な面持ちで息を呑む。続けて魔導書のページが捲れ、火を噴くドラゴンの絵と解説が浮かび上がってきた。
『ファイヤードラゴン。身体を覆う赤い鱗はマグマに触れても火傷する事はない為、火山地帯へ足を踏み入れる冒険者には是が非でも手に入れたい一級素材。性格は獰猛で神経質、執念深い性格。縄張り争いも激しく、一度狙われたら死ぬまで追いかけてくるので、冒険者は注意が必要である』
魔物の説明文を一通り読み終えたギルバートは大きな溜息を吐いた。先程、自分が大きな声を出さなければ、こんな事にはなっていなかったのかもしれないと思えば思う程、後悔の念が湧き上がってくるようだった。
「不死身だからとはいえ、この状況は非常にまずいぞ。なんとかしたい所だが、あんな化け物を二体同時に相手は私でも無理だ」
自分よりも大きな魔物や魔族を祓った経験はある。だが、あんな規格外の化け物を相手にした経験はなかった。
どうするべきかギルバートが悩んでいると、『提案があります』と魔導書に文字が浮かび上がった。
『異世界から人間を召喚する事をお勧めします』
「い、異世界? 異世界召喚魔法の類は失伝したはずじゃ……」
ギルバートは困惑した表情になっていたが、魔導書のページが捲れ、かなり複雑そうな魔法陣が提示される。『かの者は無限の魔力を持ち、火の魔法を操りし者。異世界より召喚したくば、甘い蜜を贄として捧げよ』と古語で書かれている。
「甘い蜜? 贄なのに甘い蜜で良いのか?」
『はい。甘い物だったらなんでも大丈夫かと』
「本当になんでも良いのか?」
『大丈夫です。多分……』
多分……という文字を見て、思わず首を傾げてしまったギルバートであったが、ファイヤードラゴンが大きな唸り声をあげた。
声がした方へ視線を向けると、火を喉に溜めて吐き出すような動作をし始めたので、ギルバートはやけになりながらも、魔導書に書かれてあった呪文を大きな声で読み上げた。
「我、異世界より救世主を求めし者! 火を操りし、救世主よ! 隕石と共にこの世界に来たれ! 贄……贄は、えーっと……こ、この子蜘蛛の死骸を捧げます!」
誤って子蜘蛛を噛み潰した時の味を思い出して出てしまった言葉だったが、ギルバートはたちまち不安なった。贄として相応しくない子蜘蛛の死骸を捧げて、変な生き物を召喚してしまったらどうしようかと思ってしまったのだ。
魔導書に描かれた魔法陣が眩い光を放ち始めた。その光は暗黒雲に向けて放たれ、空に大きな魔法陣が描かれる。
「頼む、成功してくれ……!!」
ギルバートが見守っていると、魔法陣から炎を纏う巨大な岩が現れた。まるで山のようだった。炎を纏う山がファイヤードラゴンとシルバーオオツチグモに向けて放たれる。
巨大な隕石が地上に衝突した。辺り一帯が消し飛び、シルバーオオツチグモは一瞬で消し炭になる。火に強いファイヤードラゴンは大岩に押し潰される姿が確認できた。
ギルバートは魔導書も込みで防御結界を張ったが、全く意味を成さなかった。一瞬で結界が壊れ、身体が炎で焼き尽くされる。
「本当に……この姿になってから散々な目に遭うな、私は……」
ギルバートは炎に呑まれて意識を手放してしまった。
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