僕がブエノスアイレスに行ったのも、君に出会ったのも、偶然のような必然
- ★★★ Excellent!!!
思い立ったが吉日。とは言いますけれど、それをすぐさま行動に移せる人は中々いないもので。一言、背中を押してくれる言葉で、世界へと旅立った彼はとても稀有な存在なのだと、リスペクトの念が堪えません。
そうです。せっかく世界一周を掲げているのですから、目標はいくつ設定したっていいんです。それこそ、これとあれとそれと……で世界一周するくらいの数設定したって良い……はさすがに言い過ぎですが。
そのうちの一つであるイワトビペンギンの繁殖地。……蹴りだされた卵の気持ちを考えろよ! とは人間目線で、あくまでも私個人の目線での意見ですが、でもそれはきっとイワトビペンギンの進化の過程での、通過儀礼……だと語弊がありますが、とにかくちゃんとした意味が込められてはいるのだと思います。卵に愛情を込めて温めるように。
捨てる神あれば、拾う神あり。なんて言葉も、人間の世界の言葉ですが「僕」は別に神様になりたかったわけではなく。この段階では、卵が孵るかどうかは定かではありませんが、ひなが生まれたとき、その目で見上げるのは決して「神」ではなく、「親」ですしね。
無事に孵ってくれと祈りながら読み進めると、無事に孵ってくれて一安心です。
と思った矢先の出来事。まさに、矢でも飛んできたかのようなハプニング……もとい、大災害。
「僕」の提案に対して、イエスもノーも返さず、自身につけられた名前に突っ込みを入れるとは……このひな、できる! なんて能天気なことを言ってる間に世界中の電力が途絶えたと……これはペンタという名前を付けられたことに対するささやかな抵抗ではないですよね?(少なくともささやかではない)
やっぱり根に持っていらっしゃる……いやまぁ、ヒュータは承服しかねるものがありますけれど……。ただ、その「ペンタ」という名前に込められた重みは、ともすれば実の親の愛情よりも深く(重い)思いものなんですよ。
急転直下で、直角に折れ曲がるがごとく唐突に終わりを告げた「僕」の人生。終わりを告げたというのに人生なんて、まだ生きることを強制されているようで矛盾しているようにも感じられるものの、当時の「僕」の心境としては近しいものがあったのではないかと思います。
「お前は頭も良いし、一人で何でもできる。がんばれ」
タイミングを「無視」すれば、すごく良い言葉だと思うんですがね……。そんな「虫」の良い話ではないんですよね。いやはや、「虫」の「居所」が悪くなる話です。居所といえば文字通り、居所が悪くなった「僕」の身としては、ペンタと境遇が似ているような。
無粋な想像ですが、ボロアパートという言葉から裸電球をイメージしました。そんな頼りない明りでも、ついているだけで安心感を得られるのならば、むしろ永久的についていてほしい。命の灯のメタファーのようにも感じられるところがまた、なんとも言えない哀愁とともに、彼の心の有り様を描写しているかのようでした。
そんな中、立ち寄った電気屋の前。それこそ、晴天の霹靂だったということですね。
ブエノスアイレスは温暖湿潤気候ということで(雨は多いものの)、比較的暖かい傾向にあるということで、もしかすると「僕」がブエノスアイレスに降り立ったのは、偶然なんかじゃなく、自分を温かく迎え入れてくれるような国に呼ばれたのではないかと思いました。テレビで見かけたのも偶然のような必然だったと考えれば、(強引ですが)合点がいきます。
ペンタを抱きしめる「僕」の身の上話。必死に涙を堪えるペンタに、わざと話題をそらすようにしたのは「僕」なりのやさしさですね。
そして、新たに決まった名、希望(ホープ)。良い名です。
故郷の地へ。電気というインフラが途絶された世界は、灰色の景色に見えることでしょう。微笑ましいやり取りは続き。
そうなんですよね……。人間と意思疎通ができるということは、喜びも痛みも苦しみも、余さず共有することができるようになるということで。
危険で壮絶な旅は続く。一羽と一人。(托卵だけに)一蓮托生と言いますか。もう、本当にバディ感が……。涙が……。
そんな中で会った不思議な人間。精霊と旅するおばあちゃん。ペンギンと意思疎通ができる人間がいるのですから精霊と意思疎通ができたって、不思議ではありませんが人間からしてみれば、精霊という存在自体が不思議ですからね……。
ついに到着したブエノスアイレス。
ボートを作れない希望に対して、魚を獲れない「僕」。お互いがお互いを補い合う。これぞ、バディ。
最初は鼻で笑うだけだったシャチは意外といい奴だった……。しかも、話と引き換えで良いなんて、なんて大盤振る舞い……。話の内容も大盤振る舞いでさぞシャチも喜んでくれたことでしょう。誰か書いたものかは、些事に過ぎないのです。匙を投げるように、海の中へ投げ入れていきましょう。
ああああぁぁぁ……。再会できたんですね……。涙が止まらない……。
大団円で迎えた希望の物語。物語はきれいなピリオドが打たれ、それはまるで卵のようにまんまるな。
そして、迎える別れの時……あれ? ついてきてくれるのかい? じゃあ、まだピリオドは保留ですね。私も最後のピリオド(卵)を持ったまま、書き進めます。
なんてことを言っていたら、そろそろお別れのお時間が。語り部が変わるということは、私もそろそろ筆を置かねばならない時間。それでは、この最後のピリオド(卵)はまだ打つわけにはいきませんね。あえて、このレビューはピリオドを打たずに次のレビューをする際に次の私へバトンタッチするために、いや……託卵(托卵)という形で渡しておくのが良いでしょう。次回の物語もきっと世界一周を旅するような素敵な心地になるような物語になりますように、という希望(ホープ)も込めて