希望と僕
黒石廉
冒険のはじまり
「あなたは何でも一人でできる」
ならば、世界一周でもしてみようと思った。
手始めに南北アメリカ、ブエノスアイレス、南から北へ。
そんな僕は抱卵しながら旅をしたことがある。
◆◆◆
南米に降り立ったときに、突然ペンギンを見たくなったのだ。
ペンギンがたくさん見られるという島へは飛行機で行けた。
少し痛い出費であったけど、それがどうした?
僕はこれから世界を一周しようと思っているのだ。見たいものを見ない世界一周なんて意味がない。
こうして、僕はイワトビペンギンの繁殖地にたどりついた。
黄色いいかした眉毛(?)をもつかっこいいやつらだ。
「イワトビペンギンは卵を二つ生みますが、一つ目は外に蹴り出して面倒をみません」
その日はどういうわけか、イワトビペンギンを見に来ている観光客はいなかった。
いかにも貧乏そうで金払いも悪そうな僕だけではやる気もでないのも当然だろう。ガイドはつまらなさそうに決まり文句らしい説明をはじめた。
「ほら、あそこにも」
そこには蹴り出されて放置されたばかりの卵が転がっていた。
親鳥に捨てられ、この世界を見ることなく死んでいく卵。僕はこれをどうしても孵したいと思った。
捨てられるものならば記念に拾っても良いか。
もちろん駄目だというガイドに対して、僕は拙い英語で懇願した。
財布に入っていた札を見せながら泣いて懇願し始めた僕を見て、面倒くさいと思ったのだろう。
一枚だけ残して残りをすべて抜き取ったガイドは、そっぽをむいた。
僕はガイドにすがって礼を述べ、手持ちのタオルで丁寧に卵をくるんだ。
「だいたい、三五日前後で孵りますよ」
ガイドは抱卵するペンギンたちをながめながらつぶやいた。
ブエノスアイレスから北上していた僕は一ヶ月過ぎたあたりでチリ北部へと入った。
海が近いほうが魚が手に入りやすいと思ったからだ。
これで卵が孵らなかったらどうしよう。
そんな不安はありがたいことに杞憂に終わった。
孵った雛は灰色で親たちのように立派ないかした眉毛(?)もなかった。
刷り込みというやつだろう。
僕を目で追い、ぺったんぺったんと付いてきたこいつを僕はペンタと名付けた。
ペンギンだからペンタ。その安直なネーミングセンスについては、今は何もいわないでほしい。
それから数日経って……。
どちらがより重大な事件だろうか。
この二つには関連性があるのだろうか。
ペンタが喋り、大災害が起こった。
大災害が起こり、ペンタが喋った。
いや、正確に記述しないと機嫌を悪くする。
大災害が起こり、
安宿のベッドの上でスペイン語のドラマを見ながらビールを飲んでいたときのことだ。
「なぁ、ペンタ、僕はお前にペンギン語を教えてあげられないけれど、せめて、これで日本語とスペイン語のバイリンガルにしてあげようと思うんだよ」
「思うんですけど、ペンギンだからペンタというのは、あまりにも安直なんではないでしょうか」
当然返事なんか期待していない中、ペンタが返事をしたのと、窓の外が光ったのはほぼ一緒だった。
その後、大きな揺れがひとしきり。
僕は驚く暇すら与えられずペンタを抱きしめたものだ。
街は停電で真っ暗になっていた。
「何が起こったのだろうね、ペンタ」
今度は返事を期待してはいたが、原因を説明してくれるなんてことは想像もしていなかった。
「世界中の電力がすべて途絶えたんですよ」
まだ換羽もしていない癖してペンタはえらく博識だった。
「どうして、そんなことがわかるんだい?」
「どうして、そんなこともわからないんですか? だって、自明なのに。人間は不便ですね」
そう人間の言葉で人鳥は人間の不便さを嘆く。
どうやら、人間には認識できないものを彼らは認識しているらしい。
「地震の前にネズミが騒ぐみたいな感じでペンタもざわざわしちゃうのかい?」
「ボクら誇り高きペンギンをネズミと一緒にするのは、どうかと思いますが、そういうものです」
それは失礼だったかもしれないけど、ネズミが聞いたら怒るんじゃないかなぁ。僕はそんなことを頭に浮かべながらうなずく。
「さしあたって、あなたにいいたいのは、ボクの名前についてです。ペンギンだからペンタというならば、あなたはヒューマンだからヒュータと名付けられても良いということでしょうか」
丸く黒い目に静かな怒りをのぞかせている子ペンギンにたいして、僕は色々と釈明をしなければならなかった。
「名前のことは謝る。でも、僕は君のことをとても大切に思っているし、同志だと思っているんだ」
口が滑ったのだ。
「同志とまで呼ばれるのは、光栄ですが、どうして僕が同志なのですか」
そう口が滑ったのだ。それを説明すれば彼(?)が気がつく。
ただ、この聡明なペンギンは遅かれ早かれ自分がどうして僕のところにきたのかを知ることになるだろう。
ガイドが説明するくらいに、よく知られた生態なのだから。
「何から話したらいいだろうね」
僕はペンギンのフリッパーをにぎりしめながら、ゆっくりと話を始める。
◆◆◆
僕は地方から都心の大学に入学したんだ。
まぁ、それなりに勉強も頑張ったけど、そこそこ裕福な家庭だったからね。
運が良かったんだ。
で、運の良さは夏休みまでだった。
夏休み、実家に戻ると実家はもぬけの殻だった。
夜逃げしたんだ。
信じられるかい、直前まで母とメッセージのやりとりをしていたんだぜ。
それなのに、家に誰もいない。
会社の資金繰りがうまくいかなくなった父と母は弟を連れて、外国へと旅立った。
「お前は頭も良いし、一人で何でもできる。がんばれ」
これが母からの最後のメッセージだ。
なんかね、東南アジアのどこかにいるとかいうウワサを債権者のお兄さんから聞いたよ。
祖父母も既に他界していた僕はまだ巣立ちを迎える前に天涯孤独になったんだ。残されたものはもぬけの殻の実家と多額の負債だけ。当然、相続放棄だ。
相続を放棄した僕には何も残されていない。
東京に戻るしかなかったよ。
つい数ヶ月前、契約しただけのボロアパート、何一つ縁もゆかりも無い土地が僕の唯一の居場所になってしまった。
朝、出るときにボロアパートの部屋の明かりを消せなくなったのは、それからだ。
通っていた大学は休学している間は学費を支払わなくても良いということだった。
もちろん、僕の境遇ならば、学費免除申請も通るんだけど、そもそも日々を暮らしていくにも不安を感じるくらいの貯金しかなかった。
だから、休学してアルバイトに励んだんだ。
朝、電気をつけたままの部屋に向かって「いってきます」とつぶやく。
深夜、電気をつけたままの部屋に向かって「ただいま」とつぶやく。
苦学生ですらない生活を続けているうちに、復学しても大丈夫なくらいのお金がたまったんだ。
復学について相談しようと思って大学に向かう途中だった。
近所の電気屋さんのショーケースには新型テレビが並んでいて、そこでは、ちょうどね、紀行番組をやっていて、テレビ画面にはブエノスアイレスが映っていた。
銀色の高層ビルが立ち並んでいるかと思えば、原色の賑やかな色合いが路地を埋め尽くしている。
僕はショーケースの前で立ち止まってしまった。
テレビ番組だからといわれるかもしれないけれど、街なかの人々の表情はひどい経済状況にもかかわらず明るい。
毎日、何を食べているかすらよくわからず、預金通帳を見るのだけが日課だった僕の心のなかで何かが鳴ったんだ。
それが何かは今でもよくわからない。
さて、どうして君と僕がここで話しているか、その理由だったね。
結局、復学はもう少し先にすることにしたわけさ。
僕はブエノスアイレスに降り立った。
旅は始まったばかりでどういうわけか、ペンギンを見たくなった僕は君の故郷を尋ねた。
賢い君のことだし、そもそも本能レベルで何かを知っているかもしれない。
イワトビペンギンは最初に産んだ卵を放置するんだそうだ。
僕は君が蹴り出されているのを見て、居ても立ってもいられなくなったってわけさ。
君も僕も長男だ。
蹴り出された君を見捨てたら、僕は何のためにここに来たのだろう。
そんなふうに思ったのさ。
◆◆◆
「君を見捨ててしまったら、この先、希望をなくしてしまう」
彼(?)の目は黒目しかないし、常に潤んでいる。
それに無表情だ。
それでも彼(?)が悲しみに耐えていることはわかった。
僕だって経験者だからね。
だから、僕は彼(?)を抱きしめた。
「きみ、けっこう臭いね」
「あなたにいわれたくはないですよ。酒と汗でひどい臭いだ」
ペンギンがフリッパーをばたばたとふりまわした。
僕の肩が少し湿った気がした。
「そんなことはどうでもいいですから、名前ですよ!」
元ペンタはつるりと冷凍のサバの切り身を飲み込むとパタパタとフリッパーをふりまわす。
海に一人では入れない時期の彼(?)の羽毛はふわふわごわごわしている。
これが硬くなる頃には、彼のツルリとした額にもいかした黄色い眉毛が生えてくるのだろう。
「ところで、君の名前を新たに決める前に聞きたいことがあるんだ」
君は男の子かな、女の子かな。
「ボクは男の子ですよ。人間はこんなこともわからないのですね」
彼はため息を付くと、冷凍サバの切り身をつるりつるりと飲み込んだ。
「ボクが男の子かわからないのにペンタなんて名前をつけたんですか」
僕はただの箱となった冷蔵庫から追加の冷凍サバを取り出す。
一晩かけて、決まった彼の名前は「
漢字はいいのだけど、その当て字の仕方はどうかな。
僕は少しだけ遠慮がちに指摘したのだけれど、〈希望〉はそんな僕を遠慮なくフリッパーで殴ったものだ。
ふわふわしたフリッパーは全然痛くない。お返しにくすぐってやると〈希望〉は身を捩って涙を流していた。
◆◆◆
生まれた地を一度見てみたい。彼はそういった。
北から南へ。
僕は灰色の子ペンギンを肩掛けカバンにつっこみ、旅をすることにした。
電気というものがなくなった世界で貧乏人が使える交通手段は当然徒歩だ。
行きよりもはるかに時間がかかった。
子ペンギンは二週間毎に換羽し、僕らが南米に戻ったあたりでは茶色くなり、チリにたどり着いた頃には小さくふわふわだったフリッパーも立派な羽で覆われた立派なものとなってきた。
「だいぶん、格好良くなってきたでしょう?」
〈希望〉は胸を張る。
ペンギンなのに鳩胸だなといったら、公園の鳩たちと名称権をかけて議論をはじめようとしていた。
ペンギンが喋るくらいだ。鳩だって喋る。
もちろん、鳩は日本語を解さず、「突き出た胸」に自分たちの名前をつけられることに困惑していた。
「話が通じないんです!」
〈希望〉に僕は異文化理解の難しさを教える。
「なるほど、なまじっか、人間なんかと意思疎通ができるようになると大変なものですね」
人間と意思疎通できなかったら、僕は君の意思を確かめられないよ。
そう言ったら、〈希望〉は少し黒目をうるうるさせる。
他の動物の中にも喋るようになったものが多数いた。喋らない動物もいたが、それは無口なだけなのだろう。
世の中から電力がなくなってしまって、それはとても大きな混乱を招いた。
ただ、それは人間の世界の終焉にしてはどこか牧歌的なところがあって、出会う人間は皆、そこまで悲観していなかった。
それでも多少の危険はある。
だから、僕たちは慎重に海沿いの旅を続けた。
中米から、南米に入った頃、気の良い、しかし、かなり荒っぽいリャマの群れ、いや一団に出会った。
「ブエノスアイレスまで行きたいんだ」
そういう僕にリャマたちは笑いながら、「途中まででいいなら、乗せてやるよ」と言った。
「二つ足でだらだらとしか歩けない人間に、よちよちしか歩けないペンギンじゃあ、着く頃には骨になってるさ」
〈希望〉は「失敬だ!」と叫びながら、ぴょんぴょんと飛んでから、「どうだい」とペンギン胸をはった。
「よちよち歩きとかいって、ごめんよ。それでも、お前らは遅すぎる」
食べ物を探しながらセルフ遊牧をしていた彼らはけっこう南の方まで乗せていってくれた。
かわりに食べ物集めを少し手伝った。
「森の方にはいくなよ。ジャガーは俺たちみたいに親切ではないぞ」
たしかにそのとおりだ。
柔らかく無力な肉一人と一羽は、海岸沿いをとぼとぼと歩く。
当然だが、人間にも出会うことがあった。
相手が物騒な雰囲気を漂わせている時は、そっと隠れ、話がしやすいときは話をした。
ある日、実家の近所にいそうなおばちゃん――ただし、色鮮やかな衣装に身を包んでいる――に出会った。
気の良さそうな彼女の近くにはふわふわとした人魂のようなものが漂っていた。
「なぁ、〈希望〉、あれは何だと思う?」
「なんだって、ただの精霊じゃないですか?」
〈希望〉は生えかけのいかした黄色い眉毛をふりつつ、ため息をつく。
人間には見えないものが多いんだよ。
そう言う僕の前で再び彼は大げさにため息をつき、指、いやフリッパーさした。
彼のフリッパーの先にいるあのおばちゃんは人間だ。
「ペンギンにイワトビペンギンやコウテイペンギンがいるように、人間にも多様な種がいる。僕は色々見えなかった人間なんだ」
そう言うと、〈希望〉は納得したようだった。
「あら、めずらしいね。ペンギンと人間が楽しそうに歩いている」
僕の言い訳の原因は、自分が精霊と楽しく歩いていることを棚に上げ、ほがらかに笑う。
幼い頃の僕に飴玉やガムをくれた近所のおばちゃんを彷彿とさせる笑顔だった。
「そういうあなたはどちらさまですか?」
〈希望〉が話しかけても、おばちゃんは当然驚きもしない。
「私はマチさ、精霊と話ができるだけのただの人」
それをただの人とはいわないのだ。
「子どもの教育に良くないので、物事はもう少し正確にお願いしますよ」
僕のスペイン語も多少はましになってきた。
精霊と旅するおばちゃんと、僕らは一週間ほど一緒に旅をした。
「精霊たちは森の中に帰りたいと言っていてね」
僕はおばちゃんにリャマの忠告を教える。
「そんなのは知っているさ。ジャガーが私を食べようというのなら、私は精霊と一緒に見逃してくれと頼むだけだよ」
私らはずいぶん長いこと、地球を占領してきたからね。多少は遠慮しないといけないさ。
おばちゃんはそんなことを言ってから、にっと笑う。
「これが地球の意思ってものさ。
僕がキョトンとしていると、「最近の若いのはルターも知らないのかね」とあきれる。
「僕は日本人でキリスト教徒でもなんでもないですからね」
「ああ、あんたは何をいってるんだい。私なんて自然崇拝、キリスト教徒から見れば邪教徒で魔女みたいなもんさ」
僕が自分の不勉強を恥じる横で、〈希望〉はいかした黄色い眉毛をふりながら、うなずいている。
それにしても、だ。
地球の意思なんていわれたら、以前の僕ならば、その瞬間に軽蔑の眼差しを投げかけたであろう。
でも、博識で生意気な子ペンギンと旅している今はそんなことできない。
「まぁ、地球さんだって、私たちがつつましく生きていく分には、そこまで目くじら立てることもしないだろうよ。だから、他の者たちと仲良くつつましやかに生きていこうじゃないか」
精霊が導く道が僕らの行き先と違えた時、おばちゃんは「さよなら」といった。
「また、機会があったら、会おう。ちゃんと勉強するんだよ」
〈希望〉はフリッパーを、僕は腕を精一杯振って、この飴玉をくれそうなおばちゃん
彼女が手をふると、周囲の精霊がきらきらと輝いて、とてもきれいだった。
こうして、僕たちはブエノスアイレスに着いた。
「問題はここからだ。君の故郷は島で、ここから、海を渡らないといけないんだ」
僕らは海を渡る手段を考え始めた。
最初はボートを作ろうとした。
残念なことに〈希望〉は、このような作業にまったく向いていない。
申し訳無さそうな彼のフリッパーを握っていう。
「気にするなよ。僕も君みたく魚はとれないもの」
近くで見物を決め込んでいたシャチが笑う。
「君らはバカなことをやっているなぁ。あきらめろよ」
フリッパーをぶんぶんと振り回しながら、〈希望〉が抗議すると、シャチは笑って、海の中に消えた。
でも、シャチの言う通りだった。
廃材を集めてイカダをつくるような知識も技術力も僕たちにはなかった。
係留されている手漕ぎボートを借りようとしてみた。
電気がない今では丈夫な手漕ぎボートはとても大事な資産で、僕らが簡単に借りられそうにないものだった。
「あれだったら、貸してやるけどな」
漁師のおじさんが、指さした小型クルーザーは、僕の腕力では到底動かせないものだった。
いや、僕がプロレスラーでもあれは動かせないだろう。
浜辺でしょげながら、魚を食べる僕らを、再びシャチが笑いに来た。
「君らは、まだ、こんなところで悪あがきをしているのかい?」
そのとおりだなんだけどと断ってから、僕は「悪あがき」の理由を説明する。
シャチは無言で僕の話に耳(?)をかたむける。
「この子に自分の生まれ故郷を見せてやりたいんだ」
シャチは無言で海の底に潜っていって、群れを引き連れて戻ってきた。
「よっしゃ、おじちゃんが、〈希望〉くんを故郷のおかあさんのとこに連れてってやる!」
水でぬらぬらと光るシャチの目に涙が光っているのかどうかはわからない。
でも、彼は小型クルーザーを曳いていってくれることを約束してくれた。
「でも、僕らはなんにもお礼はできないよ」
そういう僕に対して、シャチたちが望んだのは話だった。
「こんな機会がなければ、他種族の話は聞けないからな」
僕は夜な夜な昔話をし、〈希望〉は道すがらで読んだ本の話を語った。
桃太郎が活躍し、ケツアルコアトルが人間の骨を持ち帰り、俵藤太が百足退治をして、巨大な図書館で生涯を過ごす司書たちの物語が語られた。
残念なことに僕の語り部として技量は、〈希望〉に遥かに劣るようだった。
この物語が僕の手によるものであり、〈希望〉の作でないことを、僕は君たちに深くお詫びしないとならない。
それでも、このシーンは僕が語らねばならなかったものだ。
〈希望〉がどれほど優れた物語の語り手であっても、やはり、再会は第三者の僕が記したほうが良いだろう。
彼は黄色いいかした眉毛を立派に生やした今でも涙ぐんで語れないだろうし、彼がインクをたらそうとも、そいつはすべて涙が洗いがなしてしまうだろうから。
かつて、僕が涙を流しながら、卵をくれと懇願したあの海岸で〈希望〉は、家族に出会った。
今では立派な大人ペンギンになった彼はいかした黄色い眉毛をふりながら、ぴょんぴょんと跳ねていった。
僕には彼と抱き合った二羽のペンギンのどちらがお父さんでどちらがお母さんか、あるいはどこかに兄弟やじいちゃんばあちゃんがいるのかどうかもわからなかったが、彼は家族と再会することができた。
家族の再会に言葉は必要なかったようだ。
ペンギンたちは抱き合い、遠目にもわかるくらいに黒目をきらきらうるうるさせて、踊っていた。
〈希望〉には、許すという気持ちはなかったみたいだ。
そもそも怒りを抱いていないのに許す許さないもない。
ただただ再会できた喜び、今まで遠く離れていた悲しみを全身であらわしていた。
僕は君みたいに振る舞えるだろうか。
それでも、君の姿はお手本になりそうだ。
君はペンタじゃなくて〈希望〉という名こそがふさわしい。
でも、漢字とホープという読み仮名については納得してないけどね。
僕とシャチたちは、しばらくペンギンたちに歓待されて、過ごした。
物語はめでたしめでたしで終わり。
〈希望〉はここで家族と楽しく過ごし、僕は世界一周の旅を続ける。
灰色のふわふわした小さい子ペンギンが立派に成長したようにとまではいかなくとも、僕も少しは成長し、旅を続ける。
こうやって、少しずつ成長していけば、いつの日か、僕も彼のように家族とわだかまりなく再会ができるのかもしれない。
物語の結末を決めた僕は、〈希望〉とその家族に別れを告げることにした。
いまだに注意しないとお父さんとお母さんの区別がつかない僕は注意深く自分の旅立ちについて話す。
〈希望〉は僕の話を聞いたあとに、お父さんとお母さんにだきついてから、僕の横に並んだ。
「何やってるの、君?」
「だって、出発でしょう?」
「でも、君は家族と再会できたんだぜ。ハッピーエンド、めでたしめでたしで閉めようぜ」
「ボクはいつでもここに戻ってこられるし、あなたみたいな頼りない人を放っておけないでしょう。あなたは一人ではなんにもできないじゃないですか」
かつての子ペンギンがペンギン胸をはってみせる。
ああ、この子は優しい子だ。
かくして、物語はこの下手な語り部とともに続くことになった。
シャチたちは喜んだ。
下手な語り部だけではつまらないからだ。
◆◆◆
「今度はね、喜望峰にでも行ってみませんか」
ボクの名前とも関係が深いですしと、よくわからない威張り方を彼はする。
ただ、ずいぶんと遠い。
そこまで君たちは付き合ってくれるかい。
僕はシャチたちに問いかける。
シャチは僕ではなくて、〈希望〉を向いて、うなずいた。
それから、笑顔で――そう、僕はシャチの笑顔がわかるようになっていた――「冗談だよ、兄弟」と言った。
こうして、僕たち家族は大西洋を渡る大冒険の旅をすることになったのだが……。
そろそろ、語り手の変更の時間だ。
「ペンが持てなくても、口述筆記でいくらでも書けるじゃないですか」
黄色いいかした眉毛がぴんぴんと揺れている。
希望と僕 黒石廉 @kuroishiren
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