ささくればなし

林きつね

ささくればなし

 今日はありがとうございます。お時間いただいてしまって。

 いえ、はい、大丈夫です。でも変わった趣味ですね。いや、ばかにしているわけじゃなくて。

 はい。私も誰にも話せなかったことなんでこうして話せる機会に恵まれて、その、よかったです。

 怪談? とかはあまり詳しくないのでうまく話せないし、あまりにも突拍子がないので信じて貰えるかわからないんですけど、ただ本当なんです。

 本当です。

 本当にあったことなんです。

 それだけは、保証します。

 じゃあ、話します。

 あ、すごく短い話なんですけど……はい、すみません、そろそろ話しますね。



 えっと……ささくれってあるじゃないですか? はい、指の。

 あれ見る度に私ゾワッとするんですよ。あれがね、治らなかったことがあるんです。

 本当に治らなくて、怖くて、だから人のなんでもないささくれを見るのも嫌で。

 私のはそうです。はい。なんでもなくなかったんですよね。

 最初にささくれてるなあって見つけたのは、外出してる時でした。

 よくあるやつです。爪の付け根近くから、外側にピンと伸びてるやつ。長さは普通でしたよ。爪の先の白い部分まであるかないか。

 そんななんでもないささくれでした。


 その時、爪切りをもってなかったんです。ささくれってできたことあります? あ、ありますよね。すみません。

 じゃあわかると思うんですけど、ささくれってとれそうでとれないじゃないですか。指で触っててとれそうでとれなくて、爪切りがあればすぐにとれるんですけどその日は持ってなかったんで。

 だから私、ほったらかしにしてたんです。

 ちょっと気にはなりましたけど、その日は仕事が忙しくてそれどころじゃなくて。

 それにほら、ささくれって変な状態で放置してたら痛いですけど、その、ありのまま? っていうのも変ですね。えっと、なんて言えばいいんでしょう。

 あ、伝わりますか? じゃあ大丈夫ですね。


 えーっと……すみません。面白いですか? まだささくれができただけ? そうでした。つまりその、忘れちゃったんです。私、ささくれができてたこと家に帰った時には。

 疲れちゃってて、家にはあるんですけどね。爪切り。そのまま寝ちゃって。

 それで朝起きて、思い出す……っていうか視界に入っただけなんですけど。その、手が、爪が。ささくれが、ですね。

 そしたらすごく伸びてたんですよね。指の二倍ぐらいの大きさまで。あ、私人よりちょっと指は長い方なんですけど……はい? だから言いましたよね、突拍子もないって。

 よくあるじゃないですか。そういうお化けが出る場所にいったとか、なんかそういう話を聞いたとか。そもそも私怖い話とかそういうの全然知らないですし。苦手というか興味がないっていうか。


 ささくれの話、でしたね。でもそれ、もうささくれじゃなくなってたんですよ。

 なんか、すごく、ぶよぶよしてて、太くて、さすがに悲鳴上げました。今でも思います。よく触ったなって。

 なにが怖いって、伸びてるんですよ。私が見てる間ずっと、どんどん大きくなっていってるんです。

 じゃあ見なければよかったんでしょうけど、でもその時は目が離せませんでしたね。

 固まっちゃってたというか、なんか体がすごくしんどくなって。

 気のせいかもしれませんけど、爪の横から伸びるブヨブヨに体の力を奪われてる。そんな気分でした。

 あ、これは私の勘違いでそんなことは実際にないのかもしれませんけど。……はい? ですからなにもなかったんですって。

 怖い場所も話も興味なくて、思い当たるようなことは本当になかったんです。急なんです。さっきからずっとそう言ってるじゃないですか。


 ――わかりません、わかりませんけど。多分、そういうものなんだろうなって今も思います。

 私の都合とかどうでもよくて、ただ選ぶのは向こうっていうか。

 子が親を選んだんじゃないでしょうか。


 子……赤ちゃん。

 だって聞こえたんですよ。ほら、私の手、普通でしょう? 切ったんですよ。そのブヨブヨのささくれ。最終的にはそうですね……50cmぐらいになりました。そうしたらもう爪切りで切ろうなんて思わないじゃないですか。

 だから包丁で、ズドンと。

 すごく体はだるかったんですけど、それぐらいはできました。


 聞こえてきたものですか? おぎゃー、です。

 おぎゃーなんです。

 あれはおぎゃーって言ってました。

 私、混乱しててそのぶよぶよのおっきいささくれ……ささくれじゃないですよね絶対こんなの。

 握りしめて、そしたらおぎゃーって。聞こえてきたんです。

 手を離すと聞こえなくなりました。

 触っても聞こえませんでした。強く握ると聞こえてくるんです。

 おぎゃーって。

 やめて、って言ってる風に聞こえてきませんか?

 だから私が包丁を持った瞬間からずっとおぎゃーおぎゃーって、聞こえ続けてきましたよ。

 少し、吐きました。

 なんででしょう。つわりってあるじゃないですか。

 私、あの時はあの吐き気のことをそれだと思ったんです。

 だから必死にいいました。

 私が絶対代わりを見つけるから、私はやめて。って。何回も何回も。

 でもそれを言う度に聞こえてくるおぎゃーが大きくなって、気分が悪くなって、体が重くなって。

 だから、思いっきり振り下ろしました。包丁を。

 はい。切れました。無我夢中だったんで、指が切れてなくて本当によかったなと思いました。

 思ったより綺麗に切れたんですよ。根元の近くから。

 その後は、どうしましたっけ。

 茶色くて小さくなったそれを見て、とりあえず窓から投げ捨てました。

 あれ以来カーテンは一回もあけてません。

 また戻ってきそうで。

 戻ってきて欲しくないじゃないですか。またささくれができたら嫌すぎるじゃないですか。

 だから、すごく一方的なんですけど、私が勝手にした約束なんですけど、それを果たせばもう大丈夫かなって。 

 だから探してたんです。よかったです。今日お会いできて。

 こんな話を聞きたい変な人だから、大丈夫かなって思ったんですが、大丈夫だったみたいです。

 ついさっき、聞こえなくなりましたから。


 追い出そうとしない限りはそんなに聞こえないんじゃないですかね。多分。

 私はそんな感じだったんで。

 やめてください。見ないでください。あなただって同じことすればいいじゃないですか。

 早くしないとほら、あなたの爪の横からほら

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ささくればなし 林きつね @kitanaimtona

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