オボロ

グイ・ネクスト

第1話 オボロ誕生

 キキキ。グググ。魔物たちの鳴き声が聞こえる。「何だ、お前たちか」と、茶色のローブを着たまま寝ていた男は起き上がる。金髪のカツラが、取れてプラチナの髪が夜風になびく。赤い目が光る。魔物たちはそうする事が当たり前のように地面に跪く。「魔王様・・・」魔物の一人がただそう呟く。

魔王と呼ばれた男は半目で、魔物たちを眺める。蛇とわにの中間の顔をしたリザードマン、狼の半身を持つ獣人、白い頭髪のゴブリン、身長は高く、細身で二本の角と一本の角を持つオーガたち、高位の貴族と同じ服装で、青い頭髪のドラキュラたち、ゴリラの姿をした魔物たち、蝙蝠の羽を羽ばたかせ、空を飛ぶガーゴイル、犬の顔をしていて、背の低いコボルトたち・・・。総勢千名ほどだ。

「ここに街を造る。お前たち手伝ってくれるか」そう呟いて男は頭を掻く。(そう言えば支配の能力は消えたりしないんだっけ。オレはこいつらを修理できて、意思疎通もできる。まあ、だから魔王何だけどな)

「仰せのままに」と、予想通りの台詞が返ってくる。(まっ。気長にやるかな。建物構築魔法は暇つぶしでよくやっていたし、教会をまず造って、住処も造って、住民はどうやって増やすかな。あーうん。調査団とかそのうち来るだろ。一応、神聖ニルヴァーナの南端を担っているワケだから)「さて・・・あの辺の瓦礫なんかいいな。お前たち、瓦礫集めて来てくれよ」と、オレは言う。

「仰せのままに」と、ゴリラの姿をした魔物たちが動き出す。他の連中は様子を見ている。それでもみるみるうちに瓦礫の山が出来上がる。オレはそれを一つずつ手に取って、魔素の上位素粒子である霊子のコーティングを施してから形を加工して四角形にする。それを浮遊魔法で持ち上げて、少しずつ積み上げて行く。(そう言えばテリーの奴はどうしているんだろうな。娘は必ずお前の元へ行く、なんて言っていたけど、あいつ予知とかできたっけ。妹二人なら分かるんだけどな。ニルヴァーナにアウラ。神聖ニルヴァーナ王国、アウラ帝国・・・お前たちを信仰する人間たちが魔王領を取り合って国を創った。まあ、いいさ。オレはここから始めるよ)


 時間は少しだけ巻き戻る。私、私の話をしよう。私はマリー・アカノイア。勇者テリーの娘だ。父は国家転覆罪と意味不明な罪状で王国の兵士たちに処刑された。「これでいい」それが父の最後の言葉だ。首を切られる前に父はどうしてそんな事を言ったのか。今でも半分、分からない。母はその三日後に自ら毒を飲んで死んだ。「ごめんね、マリー。でも必要な事なの。あなたならきっと彼に気に入ってもらえるわ」これは母の最後の言葉だ。彼?彼って誰よ!両親共に分からない。母は女神ニルヴァーナを信仰する魔法使いだった。樹木属性、炎属性、土属性、風属性、水属性の全てを扱える賢者と呼ばれていた。父は言うまでも無く、勇者なので、光と時の大精霊に愛されていた。何度も言うけど、私の話だ。両親が死んだ後、私の茶色かった髪の毛は(母親似だったのに)金に輝く髪へ様変わりする。その上、瞳は虹色に輝き始めた。理由は両親の属性を全て受け継いだからだ。(大抵の人は生まれ持った一つの属性が瞳の色になる。私は赤色、炎属性だった)そんな事は本来あり得ない。何がどうなっているのか、分からない。それでも一つ言える事は父の台詞も母の台詞も腑に落ちた。ああ、こういうことかって。そう、納得できた。ただ母の台詞の中にあった、彼?彼って誰?それが分からない。

 ドアをノックする音がする。日記はここまでにしよう。「開いてます!」と、私は声を出す。入って来たのはカーラだ。赤い髪をしていて肩よりも少し伸ばしている。服装は私と同じマーメイドドレス(人魚の尾鰭おひれの広がりのようなドレスの事)を着ている。彼女の色は髪の毛に合わせたのか、赤色だ。私、私は黒を選んでいる。その上、太腿ふとももの辺りからスリット(切れ目)を入れている。動きやすいからね。「ちょっと、ちょっとってば」と、カーラはいつの間にか、私の前の席に座って何か言っている。「あっごめん。えーっとそれで何だっけ」

「ここトゥラック砦からあと二百キロなんだよ。いよいよゴーストタウン、オボロに辿り着く・・・ねえ、わたしたちって死んじゃうのかな」

「魔物の群れを見たってだけでしょ。それがたまたまオボロの方角へ移動していた。誰も住んでいない街に。私たちはその調査に向かう。ただそれだけよ。魔物退治まで任されていないんだからさ。気楽に行こうよ、ね、カーラ」

「もう、マリー。そんなこと言っても魔物が本当にいたらどうするの?やっぱり戦うことになるでしょ」

「うーん。まあ、でも大丈夫だと思うよ。いざとなったらみんなで逃げましょ。追いかけて来ないように私がなんとかするから」

「まあ、マリーの剣は確かに凄いよね。それは近くで見ていたからよく分かる」と、カーラは黄土色の瞳で天井を見上げる。

「そうでしょ。私、剣強いのよ」と、右腕の力こぶを見せる。小さいけど。

そりゃあね、全属性使えるし、戦いようによってはね。まっ今は黒い腕輪で魔力そのものを封じられているけどね。

「姉さん、雑談はその辺にして。ほら、ご飯食べに行くよ」と、カーラの弟、マウロの声がする。ドアの向こうから呼んでいるみたいだ。

「あ、うん。今行くわ!」と、カーラは立ち上がって行ってしまう。もう夕飯か、トゥラック砦での最後の晩御飯となるか、無事帰って来れるか・・・帰って来れる。私は少なくともそう思う。オボロには母親の言うところの彼がいるのかもしれない。どちらにせよ、あと一週間の命。黒い首輪にある時限式爆弾。そのように魔術構築されているのはもう確認している。ふふ、何とも絶望的だわ。普通に考えれば。南に十台の馬車で進むなら五日と言うところ。魔物たちが待ち受けていたらそこで終わり。そして残り二日。首を吹っ飛ばされ終わり。私たちには何の希望も無いはずなのに。私は一週間後、自分が生きていると信じる事ができる。時の大精霊のおかげで。オボロには何かある。私の運命を変える何かが。さて、私も晩御飯を・・・。「おーい、マリー。」と、ヴィルレの声を聞く。ヴィルレは黒髪で水色の瞳をしている。「今行くわ。あら、書類なんて持ってどうしたの?」「一応、傭兵団なんだよな。だからリーダーのマリーに人員報告を書類にまとめてきた。あとでいいから目を通してくれる?」「そ、それはいいけど。晩御飯食べに行かないの?私は行くわ。」と、私は書類を受け取る。「あ、俺はいい。もう食べて来たから。それよりも時の大精霊の恩恵を受けているなら、未来予知は何か降りてきたかい」と、ヴィルレは私を見てくる。

「・・・・・・ぼんやりとね。一週間後に無事に生きているって言うだけの未来予知。みんなも含めてね。だからその酷い事にはならないと思う。」と、私はヴィルレに告げた。ヴィルレは驚いた顔をする。「へぇ・・・・・・どうやって首輪を外すのかも想像できないし、魔物たちに勝てる想像もできない。正直、信じられないけど、マリーが言うならそうなるのかもね。今まではそうなって来たし。あ、なるべくみんなにも伝えておくよ」と、ヴィルレは走り去って行く。私はヴィルレの背中を見送ってから書類に目を落とした。赤子五人、妊婦五人、高齢者三十名、負傷者百五十六名、動ける者四名。(リーダーを含む)傭兵団リヴァイアサンの構成人員、以上。って何これ。酷すぎない。これで魔物と戦えるわけ無いでしょ。バカにしてるの?まあ、私たちは罪人で、生まれた赤子は罪人の子。王国にとっては処刑のつもりなんでしょうけど。あまりに酷い。それなのに、生き残れる未来予知が見えたのが意味不明すぎる。どうやったら助かるの?教えて。なんて思考しても何も浮かばないのよね。「さ、晩御飯食べに行かなくちゃ」と、私はトゥラック砦の食堂に向かった。出発は明日の朝、どうなるかな


 私の計算よりは少し遅れて残り一日。六日も馬車に揺られて辿り着いた。オボロの街の北門らしき場所に来ている。私は馬車から降りて、北門に向かって歩く。鳥の口をしたガーゴイルがこちらを見ている。それと金髪で赤い目?瞳だけじゃなく、全体的に赤い。まるで噂に聞いていた魔王のよう。でも魔王はプラチナに輝く髪で、宵闇の服を着ていたってお父さんが言っていたから違うよね。今着ているのは茶色のローブだし。あれ?どちらにしてもなんかおかしいような。

だってさ、なんかこっちに歩いて来ているよ。もしかして歓迎されている?そ、そうよ、きっとそうだわ。未来予知を信じて!私は走ってガーゴイルと金髪で赤目の男の前に辿り着いた。「はぁはぁはぁ。」私は走りすぎたことにちょっと後悔する。膝に手をついて、地面を見つめる事しかできない。後ろでは傭兵団?のみんなが降りて来ているのが気配で分かる。みんなの視線と期待を感じる。ま、気のせいかもしれないけどね。だって、今の私は魔力も使えないし、自慢の剣は馬車に置いて来てしまったし、おかしいのは私の方なのかな。

「魔王様。こいつ大丈夫ですか?」と、ガーゴイルは言う。

「ズルバン。今はラウルだ。魔王様じゃない」と、金髪の男は言う。

「あ、あの・・・わ、私たち見ての通り、酷い有様でして。良かったら助けてもらえるとありがたいんだけど。あ、あの助けてくれますよね」

腕を組んでいた金髪の男、ラウルは自分の髪を掴んで投げ捨てた。カツラだったようだ。プラチナに輝く髪が下から現れる。どう見ても魔王ルシェルだ。終わりだ。未来予知なんて当てになら・・・うん?じゃあどうしてお父さんとお母さんは一緒に姿をくらましたの?そ、そうよ。きっとこの人は私を待っていてくれたんじゃ。

「はっはー。テリーの言う通りになったな。あいつ、未来予知使えたんだな。うん?と言う事は娘にもそれは引き継がれているわけで。まあ、引き継がれるようにオレが教えてやったからな。ふーん。助けてもらえる未来予知を見たのか、テリーの娘よ」と、ラウルと名乗る魔王は聞いてくる。

「は、はい。黒い首輪は明日爆発する時限式です。あと私は腕にも魔力封じの腕輪を二つもしています。どうやって助かるのか分かりませんけど、助かっている未来予知が見えました。そ、それと私の名前はマリー・アカノイアと言います。以後お見知り置きを」と、私は大声で伝えてみた。

「元気があっていいな。マリーと言うのか。上を向いてみろ。どれどれ」と、ラウルは私の首元に手を伸ばす。「ああ、これか。霊子操作れいしそうさ・・・うん。これで取れたぞ。」黒い首輪は光の粒子になって消えて行く。「え、きれい・・・」と、私は光の泡を目で追いかけてしまう。「あ、あの他のみんなも」と、私が言おうとすると「それよりもマリー。今日からオレの妻になれ。まず魔素の上の素粒子、霊子。さらに上のを操れるようになれ。霊子を操れ出したら、魔力は今の一万倍だ。さらに氣を操れるなら一千万倍だ。そこまで登って来い。そしてオレの妻となれ。なーに、一緒に生活するだけだ。大した事じゃない」と、ラウルさんは私の肩に手を置いてくる。

「はへ?」と、私はきっとすごく間抜けな顔をしているんじゃないだろうか。うん、多分きっとそう。やはりお母さんが言っていた彼はラウルさんなんだろう。気に入ってもらえて嬉しいのか、私の顔は熱くなっている気がする。と言うか、今よりも魔力を倍増する事ができるのが嬉しい。そうなったら王国を潰せる。帝国だって潰してしまえるかもしれない。「マリー。教えた力を破壊に使うだけならオレはお前を・・・お前を壊す。それでもまずは氣を操れるようになってもらいたい。それがお前の両親とした約束だ。どうする?強くなりたいか?妻よ」と、ラウルさんは私を見つめて言う。「・・・・・・強くなりたいです。でも、その、今は復讐する事しか思い浮かべる事ができません。すでに王国兵はたくさん殺してしまいました。魔力切れを起こすまで殺しました。それでも!まだ殺し足りない!アイツらを!どうして私が!許さなければならないの!」と、私は気づけば叫んでいた。

「マリー。許せとは言わない。オレだって、かつては武力だけで大陸の九割を支配した魔王だ。何も善人になれって言っているわけじゃない。それにオレほどの悪人にそんな事言われたって意味不明だろ・・・大切なのは、今。マリーはただ選べばいい。復讐する心を抱えた自分と一緒に生きることを。分かるか?」と、ラウルさんは半眼で私を見つめてくれる。顔が熱くなる。復讐する心を抱えた自分と一緒に生きる。どこかで私は私を否定してた。復讐は悪い事だと・・・でも。一緒に生きていいんだ。嬉しい。どうしてか分からないけど、嬉しい。「あ、あの!え????」光の泡が川となって私の目を癒す。馬車からはいつの間にか傭兵団のみんなが降りて来ていた。首を見れば黒い首輪は消えて無くなっている。奇跡だ。ううん。それだけじゃない。負傷者の傷が、欠損していた腕が、足が、片目が、治療されている。「え?ガーゴイルのズルバンさんは光魔法を?」と、私は聞いてしまう。「魔物が光魔法を使ったらおかしいか?光の女神アウラはオレの妹だ。信仰さえすれば使える。五大精霊の女神ニルヴァーナもオレの妹だ。姿で価値は計り知れない。そう言うものだろ?さあ、腕輪を見せてみろ。今のお前では無理かもしれないが、霊子操作を覚えれば自分で壊せるようになる。」と、黒い腕輪も光の泡となって消えた。「あ、あの!」私は恥ずかしさからか目をつぶった。息を吸い込んで「私を妻にしてください!」「あいよ」と、ラウルさんは私を抱き上げる。背中と膝を支えられている。お姫様抱っこだ。ますます顔が熱くなる。「さあ、明日から忙しくなるぞ。」と、ラウルさんは北門をくぐり、歩いて行く。私は彼の首に腕をまわし、顔を大きな胸に埋めて隠した。傭兵団も後ろをついてくる。今はこのままでいい。今までで最高の未来予知だ。嬉しい。

私はまた目を瞑った。

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